第15章 ハチともぐら ☆2
龍国・中心街の北はずれ。森に程近い住宅街のはずれに、一軒の小さな家があった。ゴンの家である。
「だっはぁぁ〜〜っっ!!!食ったぁぁぁ〜〜っっ!!!」
その家のたった1つの部屋・小さな和室の中央に置かれた、小さなテーブルの前へと座り、満足げに声をあげるのはハチ。テーブルの上にはたくさんの空になった皿が置かれている。
「お前、見かけによらず料理できんだなぁ〜っ。エプロンは似合ってねぇーけどっ」
「うっせぇーよっ」
ハチの正面に座り、ハチの言葉に怒鳴るように答えるのは、確かにエプロン姿のとても似合っていないゴン。
「まっ、1人が長げぇーからなぁ。料理できねぇーと餓死しちまうっつーかよっ」
「……っ」
ゴンの言葉に、少し眉をひそめるハチ。確かにこの家はゴン1人で、他に誰も住んでいる気配はない。
「お前、家族はっ?」
「んっ?いねぇっ」
「……亡くなって……?」
「いやっ……」
遠慮がちに問いかけたハチの言葉に、ゴンが少し目線を落とす。
「初めっからいねぇっ……」
「……っ」
どこか寂しげに答えたゴンに、ハチは少し目を細めた。
「そっそうか……」
「……。」
ゴンが顔を上げ、申し訳なさそうに俯くハチを見る。
「しっかしなぁっ」
「……っ?」
「風呂掃除に買い出しとはねぇっ」
ゴンがエプロンをはずしながら、無理やり話題を変えるように切り出す。
「そりゃ、けっこうな扱き使われようだなぁ」
「まぁなぁっ……」
少し笑って言うゴンの言葉に、ハチがテーブルにちょこんとアゴを乗せ、落ち込んだように言う。
「まっ、相手はあの伝説の英雄“桃タロー”だしっ、かすり傷付けらんなくて当然だっ。そう気にすんなっ」
「うん〜っ……」
「……っ」
ハチの元気のないカケラもない返事に、ゴンが少し肩を落とす。
「気にしてんのはっ……桃タローに負けたことじゃねぇみてぇーだなっ」
「えっ……?」
ゴンの言葉に、少し驚いたように顔を上げるハチ。そんなハチを見て、ゴンがそっと笑みをこぼす。
「……っ」
ゴンの笑みに、再び俯いていくハチ。
―――― 一般にはね、そうゆうのをタダの“お荷物”って言うんだよっ……――――
頭から離れない、太狼の言葉。
「前から気にはしてたんだっ……。俺が弱いせいで、アイツの負担になっちまってるってことっ……」
ハチに危険が迫った時、輝矢は必ず助けに来てくれた。だが輝矢が命懸けの戦いを繰り広げている時、ハチはただ見ていることしかできなかった。
「この前のオーロラん時だって……」
――――覚悟がないなら下がってろっっ!!邪魔だっっ!!!――――
「俺はお前に、辛い戦い全部押し付けただけだったっ……」
「……っ」
ハチの言葉に、ゴンが少し表情をしかめる。
「門貴や由雉と比べたって……俺はっ……」
「はいっ!ごちそうさまぁっ!」
「へっ?」
ハチの話の途中で、いきなりそう叫んでテーブルの上の食器を片付け始めるゴン。そんなゴンにハチが目を丸くする。
「さてとっ、とっとと片付けちまうかぁ〜っ!」
「ちょっ……!おっ……!おいっ!」
重ねた食器を持って立ち上がるゴンに、ハチが少し焦ったように手を伸ばす。
「ああっ?何だよっ?おかわりかぁっ?」
「違げぇーよっっ!!ってか、人が真剣に相談してんだからっ、ちゃんと最後までっ……!」
「そんなもんはっ……相談て言わねぇーんだよっ」
「……っ」
いつも以上に目つきを悪くしたゴンの鋭い言葉に、ハチが思わず言葉を止める。
「俺は負け犬の弱音、聞くほど暇じゃねぇーっ」
「仕事押し付けて、街プラついてたクセに……?」
「それはそれっ!これはこれだっ!」
疑いの目を向けるハチに、ゴンが開き直ったように言い返す。
「だいたいもうタローさんに啖呵切ってきたんだろうがっ!」
「えっ……?うっ……うんっ……」
――――このままで終わる気はねぇっ……!――――
「けどっ……あれは何つーかっ、こう戦いの勢いっつーかぁっ」
