第1章 鳥の国の犬王子 ☆4
「ああ〜らぁ〜?どぉぉ〜〜しってこの部屋にイヌが入ってくるのかしらぁぁ〜〜っっ??」
「……っ」
扉を開け放った出入口からまっすぐに敷かれた赤絨毯の先、三段ほど段になった床を上がったところに置いてある、まるで玉座のような金色の椅子。
そして、そこに腰掛けているのは、燃えるように真っ赤な長い髪に鋭く光る青色の瞳の、何とも派手なゴテゴテした着物を身にまとった女。
整った顔立ちをしており、年齢不詳な空気を漂わせているが、恐らく30代半ばから40代くらいであろう。
「孔雀サンっ……」
どこか怯えるように伏せ目がちに女を見上げるハチ。
「雀国の国主・朱実孔雀様。桜時様の実の伯母上です」
「へぇーっ……」
千鶴の説明に感心の声を漏らす輝矢。偉そうな空気はビンビンに出ているが、ハチを見るその冷たい目は、とても血の繋がりがあるとは思えない。
「まぁぁぁ〜〜ったく仕方のないワンちゃんねぇ〜っ!こぉ〜んなところに迷いこんでぇっ!」
「お母様ぁ〜っ♪」
「お母様ぁ〜っ♪♪」
「お母様ぁ〜っ♪♪♪」
「……っ?」
聞こえてくるハーモニーに孔雀が振り向く。ハーモニーを奏でているのは、孔雀の座るすぐ横に立ち並んだ、赤毛の青年3人組であった。
年は少しずつ違うようだが、顔立ち等よく似ている。
「あれは?」
「左から朱実 松人様、竹人様、梅人様。孔雀様のご子息で、桜時様のお従兄弟です」
輝矢の問いかけに千鶴が小声で答える。
「何かしら?我が愛しの息子たちぃ〜」
「あのイヌはぁ〜♪」
「ウチのぉ〜♪」
「桜時ぃ〜♪」
「あっらぁぁ〜っ?そうだったのぉぉ〜〜?わからなかったわぁ〜〜っっ!!」
3兄弟のハーモニーに、わざとらしい反応を示す孔雀。
「なんせぇ〜イヌなんてぜぇぇ〜んぶ同じに見えるものだからぁぁっ!オホホホホっっ!!!」
『確かにっ!アハハハぁぁぁ〜〜〜っ♪』
「……っ」
あからさまにハチをバカにした笑いをあげる孔雀と3兄弟。
ハチが俯いたまま、悔しげに歯を噛み締める。
「ふぅっ……」
笑いを止め、急に冷たい表情を見せる孔雀。
「私の前に出る時は、イヌの姿をするなと何度言えばわかるの?桜時……」
「……。」
孔雀がハチを冷たく睨みつけると、ハチはその顔を上げて睨み返すように孔雀を見た。
「別にっ……俺は“犬人”だっ!この姿だって俺の本当の姿だっ!隠す必要なんてないだろっ!?」
「……。」
突き上げるように見るハチを、孔雀が静かに見つめる。
「隠す必要なんてなぁぁ〜いぃぃ〜っ?」
「そんなことなぁぁぁ〜いぃぃぃ〜〜♪」
「隠した方がいいぃぃぃ〜〜〜♪」
「少し黙ってなさぁぁ〜〜いっ」
『ごぉぉぉ〜〜〜めんなっさぁぁぁ〜〜〜いっ♪』
ハーモニーを刻んでいた3兄弟が、孔雀から注意を受けて口を押さえて黙り込む。
「そうねぇ〜。確かにっ、それがアナタの本っっ当の姿だわぁぁぁ〜〜〜っ」
3兄弟を黙らせて、改めてハチを見下ろす孔雀。
「朱実の名に泥を塗る姿っ……」
「……っ」
孔雀の言葉に、唇を歪めるハチ。
「雲雀っ……愚かな妹っ……鳥でないだけならまだしも、よりにもよって他種の獣人の男に騙されて……」
「……っ!父さんは母さんを騙したりなんかっ……!」
「ああぁぁーーっっ!!ごめんなさいっ!!わたくし、イヌの言葉はわからなくてよぉぉっっ!!」
「……っ」
ハチの言葉を頭から遮る孔雀。
「とにかくっ!アナタのその姿そのものが朱実家の恥なのっ。あまり出歩いて人に晒さないでもらえる?」
