第1章 鳥の国の犬王子 ☆7
「……。」
「うぐっっ……!!!がああああああああああっっっっ!!!!」
静かに着地した輝矢の後方で、縦真っ二つに切り裂かれた太鷲が激しい叫び声を響かせる。
「おっ……のれっ……竹取……輝矢っ……」
切り裂かれた太鷲の体が、徐々に灰色の砂へと化していく。
「だがっ……これで終わりと思うなよっ……!我らっ……鬼人はっ……まだまだ増えっ……!ぐふっ……」
――――パァァァァァァァァーーーンッッッ!!!!――――
「……。」
完全に砂となり、風に吹かれて消滅していく太鷲。
太鷲の残した意味深な言葉に、輝矢は少し目を細めた。
「鬼人復活のウワサは……本当だったのかっ……」
輝矢の元へとやって来る、背中にくっきり輝矢の足跡のついているハチ。
「それにしても太鷲が鬼人だったなんてっ……」
「何ぃぃぃぃぃっっっ!!!?あの鬼っ!太鷲だったのかぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?」
「遅せぇーよっ」
太鷲の正体が鬼人であったことを今知り、大きく驚いている銀ペーにハチが突っ込む。
「まぁいっか。お前がいなかったら孔雀サンは死んでたっ。サンキューなっ!ペンギンっ!」
「……っ」
笑顔で礼を言うハチを見て、銀ペーがどこか申し訳なさそうな表情を見せる。
「もぉぉぉぉぉーーーーっしわっけあんませんっっっ!!!!」
「えっ?」
いきなり土下座して頭を下げる銀ペーに、ハチが目を丸くする。
「朱実のお坊ちゃんとは露知らずっ……!!暴言吐いたり追い回したりスライディングしたりっ……!!」
「あっ、ああ」
スライディングで味わった恐怖を思い出し、少し顔を引きつるハチ。
「許してやってくだせぇぇぇっっ!!!さっきはアニキも虫の居所が悪かっただけなんスぅぅ〜〜っ!!」
「悪いついでにスライディングしちゃう困ったちゃんなアニキなだけなんスよぉぉぉ〜〜〜っっ!!!」
「フォローしてんのか……?それっ……」
フォローになっていない子分ペンギンたちの言葉に、ハチが呆れた表情を見せる。
「まぁもぉーいいよ」
「へっ?」
銀ペーが深々と下げていた頭をやっと上げる。
「俺も……悪かったなっ。無神経に“飛べない鳥”とか言って……」
「いえいえいえいえっっ!滅相もないっ!わたくしなど、たかが飛べない鳥っ!その通りなんですからっ!」
「たかがなんて言うなよ」
「えっ?」
またもや頭を下げようとした銀ペーが桜時を見上げると、ハチはどこか悲しげな表情を見せていた。
「飛べなくても、あんたは立派な鳥だっ……」
――――イヌはイヌらしく、広い庭の中を駆け回ってればいいのっ!!――――
イヌであるが故に受ける蔑み。認められない存在。何度、鳥であったらと願っただろう。
「だから……俺にはアンタだって……眩しく見える……」
「……っ」
ハチのその言葉に、一気に目を潤ませる銀ペー。
「うおおおおおおおっっっ!!!ハチ様ぁぁぁっっっ!!!!」
「だっから俺はハチじゃねぇーよっっ!!」
感動のあまり泣きつく銀ペーに、感動ムードぶち壊しで怒鳴りつけるハチ。
「やれやれ……ですね」
輝矢が足の傷の止血をしながら、呆れた様子でハチと銀ペーを眺める。
「何とお礼を言っていいかぁぁっ!!恩返しさせてくださぁぁぁぁぁーーーーいっっ!!!」
「……っ」
「ぐはあっっ!」
そんな輝矢に恩返しをしようと突っ込んできた千鶴であったが、輝矢がひらりと千鶴をかわし、千鶴は勢いそのままに壁に激突した。
「やれやれですねぇ……。……?」
「……。」
壁に激突した千鶴を見ていた輝矢が振り返ると、そこにはどこか不満げな表情を見せ、しっかりと腕組みをした孔雀が立っていた。
「まっ……まぁ約束しちゃったものはしょうがないわっ!あなたの望み通りっ……!」
「アナタを助けたのは私ではなく、イヌとペンギンです」
「えっ?」
輝矢の言葉に戸惑うように顔を上げる孔雀。
「彼らの願いを……叶えてあげて下さい」
「……。」
笑顔で言う輝矢に、孔雀が真面目な表情を見せる。
――――俺はイヌだけどっ…!もっと羽ばたきたいんだっ…!!――――
「……っ」
思い出されるハチの言葉に俯く孔雀。
「“願い”……ね……」
「……。」
呟いた孔雀を見て、笑顔で肩を落とす輝矢。
「恩返しさせてくださぁぁぁぁーーーいっっっ!!!」
「おおおううううっっっ!!!後頭部を嘴で刺すなぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
『アニキっっ!!!頭から血がっ……!!』
「うっぎゃああああああああああっっっ!!!!」
「何やってんだよ、お前らっ……」
