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第1章 鳥の国の犬王子 ☆6
 まるで金色の曲剣のような大きさとなった三日月の先の取っ手部分を、輝矢が持って身構える。

「……っ」


「何っ……!!?」

 三日月を構え、目にも見えぬ速さで太鷲へと向かっていく輝矢。孔雀を攻撃しようとしていた太鷲が、焦ったような表情で振り向く。

「このっ……!!!」

「……っ!」


――――…………………………っっっ!!!!――――


 交錯する輝矢の三日月と太鷲の爪。


「ぎゃあああああああっっっっ!!!!」


 次の瞬間、悲鳴をあげたのは太鷲の方であった。
 床に太鷲の鋭い爪が転がり、太鷲の指先から紫色の血が滴り落ちる。


「その武具はっ……我ら“対鬼人用”のっ……!!貴様、一体っっ……!!」

「私?私の名は竹取輝矢」

 戸惑いの目を向ける太鷲に対し、余裕の笑顔で自己紹介する輝矢。


「わが師“桃タロー”の意志によりっ、鬼退治させていただいまぁ〜すっ」


「何っ!!?」
「桃タローだってっっ!!?」
 輝矢の言葉に、太鷲やハチ、皆が驚きの表情を見せる。


「ちっがぁぁぁーーうっっ!!!条件はソイツを倒すんじゃなくって私を助けることでしょっっ!?」
 そう叫びながら、太鷲に放り投げられた状態のまま、高い地点から勢いよく落下してきている孔雀。

