第1章 鳥の国の犬王子 ☆3
雀国の南端に位置する巨大な屋敷。
国土の4分の1を占める土地に広々と作られた見事な庭に囲まれた、20階建ての木造屋敷。
もう400年以上も雀国を治めてきた、雀人“朱実”の屋敷であった。
「3日か……もった方かな……」
見慣れた広大な庭を眺めながら、屋敷の廊下に立ち尽くしているハチこと朱実桜時。
見た目は野良犬だが、実はこの立派な朱実家のお坊ちゃま。
「桜時様っ!!」
「……っ?」
名を呼ばれハチが振り向くと、そこには肩まで伸びた黒髪に何とも白い肌をした美しい女性が立っていた。
「千鶴っ……」
「まぁ〜た勝手に外まで散歩に出られてっ!千鶴はもう気が気でなかったですよぉっ!!」
「散歩じゃねぇっ。家出したんだよっ!家出っ!」
「またそのようなことをっ……」
意地を張るように言い放つハチに、千鶴が少し呆れた表情を見せた。
「あまり太鷲隊長の手を煩わせになられてはっ……」
「何でぇぇっっ!!何でだよぉぉぉっっ!?」
「……っ?」
庭を眺めていたハチが、庭の向こうから聞こえてくる大きな声のする方へと目をやる。
「あれはっ…」
「俺を警備隊に戻してくれよぉぉぉっっ!!太鷲ぃぃぃっっ!!」
「さっきの……ペンギン?」
庭の向こうにある警備隊の隊舎の前で、太鷲を相手に大声で何やら懇願しているのは、先ほどハチを追いかけてきた挙句、輝矢に踏み潰された、銀ペーとかいうあのペンギンであった。 銀ペーは太鷲の前に座り込み、地面に擦りつきそうなほどにまで頭を下げている。
「ああ、銀ペーさんですね」
「えっ?千鶴知ってんのか?」
「ええ、この間まで警備にいた方ですよ」
驚いたように問いかけるハチに、笑顔で答える千鶴。
「15年以上仕えて下さったベテランさんで、“要塞ペンギン”なんてあだ名が付いたほどの方だったんです」
「へぇ〜……」
その割にハチを捕まえて売ろうとしていたが、と目を細めるハチ。
「でも太鷲隊長が来られてすぐ、“飛べない鳥”は役に立たないからと無理やり辞めさせられてしまって……」
「えっ……?」
ハチが眉をひそめる。
「何度来ても同じだよ、銀ペーさん。あんたみたいな飛べない鳥、朱実の警備隊には必要ない」
「……っ!」
土下座までした銀ペーに冷たい言葉を投げ捨てて、あっさりと隊舎の中へと入っていく太鷲。
「ううっ……ううううぅぅぅっっ……!!」
『アニキィィィィィィィ〜〜っっっ!!!』
ショックのあまり泣き崩れる銀ペーに、子分ペンギンたちが駆け寄る。
「他にも多くのベテランが辞めさせられて……太鷲隊長のやり方は私も賛成しかねます……」
「……。」
――――人がっ…!ってかペンギンが1っ番気にしてることをぉぉーーっっ!!――――
「それであんなに怒ったのかよっ……」
ハチは確かに、銀ペーが1番傷つくことを口にしてしまったのだ。どこか申し訳なさそうに俯くハチ。
「いっやぁ〜広いお屋敷ですねぇ〜でぇ?私の1000万チュンはどこですかぁ〜?」
「くわぁぁぁ〜ムカつくっ……」
聞こえてくる陽気な声に、一瞬にして表情を歪めるハチ。
「いやぁ〜今日は空が1000万チュン色をしていますねぇ〜」
「何だっ、1000万チュン色って」
現れたのは、1000万チュンに目が眩み、あっさりとハチを太鷲に売り渡した女・輝矢。報奨金を貰うため、ハチとともに朱実の屋敷へとやって来たのである。
そんな浮かれきった輝矢に、しかめっ面を見せるハチ。
「あっ……!あなたですねっ!桜時様を見つけてくださったのはっ!」
「……っ?」
駆け寄ってくる千鶴に、首をかしげる輝矢。
「わたくし、桜時様の世話役の千鶴と申します!」
「ああ、どうもぉ〜ハチを見事に発見した、竹取輝矢ですっ」
「探しもしてねぇーだろーがっ」
爽やかな笑顔で千鶴に言い放つ輝矢に、ハチが不満げな顔を見せた。
「そうですかっ!あなたが見つけて下さったんですねっ!ありがとうございますっ!是非っ……!」
――――ボォォォォォォォ〜〜ンッッッ!!!――――
「へっ……?」
「恩返しさせて下さいぃっっ!!」
「ええ〜っ?」
千鶴の体が白い煙に包まれると、次の瞬間に白色の美しい鶴が現れ、泣きじゃくりながらその鋭い嘴を、輝矢へと向けてくる。
「何とお礼を言っていいかぁぁ〜〜っっ!!」
――――ドスッ!ドスッ!ドスッ!――――
「うわっ、わわわっ、わっとっ」
破壊的な恩返しを続ける千鶴の嘴攻撃を、素早く避ける輝矢。
「彼女は?」
「恩返しが大好きな“鶴人”だ」
「なるほどぉ」
「恩返しぃぃぃっっっ!!!」
――――ドスっ!ドスっ!ドスっ!――――
最早、輝矢でなく壁に嘴を突き刺しだした千鶴を、呆れるように見ながら会話をする輝矢とハチ。
「それにしても驚きましたぁ〜ハチが雀国の王子様だったなんてぇ〜」
壁を突付いている千鶴を無視し、輝矢が桜時に笑顔を向ける。
「いやぁ〜朱実は雀人だっていうから、てっきり雀だとばかりっ」
「……っ」
輝矢の言葉に俯くハチ。
「まぁお陰で1000万チュンいただけるわけですけどっ」
「ったく、人をっ……ってかイヌをあっさり金で売りやがって」
ハチが輝矢に非難の目を向ける。
「まぁいいかっ。お前に助けられてなきゃ、俺はあのペンギンたちに捕まってたわけだし」
ハチが庭に背を向け、廊下の先の大きな扉の方を向く。
「一応、礼は言っとくよ。サンキューなっ……」
「……っ」
憂いを帯びた笑顔で礼を言うハチに、輝矢が少し違和感を覚える。
「まるで……戦場へでも向かう前のようですねぇ……」
「同じようなものですよ」
「えっ?」
輝矢が振り返ると、そこにはいつの間にか人の姿に戻った千鶴が真剣な表情で立っていた。
「それってどういうっ……」
「入っぞっ!千鶴っ!」
「えっ!?いやっ!あのっ!でもっ!桜時様っ!国主の前に出られる時は人化をっ……!」
目の前の大きな扉に手を伸ばすハチを、千鶴が慌てて止めに入る。
「俺はイヌだっ!イヌの姿のまま出て何が悪いっ!」
「悪いとゆーか何とゆーかっ……」
「とにかく行くっ!!」
――――バアアアアーーンッッッ!!!――――
「ああっ……!!」
千鶴が止める中、勢いよく目の前にある大きな扉を開け放つハチ。
『……っ』
輝矢たちが表情に緊迫を走らせる中、ゆっくりと扉が開いていく。
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