第4章 不幸な女の青い鳥 ★5
――――申し訳ありませんでした……――――
何度、あの姿を見ただろう。
いつもあの人は、自分を責めるように深々と頭を下げる。
「……っ」
――――ボォォォォォォォーーーーンッッッ!!!――――
「はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……!」
キジから人の姿へと戻って、街のはずれの森へと降り立つ由雉。
――――私が悪かったのよ……ほらっ、蟹座、今日11位だったし……――――
――――そうよねぇ……私が悪いわ、ごめんなさい……――――
不幸な目に遭って、周りがそれをキジである由雉のせいだと言っても、ミチルはいつもそう言って自分のせいにしては謝っていた。自分が悪いのだと笑って言った。
「なんで……」
由雉が地面に膝を付き、力なく呟く。
「なんでっ……!」
「何故でしょうね……」
「……っ?」
背後から聞こえてくる声に、由雉が少し驚いたように振り返る。そこに立っていたのは輝矢であった。
「君っ……なんでっ……」
「ミチルさんにアナタを追うよう頼まれましてね」
「ボク、飛んできたのに追いつくの速すぎじゃない?」
「私に追いつけないものなんてあるはずないでしょう?」
「はぁっ……」
由雉が不思議がりながらもとりあえず頷く中、輝矢はゆっくりと由雉に歩み寄り、由雉の横へと膝をつく。
「何しにっ……来たのっ……?ボクっ……下手な励ましとかいらないんだけどっ……」
「まったく励ます気はないので、ご心配なくっ」
「あっそお……」
冷たい笑顔でハッキリと言い放つ輝矢に、少し呆れた表情を見せる由雉。
「本当のことだけ……言いに来ました……」
「本当のこと……?」
輝矢の言葉に、由雉は戸惑うように顔を上げた。
その頃、街はずれの森。輝矢と由雉のいる辺りから少々離れた地点。
「由雉っ!由雉っ!?あらっ?」
森の中を歩きながら、必死に由雉の名を呼んでいたミチルの前に、木陰から何かが飛び出してくる。
「ガルルルルぅぅぅっっっ!!!!」
それは獰猛そうな、野生のトラ。
「ひっええええええっっっ!!!!!」
「ガルルルルっっ……!!!」
震え上がるミチルに、トラが飛び出していく。
「助けてぇぇぇぇぇぇーーっっっ!!!!」
「ぎゃあああああっっっ!!!近寄ってくんなぁぁぁっっ!!」
逃げ込んでくるミチルから、必死に逃げるハチ。
「はいはいっ!」
――――バッコォォォォォーーンッッッ!!!!――――
「きゅうううううぅぅぅぅぅ〜〜〜〜っっ」
「ちぃ〜っと大人しく寝といてやっ!」
ハチを追うミチルを追っていたトラの額に蹴りを食らわせ、あっさりと気絶させるモンキ。その動きはかなり手馴れた様子。それもそのはず、こうしてミチルがトラに襲われるのは、もう早5回目なのである。
「それにしてもこの森のトラ、ちょぉ〜っと気ぃ、立ち過ぎなんちゃう?」
「いつもは大人しいんですけどっ……」
モンキの問いかけに、戸惑ったような表情を見せる幸コ。
「一体、どうしちゃったんでしょうか……」
「まぁ幸コちゃんのことはがっちり俺が守ったるから安心しぃっ!オバハンもあんま勝手に動かんとっ……!」
「由雉ぃぃっっ!!!」
「って、聞けいっっ!!」
モンキの忠告を聞くことなく、由雉を探してどんどん森へと入って行ってしまうミチル。
「ったくもうっ!大人しく輝矢がキジ連れて帰ってくんの、街で待っとけばええのにっ!」
「居ても立ってもいられねぇーんだろ」
面倒臭そうに言うモンキに、ハチがどこか穏やかな顔つきで答える。
「孔雀さんもあんくらいだったらいいのにっ……」
「こんにゃくぅ?」
「別に何でもねぇっ」
思わず漏らした呟きを、ハチは適当に誤魔化した。
「きゃあああああああっっっ!!!!!」
『……っ』
先を行くミチルが悲鳴をあげる。