「男に二言はねぇっ!!言ったからにはドーンとやってみせやがれっ!!」
「何かスパルタコーチみたいになってきやがったなっ……」
熱く語るゴンに、ハチが戸惑いつつも呆れた表情を見せる。
「心配すんなっ……」
「……っ?」
急に笑みを浮かべ、落ち着いた口調で話しだすゴンに、ハチが少し眉をひそめる。
「お前ならきっとやれっ……」
――――バッコォォォォォォォォーーーーンッッッ!!!!――――
「へっ……?」
突如、天井へと飛び出すテーブルに、ゴンが目を丸くする。
「グラァァァァァッッッ!!!」
『だああああああっっ!!』
テーブルの下の床を突き破るようにして、地面の奥深くから飛び出してきたとあるものに、ハチとゴンが勢いよく叫び声をあげる。
「ふぅ〜っ、やっと出たぁ〜っ」
『……。』
床にあいた大きな穴から現れたのは、茶色い毛に覆われた、人間の赤ん坊くらいの大きさの1匹のモグラであった。人の言葉を話しているあたりからして獣人であろうが、モグラを見たハチとゴンは唖然として固まる。
「もっ……もぐらっ……?」
「んっ?」
唖然として呟いたハチの声に気づき、家の上へと這い上がってきたモグラが振り返る。まっすぐに見つめ合うハチとモグラ。
「何だっ、イヌかっ。イヌに興味ないやっ」
「カッチーンっ!」
モグラの言葉に、ハチが少し表情をしかめる。
「それより龍いないの?龍っ」
「ああっ!?おっ前なぁっ……!」
「てめぇーっっ!!!クソモグラぁぁぁっっ!!」
「うおっ」
勝手に話を進めるモグラにハチが怒鳴ろうとしたのだが、横から勢いよく怒鳴り上げてくるゴンに、少し驚く。
「俺がちょ〜どイイこと言ってハチ公泣かそうとしてた時に邪魔しやがってっ!!しかも人ん家に大穴!!」
「大穴のんが後なのかよ……」
ゴンの怒鳴りポイントに、ハチがこっそり突っ込みを入れる。
「ああぁ〜っ!あのセリフ聞いたら、ハチ公絶対泣いたのによぉっ……!!」
「泣かなかったと思うぞ……?“お前ならきっとやれる”だろっ?」
「なっ……!何でわかったんだっ!!?」
ゴンがとても驚いた様子でハチの方を見る。
「いやっ……けっこう有りがちな上に、あそこまで言ってりゃ大体はっ……」
「大して泣けないねっ」
「うっせぇーっっ!!クソモグラぁぁっっ!!!土に埋めるぞぉっっ!!」
「別に埋めてもらっても死なないけどね」
怒鳴り散らすゴンに、冷静な答えを返していくモグラ。
「むきぃぃぃ〜〜っっっ!!!ぶっ殺すっっ!!!」
「まっまぁっ!抑えろよっ、ゴンっ!まだ、子供みてぇーだしっ」
モグラに飛びかかっていきそうな勢いのゴンを、ハチが必死に宥める。
「それよりアンタも獣人?何の獣人なの?」
「んっ?」
ゴンの怒りなどは無視してゴンに問いかけるモグラ。ゴンが少し目を丸くする。
「ハッハッハっ!よく聞いたっ!俺はなぁっ、聞いて驚くなよっ?」
――――ボォォォォォォォォ〜〜ンッッッ!!!!――――
わりとノリ気で獣化するゴン。
「なぁ〜んとっ……“狐人”だぁぁぁっっ!!!」
キツネになったゴンが、やる気満々でポーズを決める。
「何だ、キツネかっ。がっかりっ」
「むっきゃああああっっっ!!!!噛み殺すっっっ!!!!」
「抑えろっっ!!!ゴォォーンっっ!!!早まるなぁぁぁぁぁっっ!!!」
深々と肩を落としたモグラに飛びかかろうとするゴンを、ハチが必死に止める。
「それより龍いないのっ?龍っ。ここ、龍国でしょっ?」
『……っ』
ゴンの家の中を見回して龍を探すモグラに、ハチとゴンが動きを止めて眉をひそめる。
「何だよっ?お前っ、さっきから“龍、龍”って、龍に何か用なのかっ?」
「えっ?ああっ」
――――ボォォォォォォォォォォ〜〜〜〜ンッッッ!!!!――――
『……っ?』
モグラがハチの問いかけに少し笑みをこぼして頷くと、突然、白い煙の中へと包まれていく。白い煙を、少し首をかしげながら見つめるハチとゴン。
