第9章 猿蟹合戦 ☆6
――――1年前。柿之木山の柿の木に実の生る少し前。
“猿の村”。
「おっらあああああああっっっ!!!!」
「ぎゃああああああっっっ!!!!」
自分の2倍はありそうな大柄の男を、軽々と吹き飛ばす1人の青年。
「ったくっ!弱過ぎるっちゅーねんっ!どいつもコイツもっっ!!」
猿川門貴、16歳。猿の村に生まれた、猿人の青年。
「勝者:門貴っ!」
「当ったり前やろぉっ!?こんな弱っちいヤツらに俺がヤラれるかっちゅーねんっっ!!!」
右手を挙げて声を出したサルに、門貴が強く怒鳴りかける。
「ええ〜よって本年度の猿長は門貴にっ……」
「おお〜うっ!!任しときぃっ!!カニどもなんか俺が1匹残らずグサボロにしてやるわぁっ!」
「グサボロって……」
「やりましたねぇっ!!門貴さんっっ!!」
高々と言い放つ門貴に、呆れた表情を見せるメガネザルと声援を送る子ザル。移貴と猿飛である。
「見事であった……猿川門貴よ……」
「……っ?」
年老いた声に振り返る門貴。そこに立っていたのは全身白い毛の年老いたサル。いかにも偉そうな髭を蓄えており、木の杖をついている。
「おうっ!じじいっ!やぁ〜っと俺の力を認めっ……!」
「じゃがな門貴、猿蟹合戦は相手を傷つけるための戦場ではない……」
「ああっ?」
厳しい表情を見せる老ザルに、門貴が眉をひそめる。
「猿蟹合戦というのはっ……グボオオオオウっっ!!!ゲハァっ!!ゴホォォっっ!!」
「長老さまっ……!!お薬をっ……!!」
「……。」
真剣な表情そのもので話していた老ザルが急に激しく咳き込み、隣にいたサルが慌てて薬と水を差し出す。その光景に少し呆れた表情を見せる門貴。
「うっううんっ……ああ、門貴……」
呼吸を整え、改めて真剣な表情を門貴へと向ける長老。
「猿蟹合戦というのはな……」
「……。」
門貴も少し息を呑む。
「猿蟹合戦というのは……グガアアアアアアアアウっっ!!ゴホオオっ!!ゲハァァァっっ!!!」
「だあああああああっっっ!!!」
またしても肝心なところで咳き込む長老に、門貴が思わずズッコケる。
「長老さまっ……!!お薬をっ……!!」
「ゲホゲホっっ!!!グホホっっ!!」
「ったくっ!やってやれんわっ!俺、もう行くでぇっ!」
「門貴っ!」
「……っ」
またしても薬と水を飲まされる長老を見兼ね、その場を立ち去ろうとする門貴。しかし強く呼ぶ長老の声に、門貴が足を止めた。
「猿蟹合戦は一族の誇りを賭け、己の力を試すための戦場……むやみやたらにカニたちを傷つけることはっ……」
「戦場は戦場やろっっ!!?」
「……っ」
やっと言えた長老に対し、どこか残酷な笑みを向ける門貴。
「生温いこと言うて人笑わせんといてくれやっ……」
「あっ!門貴さんっ!」
「おいっ、待てやぁ〜門貴ぃ〜」
「……。」
冷たい表情を長老に向けて去っていく門貴を、猿飛と移貴が慌てて追って行く。門貴の去っていく背中を見ながら、気難しい表情を見せる長老。
「良いのですか……?長老……」
長老の隣にいる薬を構えたサルが、長老へと問いかける。
「よりにもよってあの暴れザルの門貴を猿長にするなんて……」
「今のヤツにはぁ……“出会い”が必要なんじゃよ……」
「出会い……?」
長老の言葉に首をかしげるサル。
「それってどういう……」
「グホホホホ方ウウっっ!!ゲハアアアアっっ!!グハアアアアアアっっ!!ゴホっ!ゴホっ!」
「ちょっ……!長老さまっ……!!」
またしても咳き込む長老に、慌てて薬を差し出すサルであった。