こうして、雀国で起きた戦いは終わりを告げた。
翌日……。
「えっ!?じゃあお前、退治屋だったのかっ!?」
「ええ」
驚きの声をあげた白いイヌ、ハチに、輝矢が笑顔で頷く。
2人は朱実の屋敷入口にある、ハチが咲かせたのか季節はずれの桜の木の下に座り込んでいた。
「雀国にも元々、鬼人が入り込んでいるという噂を聞いてやって来たんですよ」
「ふぅぅぅ〜〜〜んっ……」
――――アナタのことはついでですよ、私は私の仕事をするだけです――――
「そうゆうことかっ……」
戦闘中に輝矢が言ったあの言葉の意味を、ハチは今、やっと理解した。
「鬼人復活の噂を聞きつけ、桃タロー師匠との修行を終えて、鬼人退治の旅をしているところなんです」
「鬼人退治の……旅……」
どこか興味深く、輝矢の言葉を繰り返すハチ。
「四大国ともなれば狙われることも多いでしょう。また何かあれば呼んで……ということもありませんか……」
笑顔を浮かべ、ゆっくりと立ち上がった輝矢が、まだ座っているハチを見下ろす。
「朱実を出る許可、出たのでしょう?」
「……うん」
少し浮かない表情で頷くハチ。
太鷲との戦闘でハチに助けられた孔雀は、ハチの願いを聞き届け、ハチが朱実の屋敷を羽ばたいていくことを認めたのである。
「でもっ……せっかく許し出たってのに、何か不安でさっ……」
「不安?」
ハチの言葉に、輝矢が首をかしげる。
「何か……一度家出たら……帰ってきた時、“お前の家はここじゃない”って言われちゃいそうで……」
「ハチ……」
閉じ込められている時はその狭い世界を不満に思っていたが、外の世界へと飛び出せば、あれほどハチを嫌っている孔雀なのだから、もう繋がってはいられないような不安にかられる。
そのハチの不安を理解し、輝矢は少し目を細めた。
「結局、俺はぁ……羽ばたく翼のない、ただのイヌなんだよなぁ〜」
「そんなことありませんよ」
「えっ?」
ハチが戸惑うように輝矢を見上げる。
「私には確かに見えますよ?」
「見え……?」
「アナタが背負う、その翼が……」
「……っ」
輝矢の笑顔に、ハチが思わず目を見開く。
「……あのっ……さっ……」
「桜時ぃぃぃぃぃ〜〜〜〜っっ♪」
「桜時ぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜っっ♪」
「桜時ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜っっ♪」
「うわあっ!」
何かを切り出そうとしたハチの言葉を遮るようにハーモニーを刻みながら、輝矢の頭上へと舞い降りた3羽のスズメ。ハチが少し驚きながら輝矢の頭の上を見る。
「松兄!竹兄!梅人!」
『おぉぉぉぉぉ〜〜〜〜うぅぅぅぅぅ〜〜〜じぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜っっっ♪♪♪』
「いいからとっとと降りて下さい」
『ぎゃああああっっっ!!!』
改めてハモるスズメたちを、容赦なく払い落とす輝矢。
――――ボォォォォォォォ〜〜〜〜ンッッッ!!!――――
『痛たたたたたたっ……』
落ちたスズメたちを白い煙が包むと、そこには孔雀の息子たちである朱実3兄弟の姿があった。皆、背中やら腰やらを痛そうに押さえている。
「まったく……人がせっかくハチを口説き落とそうとしてる時にぃ〜」
「えっ!!?そうだったのかっっ!!?」
輝矢の言葉に1番驚くハチ。
「それよりも母上が家出る許可出したって本当なのかいっっ!?桜時クンっっ!!」
「えっ?あっああ」
勢いよく問いかけてきた、眼鏡がトレードマークの1番上の兄・松人(20歳)に、勢い負けしながらも頷くハチ。
「本当なんだっ……」
ハチの頷きに、どこか衝撃を受けたように呟く、お坊ちゃんヘアの3兄弟の末っ子・梅人(16歳)。
「そんなぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っっっ!!!桜ちゃんが出てっちゃうなんて寂しすぎだよぉぉ〜〜っっ!!!」
甲高い声で泣きじゃくる、ピアスやネックレスなどの激しいチャラ男、3兄弟の真ん中・竹人(18歳)。
「そんなの耐えられないよぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜っっっ!!!!」
「そうだっっ!!耐えられないっっ!!!」
「うんっ!!耐えられないっっ!!」
「みんなっ……」
寂しがる3兄弟に、ハチが少し目を細める。
『桜時が出てったら、誰をからかって楽しめばいいんだぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っっっ♪♪♪』
