第9章 猿蟹合戦 ☆4
「ほぉ〜元・猿長さんどすかぁ〜」
「……?」
「光栄やなぁ〜そないな方とお会いできるなんっ……」
「全サル、退くでぇっ!」
「何っ?」
門貴に含んだ笑みを向けようとしたパン児が、急な移貴の命令に、思わず驚いた表情で振り向く。
「ここまで来て何をっ……!」
「退くもんは退く。猿長命令やっ!全員、とっとと山登りぃぃっ!!」
「……っ」
異議を唱えようとしたパン児を強い口調で黙らせ、再び命令を出す移貴。移貴の言葉に従い、全てのサルが戦いをやめて山を登っていく。
「チっ……」
「……っ」
パン児は舌打ちをすると剣を納め、他のサルとともに山を登っていった。
「ちょい待ちやぁぁぁっっ!!移貴っっ!!話はまだ済んでへんでぇっっ!!!」
「……。」
他のサルたちを従えて、山の頂上に戻って行こうとする移貴を、二花が大声で呼び止める。すると移貴は山を登っていくサルたちの中で1匹足を止め、ゆっくりと二花や門貴の方を振り返った。
「移貴……」
門貴がまっすぐに移貴を見つめる。
「これはどういうこっちゃ?このインテリザルっ」
門貴が少し表情をしかめて言い放つ。
「何でこんな猿蟹合戦をっ……」
「……。」
門貴の問いかけに少し下を向く移貴。
「カニどもグサボロにするなんて、お前のキャラちゃうやろ?勉強しすぎて頭おかしなったんちゃうかぁ?」
「……お前は相変わらず伝染しそうなアホ面だな」
「んやとぉっ!?」
移貴の言葉に、門貴が怒りを見せる。
「だいったいお前、サル山の大将やるガラちゃうやろぉっ!?お前、昔っから俺の後付いてばっかでっ……!」
「村捨てたお前には関係のないことやっ」
「……っ」
「村をっ……捨てた……?」
冷たく言い放つ移貴。その移貴の言葉に、輝矢たちが眉をひそめる。
「2度と俺らの前に姿見せんなっ」
「移貴っ……」
門貴を睨みつけるように見ると、移貴はすぐさま視線を逸らし、他のサルたちの後方から山へと登っていった。
「あっ……!移貴さんっ……!……っ」
猿飛が門貴に一礼して、移貴の後を追って山を登っていく。
「待たんかいっっ!!このクソメガネぇぇぇっっ!!こっちの話は終わってないねんぞぉぉっっ!!!」
「まぁまぁ姉ちゃんっ、とりあえず合戦は終わったんやしぃ、こっちには怪我しとるカニもおんねんからぁ」
山を登っていく移貴に飛びかかりそうな勢いの二花を、何とか必死に宥めるチョキ三郎。
「そうそっ、とりあえず毛ガニ……じゃなくって怪我人、どうにかしようぜっ」
「うわぁ〜オヤジギャグ〜」
「寒くても愛してますよ、ハチ」
「うっせぇぇなぁっ!!咄嗟に出ちまったんだよっ!!お前らも倒れてるヤツに手貸してやれっっ!!」
近くで倒れているカニを起こしてやりながら、ハチが輝矢と由雉に怒鳴りあげる。
「こんなカワイイボクの手を煩わせるんだから、ちょ〜っとイイものお返ししてよぉ〜?」
「今晩のおかずになってもいいと言うのなら助けて差し上げましょう……」
『ひぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜っっ!』
「そんくらい無償で助けてやらんかぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
倒れているカニ相手に強請る由雉と脅迫する輝矢に、またもやハチが怒鳴りあげる。
「ほれぇ〜っ、大丈夫かぁ?」
門貴が倒れているカニへと手を差し出す。
「触るなカニっっ!!」
「……っ」
『……っ!』
倒れているカニが強い口調でそう言い放ち、差し出された門貴の手をハサミで勢いよく切り裂いた。輝矢や二花たちが驚いて目を見開く。
「卑怯で汚いサルがぁぁぁっっ!!!」
「そうやそうやぁぁっっ!!お前、前の猿長やろぉぉっっ!!?」
「アイツらの仲間なんちゃうカニぃぃっっ!!?」
「なっ……!」
門貴に次々と冷たい言葉を浴びせるカニたちに、二花が戸惑うように周りを見回す。
「やめぇーやっ!!アンタたちっ!!門貴はなぁっ……!!」
「ええって、二花」
「……っ!」
門貴を庇うように声をあげた二花を止めたのは、穏やかな笑みを浮かべた門貴であった。
「コイツらの言い分も当然やでぇ〜俺、サルやしっ、まぁ何せめちゃめちゃ有名な猿長やったからなぁ〜」
「……っ何をっ……!」
「ここはお前や輝矢んに任せるわぁ〜ついでに輝矢んに茶ぁ〜でも出したって。俺は散歩してくるからっ」
「あっ……!ちょっ……!待てやっっ!!門貴っ!!」
