第6章 シンデレラストーリー ★1
「よく戻りましたね」
その凛と響く高い声に、ゆっくりと顔を上げるのは、派手なピンク頭の印象的な青年。もちろん桜時である。
「桜時……」
「はい」
深々と頭を下げていた桜時が、ゆっくりと顔を上げる。
「ただいま戻りました、孔雀さん…」
そう、俺は今、雀国の朱実の屋敷にいる。
何故かというと、それは昨日の昼に起こった出来事まで振り返らなきゃならない。
―――――――――ということで昨日の昼。
輝矢たちは道途中の小さな宿場町へと立ち寄っていた。
「あああああああああっっっ!!!!」
小さな宿場町にある小さな食堂に響き渡るハチの叫び声。
「お前っ!今っ!俺の唐揚げ食っただろおっっ!!?」
ハチが強く指差した先にいるのは、暢気な顔のモンキである。
「ん〜?いっやぁ〜最後まで取ってあるから、よっぽど嫌いなんかなぁ〜思て食べてあげたんやんっ?」
「アホかぁぁっ!!大っ好きだからこそ1っ番最後に食べようと、楽しみに取っといたんじゃねぇーかっ!」
「あっ?そうやったんっ?」
モンキが目をパチクリさせて聞き返す。
「1番好きなもん最後に食べるなんて、みみっちいイヌやなぁ〜っ」
「ああっ!?」
モンキの言葉に、ハチが顔を歪める。
「てめぇーこそ人のっ……ってかイヌの唐揚げ取るなんてどんだけみみっちいサルなんだよっっ!!」
「なんやてぇぇ〜〜〜っっ!!?」
ハチの挑発に、モンキも顔をしかめる。
「やるんかぁっ!?ああっ!?」
「やってやろうじゃねぇーかよっっ!!」
勢いよく席を立ち、険悪な空気で睨み合うイヌとサル。
「ええ〜どっちがみみっちいかなんて、どっちもみみっち過ぎてボク、決めらんなぁ〜いっ」
『おいっ』
そこに余計な口を挟むユキジを、ハチとモンキが同時に睨みつける。
「あんのぉ〜お客さんっ……」
店員らしき男が、言い争う3人と同じテーブルで淡々と食事を進めている輝矢に、遠慮がちに声をかける。
「他のお客様の迷惑となりますので、ペットにもうちょっとお静かにするよう言っ……」
「あっ、月見団子もう一皿」
「えっ?」
店員の注意をまったく無視して注文をする輝矢に、店員が少し間の抜けた顔を見せる。
「いえっ、ですからねっ、ペットにもうちょっと静かにするようっ……!」
「さっさと持って来なさい」
「はいっ!ただいまぁぁぁっっ!!」
もう1度注意をしようとチャレンジした店員であったが、輝矢の冷たい睨みの前にあえなく敗れ去り、月見団子を取りに慌てて厨房へと戻っていく。
「まったくっ……」
「だいたいお前が唐揚げ定食なんて頼むからやなぁっ……!」
「おっ前も唐揚げ定食にしとけば良かっただろーがぁっ!」
「ねぇ〜ボクが唐揚げ食べるのってやっぱ共食いになんのかなぁ〜?」
『どうでもいいわっっ!!』
輝矢が肩を落としている横で、まだ3人の争いは続いている。
「だいたいお前はっ……!!」
――――ミシッミシっミシっ……――――
「あっ?」
文句を続けようとしていたハチが、何やら上空から聞こえてくる軋むような音に顔を上げる。
「何っ……」
――――バッコォォォォーーンッッッ!!!――――
「ぬわああああああっっっ!!!」
ハチの見上げていた天井が、急に崩れ落ちてくる。降り注ぐ瓦礫に、思わず声をあげるハチ。
「きゃああああっっっ!!!」
「うわああああっっっ!!!」
「おわわわっっ……!!」