「早く私を助けなさいよぉぉぉっっ!!!」
「ああ、忘れてました」
「いっやああああああああっっっ!!!!」

 輝矢に忘れられたままに、孔雀がどんどん落下していく。

「孔雀サンっ……!!」
「あっ!桜時様っ……!」

 千鶴の制止を振り切り、孔雀の元へと飛び込んでいくハチ。

「ひっやああああっっっ!!!!」

「……っ!」


――――ドッスゥゥゥゥーーンッッッ!!!!――――


 落下音が激しく部屋中に響き渡った。


「あ〜あ〜死にましたかねぇ〜」
 暢気に状況を見つめる輝矢。


「んっ……んんっ……んっ?」

「痛つつつつつつっ……」

 あまり痛みのない体と下からする声に孔雀が振り向くと、孔雀の大きな体の下に飛び込み、衝撃を和らげたのであろう傷だらけの子犬の姿があった。

「大丈夫かよっ?孔雀さっ……」
「きゃあああああああっっっ!!!触らないでよっっ!!着物に毛が付くじゃないっっ!!」
「……っ」

 心配するハチの手を避け、勢いよく桜時から離れていく孔雀。

「だいたいイヌに助けられるくらいならねぇっ!真っ逆さまに落ちた方がっ……!!」
「良かったっ……元気そうだなっ……」
「……っ!」

 自分は傷だらけで、孔雀はただ蔑みの言葉しか吐かないというのに笑顔を見せるハチを見て、孔雀は思わず言葉を止めて目を見開いた。


「……バカな子っ……」

「えっ?」

 孔雀はハチに聞こえないくらい小さな声でそう呟き、それ以上は何も言わずに俯いた。


「……っ」
 そんな孔雀とハチの様子を見て、少し笑顔を浮かべる輝矢。

「さてとっ……こちらもとっとと片づけましょうか」
「クっ……!」
 再び太鷲の方を向く輝矢に、太鷲が少し表情を歪める。

「まさかっ……桃タローの弟子とはなっ……だがっ!!」

――――シュンッッ……!!――――

「……っ」

 太鷲が右手を振り払うと、輝矢の三日月に切り落とされた爪が超速で伸びて再生する。

「負けはせんぞぉぉぉっっ!!!小娘ぇぇぇっっ!!!」

「……。」
 駆け込んでくる太鷲を静かに見つめる輝矢。

「だああああああああああああっっっ!!!!!」
――――バァァァァァァァァーーーンッッッ!!!!――――
「……っ!?何っ!?」

 輝矢に振り下ろしたはずの爪は、勢いよく床を抉る。

「どっ……どこにっ……!?」
「ここです」
「……っ!」

 冷静な声が聞こえてくるのは、太鷲の巨体よりもさらに上。太鷲が上を見上げると、そこには三日月を構えた輝矢の姿があった。


「クっ……!」
「三日月っ」
「……っ!ぎゃあああああああっっっ!!!!」

 落下の勢いも味方して、太鷲が防御の姿勢を取る前に、輝矢が太鷲の体を上空から切り裂いた。激しく吹き出る血が、輝矢の冷静な表情に飛び散る。



「うっ……ううぅ〜っ……」
 その頃、やっと起き上がる銀ペー。

『あっアニキっっ!!!』
 起き上がった銀ペーに、駆け寄っていた子分ペンギンたちが嬉しそうな表情を見せる。

『大丈夫っスかぁっ!?アニキっ!!』
「ああっ……しかしあの女っ!一度ならず二度までもこの銀ペー様を踏みつけやがってっ!」
「でも何か凄いっスよ?あの女っ」
「何っ?」

 子分の言葉に、銀ペーが太鷲と戦闘中の輝矢の方を見る。平然としている輝矢に対し、胸部を切り裂かれ激しく血を流している太鷲。どちらが優勢かは一目瞭然である。

「何でもあっの“桃タロー”の弟子だとかでっ」
「さっきから化け物押しっぱなしだしっ。ありゃあ次元違いますよっ」
「何とっ!?桃タローの弟子っっ!!?そっ……そうなのかっ……むっ?」