「ほんならまたなぁ〜輝矢んっ」
「門貴っっ!!!」
二花の話をろくに聞かずに、門貴は笑顔を見せたままあっさりとその場から去っていった。
「もぉ〜っ!何なんやっ!!アイツはぁぁっっ!!」
「……。」
怒鳴る二花の横で、輝矢は少し表情を曇らせた。
柿之木山の麓、海にも程近い場所に、二花たち蟹人の村・“蟹の村”があった。
猿蟹合戦でサルに傷つけられたカニたちを村まで運ぶのを手伝った輝矢たちは、そのまま二花とチョキ三郎の家“蟹江家”へと案内された。蟹江家は村でも1番古く立派な木製の屋敷であった。
「あのキジの羽根、凄いなぁ〜もうほとんどの怪我人治ってたわっ」
輝矢たちの案内された畳の部屋に、背中のハサミを下ろし、軽装に着替えた二花が入ってくる。
「ええっ、そこだけがペット価値ですから」
「何だっ、ペット価値って……」
笑顔で答える輝矢の横で、呆れた表情を見せているハチ。由雉はカニたちの怪我の治療に借り出され、チョキ三郎とともに兵舎の方に行った。
「これならまたアイツらが合戦仕掛けて来ても防げそうやな……」
『……っ』
暗い表情を見せながら座る二花に、輝矢とハチ眉をひそめる。
「で……“猿蟹合戦”というのは一体、何なのですか?」
「えっ?あっああっ…せやな。まずそっから話さんとな……」
二花が少し笑みを零して頷く。
「“猿蟹合戦”ゆぅんはウチら蟹人である蟹江一族と、猿人である猿川一族が大昔っからやっとる聖戦でな……」
「聖戦っ?」
「随分と大袈裟ですね」
二花の言葉にそれぞれ呟くハチと輝矢。
「毎年、柿之木山の柿の木ぃに実が生っとう間だけ、あの場所で一族の兵士たちが合戦をやるんや」
二花が言葉を続ける。
「蟹軍と猿軍、それぞれの大将を“蟹長”・“猿長”言うてなぁ、今の蟹長がウチ、ほんで今の猿長ってのが……」
「さっきのメガネをかけた、いかにも賢いですよと言わんばかりの男の方ですね」
「せやっ。あのクソメガネは猿川移貴っ。ウチと一緒で今年から猿長になっとる……」
少し表情を曇らせ、ゆっくりと俯いていく二花。
「猿蟹合戦は……一族の誇りを賭けたカニとサルの力比べ……やってんけどなぁ……」
『……。』
悲しげに呟く二花を見て、少し俯く輝矢とハチ。
「やったのに……あんのクソメガネザルがぁぁぁぁっっっ!!!!!」
――――バギコォォォォォォォーーンッッッ!!!――――
「だあああああああああああっっっ!!!!」
怒りのあまり自分の家の壁を肘で砕き割る二花に、ハチが目を見開いて驚く。
「今年んなっていっきなり力比べどころか殺し合いみたいな合戦仕掛けてきよってからにぃぃぃっっ!!」
「今年になって急に……?」
二花の叫び声に、輝矢が眉をひそめる。
――――ドガシャァァァァァァァーーーーーンッッッ!!!――――
「何考えとんねんっっ!!あのアホがぁぁぁぁっっっ!!!!」
「まっまぁ落ち着けよっ!」
暴れ散らす二花を何とか止めようとするハチ。
「何か理由があんのかも知れねぇーしっ……!」
「理由っっ!!?」
「うっ……!」
二花に睨みつけられ、ハチが思わず後ずさる。
「理由て何やぁっっ!?急にカニ鍋が食いたくなったとでも言うんかぁっ!?ああっ!?」
「そうかも知れませんねぇ」
「ああっっ!!?」
さらりと答える輝矢に、二花がさらに表情を引きつる。
「おっおいっ!何、火に油的なこと言っ……!」
「もしくはぁ〜何者かにそうするよう仕向けられてるとかぁ〜」
『……っ』
鋭い瞳で言い放つ輝矢に、ハチと二花が一瞬で表情を固くする。
「仕向け……られてるっ……?」
柿之木山・頂上。“猿の村”(門貴の故郷)。村中央部・“猿川”の屋敷。
「今日はもう出陣することもないやろ。各サル、家に戻ってしっかり休みっ」
『了解っキィィィィィーーっっっ!!!!!』
屋敷の庭で移貴がそう指示を送ると、サルたちが揃って敬礼し、屋敷を出てそれぞれの家へと戻っていった。その場に移貴と猿飛、そしてパン児が残る。
「猿飛、お前も部屋で休みぃ」
「あっ、でもっ、ちょっと話がっ……」
「おんやぁ〜?これは随分とお早いお帰りやのぉ〜」
「……っ」
猿飛が移貴に話をしようとした時、屋敷の中から聞こえてきた、間延びした高い声に、移貴が鋭い表情となって振り返る。
「そんなに早くカニどもを片付けられはったんかのぉ?」
「粒栗っ……」
移貴の振り返った先に立っていたのは、大きな顔に先の尖ったセンスのない髪型をした、麻呂眉にいやらしいたれ目の中年男であった。粒栗の姿を見た移貴は、どこか憎しみのこもった鋭い瞳となる。