「何やっ?何やぁ〜?」
「もぐもぐっ……」
輝矢たち以外の客も必死に降り注ぐ瓦礫から逃げ惑う。ハチたちは机の下へと潜り込んで身を守るが、輝矢だけは左手で落ちてくる瓦礫を砕きながら食事を続ける。
「おっうっちゃあ〜〜〜んっっ!!」
「へっ?」
呼ばれる名と聞き覚えのある声に、ハチが机の下から顔を出す。
「桜ちゃああ〜〜んっっ!!」
――――ズッシィィィーーンッッッ!!!――――
「ぎゃああああああっっっ!!!!」
大きな声とともに、崩れ落ちて穴のあいた天井から降りてきたのは、何とも巨大なスズメであった。スズメは体長2m近くあり、通常の大きさの20倍くらいはありそうである。
「って……竹兄っ!!?」
悲鳴をあげて引っくり返っていたハチが、じっくりとその巨大スズメを見て名を呼ぶ。
「ひっさし振りだねぇぇ〜〜っっ!!桜ちゃんっ!!」
――――ボォォォォォォォォ〜〜〜〜ンッッッ!!!――――
巨大スズメの体を白い煙が包んでいく。
「会いたかったよぉぉぉ〜〜〜んっっ!!」
『……っ』
次の瞬間、煙の中から姿を見せたのは、燃えるような赤毛に真ん丸とした緑色の瞳の、よく整った顔立ちをした青年であった。ゴツゴツしたピアスやネックレスをしており、少しチャラけている。
「輝矢ちゃんも久しぶりぃ〜っ!相変わらずカワイイねぇ〜っ!」
「どちら様でしたっけ?」
「がっさぁぁぁぁぁーーんっっ!!」
輝矢の淡白な反応に、大きくショックを受ける青年。
「ほらっ、あれだよっ、あれっ!朱実のっ……!孔雀さんの息子っ……!」
「ああ、3バカ兄弟の1人ですか」
小声で教え込むハチに、やっと思い出した様子で頷く輝矢。
「そうっ!朱実家国主・朱実孔雀の次男にして、桜ちゃんの親愛なる従兄の朱実竹人っでぇぇ〜〜すっ!」
「ちょっとお客さんっ!!」
「んっ?」
そんな竹人に、どこか怒ったような顔つきで詰め寄ってくる食堂の店員たち。
「どうしてくれるんだよっ!ウチの天井、こんなんにしちゃってっ!!」
「ああっ」
物凄い剣幕の店員たちに動じることなく、竹人が懐から財布を取り出す。
「修理代いくらくらいっ?とりあえず100万チュンでいい?」
『おおぉぉぉぉーーっっ!!』
財布から分厚い札束を取り出す竹人。
「ありがとうございまぁぁーーすっっ!!ごゆっくりぃぃーーっ!!」
金を受け取り、笑顔となって引き下がっていく店員たち。
「ふぅっ……無駄な争いをせずに済んだっ」
「無駄な金使ってんじゃねぇーよっっっ!!!」
一息つく竹人に、ハチが全力で突っ込みを入れる。
「大体何だって竹兄がここにっ……」
「そぉ〜〜うっ!!それが大変なんだよぉ〜っ!!桜ちゃんっっ!!」
「へっ?」
竹人の言葉に、ハチが目を丸くする。
「大変って……」
「あまりの大変さに巨獣化して、雀国からビュッヒャーーンと飛んできたんだよぉ〜っ!!」
「あっ、ああっ。で、大変ってっ……」
「もぉ〜うそれが大変で大変でっ……!!」
「とっとと言えよっっ!!!」
“大変”しか言わない竹人に、ついにハチが怒鳴りあげる。
「ボクっ……このままじゃっ……結婚させられちゃうんだっっっ!!!」
『……。』
真剣な面持ちで告白した竹人であったが、ハチをはじめとする皆は呆れた表情で静まり返る。
「何だっ……んなことかっ……」
「めでたいやぁ〜んっ!なぁ?輝矢ぁ〜ん、俺らもこの幸せの波に乗ってっ……!」