「さっ、とっとと行こうっ」
3兄弟のハーモニーに、旅立ちの決意を固めるハチ。
「桜時様っ!!」
「……っ?千鶴」
屋敷の中から慌てた様子で姿を現したのは、千鶴であった。
「もう行かれるのですかっ!?竹取様もっ……!まだ足の傷だって癒えてらっしゃらないのにっ!」
「けっこう丈夫なんで大丈夫ですよ。あんまり長居してると旅立ちにくくなってしまいそうですし」
「俺もっ!とっとと行かないと決心鈍りそうだしなっ」
「桜時様っ……」
笑顔を見せるハチに、千鶴が不安げに目を細める。
「それで……孔雀サンは……?」
「いえ、それがっ……」
「やっぱ……見送ってはくんないか……」
『母上は意地っ張りだからねぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜っっっ♪♪♪』
俯いた千鶴に、寂しげな笑顔を見せるハチ。そんなハチに、3兄弟がハーモニーを奏でる。
「まぁ朱実のことは、このっ!警備隊長のっ!あっ!警備隊長の銀ペー様に任せておいてくれいっっ!!」
『いよぉっ!!アニキぃぃぃっっ!!!』
「へーへー、警備隊長に任命されて嬉しいのはわかったから」
どこからともなく現れ、誇らしく言い放つ銀ペーと、それを盛り上げる子分ペンギンたち。
太鷲との戦いの中で孔雀を救った銀ペーは、隊長であった太鷲がいなくなったということもあり、警備隊長に後任されたのである。子分たちももちろん警備隊入りを果たした。
盛り上がるペンギン集団に少し呆れた顔を見せるハチ。
「まぁじゃっ、そろそろ行っ……。……っ!」
『……っ?』
立ち上がったハチが、ふいに驚きの表情を見せ、皆がハチの見ている方を振り向く。
『……っ』
「……。」
「孔雀サンっ……」
屋敷の入口から現れたのは、今日もゴテゴテとした派手な着物を身に纏った孔雀であった。
孔雀は真面目な表情で、ゆっくりとハチの前まで歩み寄ってくる。
「桜時クン、人化を……」
「えっ?あっ、ああ」
――――ボォォォォォォォォ〜〜〜〜ンッッッ!!!!――――
松人に言われ、人の姿となる桜時。いつも桜時を見ようとしていなかった孔雀が、今日はまっすぐに桜時を見つめていた。
「孔雀さっ……」
「これを……」
「えっ?」
孔雀が桜時へと差し出したのは、紫色の鮮やかな柄の、白い鞘に入った1本の刀であった。
桜時が戸惑いながらも刀を受け取り、その刀を鞘から静かに抜く。
「……っ」
磨きぬかれた半透明の何とも美しい刀身。吸い込まれてしまいそうである。そして何かただならぬ力のようなものを感じる刀であった。
「その刀の名は“村雨丸”」
「村雨……丸……」
刀を掲げながら、そっと刀の名を呼ぶ桜時。
「かつてあなたの父親が、我が妹・雲雀に送った刀……」
「父さんがっ……母さんにっ……?」
「父親を探すというのなら、少しは手がかりになるかも知れないわね」
「……っ」
そっぽを向きながら話す孔雀。その孔雀の言葉に、桜時は驚いたように目を見開いた。
「孔雀さっ……」
「それに丸腰じゃ、いくら何でも困るでしょ?ただでさえ翼もないイヌなんだからっ」
そう言って、孔雀が桜時に背を向ける。
「まぁ精々、野垂れ死なないようになさいっ」
「……っ」
桜時の方を振り返ることなく、あっさりと屋敷の中へと戻っていく孔雀。
優しい言葉ではない。いつもと同じ、蔑みの言葉。なのに何故か、温かく胸に染み込む。
「孔雀サンっ……!」
「……っ」
桜時の呼ぶ声に、屋敷に入ろうとした孔雀の足が止まる。
「俺っ……!これから色んなとこ行って、色んなことやって、色んな人に会ってくると思うけどっ……!」
村雨丸を大事に抱え、必死に叫ぶ桜時。
「全部が終わって気が済んだらっ……!この家に帰ってきていいかなっ!?」
『いいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜っっっ♪♪♪』
「アナタ方には聞いてませんよ」
桜時の問いかけにハーモニーで答える3兄弟に、輝矢が冷たく一言。
「……。」
桜時が緊張した面持ちを見せ、その場に少しの間だけ訪れる沈黙。
「まっ……」
「……?」
「他に帰るところがないなら、しょうがないわね」
「……っ!」
そう言って屋敷の中へと消えていく孔雀。しかし桜時は零れんばかりの笑顔を見せる。
「……っ」
孔雀の入っていった朱実の屋敷へ、深々と頭を下げる桜時。
「行ってきますっ……!」
「……っ」
笑顔で顔を上げた桜時を見て、輝矢もそっと笑みを零した。
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