「いやはやっ、さすがは天下の猿川一族の猿長さんっ」
「ちゃいますよぉ〜粒栗はんっ」
横から口を挟んだのはパン児であった。
「んん?ちゃうとはどないゆうことかのぉ?パン児ぃ〜」
「猿長はん、合戦の途中で退いて来たんですわぁ〜何でもぉ前の猿長とかいうお人が現れてぇ」
「退いた……?」
パン児の言葉に、粒栗が麻呂眉をひそめる。
「お友達ザルはんとの再会でぇ、気持ちが鈍ったんどすかねぇ〜」
「ちゃうっ!」
悪戯っぽく微笑むパン児の言葉に、移貴が思わず声を荒げて否定した。
「蟹長も合流したしっ……あのまま攻め込んでもコッチが戦力消耗するだけや思たからやっ……」
「ホンマでっしゃろかぁ〜?」
「……っ」
「パン児っ!!お前っ……!!」
「まぁ良い」
『……っ』
移貴の言葉を疑うように言うパン児に、移貴が顔をしかめ、猿飛が思わず声を出したが、粒栗の言葉に3人が動きを止めて粒栗の方を向いた。
「マロは終わったことに興味はないでなぁ」
粒栗が右手に持っていた扇子を広げ、自分の口元に当てる。
「次はカニども倒してくれるんやろのぉ?猿長はんっ……」
「……。」
試すように笑う粒栗に、顔をしかめる移貴。
「当たり前やっ……」
そう言い放って、移貴が粒栗とパン児に背を向け、屋敷の中へ入って行こうとする。
「気ぃ付けることや」
「……っ」
粒栗の声に、足を止める移貴。
「あんまり勝手されるとぉ、マロたちも勝手なことをやらねばならなくなるからのぉ。ホッホッホっ」
「……っ!」
粒栗の笑い声に、移貴が歯を食いしばり、拳をきつく握り締める。
「わかっとるっ……」
「あっ……!移貴さんっ……!」
言い捨てるようにそう呟き、屋敷の中へと去っていく移貴。猿飛も少し慌てるようにして移貴の後を追って、屋敷の中へと入っていった。屋敷の庭先に粒栗とパン児だけが残る。
「でぇ、様子はどうかのぉ?パン児……」
「あんまりよぅないですねぇ」
改めて問いかける粒栗に、パン児は少し表情をしかめて答えた。
「あの前の猿長とかいうサル……ウチらの計画には少々邪魔かも知れまへん……」
「そうか……可愛いおサルさんたちだけではこの辺りが限界なんかも知れんのぉ……」
粒栗が扇子を閉じ、瞳を冷たく尖らせる。
「邪魔が入る前に……早目に手を打とうかのぉ……」
どこか含んだような怪しげな笑みを浮かべる粒栗であった。
「移貴さんっ……!移貴さんっ!!」
「……。」
猿飛に何度も呼ばれ、猛然と廊下を歩いていた移貴がやっと足を止める。
「何やっ……」
「あっ……」
――――ボォォォォォォォォォォ〜〜〜ンッッッ!!!――――
猿飛の体を白い煙が包むと、次の瞬間14,15歳くらいの可愛らしい顔立ちの茶髪の少年が煙の中から出てきた。少年は少し周りを気にするようにして、移貴の傍へと駆け寄る。
「門貴さんにアイツらのこと、伝えましょうっ」
「……っ」
猿飛が小声で呟くと、移貴は少し顔をしかめた。
「門貴さんならきっと何とかしてくれっ……!」
「あかんっ!」
「……っ!」
強く否定する移貴に、猿飛が思わず言葉を止める。
「何でですかっ?門貴さんならっ……!」
「門貴には頼らんっ」
「……っ」
移貴が猿飛の言葉をもう1度否定する。
――――ボォォォォォォォォォォォ〜〜〜〜ンッ!!――――
移貴の体を白い煙が包むと、次の瞬間、黒いメガネをかけた知的な茶髪の青年が現れた。
「アイツはもぉこの村のサルやないっ……アイツらのことは俺らだけで何とかするんや……」
「でもっ……!」
「このこと、門貴には絶対言うなやっ……ええなっ……」
「……。」
強く睨みつけるように一瞬、猿飛を見て、足早にその場を去っていく移貴。
「何とかなんてっ……もうできへんことくらいっ……わかってはるでしょ……?」
猿飛が泣き出しそうな表情で俯く。
「移貴さんっ……」
――――門貴さんならきっとっ……!――――
「……っ」
猿飛の言葉を思い出し、移貴が苦しそうに胸を押さえて俯く。
――――門貴なら楽勝やろぉっ?俺の代わりに頼むわぁっ!なっ!?――――
――――ったく、しゃーないなぁっ、移貴はぁっ……――――
「あかんっ……」
移貴が強く拳を握り締める。
「俺はもうっ……アイツに頼ったらあかんねんっ……」
まるで自分に言い聞かせるように呟く移貴であった。
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