 銀ペーが今度は、孔雀とともに戦況を見守っている白いイヌ、ハチに気づく。

「ややっ!あれはあの時の“花咲かワンコ”っっ!!」
「ああ〜あのイヌ、どうやら朱実のお坊ちゃんみたいっすよぉ〜」
「何ぃぃぃぃぃぃっっっ!!!?」

「アニキ、15年も警備隊にいたのに見たことなかったんスかぁ〜?」
「いやっ……俺が見た時は確かっ……」


「ぐおおおおおおおおおっっっ!!!!」


『ひいっっ!!!』
 急に激しく叫び始めた太鷲に、ペンギンたちが震え上がって身を寄せ合う。


「おのれっ……!!小娘ぇぇぇっっ……!!!」

「大したことありませんね。さすがは1番格下の緑鬼」
「何だとぉぉぉっっっ!!!?」

 挑発するようなことを言う輝矢に、怒りを全面に出してくる太鷲。

「まぁ所詮、私の相手では……」
「油断し過ぎじゃないかぁぁっっ!!?小娘っっ!!」
「えっ?」

 怒りの表情からふいに笑顔を見せて言い放つ太鷲に、輝矢が目を丸くする。

「貴様の足元をよぉぉぉーーく見てみろっっ!!!」
「足元っ?……っ!」

 太鷲の言う通りに輝矢が足元を見てみると、そこに落ちているのは先ほど輝矢が切り落とした太鷲の爪。
 それを見て輝矢が表情を変える。

「しまっ……!」
「フハハハハハっっっ!!!“鬼爪・天回”っっ!!!」
「……っ!」

 太鷲の言霊に乗って、飛び出してくる爪。


――――ブシュッッ……!!!――――


「うううっっっ!!!」


『なっ……!!?』

 床から勢いよく飛び出した太鷲の爪が、輝矢の右足を貫通する。表情を歪めるとともに、真っ赤な血の流れる右足を抱え込むようにしてしゃがみ込む輝矢。


「クっ……!」

「フハハハハぁぁぁ〜〜〜っっっ!!!桃タローの弟子もこうなっては終わりだなぁ〜っ!!」

「……っ」
 苦しげな表情を見せる輝矢に、笑みを浮かべながら両手を突き出す太鷲。


「ここまでだっ!!小娘っ!!“鬼爪・天回”っっ!!」

「……っ!」

 突き出した10本の爪を、動けない輝矢へと放つ太鷲。


「アイツっ!動けねぇーのにっ……!!」
『うわああっっ!!終わりだぁぁぁっっ!!』
 思わず身を乗り出す銀ペーと、思わず目を覆う子分ペンギンたち。


「……っ!」

「なっ……?」
「桜時様っっ!!!?」

 孔雀と千鶴が驚く中、ハチが輝矢の元へと飛び出していく。


「クっ……!……?ハチっ……?」
 何とか足を動かそうとしていた輝矢の目に飛び込んでくるのは、こちらへと駆け込んでくる1匹の白いイヌ。


「ダメですっ!ハチっ!来てはっ……!」


――――ボォォォォォ〜〜ンッッッ!!!――――


「……っ」

『……っ!!』

イヌの包んだ白い煙。そして次の瞬間、煙の中から飛び出してくる人間。


「……っ」


「ハ……チ……?」


 それは鮮やかなピンク色の髪に澄んだ青色の瞳の、勇ましさを感じる凛々しい表情の青年であった。
 輝矢が戸惑うように見上げる中、青年が輝矢の前に立ち、向かってくる鬼爪に両手を向ける。


「“瞬花”っっっ!!!」


――――パァァァァァァーーーンッッッ!!!――――


「……っ」

「何っっ!!?」

 桜時の向けた両手から桃色の光が発せられた途端に、飛んできていた鋭い鬼爪が淡い桃色の桜の花びらとなって散っていく。
 その美しい光景に輝矢は目を見張り、太鷲は驚きの声をあげた。

「獣人の力かっ……!」
 太鷲がまたもや表情をしかめる。


「雀人・朱実が代々受け継いできた力、“花力”……」

「……?孔雀様?」
 人の姿を見せた桜時を見つめ、珍しく真剣な表情を見せて呟く孔雀に、孔雀の体を支えている千鶴が少し首をかしげた。

「姿はイヌでも、あの“花力”は紛れもない朱実の証……」
 孔雀の桜時を見る、その遠い瞳。

「因果なものね……雲雀っ……」

「孔雀様っ……」
 孔雀の言葉に、千鶴は少し目を細めた。


「ハチ、意外とカッコイイですねぇ。惚れましたよ」
「バっ……!バカなこと言ってんじゃねぇーよっっ!!!」
 軽い口調で言う笑顔の輝矢に、顔面真っ赤にして照れまくる桜時。

「それよりお前、足はっ……!」
「チィィィィっっっ!!!こうなったら一気にカタをつけてやるっっ!!!」

『……っ』

 そう叫ぶ太鷲に、表情を厳しくして振り向く輝矢と桜時。
 太鷲が大きく口を開けると、太鷲の口の中に強いエネルギーの塊のようなものが集められていく。


「何かマズい空気だなっ!とりあえず避けっ……!うっ……!」
「……?」

 その場から逃れようと、振り向いて輝矢に手を貸そうとした桜時であったが、伸ばした手は輝矢の1m手前で止まってしまう。

「クっ……!こっ……これは逆にピンチだっ……!」
「どの辺りが“逆”なんでしょう……」

 解説しよう。桜時は女性に半径1m以内に近づかれただけでおかしくなってしまうほどの女恐怖症なのである。しかし避けるには、足の動かない輝矢に近づくどころか触れなければならない。

