第9章 猿蟹合戦 ☆1
――――今度、あの木に実が生る時は、きっと笑顔で出逢えるね……
「んっ……」
ゆっくりと目を開くのはモンキ。開いた途端に空から差し込んでくる太陽に、モンキが少し目を細める。
「夢……か……」
「どっひゃああああっっっ!!!」
「んん〜?」
急に耳に飛び込んでくる大きな叫び声に、モンキが眉をひそめて起き上がる。
「何やぁ〜?朝っぱらからぁ」
「いつもの感じだよ」
「いつもの感じかぁ〜」
「だっから俺の半径1m以内に近づくなって何度言わせたらわかんだよっっ!!お前はぁぁっっ!!」
起き立ての寝ぼけ眼のモンキと、呆れた表情を見せている由雉の見つめる先にいるのは、大声で何やら必死に叫んでいるハチ。
「すみません。ハチの尻尾の触り心地がいいものでついっ」
「ついじゃねぇっっ!!ついじゃああっっ!!!」
軽い笑顔で答える輝矢に、強く言い返すハチ。いつものように輝矢がハチの尻尾を掴んで寝てしまい、起きた途端にそれを発見したハチが1時間気絶した後、この口論に至ったのである。
「もうお前っ!俺の半径1.5m以内も立ち入り禁止なっっ!!」
「ええ〜そんなぁ〜」
「当ったり前だろっっ!!お前、この前俺に何をしたと思ってんだよっっ!!!」
「この前?」
ハチの言葉に、輝矢が少し首をかしげる。
「ああ、“接吻”のことですか?」
「ぎゃあああああっっっ!!!日本語で言うんじゃねぇっ!!余計重々しいっ!!」
「じゃあ軽くするためにもう1度しましょうか?」
「するかぁぁぁぁっっっ!!!ボケぇぇっっっ!!!!」
輝矢の一言一言に怒鳴りまくるハチ。朝から元気なものである。
「ああぁ〜今日も平和やなぁ〜」
「進歩がないってゆーかね……」
そんな2人のやりとりを見ながら、まったりするモンキと呆れたように肩を落とす由雉。
「はぁ〜顔でも洗ってこぉかなぁ〜」
――――ポロっ……――――
「……っ?」
立ち上がったモンキの服のポケットから落ちる、何かの種のような小さなものに由雉が気づく。
「おっとっ」
モンキはどこか隠すように素早くその種を拾った。
「種?意外だねぇ〜君みたいな自然にまったく興味のなさそうな人間がそんなもの持ってるなんてっ」
「まっ……まぁなっ。……っ」
「……?」
由雉の言葉に少し笑顔を見せた後、すぐさまどこか悲しげに俯くモンキに、由雉はそっと眉をひそめた。
御伽界・南東部。“アライグマの街”。
「ギャアアアアッッッ!!!!!」
「……“月器”」
鬼人が砂となり消え去ったことを確認し、構えていた三日月を元のピアスへと戻す輝矢。今日も街に現れた鬼人をあっさりと退治する。
「最近やっと落ち着いたよなぁ〜看板騒ぎっ」
「そうだねぇ〜まぁ落ち着いてみると、何のお礼もされないってのも悲しいもんだね」
ついこの前までは羊スケが無断で作った看板のせいで、あらゆる人々から依頼が来た上、いちいち過剰なお礼を受けていたが、それもだいぶ落ち着いてきた。
「お前も可愛い女の子にキャーキャー言われなくなって寂しいんじゃねぇーのかぁっ?サルっ!」
「……んっ?あっああ、せやなぁ〜やっぱバナナの皮は滑りやすいよなぁ〜」
「はぁっ?」
からかうようにモンキの方を見たハチであったが、モンキがまったく噛み合っていない言葉を返してくるので、思わず顔をしかめる。
「どうかしたのかぁ?サルのヤツっ……」
「よっくわかんないけど、朝、種みたいなの落としてからずっと変なんだよねぇ〜」
「種ぇ?」
由雉の言葉に、ハチが首をかしげる。
「何だよ?種って」
「知らないよ。ボク、花とか興味ないし」
「……?どうかしましたか?」
そんないつもと違う空気を出しているモンキを見ながら、ヒソヒソと会話をしていたハチと由雉の元へ輝矢が近寄ってくる。
「えっ?あっ、いやっ……」
「待てぇぇっっっ!!!!魚介類っっっっっ!!!」
『……っ?魚介類っ?』