10歳の時、猿長だった兄貴が死んだ。
猿蟹合戦で負った傷が元で、弱っていってそのまま死んだ。
母さんは……めちゃくちゃ泣いた。
オヤジは……“アイツはよくやった”と言った。
“バカげてる”……そう思った。
門貴が猿長に決まって間もなく、柿之木山の柿の木に実が生った。猿蟹合戦が始まった。
「おっらぁぁぁっっっ!!!如意棒っっ!!!」
『ギャニィィィィィっっっ!!!!』
門貴は実をつけた柿の木の下、多くのカニを容赦なく傷つけた。
「はっ!蟹江一族も大したことないなぁっ!」
「何だカニっ!?」
倒れ込んだカニの1匹が、罵倒する門貴に倒れたままハサミを向ける。
「……っ」
「……っ!ぎゃああああああっっっ!!!!」
突き出されたハサミを、力強く踏みつける門貴。カニの悲鳴が山に響き渡る。
「弱いゆーとんねんっっ!!」
「ううううっ……うううっ……」
「おっおいおいっ、ちょっとヤりすぎじゃっ……!」
ハサミにヒビが入りそうなまでに踏みつける門貴に、移貴が思わず声を出す。
「うっさいっ!!お前も殺されたいかぁっ!?移貴っ!」
「全然ヤりすぎていません」
「すごく情けないよ……移貴さん……」
門貴に睨まれ、すぐに大人しくなる移貴に、猿飛が呆れた表情を見せた。
「あぁ〜あっ!」
「ううっ……!」
門貴がカニのハサミから足を下ろし、倒れ込んだカニたちに背を向ける。
「弱っちいカニばっかで全然面んないなぁっ!こんなんやったら猿長にならんで良かったわぁっ!」
そう言いながら、門貴が山を登っていく。
「何か荒れてません?今日の門貴さんっ」
「アイツはいっつも荒れとうやろ」
「おいっ!とっとと帰るでぇっ!もたくさすんなやっ!!」
「あっはいっ!」
門貴に聞こえないようにこっそりと話す移貴と猿飛。そんな2人に門貴が山の上方から怒鳴り声をあげると、猿飛が慌てて返事をした。
「移貴さんっ!」
「ヘイヘイっ……って、ああっ!?」
「えっ?ええっっ!!?」
「……?」
聞こえてくる2人の妙に驚いた声に、門貴が思わず足を止める。
「どうしっ……なっ……!!?」
「隙アリぃぃっっ!!」
振り返った門貴に、大きなハサミを振り下ろす、真っ赤なショートヘアの1人の少女。
――――バッコォォォォォォォンッッッ!!!!――――
「……っ!!だあああああああっっ!!」
少女の振り下ろしたハサミが、門貴の頭に炸裂する。
「いっ……痛てえええええっっっ!!!!」
「門貴っ!」
「門貴さんっ……!!?」
頭のてっぺんにたんこぶを作ってしゃがみ込む門貴に、思わず身を乗り出す移貴と猿飛。
「なっ……!何だっつっ……!」
「1本取ったでぇっ!!猿川門貴っ!!」
「……っ」
戸惑うように顔を上げた門貴に、ハサミを下ろした少女は屈託のない笑みを向けた。底抜けに明るいその笑顔に、門貴が少し驚いたように目を見開く。
「……って、いきなり何すんねんっ!!クソ女っっ!!」
門貴が怒り剥き出しの表情で立ち上がる。
「カニ族のヤツかぁっ!?俺に勝負でも仕掛けに来っ……!」
「せやっ!ウチは今年の蟹長の蟹江一花っ!!よろしゅうなっっ!!」
「なっ……!?」
『蟹長っっ!!?』
少女の自己紹介に、大きく驚く門貴、移貴、猿飛。それもそのはず、蟹長というのは猿長同様、村で行われるいわゆる予選大会で村の誰よりも強くなければなれない者。その蟹長が今、目の前にいる愛らしい少女とはとても信じられなかった。
「はっ!何、しょーもないウソっ……!」