「オレはモグラの獣人・グラタンっ」
白い煙の中から姿を現したのは、茶色いツンツン髪に大きな黒目の、まだ9,10歳くらいの少年であった。
「龍になるのが夢なんだっ!」
『へっ……?』
少年が笑顔で口にした夢に、ハチとゴンは勢いよく表情をしかめた。
数十分後。オトポリ本部・正門前。
「はぁぁ〜〜んっ。それで龍に会うために、わざわざ北の森からねぇっ」
「そっ」
感心するように言ったハチに、短く頷くグラタン。
「もぉー大変だったよっ。父さんと母さんに気づかれないように、龍国までの穴を掘ってさっ」
「それで掘りまくってたらゴン家に繋がっちまったと」
「うんっ」
「はぁっ……」
無邪気に頷くグラタンを見て、ハチが少し疲れたように肩を落とす。
「まぁ仕方ないよっ。これも全部、オレが龍になるためだからねっ」
「いやっ、ってかさぁ、いっくらモグラが“土竜”って書くからってよぉ、龍になるってのはちょっとっ……」
「待たせたな……」
『……っ?』
正門が開き、中からゴンの声がする。
「おうっ、ゴンっ、どうだっ……って、だあああああっっっ!!!!」
「う……ううっ……」
振り向いたハチが、思わず叫び声をあげる。正門から出てきたゴンは相当殴られたのか、ゴンなのかもわからないほどに顔中を腫らしていた。
「ダっ……ダメだったみたいだな……」
「ああ……リンゴに“ちょっとモグラに会ってやってくんない?”って言ったんだけどよぉ……」
ゴンが低いテンションで話し始める。
「“仕事もしないで、このクソ忙しい時に何言ってんだっ!いっぺん死んできやがれっ!”って……」
「……。」
その光景が目に浮かび、ハチまで少し震え上がる。
「ええ〜っ?じゃあ龍はぁっ?」
「えっ?あっ、ああ〜困ったなぁ。リンゴ以外に龍人なんてっ……」
「よしっ。いっちょ青守長官に声かけてくっかっ」
「それはさすがにやめとけっ」
再びオトポリ本部内に入って行こうとしたゴンを、ハチがすかさず止める。龍人一族はこの龍国の国主にしてオトポリのトップ。今はそう、暇な龍人がいるはずもない。
『ん〜っ、困ったなぁっ』
「あれっ……?桜時さん……?」
「へっ?」
自分の名を呼ぶ声に、ゴンとともに考え込んでいたハチが顔を上げる。
「ゴンさんも……どうしたんですか……?こんなところで……」
「イチゴっ」
ハチたちの前に現れたのは、他の警官数名とともに街から戻ってきたらしきイチゴであった。イチゴがハチとゴンに不思議そうな表情を向ける。
『イチゴっ……?ああっっ!!!』
一旦、首をかしげたハチとゴンが、目を合わせて勢いよく声をあげる。
『いたぁぁぁっっ!!リンゴ以外の龍人っっっ!!!!』
「えっ……?」
2人の大声に、イチゴが少し困ったような表情を見せる。
「えっ!?この人っ、龍人なのっ!?」
「ああっ!良かったなぁ〜っ!グラタンっ!」
やっと出会えた龍人にテンションを上げるグラタン。そんなグラタンにハチが笑顔を向ける。
「あっあのっ……一体、何の話でっ……」
「おうっ!イチゴぉ〜っ!今からちょ〜っと付き合ってくんねぇーかぁっ?」
「えっ?あっ、でも今、仕事中でっ……」
「んなもん、いいからよぉ〜っっ!!!」
「無茶言わないで下さいよ……ゴンさんじゃないんですから……」
「うっ……」
イチゴのトゲある言葉に、ゴンが声を詰まらせる。
「頼むよ、イチゴっ!ちょっとだけでいいからさっ!」
「えっ……?」
真剣な表情で頼み込むハチに、イチゴが少し頬を赤らめる。
「あっ……おっ……桜時さんがそう仰るならっ……」
少し照れながらイチゴが笑みをこぼす。
「やったぞっっ!!!グラタンっっ!!!」
「うんっっっ!!!!」
「ってか、ハチ公の頼みは聞けて、俺の頼みは聞けねぇーのかよっ……」
喜ぶハチとグラタンを他所に、ゴンが1人、不満げな声を漏らした。
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