「何ならお姫様だっこしていただいてもけっこうですよ?」
「んなことできるかぁぁぁっっっ!!!!!」


「フハハハぁぁっっ!!!2人まとめて跡形もなくなれぇぇっっ!!!“鬼口”っっ!!!」


『……っ!』
 太鷲の口から2人に向かって、巨大なエネルギーの塊・“鬼口”が放たれる。

「だあああああああっっっ!!!撃っちゃったぁぁぁっっ!!!!」
 向かってくる鬼口に、慌てふためく桜時。

「どっ……!どうしたらっ……!」
「別に避けなくていいですよ」
「へっ?」
 聞こえてくる声に、桜時が目を丸くして振り返る。

「“月器……」
 桜時が振り返ると、輝矢がしゃがみ込んだまま三日月を掲げていた。

「なっ……何をっ……」


「十六夜”っ」


――――パァァァァァァァーーンッッッ!!!!――――


「……っ」


 三日月が金色の光を放ちながら満ちてゆき、満月が少し欠けたような形の巨大な盾へと姿を変える。
 桜時が驚きの表情で見つめる中、鬼口へ向けて十六夜を突き出す輝矢。


「フハハハハハっっ!!そんなもので“鬼口”がっ……!!」
「十六夜……」

――――バァァァァァァァァーーンッッッ!!!――――

「何ぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!?」

 十六夜に当たり、きれいに弾き返された鬼口がまっすぐに太鷲へと飛んでいく。

「そっ……!そんなっ……!ぎゃあああああああっっっ!!!!」

 自らが放った鬼口を見事に直撃し、壁を突き破るほどに吹き飛ばされていく太鷲。

「クっ……!おっ……!おのれぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜っっ……!!」


「まだ生きてんのかよっ……」
 全身から血を流し、崩れた壁に埋もれながらも立ち上がってくる太鷲を見て、桜時が少し呆れたように呟く。

「ハチ、イヌに戻ってその辺りに寝転がっといてもらえますか?」
「へっ?なっ……何かよくわかんねぇーけど、わかったっ」

――――ボォォォォォォォ〜〜ンッッッ!!!!――――

 輝矢のやろうとしていることはわからないが、輝矢にも何か秘策があるのだろうと、とりあえず輝矢に言われた通りにイヌの姿へと戻って輝矢の前辺りに寝転ぶハチ。

「さてとっ、三日月っ」
 輝矢が十六夜を元の三日月へと戻して、床に突き立てる。


「クソクソクソクソぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
 今度こそ怒り全開に、思うがままに叫び始める太鷲。

「こうなったらっ……!!」
「……っ?」
 向きを変える太鷲に、輝矢が首をかしげる。

「国主だけでもぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!」
「へっ?いっやああああああああっっっ!!!!」

「……っ!」
「なっ!?あのやろっ……!!!」
 孔雀へと飛び出していく太鷲に、輝矢が身を乗り出し、寝転んでいたハチが思わず立ち上がる。


「そうはさせるかっ!!」
『えっ?』


「“ペンペンっ!!スライディーーーグっっっ!!!ジェッッット気流”ぅぅっっっ!!!」

――――ビュゥゥゥゥゥーーンッッ!!!――――


「何っ!?ぎゃあああああああああっっっっ!!!!」

 孔雀へ向かっていこうとした太鷲であったが、横からスライディングしてきた銀ペーの頭突きが太鷲の背中に炸裂し、太鷲が勢いよく吹き飛ばされる。

「アイツっ……!」
『いやぁぁぁぁったぁぁぁぁっっっ!!!カッコイイぃーーーっっ!!アニキぃぃっっ!!!』
 思いがけない銀ペーの活躍に、少し笑顔を見せるハチと嬉しそうに叫ぶ子分たち。


「クっ……!ペンギンの分際でっ……!!」


「今だぁぁぁっっっ!!!踏みつけ女ぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「……っ」
 苦しげに起き上がろうとしている太鷲を見ながら叫ぶ銀ペー。銀ペーの言葉を受け、輝矢が目つきを鋭くし、床に刺した三日月を杖代わりにして立ち上がる。

「では失礼します、ハチ」
「えっ……?ぐへぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」
 寝転んだハチの体の上に勢いよく輝矢の右足が乗る。


「竹取輝矢っ……参りますっ……!」


「ぬほおおおおおおおうっっっ!!!!」
 ハチの柔らかな体を踏み台にして、勢いよく太鷲の方へと飛び出していく輝矢。


「グっ……!!待っ……!待っ……!!」

 やっとのことで立ち上がった太鷲が、飛び込んでくる輝矢へ必死に手を突き出して“タイム”を要求する。

「……っ」

 しかし待つはずもなく、輝矢は鋭い表情で三日月を振り上げた。


「ううっ……!!」
 太鷲の表情が恐怖に歪む。


「三日月っ……!」


――――………………………っっっ!!!――――

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