「ウソちゃうよぉっ!なぁっ?」
「せやせやっ!!姉ちゃんは蟹の村で1っ番強い、最強のカニなんやぁっ!」
「せやせやぁっ!」
一花の問いかけに答えるのは、後方から一花を応援しているまだ幼さの残る二花とチョキ三郎。
「なっ?ウソやないやろっ?」
「……マジでっ……?」
笑いかけてくる一花に、引きつった表情を見せる門貴。
「っちゅーわけで記念すべき初手合わせといこかぁっ!猿長っ!」
一花がやる気満々でハサミを構える。
「冗談っ!誰が女なんかとっ」
「待ていっ!」
「だあああああああああっっっ!!!!」
吐き捨てるように言って門貴が一花に背を向けた途端、一花が門貴の後頭部にハサミを振り下ろした。ハサミを喰らった門貴が、頭を抱えてしゃがみ込む。
「おっ前……1度ならず2度までも俺の頭をっ……!」
「蟹長が決闘しょ〜言うてんのに断る猿長がどこにおんねんっ」
頭に2個できたたんこぶを押さえながら、門貴が突き上げるように一花を睨むが、一花は少しも恐がる様子なく、口を尖らせて門貴に訴えた。
「一族の誇りを賭けて蟹長と猿長が拳と拳でぶつかり合うっ!それが猿蟹合戦やろっ?」
「かっ!アホらしっ」
「……っ」
熱く語る一花に、煩わしそうに言い放つ門貴。
「俺は猿蟹合戦なんかどうでもええねんっ……」
「えっ……?」
立ち上がりながら言う門貴を、一花が不思議そうに見る。
「俺はどいつもコイツもグサボロにできりゃあそれでええんやっ!」
「……っ」
――――バギコォォォォォォーーーンッッッ!!!――――
「がああああああああああああっっっ!!!!」
立ち上がり一花を見下ろして、冷たい笑みを向ける門貴。そんな門貴の笑みと言葉に一花が表情をしかめ、またもや門貴の頭にハサミを振り下ろした。
「痛ってぇぇぇぇぇぇ〜〜っっ……」
もう全体的に腫れ上がった頭を押さえながら、またしてもしゃがみ込む門貴。
「お前なぁっ……!!」
「そんなに誰か傷つけたいなら……ウチが相手したるわっ!この当てつけハゲザルっ!」
「ああっ!?」
顔を上げた門貴に、一花が鋭い表情で言い放つ。一花の言葉に、顔をしかめる門貴。
「上等やっっ!!このクソカニ女ぁぁぁっっっ!!!」
門貴が如意棒を構え、勢いよく立ち上がって一花に振り下ろす。
――――パァァァァァァァァァーーーーーンッッッ!!!――――
激しくぶつかり合う、ハサミと如意棒。
「やぁーっとやる気になったなぁっ!よっしゃっ!改めて初手合わせやっ!」
「はっ!後悔すんなやぁっ!クソ女っっ!!」
『いっけぇぇーーっっ!!姉ちゃんっっ!!』
「負けんなやぁーっ!!門貴っ!!」
こうして始まった門貴と一花の戦いは、見つめるサルやカニの観衆がどんどん増える中、空がオレンジ色に染まるまで延々と続いた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
柿の木のすぐ傍に寝転がった門貴が、息を乱しながら、オレンジ色に染まった空を見上げる。
「お前っ……ホンマ女かっ?化けモン並みの力やぞっ」
「はぁっ……はぁっ……あんま嫁の貰い手がなくなるようなこと、大声で言いなやっ……」
柿の木を挟んで横に寝転がっている一花。こちらも激しく息を乱しながら、空を見上げていた。
「けど、さっすが猿長っ!やっぱ強いなぁ〜!」
一花が起き上がり、まだ寝転がっている門貴に笑顔を向ける。
「村にはウチと互角に戦えるヤツなんて誰もおらへんもんっ」
「せやろな……」
