第13章 御伽最大の国 ☆5
「痛つつつつっ……」
転がった時に打ちつけた頭を気にしながら、ゆっくりと起き上がるハチ。
「……っ?」
――――サァァァァァァァァーーーーッッッ……!!――――
「桃っ……?」
ハチが足を踏み入れたそこは、屋内だというのにまるで野原のような、穏やかな自然の広がる大きな空間であった。かすかに風も感じる。
部屋一面に咲いた桃の木から、鮮やかな桃色の花びらがハチへと降り注いだ。
「ここは一体っ……んっ……?」
すぐ目の前にある2人の人間の4本の足に、ハチがゆっくりと顔を上げる。
『いらっしゃいませぇっ!ご主人様ぁぁっ!!』
「……っ!!」
目の前に立つ先ほどの2人のメイドに、またもや青ざめていくハチ。
「ほんぎゃあああああああああっっ!!」
「おおっとっ」
「なあああああああっっ!!!」
必死に家の中から逃げ出そうとするハチを、後から入ってきたモンキが力づくで押さえ込む。
「はっ……!離せぇっ!!離してくれぇっ!!俺がこの世で1番苦手な萌えメイドがぁぁっ!!!」
「かぁ〜!見事な大自然っ!ようこんなもん、家ん中に作ったなぁ〜っ!」
「違うよっ」
「へっ?」
抵抗するハチを無視して、感心したように声を出したモンキに、ユキジが鋭く突っ込みを入れる。
「外見より明らかに広すぎるでしょ〜がっ。空間系の能力か何かなんだよっ」
「ご名答っ」
『……っ?』
部屋の奥から聞こえてくる声に、3匹が顔を上げる。
「ようこそ、我が“桃の苑”へ」
「……っオオカミっ……?」
ハチたちが見つめるその先の野原でゆったりと横たわり、3匹に穏やかな笑みを向けたのは1匹の茶色いオオカミであった。その笑みは気性の荒いイメージのあるオオカミとは程遠い。人の言葉を話しているところから見て、獣人であろう。
「“狼人”っ……?」
メイドが嫌で暴れていたハチも、真剣な表情となって自らの足で地面に下りる。
「気を付けて。狼人は獣人の中でも高い能力を持つってウワサだよっ」
ゆったりと起き上がるオオカミを見ながら、ユキジが警戒するように言う。
『……っ』
メイドたちが後方へと飛び、オオカミの両脇へと立つ。
「キレイなもんだろう?桃の苑っていうのも」
オオカミが降り注ぐ桃の花びらに手を伸ばしながら問いかける。
「まぁ、君の“花力”には負けるかな……?朱実桜時クンっ……」
「……っ!何で俺のことっ……」
オオカミの言葉に、ハチが戸惑うように声を出す。
「どうやら……ボクらのこと知ってて輝矢をさらったみたいだね」
ユキジが鋭い表情を見せる。
「輝矢はどこっ?」
「せやせやぁっ!!輝矢んをどこへやったぁぁぁぁっっ!!!?」
「君たちの主人はあの扉の向こうにいるよ……」
『……っ』
ユキジとモンキの問いかけに、オオカミが部屋の最奥にある白く小さな扉を指差し、あっさりと答える。
「僕らを倒せたら通してあげるっ」
「……っ俺たちを試そうってのかっ?」
「うぅ〜ん、まぁそんなとこだねぇ」
「……。」
はぐらかすように答えるオオカミに、ハチがさらに表情を曇らせる。
「倒せたらって、何かゲームでもするの?それとも力づくでいいわけっ?」
『もちろん力づくでいいですわっ!……っ』
『……っ?』
そう微笑むと2人がそれぞれ体に似合わぬほどに巨大な鎖鎌と大剣を取り出し、鋭い目つきとなって構える。
『こちらも力づくは得意ですからっ!』
「なるほどね……」
「萌えぇぇぇぇ〜〜〜っ!」
「変態っ」
厳しい表情を見せたユキジであったが、隣で萌えているモンキを見て、すぐさま呆れた表情となる。
「お前らの目的は何だっ!?お前ら鬼人なのかっ!!?」
「それもっ、僕を倒せたら教えてあげる」
「……っ」
オオカミが相変わらずの、穏やかながら何を企んでいるのかわからない笑みを浮べる。そんなオオカミに気難しい表情を見せるハチ。
「フツーに聞いても教えてくれそうにないなぁ」
「まぁもう力づくでいいんじゃない?ちょうど3対3だし、あっちはやる気満々だしっ」
ユキジが肩を落とし、疲れたように呟く。
「ほな、メイドは俺とユッキーに任せて、イヌっころはあのオオカミいけやっ」
「へっ?」
モンキの言葉に、ハチが驚いたように目を丸める。
「何で俺がオオカミなんだ?」
「オオカミはイヌ科やからっ!」
「……。」
「ってのは冗談でぇ、萌えメイド相手やったら、お前ろくに戦えへんやろっ?」
呆れきった表情を見せるハチに、モンキが慌てて付け加える。
「まっまぁっ……」
ハチが少し申し訳なさそうに頷く。
「そういうこっちゃっ!カワイ子ちゃんは俺らに任せときぃ〜っ」
「そだねぇ〜門貴にしてはまともな策じゃなぁ〜いっ?」