「……っ」
「あなたはこの広い庭の中で一生、散歩でもしていればいいのっ!」
「……っ!そんなのっ……!」
ハチが思わず声をあげる。
「そんなの嫌だっっ!!」
「……イヤっ……?」
ハチの言葉に、首をかしげる孔雀。
「俺っ……俺っ本当はっ……!もっと外の世界を見たいんだっ!」
「桜時様っ……」
「……。」
堪えるように俯いてばかりいたハチが、孔雀をまっすぐに見て自分の思いを訴える。
その姿を千鶴と輝矢はまっすぐに見つめる。
「外の世界に出てっ、色んな人と知り合いたいっ……父さんを探したいっ!」
「……っ」
ハチの言葉に、孔雀が少し顔を引きつる。
「バカを言わないで。あなたはイヌなのよ。イヌならイヌらしくお家の庭を走り回っていればいっ……!」
「確かに俺はイヌだけどっ……!イヌなんだけどっ……」
真剣な瞳と想いを孔雀に向けるハチ。
「羽ばたきたいんだっ!もっと羽ばたいていきたいんだよっ!!」
「……っ」
胸を突き刺すようなハチの訴えに、輝矢はどこか驚いたような表情を見せた。
「羽ばたく……?」
孔雀が目を丸くする。
「イヌの分際で羽ばたくぅぅぅぅ〜〜〜〜っっ??」
扇子を広げ、ハチの言葉を長々と響かせて繰り返す孔雀。
「冗っ談じゃないわぁっ!精々、“犬掻き”がいいところじゃなくってぇ〜っ!!オーッホッホッホッホっ!」
『さすが母上っ!上手いこと言うっ!アッハッハッハァァァ〜〜〜っっ!!!』
「……っ」
高々と笑いあげる孔雀と3兄弟に、ハチは唇を噛み締め、強く前足を握り締めた。
「……っ?」
「……っ」
「……。」
ハチと同じように悔しげに拳を握り締めている千鶴を見て、輝矢が少し目を細める。
「ふぅ〜っ、片腹痛いわぁ〜。こんなくだらない話はもう止めにしましょっ。では太鷲っ」
「はい」
孔雀が呼ぶと、玉座の後ろから先ほどのワシ男、太鷲が姿を見せた。
「1000万チュンです」
「おおっ」
太鷲が差し出した台の上に積み上げられた札束を見て、感嘆の声をあげる輝矢。
「お約束通り、報奨金を差し上げますわぁぁぁ〜〜〜」
孔雀がハチから目を逸らし、輝矢を見る。
「ありがとうございます。私の1000万チュンっ」
爽やかな笑顔でお礼を言う輝矢。
「その代わりっ」
「……?その代わり?」
続いて聞こえてくる孔雀の声に、輝矢が1000万チュンから孔雀の顔へと視線を移す。
「桜時がイヌであることは他言無用でお願いしますわぁぁぁぁ〜〜〜」
「えっ?」
孔雀の言葉に目を丸くする輝矢。
「由緒正しき雀人一族にイヌの子供が生まれたなど、国民はおろか他国に知れ渡っては恥もいい所っ!」
「……っ」
大金を前に浮かれていた輝矢も、孔雀の言葉にさすがに眉をひそめた。
「桜時の存在は、わたくしたち一族が全力を持って隠し通さねばなりませんのぉ〜っ!」
「……。」
孔雀の言葉に、さらに俯いていくハチ。
「だぁかぁ〜らぁっ!くれぐれも他言無用でお願いしますわぁぁっっ!!」
そう高らかと言いながら、孔雀が金の積まれた台を引く太鷲とともに、輝矢の前までやってくる。
「受け取りなさい」
「……。」
孔雀の顔をまっすぐに見つめる輝矢。
「ではっ、遠慮なくっ」
――――バッコォォォォォーーンッッッ!!!――――
「のおおおおおおーーーんっっっ!!!!」
輝矢が笑顔で、金の積まれた台を孔雀へ向けて蹴り上げる。
「へっ……?」
「……っ」