少し呆れた表情で答えながら起き上がる門貴。
「もう日も暮れるし、そろそろお開きにしよかぁ」
「せやな」
山から見える海に沈んでいく夕日を見つめながら、門貴と一花が言葉を交わす。
「ふぅ〜っ今日は楽しかったでっ!」
「……?」
立ち上がった一花がハサミを背中に背負いなおし、門貴の方を見る。
「また明日もやろなっ!門貴っ!」
「……っ」
一花は屈託のない笑顔を見せて、そう言った。
これが俺と一花の出逢いやった……。
「いっくでぇぇぇっっ!!門貴っ!!」
「いつでもかかってこいやぁぁぁぁっっ!!!クソ女ぁぁぁぁっっっ!!!!」
それから毎日、門貴と一花は、柿の木のすぐ横で1対1の手合わせを続けた。
「いってまえぇぇっっ!!!門貴ぃぃぃっ!!!」
「アホうっ!勝つんはウチの姉ちゃんやっ!」
「女が門貴に勝てるかいっ」
「何やとぉぉっっ!!?このクソメガネぇぇぇっっ!!!」
「ああっ!!?」
外野で険悪なムードとなる二花と移貴。
「まぁまぁ姉ちゃん〜」
「移貴さん、抑えて抑えてぇ〜」
チョキ三郎と猿飛が必死に宥める。
『はぁっ……はぁっ……』
『また互角かぁ〜』
毎日、勝負はつかなかった。だが毎日、勝負は続いた。
『いっけぇぇいけいけいけいけっ!!門貴っ!!サルの実力見したれぇっっっ!!!!』
『一花ちゃんファイトぉぉ〜っっ!!!カニの誇り、見せつけたれぇっ!!!!』
日に日に両者の応援のサル・カニは増え、その年の猿蟹合戦はかつてない盛り上がりを見せた。また、サルとカニ、両一族にあった壁のようなものも次第になくなり、両一族は親しくなっていった。
そして、門貴にも変化があった。
「ぐへひゃああああああああああああああああっっっ!!!」
“猿の村”深夜。稽古広場に移貴の叫び声が響き渡った。
「無理無理っ!痛い痛いっ!もう俺の負けっ!俺の負けっ!」
「よしっ」
倒れた後起き上がり、必死に負けを訴える移貴の前に立っていたのは、如意棒を構えた門貴であった。
「ほなっ、もういっちょやろかぁっ!」
「ええぇぇぇぇっっっ!!!?」
これ以上ないくらいに表情をしかめる移貴。
「やる気満々ですねぇ〜門貴さんっ!」
「んっ?」
そこに外野から猿飛が声をかけた。
「当ったり前やろっ!女に勝てんまんまでおれるかいっ!」
「それよりも俺の体のことをもうちょい考っ……」
「よっしゃっ!行くでぇっ!移貴っ!」
「えげぇぇぇぇぇっっっ!!!?」
移貴が嫌がる中、もう何度めになるのかもわからない門貴と移貴の手合わせが始まる。
「アハっ、何か変わりましたよねっ、門貴さんっ」
「うむっ」
笑顔を見せる猿飛の横で、深々と頷く長老ザル。
「良い出逢いをしたのじゃろう……うっ!ぐふっ!ゲハゲハゲハっっ!!!グオホホホホンっっっ!!!」
「長老さまっ……!!お薬をっ……!!」
「……長老さまは変わりないよね……」
そうして緩やかに、でも確実に、時は過ぎていった……。
「ふわぁぁぁぁ〜〜っ!まぁ〜た勝ち負け付かずかぁ〜っ!」
空がオレンジ色に染まる時間が早くなってきた頃、2人の勝負も少しずつ早く終わるようになっていた。勝負を終えた後の会話の時間が、少しずつ長くなっていた。
「今日、ギャラリーいなくて寂しいねぇ〜」
「“柿祭り”の日やからなぁ〜みんな準備で忙しいんやろっ?」
「ウチらの勝負より祭りかぁ〜やっぱっ」
柿の木にもたれるようにして海を見る一花と、柿の木のすぐ横で寝転がる門貴。2人だけの合戦でない時間が続いた。
「なぁっ……一花……」
「んんっ?」