「お1匹でどうぞ」
「がいぃぃぃーーんっっ!!」
「懲りないサルだよねぇ〜」
竹人の告白に、力が抜けたように呟くハチと、またも無駄に輝矢にアタックして玉砕のあげく落ち込むモンキ。
「月見団子お待ちぃぃ〜〜っ!」
「あっ」
運ばれてきた月見団子に、輝矢が珍しく目を輝かせる。
「というわけで大変なんだぁ〜っ!!とりあえず雀国に戻ろうっ!!桜ちゃんっっ!!」
「へっ?」
――――ボォォォォォォォ〜〜ンッッッ!!!――――
竹人が白い煙に包まれ、再び巨大スズメの姿となる。
「さっ!輝矢ちゃんもその他大勢も行っっくよぉぉ〜〜っっっ!!!」
「うおおおおおうっっ!!」
「ぬわっ!」
「ふわあああっ」
「ちょっ……!まだ月見団子っ……!」
巨大スズメとなった竹人がハチ、モンキ、ユキジ、そしてまさに今、月見団子に手を付けようとしていた輝矢を無理やりその背に乗せる。
「しゅっぱぁぁぁぁぁ〜〜っつっっっ!!!!」
「勝手に出発してんじゃねぇーーっっっ!!!」
「私のっ……私の月見団子っ……!」
輝矢の伸ばした手は、虚しくも月見団子には届かなかった。
と、いうことで今、桜時たちは雀国にいるわけである。
「ただいま戻りました……ってゆーかっ……」
桜時と向き合った孔雀が、不意に口を開く。
「ちょっと戻ってくるの早すぎなんじゃない?まだ10日くらいしか経ってないわよっ……?」
「いやっ、それはそのっ……竹兄がっ……」
眉間に皺を寄せて問いかけてくる孔雀に、桜時が少し遠慮がちに答える。
「竹人っ?」
「何かっ……結婚させられちゃうとか言ってっ……」
「はぁっ……」
桜時の説明を聞いた孔雀が、深々と溜め息をついた。
「まったく仕方のない子ねっ……」
「ホントなのかっ?竹兄が結婚するって」
「正確には婚約者を決めようとしてるだけですけどね」
「婚約者っ?」
桜時が物珍しそうに聞き返す。
「ええ、松人が燕国主のお嬢さんを婚約者と決めたのも18の時だったから、竹人もそろそろかと思ってね」
「へぇっ」
国主の息子をもなれば、18で婚約というのも珍しい話ではない。国と国との繋がりを強めるため、国をより豊かにするため、そんな政治的理由による婚約は当たり前の話だ。
「でも竹人ときたらっ……どこのお嬢さんを連れてきても気に入らないとそればかりっ……」
孔雀が少し眉をひそめる。
「そこで私、決めたのよ」
「へっ?決めた?」
「ええ、千鶴っ」
「はいっ」
「……?」
孔雀に呼ばれ、部屋の隅に立っていた千鶴が、何やら大きな紙を持って孔雀の横へとやって来る。
「題してっ……」
――――バッサァァァァァァ〜〜ンッッッ!!!――――
「“朱実竹人の婚約者を決めちゃうぞダンスパーティー☆”を開くことにしたのよっ!」
「……。」
千鶴の広げた紙に書かれたパーティーの巨大広告と、その安易なネーミングに言葉を失う桜時。
「何っ?何か文句でもあるのっ?」
「いえっ……」
孔雀に睨まれるように見られ、桜時がすぐさま俯く。
「パーティーは明日の夜よ。ついでだから貴方も参加して挨拶なさい」
「はぁっ……」
「あとっ、竹人が逃げないよう、くれぐれも頼むわよっ……?」
「……はいっ」
孔雀の圧力のかかった瞳に、桜時は頷くことしかできなかった。
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