『母上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?』
それぞれに驚きの表情を見せるハチ、太鷲、3兄弟。
輝矢の蹴り上げた台を直撃し、物凄い勢いで先ほどまで座っていた玉座へと吹き飛んでいく孔雀。どれほどの力で台を蹴り飛ばしたのか、玉座はあっさりと砕ける。
「孔雀様っ……!」
『ひいいいいいいいいいいいいっっっ!!!!』
「なっ……!何をっ……!」
慌てて孔雀の元へと駆け寄る太鷲、輝矢の力に震え上がる3兄弟、そして戸惑いがちに輝矢の方を見るハチ。
「んなっ……!んなんななっ……!何するのよぉっっ!?」
「何だ、元気そうですね」
吹き飛ばされたわりに太鷲の手も借りず元気に起き上がる孔雀を見て、少し残念そうな顔を見せる輝矢。
「あっ!あなっ!あなたっ!こんなことしてどっ……どうなるかわかっているのっっ!?」
「全然っ」
「んなっ……!!」
笑顔を見せる輝矢に、孔雀が顔を引きつりまくる。
「あなたねぇっっ……!!!」
「確かにっ……この庭は、ウチのハチには少々狭すぎるようですねぇ」
「んなっ……!?」
「お金は要りませんっ。その代わりっ」
輝矢が笑顔を浮かべたまま手を伸ばす。
「彼をっいただけませんっ?」
「へっ?」
軽々とハチを抱きかかえる輝矢。ハチが目を丸くする。
「ぎゃああああっっ!!!触るなぁぁぁっっ!!!」
「はぁぁぁっっっ!!!?」
輝矢に抱きかかえられ、尋常でないほどに騒ぐハチと、大きな声に目を飛び出させて驚く孔雀。
「オーッホッホッホッホっ!!!そぉぉ〜〜んなイヌもらってどうするってゆぅ〜のぉ?」
孔雀が勢いよく立ち上がり、得意の高笑いをする。
「ペットにでもしようってゆぅ〜のかしらぁぁ〜〜っっ??」
「ええっ」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!?」
何の躊躇いもなく頷く輝矢に大きく驚くハチ。
「オーッホッホッホッホっっ!!!冗談じゃないわっ」
孔雀が急に瞳を鋭くする。
「そのイヌはねぇっ!一生この広いお屋敷で暮らしていくのっっ!!誰の目にも触れずにねぇぇっっ!!」
「……っ」
孔雀の言葉に再び歯を食いしばるハチ。
「もぉぉぉぉ〜〜〜うっっ!!とっととあの小娘を何とかしてしまってっ!!太鷲っっ!!」
輝矢を指差し言い放つ孔雀。
「…………。」
「……?太鷲?」
返答のない太鷲の方を孔雀が振り返る。振り返ると太鷲は深く俯いたまま、微動だにしないでいた。
「何をしているのよっ!?早くっ……!」
「じっくり行くつもりだったが……」
「はぁっ?」
「……っ」
籠もったように呟く太鷲に首をかしげる孔雀と目を細める輝矢。
「たっ……太鷲っ……!何をっ……」
「こうも早く機会が巡ってくるとはなぁっっ!!!」
――――バァァァァァァァーーンッッ!!!――――
「……っ!」
「なっ……!」
「えええええっっ!!?きゃああああああっっっ!!!!」
叫んだ太鷲が、身に纏った軍服を弾き飛ばすように巨大化し、濁った緑色の皮膚に2本の金色の角を持つ、鬼のような化け物へと姿を変える。黄色い目に真っ赤な眼球を光らせ、鋭い爪と牙を持った禍々しい姿。
輝矢やハチが驚きの表情を見せる中、鬼と化した太鷲は孔雀の体を右手で掴み上げた。
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