「いやっほぉぉぉぉーーっっ!!!ユッキーに誉められたぁぁぁっっ!!」
ユキジの言葉に、両手を突き上げて喜ぶモンキ。
「わっわかったっ」
ハチが仕方なく返事をする。
「オオカミに噛み殺されないでよぉ〜?」
「いっやぁ〜!爪で切り裂かれるかもっ。痛そぉぉぉぉぉ〜〜〜っ!」
「お前らなっ……」
無駄に脅かすモンキとユキジに、ハチが引きつった表情を見せる。
「ほないっちょ行くでぇ〜っ?ユッキーっ!」
「相当、面倒臭いけどねぇ〜」
――――ボォォォォォォォ〜〜〜ンッッッ!!!!――――
モンキの掛け声にユキジがやる気なく答えると、2匹が一斉に白い煙に包まれて人化する。
「相手が決まったようだね」
人化した門貴と由雉を見て、オオカミがどこか楽しげに笑う。
「少し遊んであげて。ヘンゼル、グレーテル」
『はぁ〜いっ!』
武器を構え、一斉に飛び出していく2人のメイド。
「……っ!」
大剣を持った、ショートカットに17,18歳くらいの年上に見える方の少女が、門貴へと向かってくる。
「……っ!“如意棒”っ!」
門貴が如意棒を取り出し、メイドの振り下ろした大剣に向けて振りかぶる。
――――キィィィィィィィィィーーーーンッッッ!!!!――――
「クっ……!」
思ったよりも力のある大剣の少女に、門貴が少し顔をしかめる。
「私の名はヘンゼル……」
「そりゃどうもぉ〜っ!俺は猿川門貴やっ!」
「猿川門貴様……お相手致しますっ……!」
「うっ……!」
怪しげに微笑んだヘンゼルがさらに大剣に力を込めると、門貴の如意棒が押され始めた。
「ぐわああああああああっっ!!」
――――バァァァァァァァァァァーーーーーンッッッ!!!――――
「……っ!門貴っ……!」
如意棒ごと空間の端へと吹き飛ばされる門貴に、由雉が思わず身を乗り出す。
「余所見などしたらイヤンですわっ!」
「……っ?うっ……!」
振り向いた由雉に、勢いよく飛んでくる鎖鎌。
「“右翼・裂羽”っ!」
――――パァァァァァァァァァァーーーーンッッッ!!!!――――
由雉が素早く青い羽根を放って、青い羽根から放たれた衝撃で、鎖鎌を弾き飛ばす。
「ウフっ」
飛ばされた鎖鎌を持ち直し由雉に怪しげな笑みを向ける、ロングヘアに15,16歳くらいのヘンゼルよりも年下に見える少女。
「私の名はグレーテル……貴方様のお名前は?」
「由雉っ」
グレーテルの問いかけに、由雉がやる気なく答える。
「由雉様……」
グレーテルが白い手には大きすぎるほどの鎖鎌を構え、由雉に鋭い瞳を向ける。
「お相手っ……致しますっ!」
「……っ」
そんなグレーテルに対し、由雉も鋭い表情で色とりどりの羽根を構えた。
「門貴っ……由雉っ……」
それぞれ戦いに入った門貴と由雉を、どこか不安げに見つめるハチ。
「さてっ、こちらも始めようか」
「……っ」
準備体操のように首を回しながらそう言うオオカミに、ハチが少し警戒するように身構える。
「……。」
ハチがゆっくりと準備体操を続けるオオカミの、その鋭い牙や爪を見つめる。
――――オオカミに噛み殺されないでよぉ〜?――――
――――いっやぁ〜!爪で切り裂かれるかもっ。痛そぉぉぉ〜〜っ!――――
「うぐっ……」
門貴と由雉の言葉を思い出し、少し怯えたような表情を見せるハチ。
「まっまぁっ、とりあえず輝矢さえ助け出せば後は輝矢がっ……!」
――――これは過労ですねぇ……体に相当な無理が来てます……――――
「……っ」
自分に言い聞かせるように無理な笑みを作ったハチであったが、思い出される救護員の言葉に笑顔を止める。
――――ここんトコ、鬼人との戦い続きだったし、この前の鬼人化事件で精神的疲労も来ちまったんだろう――――
疲れていることなど、ずっと前からわかっていた。
――――ハチは全然っ、何にも心配しなくて大丈夫ですからっ――――
あれが、ハチを心配させないための無理な笑顔だということも、わかっていた。
「……今回くらいっ、自分で何とかしねぇーとなっ……」
――――ボォォォォォォォォ〜〜〜ンッッッ!!!!――――
白い煙に包まれ、ハチが人化する。
「……っ」
「うんうんっ……いい眼だっ……」
何かを決意したような表情で顔を上げた桜時を見て、オオカミがどこか満足げな笑みを浮べる。
「さぁ……見せてごらん……」
楽しげに言うオオカミ。
「君の力を……」
「“村雨丸”っ……」
桜時が鋭い表情となって、ゆっくりと村雨丸を抜く。
「……っ!」
そして村雨丸を構え、オオカミへと勢いよく飛び出していった。
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