門貴の呼びかけに、一花が笑顔で振り向く。
「前、言うたやろ……?俺の兄貴のことっ……」
「……っうん……」
少し目を伏せ、一花が小さく頷く。
「兄貴は猿長で、猿蟹合戦の傷が元で死んだ……」
「……。」
空を眺めながら話を続ける門貴の横で、どこか悲しげに俯く一花。
「俺ぇ、兄貴の葬式ん時、オヤジが“アイツはよくやった”言うた意味が全然、わからんかった……」
門貴がそっと目を細める。
「母さんがあんなに泣いてんのに、猿蟹合戦なんかのために死んだ兄貴が、ようやったなんて思えんかった」
「門貴……」
一花が顔を上げ、門貴を見つめる。
「猿蟹合戦が何やっ、何で一族の誇り守るために死ななあかんねんって……思とった……ずっと……」
門貴がゆっくりと起き上がる。
「今までは……」
「まで……?」
少し笑みをこぼして呟いた門貴の言葉に、一花が少し首をかしげる。
「今は……少しわかる気がすんねんっ……」
海に沈んでいく夕日を、まっすぐに見つめる門貴。
「兄貴が命賭けてまで戦った理由も、オヤジがようやった言うた意味も、この合戦の誇り高さも……」
「……っ」
門貴の言葉に、一花がそっと笑みをこぼす。
「だから俺も……一族の誇りと俺の命を賭けてこの合戦に臨もうと思えるようなったっ」
「……。」
一花が少し目と閉じ、俯いて微笑んだ。
「門貴っ、ウチのハサミ喰らいまくっとうからなぁ〜っ!案外、アッサリ命失うかも知れへんでぇ〜?」
「ああっ!?」
悪戯っぽく言った一花の言葉に、門貴が表情をしかめる。
「アホかぁぁっ!そんなに喰らってへんわっ!」
「そうかぁ〜?100発は喰らった思うでぇ〜?」
「それはお前がブンブン振り回すからやろぉっ!」
「門貴がもっと素早く避ければええやろぉ〜?おサルさんやねんからっ!」
「んやとぉぉぉっっ!!?」
強く睨み合う門貴と一花。
『……プっ!アハハハハハっ!!』
睨みあったのも束の間、すぐさま両者に笑いがこぼれた。
「……もう柿の季節も終わるな……」
「……っ」
不意に笑みを消して呟く一花。その言葉に、門貴もそっと笑みを消す。“柿祭り”は今年最後の柿を食べる時に開かれる祭り。柿の季節の終わりを意味し、そして猿蟹合戦の終わりも意味する。
「こうして毎日……勝負もできんようになるかと思うと……少し寂しいな……」
「ああ……」
一花の言葉に、門貴は素直に頷いた。いくら猿と蟹の一族が親しくなってきたとはいえ、長年争ってきた一族同士に変わりはない。猿蟹合戦が終われば、2人にはそう会う機会もなくなるだろう。
「寂しい……な……」
「……門貴……」
「んっ?」
「約束しよう。来年の猿蟹合戦も、猿長と蟹長としてここに来るって」
「一花っ……」
一花は右手の小指を差し出し、門貴に穏やかな笑みを向けた。
「……っ」
門貴もゆっくりと笑顔を作る。
「ああ……約束するっ……」
2人は小指と小指を交わらせ、固い約束を交わした。
「今度、この木に実が生る時はっ……きっと笑顔で出逢えるねっ……」
「ああっ……」
2人は柿の木を見上げ、笑いあった。
そして、俺たちは猿蟹合戦を終え、少しの別れの時を迎えた……。次に会う日の来ることを信じて……。
柿の季節も終わった冬。猿の村。
「“御伽腕相撲選手権”の猿の村代表選手ぅ〜?」
「せやねん〜っ!」
猿蟹合戦を終えても鍛錬を怠らないでいる門貴の元へ、困り顔の移貴がやって来た。
「でもそれ、お前が予選勝ち残ってやっと代表になったやつやろ?」
