第13章 御伽最大の国 ☆1
“龍国”。
御伽界東方に位置する、海に面した巨大な国。
“雀国”とともに御伽四大国の1つに数えられ、千年以上前から存在する、御伽界最古にして最大の国である。
その名の通り、獣人最強とされる“龍人”一族に治められ、獣人・人間を問わず、多くの者が暮らしている。
龍国・中央部。御伽警察・本部。
本部最奥に存在する、20階建てのシンプルな白い塔。この塔の最上階に“長官室”があった。
「うむ……」
渋い表情を見せて頷く、長官席の椅子に座った、水色の髪に真っ赤な瞳の色黒の男。40歳は超えているだろうが、何とも若々しく凛々しい顔立ちであった。体格のいい体にオトポリの黒制服を身にまとい、その左胸にはオトポリのマークが象られた金色のバッチを付けていた。
「私こそが、オトポリ長官にして龍国主を務める、青守ザクゥゥゥゥーーーロである」
「いやっ、知ってますから」
男の言葉に少し呆れた表情で反応するのは、長官席の机の前へと立つ、人間の姿の金汰。
「私こそが獣人最強とされる龍人一族『アオモォォォォーーリ』の血筋であり、その圧倒的な力でぇっ……!」
「いやっ、だから知ってますって」
長々と話を続ける男の言葉を、金汰が思わず途中で遮る。そう、この男こそ、オトポリ長官にして龍国主を務める青守座黒である。獣人最強とされる龍人一族『青守』は、その圧倒的な力で大国・龍を長年に渡り治め、10年前の鬼人出没時もオトポリを結成し、その指揮をとった伝統の一族である。
「それよりも今回の件のことを」
「今回の件は私の自己紹介よりも重要か?」
「当たり前です」
「そっそうか……」
金汰にきっぱりと言われ、座黒が少し悲しげに頷く。
「しかし人が鬼人に……なぁ」
「ええ」
座黒の言葉に金汰が深々と頷く。
「その者たちは確かに人間であったのか?ゴン」
「はい……」
金汰の横に立つゴンが厳しい表情で頷く。
――――シロキ……?ねぇ……シロキっ……どう……したの……?――――
――――あれっ……?何だか俺もっ……もう眠いやっ……――――
クロトとシロキのことを思い出し、ゴンが少し俯く。
「……本人の口からそう聞きましたし、死ぬ間際に人の姿に戻ったのを確認しました。間違いありません」
「……そうか……」
暗い表情で報告するゴンを見て、座黒も気難しい表情で頷いた。
「竹取輝矢の話によると、そのオーロラという女が鬼人化したのは今から30年も前ということになるな……」
「ええ、世界中に鬼人が出没し、桃タローが英雄となった10年前よりもさらに前ということになります」
「つまり……鬼人が出没する前から、その人間を鬼人に変える力を持った者は存在した……」
そう言うと座黒は椅子から立ち上がり、窓際の方へと歩いて行く。
「10年前の鬼人出現も、今回の鬼人復活も……どうやらその者が深く関わっているのは間違いないようだな……」
窓から龍国を見渡し、厳しい表情を見せる座黒。
「お前たち以外からも、鬼人化した人間の報告をいくつか受けていてな……」
『えっ……?』
座黒の言葉に、ゴンと金汰が眉をひそめる。
「北西の地では、とある街の住人がある日突然、全員消え、その後その付近に多くの鬼人が出現した……」
「街人全員が……鬼人化したと……?」
「確証はないがな」
『……。』
座黒が振り返ると、ゴンと金汰は何とも厳しい表情を見せていた。
「その者の動きがここに来て活発化しているのは間違いない。我々も早急に手を打たねばならん……」
「そうですね」
金汰が素早く頷く。
「……ゴンっ」
「……っ?」
座黒が鋭い瞳をゴンへと向ける。
「はいっ?」
少し戸惑うように返事をするゴン。
「この度の件、“あの女”が絡んでいる可能性がある……」
「……っ」
その言葉を聞いた瞬間に、ゴンの表情が凍りつく。
「その辺りは……お前も覚悟してかかるようっ……」
「覚悟って……何ですかっ?」
「……っ?」
言葉を遮り、鋭く問いかけてくるゴンに、座黒が顔を上げる。
「俺はいつだって殺せますっ」
「おっおいっ、ゴンっ」
強く言い放つゴンに、金汰が注意するように声をかける。
「今更覚悟なんて必要ない……」
「ゴン……」
怖いとすら思えるほど冷たい瞳を見せるゴンに、座黒が少し目を細める。
「じゃあ俺っ……まだ報告書残ってるんでっ……」
「あっ!おいっ!ゴンっ!」
金汰が呼び止めるにも関わらず、ゴンはあっさりと座黒に背を向け、長官室を後にした。
「すみません、長官。アイツ、いい年こいてんのに、どうにも子供染みたところがあってっ……」