輝矢の問いかけにハチが言葉を詰まらせていたちょうどその時、謎の単語が大音量で聞こえてきて、皆が思わず振り向く。
『いっ……?』
驚きに表情を引きつるハチたち。道の向こうから輝矢たちのいる方へとやって来るのは、横歩きで猛スピードを出している真っ赤なカニが2匹。
「確かに魚介類っ……」
「何でこんな山ん中にカニがいんだろぉ〜?」
「待てっつってんだろうがぁぁっっ!!!この魚介類がぁっっっ!!!!」
そしてその2匹のカニを追いかけるように、後から走ってくるのは白いハチマキをした3匹のアライグマである。人の言葉を話していることから、この街の住人であるアライグマの獣人であろう。
「クっ……!」
前を行く目のくりくりした方のカニが、後ろを振り返りながら少し表情を歪める。
「ハチ、カニ鍋は好きですか?」
「ええっ!!?食う気っっ!!?」
走 り込んでくるカニを見ながらの輝矢の問題発言に、ハチが大きくリアクションを取る。
「うわあああっっっ!!」
「……っ!どないしたっ!?チョキ三郎っ!」
急に叫び声をあげる、後ろを走る方の小ガニ。前を走っていた目クリクリカニの方が勢いよく振り返る。
「姉ちゃんっ……」
チョキ三郎と呼ばれた小ガニが、深刻そうな表情を姉ガニに向ける。
「いつの間にか縦歩きになってもうたぁぁっっ!!」
「だああああああああっっっ!!!」
深刻そうに縦歩きをしているチョキ三郎に、姉ガニが思わずコケる。
「んなもんどっちでもええんやぁっっ!!とっとと走らんかいっっ!!ボケぇぇっっ!!」
「キャニィィィィィッッッ!!!!」
怒った姉ガニに蹴られ、悲鳴をあげて倒れ込むチョキ三郎。
「酷いわぁ〜!姉ちゃんっ!そない思い切り蹴らんでもっ……!」
「うっさいっっ!!だいたいアンタがなぁっ……!!」
「捕まえたぞぉぉ〜〜っっ!!?魚介類っっ!!」
『うっ……!』
カニ姉弟があれこれとモメていると、2匹がいつの間にか追ってきていたアライグマたちに囲まれる。目の前に立ち塞がるアライグマたちに、表情を引きつるカニ姉弟。
「ちょっ……!ちょい待ちやっ!一応逃げたけど、ウチら何も捕まることなんかっ……!」
「この街はなぁっ!山菜でちょ〜有名な街なんだよっっ!!」
「おめぇーたちみたいな魚介類にウロチョロされてな、山菜が魚臭くなっちまったらどうしてくれんだっ?」
必死に訴える姉ガニに、可愛い容姿とは裏腹に悪そうな表情を向けるアライグマたち。
「人探しとうだけやねんっ!!探したらすぐ出てくから、せやからっ……!」
「ソイツは聞けねぇ頼みだなぁっ!」
「うわああああっっ!!」
「ねっ……!姉ちゃんっっ!!」
アライグマの1匹が、姉ガニの足を掴んで持ち上げる。
「何すんねんっ!!アホグマっっ!!ウチは高級食材やぞぉっっ!!?」
「うわっ……!!」
姉ガニが自分を持ち上げたアライグマに、必死にハサミを振り回す。ハサミを避けるため、思わず姉ガニを手放すアライグマ。
「何だっ!このカニっ!危ねぇーなぁっ!!」
「はんっ!!」
――――ボォォォォォォォ〜〜〜ンッッッ!!!――――
姉ガニの全身を白い煙が包んでいく。
『……っ』
「ウチら蟹人はなぁっ!誇り高い一族なんやぁっっ!!」
次の瞬間、煙の中から出てきたのは長い赤毛を2つに束ねた、少しキツそうな大きな黒い瞳の、まだ幼さを残した顔立ちの少女であった。16,17に見える。背中には大きなハサミを背負っていた。
「そう簡単に捕まったりなんかっ……!!」
「姉ちゃ〜〜〜〜んっ!!」
「ああっ?」
泣きそうなチョキ三郎の声に振り返る姉ガニの少女。と振り返った先には、他のアライグマ2匹に踏み倒され、身動きの取れなくなっているチョキ三郎の姿があった。
「って、何捕まっとんねんっっ!!ウチの言葉の説得力ゼロやないかぁっっ!!このアホぉぉぉっっ!!」
「だぁってぇぇ〜〜っっ」
怒鳴りまくる姉ガニに、チョキ三郎は潤んだ瞳を向けた。
「弟ガニ踏み潰されたくなかったら大人しくしなぁっ!」