「せやねんけどさぁ〜俺、最近どぉ〜にも腱鞘炎で右手、めっちゃ調子悪くてさぁ〜」
移貴が右手を回しながら表情をしかめる。
「これでボロ負けしたら、後で長老に何言われるかわからんやろっ?だから門貴、代わりに行ってくれんっ?」
「んん〜っ」
懇願する移貴を前に、少し考え込む門貴
「門貴なら楽勝やろぉっ?俺の代わりに頼むっ!なっ!!?なっ!!?」
「わかった、わかった」
「ホンマかぁっ!?」
「ああっ」
目を輝かせる移貴に、門貴が笑顔を向ける。
「ったく、しゃーないなぁっ、移貴はぁっ」
「サ〜ンキュっ!帰ってきたらバナナ奢っからよぉっ!」
「10本なっ」
「えっ!!?あっ、5本にしねぇっ!?」
こうして俺は移貴の代わりに御伽腕相撲選手権に出るために出かけ、しばらくの間、村を空けた。
帰ってきたのは、春も近づく冬の終わり。
「ふぅ〜っ、やぁ〜っと着いたぁ〜んっ?」
久々に戻り、柿之木山を登った門貴が見つけたのは、村の入口に1人佇む移貴の姿であった。
「移貴ぃぃぃ〜〜っ!」
「……。」
門貴が深く俯いている移貴の元へ、笑顔で駆け寄っていく。
「ちゃぁ〜んと優勝してきてやったでぇ?ほれっ!これっ、優勝トロフィーっ!」
「……。」
「……?」
トロフィーを差し出した門貴が、まったく反応のない移貴に少し首をかしげる。
「なっ何やねんっ!もうちょい反応してくれたかてっ……」
「門貴っ……」
「んっ?」
移貴が力なく門貴の名を呼び、ゆっくりと顔を上げる。
「一花がっ……」
「えっ……?」
震えた声で呟く移貴に、門貴の表情が凍りついた。
案内されたのは、蟹江の家ではなく、蟹の村の西はずれにある丘の上だった。
「1週間前……風邪をこじらせて……そのまま……」
そう言って二花が門貴に見せたのは、一花の姿ではなく、1つの墓石だった。
「……。」
門貴は少しの表情も無いまま、その墓石の前に立ち尽くした。
「一……花っ……?」
呼びかけたところで、返って来る声などない。
「一花っ……?」
だが門貴はもう1度、その名を呼んだ。
「ウソやろっ……?一花っ……なぁっ!!一花っっ!!!」
「門貴っ……!!」
墓石に向かって必死に叫ぶ門貴を、移貴が後ろから押さえる。
「こんなんっ……!こんなんウソやろっっ!!?なぁっっ!!何とか言えよっっ!!一花っっ!!一花っ!!」
「門貴っ……!!!」
「門貴さんっ……」
押さえる移貴と見つめる猿飛の瞳から、涙がこぼれる。
「なんでっ……!!なんでっ……!ううっ……!!」
門貴の瞳から涙が溢れ、門貴が力なくその場に座り込む。
「なんでこんなっ……」
『……っ』
墓石の前に座り込んだ門貴を見て、皆、涙を流し、遣り切れない表情で俯いた。
「門貴……これっ……」
「……?」
座り込んだ門貴の前に、二花が差し出したものは、一粒の種であった。
「柿の……種っ……?」
「姉ちゃんがアンタに……“最期の言葉”やって……」
「最期の……言葉……?」
門貴が二花から柿の種を受け取り、それを見つめる。
「最期っ……」
門貴が種を握り締め、天を仰ぐ。
「ああああああああっっっ!!!!!」
『……っ!』
天へと突き上げた門貴の声に、二花が移貴が、皆が泣いた。
「ああああああああああっっっ!!!!!」
――――今度、この木に実が生る時は……きっと笑顔で出逢えるね……――――
雪が溶け、花の芽吹き始めた春。俺は、1人になった……。
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