ゴンの代わりに申し訳なさそうな顔を見せる金汰。
「アイツには後で俺からきっちりっ……」
「いやっ……」
「へっ?」
穏やかな笑みを見せる座黒に、金汰が少し首をかしげる。
「あれはあれで……大人になったんだと思う……。あの頃のゴンに比べれば……」
「長官……」
まるで親のように温かい座黒の表情に、少し目を細める金汰。
「だが……憎しみというものは深い……」
座黒が少し悲しげな表情となる。
「消したくとも……消せないものなのだ……」
「……。」
座黒の言葉に、金汰も少し辛い表情で俯いた。
「それと竹取輝矢のことだが……」
「ああ、はい。早速、今から迎えにっ……」
「いやっ、お前は警務に集中してくれれば良い」
「はっ?」
座黒に背を向けて輝矢を迎えに行こうとした金汰が、座黒の言葉に目を丸くして立ち止まる。
「ですがそれではっ……」
「イチゴ」
「はい……」
「……っ」
座黒が名を呼ぶと、長官室の入口付近に人影が現れる。影となっていて顔はよく見えないが、声からしてまだ若い女性に思える。
「お呼びでしょうか……?お父様……」
「イチゴっ」
入ってきた人影を見て、金汰が少し驚いた顔を見せる。
「竹取輝矢のことはイチゴに任せることにした」
「イチゴにですか?」
「ああ、竹取輝矢とは昔からよく知る仲だしな。それに竹取輝矢のお供に朱実桜時がおるそうではないか」
「えっ?ああ〜はいはいっ、ハチ公のことですねっ」
思い出したように答える金汰。ハチが朱実の一族であるという認識が、まだ薄いようである。
「イチゴは彼とも面識があってな。前々からもう1度会いたいと言っておったしな」
「お父様っ……」
笑顔で言い放つ座黒に、人影が少し照れるように俯いた。
「では早速、迎えに行ってくれ、イチゴ」
「はい……」
小さな声で返事をして、人影が長官室から姿を消した。
「お前は会議の準備を頼む、金汰」
「はっ!」
金汰が敬礼をしてしっかりと答える。
「あっ、それと長官っ」
「んっ?」
「輝矢さんから桃ちゃんに今回の件、伝わりますかねぇ?後で報告に行こうかと思ってたんですけど」
「むう……」
金汰の言葉に、座黒が少し考えるように俯く。
「今回の件、桃ちゃんにも伝わっておいた方がいいですよね?桃ちゃんなら何かわかるかもっ…」
「わからんっ」
「へっ?」
座黒の一言に、目を丸くする金汰。
「あの男の考えることはわからんからなぁ……」
「まっまぁ確かに……」
困ったように呟く座黒に、金汰も思わず相づちを入れる。
「でぇ、私の自己紹介の続きなんだがぁ」
「いやっ、だからもういいですって」
真剣な表情をすぐに崩して、またしても自己紹介を始めようとする座黒に、金汰は呆れた表情で言い放った。
長官室を出たゴンは長く続く静かな廊下を1人、歩いていた。
「……。」
――――今回の件、あの女が関わっている可能性がある……――――
――――お前もその辺りは覚悟してかかるようっ……――――
「……っ」
過ぎる座黒の言葉に、ゴンはどこか煩わしそうに首を振った。
「クソっ……!」
収まらない何かを振り切るように、ゴンはすぐ横の壁に拳を打ちつけた。
色々な想いが交錯し、色々な人々が動く中、輝矢たちもその“龍国”へとやって来ていた。
『ふっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っっっ』
どこまでも広がる街並みと、その向こうに延々と続く真っ青な海に、少し間の抜けた感嘆の声を漏らすのは、1匹のイヌと1匹のサル。ハチとモンキである。
「ここが……龍国っ……」
「かぁぁ〜〜っ!さっすが御伽最大の国やなぁ〜っ!」
「おっきいねぇ〜」
丘の上から街全体を一望しながら、それぞれに声を出すハチ、モンキ、ユキジ。これまでも大きな国はいくつか行ったが、龍国はまったく規模が違っていた。家の数も人の数も倍、いやそれ以上である。
「桜時はぁ〜?同じ四大国の雀の王子様なんだし、龍国来たことあるんじゃないのぉ〜?」
「えっ?あっ、いやぁ……それがぁ……小さい頃、孔雀さんに連れられて1回来たことあるらしいんだけどぉ……」
ユキジの問いかけに、気難しい表情を見せるハチ。
「どうにも思い出せないってゆーか、思い出そうとするとこう頭がキーンとなるってゆーか……」
「キーン?」
「来た時に頭でもぶつけたんちゃうかぁ〜?」
「んん〜っ」
ユキジとモンキの言葉に、ハチがさらに考え込む。
「まぁそのウチ思い出すってぇ〜でぇ〜?オトポリの本部ってゆ〜のはここから遠いのぉ〜?輝っ……」