「クっ……!」
アライグマたちの脅迫に、姉ガニが表情をしかめ、背中のハサミを取ろうとしていた手を下ろす。
「よぉーしっ。さぁーて、とっとと追い出すかぁ。それともカニ鍋にでもしちまうかねぇ?」
「……っ」
「へっ?」
嫌らしい笑みを浮かべたアライグマの顔面に飛び込んでくる1本の足。
――――バギコォォォォォォォーーーンッッッ!!!――――
「ぐぎゃああああああっっっ!!!!」
『なっ……!!?』
横から振り上げられた足に蹴り込まれ、チョキ三郎の上に乗っていたアライグマが勢いよく吹き飛ばされる。その光景に他のアライグマや姉弟ガニが驚きの表情を見せる。
「ふぅ〜っ」
『……っ』
少し肩を落としながら、ゆっくりと右足を下ろしたのは輝矢であった。
「てっめっ!いきなり何しやがっ……!」
「……っ」
「ほげえええっっっ!!!!!」
輝矢に飛びかかっていったもう1匹のアライグマも、すぐさま輝矢の右足の餌食となった。
「さて……」
「うっ……!」
最後に残ったアライグマが、輝矢に見られ、思わず後ずさる。
「アライグマ鍋にでも……して差し上げましょうか……?」
「ひいっっ!!遠慮しときますぅぅぅーーっっっ!!!!」
輝矢の冷たい笑みに、全身の毛を振るい立たせたアライグマが、怯えるように必死に逃げ去っていった。
「ふぅっ……口ほどにもないっ」
「あっ……」
チョキ三郎が起き上がりながら、戸惑うように輝矢を見上げる。
「あのっ……ありがっ……」
「ハチぃ〜、今夜はカニ鍋ですよぉ〜」
「ええええええええええええっっっ!!?」
「食うために助けたのかよっっ!!?」
礼を言おうとしたチョキ三郎を持ち上げ、ハチに笑顔を向ける輝矢。チョキ三郎が驚きと怯えの叫びをあげ、ハチが強く突っ込む。
「何やっ……?あの女っ……」
「んん〜〜っ」
「……?どうしたの?門貴」
戸惑うように輝矢を見ている姉ガニを見て、何やら考え込むように唸り声を漏らしているモンキ。そんなモンキに由雉が不思議そうに声をかける。
「どうせまた“ズキュン”が来たんだろぉ?」
「ああ〜またたった1度の恋が始まるわけぇ〜?」
「ああっっ!!」
『うわっ』
呆れた表情で言葉を交わしていたハチと由雉が、急に大声をあげるモンキに少し驚く。
「二花ぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「えっ?」
姉ガニを指差し、思い出した様子で叫ぶモンキ。姉ガニが名を呼ぶ声に眉をひそめて振り返る。
「……っ」
モンキの姿を見た姉ガニが目を見開く。
「門貴っ……」
『へっ?』
モンキの名を口にした姉ガニ・二花に、輝矢たちは皆、首をかしげた。
「やぁ〜っぱ二花やぁっ!カニん時は判別不能やったけど、その下っ品な話し方でもしかしてって思っ……!」
「このっ……」
二花が背中の大バサミに手をかける。
「クソザルがぁぁぁぁっっっ!!!!」
「へっ?うわわわわわっっっ!!!!」
いきなり大バサミを手に取り、モンキへ向けて思い切り振り下ろす二花。モンキが驚きながらも素早く避けるが、二花は次々とハサミを振っていく。
「いっ……!いきなり何すんねんっっ!!」
「どんだけ人がっ……!ってかカニが探し回た思てんねんっっ!!食われそうになるし、責任とりやぁっ!!」
「はぁっ!?ようわからん理由でハサミ向けんなっ!ボケぇぇっっ!!!」
「うっさいっっ!!今日という今日はサルの串焼きにしたるわぁぁぁっっっ!!!!」
『……。』
威勢のいい関西弁を飛ばしあいながら、戦いを繰り広げていくモンキと二花。というか二花が一方的に攻撃しているだけなのだが、輝矢たちが呆れた表情で見つめる。
「何々だっ……?一体っ……」
「さぁ……?」
ハチの問いかけに、輝矢は首をかしげた。
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