「きゃああああああっっっ!!!!」
「だああああああああああっっっ!!!!」
再び駆け込んでくるミチルから、再び必死に逃げ惑うハチ。
「またトラかぁ〜?」
「トラっ……!トラトラトラトラっ……!」
「やっぱトラかぁ〜」
ハチを追いかけているミチルにモンキが問いかける。ミチルは引きつった表情で前方を指差している。
「トラももう飽きっ……なっ……!?」
「これはっ……!」
ミチルの指差している前方を見たハチとモンキの表情が変わる。
そこには傷ついた獰猛なトラが、何頭も倒れこんでいた。皆、何者かに襲われたような傷を負っている。
「どういうこっちゃっ……」
「まさかトラたちの気が立ってたのって……」
『グワアアアアアーーーッッッ!!!!』
『……っ!』
聞こえてくる雄たけびに、ハチとモンキが顔を上げる。
『ガアアアアァァァァァーーーッッッ…………』
「鬼人っ!?」
「きゃあああああああああっっっ!!!」
傷ついたトラたちの向こうから現れたのは、濁った黄色の肌を持った角2本の巨大な鬼、3匹。その禍々しい姿にミチルと幸コが震え上がる。
「黄鬼っ……!レベル2かっ」
「さっすが蟹座10位っ!黄鬼3匹とは桁が違うでぇっ!!」
――――ボォォォォォォーーーンッッッ!!!!――――
すぐさま人化して、それぞれ村雨丸と如意棒を構える桜時と門貴。
「輝矢ん抜きで大丈夫やろかぁ?」
「やるしかねぇーだろっ!行くぞっ!」
『グワアアアアアアアアーーーッッッ!!!!』
桜時・門貴と、鬼人3匹との戦いが始まった。
そんな大変な頃。再び、輝矢と由雉側。
「本当の……ことって……」
「はい。アナタはたかだかキジなんですから、誰かを幸せにするなんて大それたことできるはずないですよ」
「ぬなっ……!」
笑顔で歯に衣着せぬことをスッパリ言い放つ輝矢に、さすがの由雉もその愛らしい表情を引きつった。
「確かにっ……励ましに来たわけじゃないみたいだねっ……」
「私、そういう無駄なこと、好きじゃないんです」
少し呆れたように言う由雉に、淡白に答える輝矢。
「それにアナタ、自分で言っていたじゃないですか」
「えっ……?」
「幸せは青い鳥に与えてもらうものじゃない。自分で手にするものなのだと……」
「それはっ……」
由雉がどこか気まずそうに下を向く。
「その通りだと思いますよ」
「……っ?」
輝矢が由雉に笑顔を向ける。由雉は少し戸惑うように目を丸くした。
「人は誰しも幸せを手にしようと、幸せになろうとする……そういう生き物です」
「……。」
輝矢の言葉を、まっすぐに輝矢を見つめながら聞く由雉。
「だから逆を言えば、自分が不幸である状態では決して留まらない」
「……っ?」
由雉が少し首をかしげる。
「何故、ミチルさんがアナタを追い出さないか、アナタと一緒に居続けるのか……それはっ……」
輝矢がまっすぐに由雉を見る。
「“幸せ”だから……ではないのですか?」
「えっ……?」
教えられた答えに、戸惑いの表情を見せる由雉。
「そんなっ……ボクを飼ってるってだけであんな言われ方してるのにっ……幸せなはずっ……」
「それを決めるのは、ミチルさんでしょう……?」
「……っ」
その問いかけに、由雉がハッとした表情となる。
「幸せかどうかを見定める努力くらい、してもいいと思いますけど?」
「……。」
迷うように俯く由雉。
「おいおいっ!見たかぁ〜っ?」
『……っ?』
上空から聞こえてくる声に、顔を上げる輝矢と由雉。
「森の向こう側に鬼人が出たらしいぞぉ〜っ!しっかも3匹っ!」
「マジっ?街に連絡行ってんのかぁ?」
「ああっ、もう厳戒態勢に入ってるってよぉ〜」
「……っ」
森の上空では営業帰り風のコウノトリが2羽、世間話をしていた。その世間話の内容に、輝矢が眉をひそめる。
「けっど俺見たんだけどさぁ、ミチルと旅の連中が、もう鬼人に出くわしちまってたぜぇ〜」