「すぅーっ……すぅーっ……」
『……。』
立ったまま器用に眠っている輝矢を見て、ハチたちが固まる。
「よくこの状態で寝れるよねぇ〜ある意味、感心っ」
「ここに来るまでなんか、歩きながら寝とったでぇ?さっすが輝矢んっ!」
「ったくっ!」
感心しているユキジとモンキの横から、ハチが呆れた表情で輝矢の元へと歩み寄っていく。
「おいっ!おおぉぉぉぉーーーいっっ!!!」
「んっ……?」
ハチの大声に、輝矢がゆっくりと目を開く。
「いやぁ〜っ、懐かしいですねぇ〜。若かりし頃が甦るというか、心あらわれるような思いですねぇ〜」
「ウソをつけっ!!思いっきり寝てたじゃねぇーかっっっ!!!!」
龍国の街を眺めながら、懐かしそうに微笑む輝矢に、ハチが全力で突っ込みを入れる。
「いやぁ〜っ、すみません。あまりの懐かしい香りについウトウトしてしまいましてっ」
「ったくっ!……っ」
笑顔で謝る輝矢に不機嫌な表情を見せていたハチであったが、その表情が不意に曇る。
――――疲れてるんじゃなぁ〜い?やっぱ……――――
――――月器や水力使うのって、やっぱそれなりに輝矢の体に負担かけてんじゃないかなぁ〜?――――
「……。」
思い出されるユキジの言葉に、ハチが少し目を細める。
「もし調子悪いんならっ……ちゃんとそうっ……」
「別にっ、どっこも悪くないですよぉ〜っ」
ハチが言葉を言い終えないうちに、輝矢がハチに爽やかな笑顔を向けた。
「ハチは全然っ、何にも心配しなくて大丈夫ですからっ」
「……っ」
その輝矢の言葉に、少し表情をしかめるハチ。
「またそれかよっ……」
「……っ?」
どこか暗い表情で俯くハチに、輝矢が少し首をかしげる。
「それにしてもぉ〜輝矢に故郷があるなんて思わなかったなぁ〜っ」
「せやなぁ〜」
「確かに……」
「失礼ですねぇ」
ユキジの言葉に深く頷くハチとモンキ。そんな3匹を見て、輝矢が少し表情をしかめる。
「じゃあ私はどこで生まれたと思っていたんです?」
『どこでっ……?』
輝矢の問いかけに一斉に考え込む3匹。
「地獄っ?」
「闇の底とかぁ?」
「ブラックホールっ!」
「……。」
――――バキッ!ボガンッ!ダンッ!バシンッ!ガシャコォンッ!――――
『ううっ……』
笑顔で答えたモンキとユキジに、輝矢の鉄足が振り下ろされた。
「なんで桜時は蹴らないのさぁ〜っ?」
「ハチの言うことなら何でもいいからです」
「ううぅ〜差別だぁ〜っ」
「俺は輝矢んとの出会いが、ブラックホールから来たくらいの衝撃やったってことを伝えようとぉっ……!!」
「はいはいっ」
「ぎゃあああああっっっ!!!!」
下手な言い訳をしようとしたモンキに、再び輝矢の鉄足が振り下ろされる。
「さっ、じゃあまだ会議まで時間はありますが、オトポリ本部へ行きますかっ」
「えっ?お前ん家、行かないのかっ?」
輝矢の言葉に、ハチが少し意外そうに聞き返す。
「何です?ハチ。そんなに私のお家訪問がしたかったのですか?」
「そうじゃねぇーよっ!」
「大丈夫ですよぉ。後でたっぷりお家デートしましょうねぇっ」
「だっからそうじゃねぇーって言ってんだろうがっっ!!!」
1人、ウキウキとしたオーラを放つ輝矢に、ハチがどんどん突っ込む声を大きくしていく。
「そうじゃなくってぇっ!まず家に顔出さなくていいのかって聞いてんだよっ!!」
「そうだよぉ〜まだ会議には時間あるんだしぃ、先、家行っちゃえばぁ〜っ?」
「家に行くと、会議に間に合わなくなりそうですからっ」
ハチとユキジの問いかけに、輝矢が平然とした表情で答える。
「アナタたちのことを師匠に紹介しなきゃいけませんしね」
『師匠っ?』
輝矢の言葉に3匹が一斉に目を丸くする。
『しっ……師匠って……』
「ああ、“桃タロー”のことですよ」
『桃タローっっ!!?』
3匹が桃タローの名に敏感に反応する。
「もっ……桃タローっ!?そうかぁっ!!俺ら、あの桃タローに会えるんかぁぁっっ!!」
「御伽界を救ったってゆう超スペシャルな英雄をナマで見れるんだねぇ〜っ!感激ぃぃぃ〜〜っ!!」
「おっ俺っ、握手してもらおっかなっ!?」
「まぁそんなに期待しない方がいいと思いますけどね……」
興奮気味の3匹には聞こえないような小さな声で輝矢がそっと呟く。
「まぁとりあえず、先にオトポリに行きますよぉ〜」
『はぁ〜いっ!!』
桃タローにすっかりテンションの上がった3匹は、輝矢の言葉に素直に手を上げた。
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