「えっ!?」
「……っ」
そのコウノトリの言葉に、驚きの表情を見せる輝矢と由雉。
「ちょっとっ!その話っ……!」
「“月器・上弦”」
「へっ?」
上方へ向かって身を乗り出した由雉の横で、輝矢が静かに右耳のピアスを弾く。
――――バァァァァァァァーーーンッッッ!!!!――――
『ぎゃあああああああああっっっ!!!!』
輝矢が弾いたピアスは、2羽のコウノトリよりもさらに上空で楕円形の月・上弦となり、コウノトリたちの上に降り落ちて地面へと叩きつけた。
「うううっ……痛てててててっ……」
「……。」
「んんっ?ひいいっっ!!」
目の前に立った冷たい表情の輝矢に、背筋を震え上がらせるコウノトリたち。
「今の話……少々詳しくお聞きしたいのですが……」
「はっははははははいっ……!何なりとっ……!」
見られただけで凍りつきそうな笑みを向けてくる輝矢に、声を震わせながら必死に頷く罪なきコウノトリたち。
「鬼っ……?」
そんな輝矢を見て、由雉が思わず呟いた。
「“鬼爪・天回”っっ!!」
「“瞬花”っっ!!」
――――パァァァァァァァァーーーンッッッ!!!――――
鬼人が飛ばした10本の鬼爪を、村雨丸を振り切って桜の花びらへと変える桜時。
「グワアアアアアアッッッ!!!!」
「キャアアアアアアアアアッッッ!!!!」
必死に逃げ惑う幸コへと爪を振り下ろす別の鬼人。
「如意棒・第1の舞っ……“空”っっ!!」
――――ビュウウウウウウウゥゥゥゥンッッッ!!!――――
「ぎゃあああああああっっっ!!!!」
幸コの前に門貴が立ち、鬼人へ如意棒を向ける。門貴が繰り出した真空波を受け、後方に吹き飛ばされる鬼人。
「大丈夫かぁっ!?幸コちゃんっ!!」
門貴が少し後ろを振り返り、幸コの方を見る。
「幸コちゃんのことは俺が死んでも守るからっ、心配あらへんでぇっ!」
「門貴さんっ……」
門貴の勇ましい言葉と頼れる笑顔に、少しキュンとくる幸コ。
「せやからぁ〜っこの戦いが終わったらぁ〜俺とこぉ〜ムフフフフっ」
「やっぱりこういう人ですよね……」
頼れる笑顔は一瞬にしていやらしい笑顔へと変わり、幸コのトキメキも一瞬にして消え失せる。
「“鬼口”っっ!!」
『……っ!』
その時、門貴が吹き飛ばした鬼人が、門貴と幸コへ向けて鬼口を放つ。
「クっ……!」
「きゃあああっっ!!」
幸コを庇うようにして、横へと飛ぶ門貴。
――――バァァァァァァァァァーーーーンッッッ!!!――――
「ううっ……!」
「門貴さんっ!!」
鬼口が門貴の右腕をかすめ、如意棒が力なく地面に転がり落ちる。思わず膝をついた門貴に、不安げな表情で駆け寄る幸コ。門貴の右腕から真っ赤な血が溢れ出る。
「チっ……しくったなっ……」
動きの鈍い右腕に、表情をしかめる門貴。
「サルっ……!」
「“鬼爪”っっ!!」
「うっ……!クソっっ!!」
門貴のことを気にかけていた桜時に、そんな暇を与えることなく飛んでくる鬼爪。鬼爪を村雨丸で弾き返しながら、桜時が少し顔をしかめる。
「このままじゃっ……全滅しちまうっ……!」
「グワアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
「“瞬花”っっ!!」
――――パァァァァァァァァァァーーーーンッッッ!!!――――
桜時が再び鬼爪を桜の花びらへと変える。
「ガアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
「うっ……!!うわああああああああっっっ!!!!」
「ハチさんっ!!」
横からやって来たもう1匹の鬼人に吹き飛ばされる桜時。避難していたミチルが思わず身を乗り出す。
「うううっっ!!!」
――――パァァァァァァァァァーーーーンッッッ!!!――――
桜時が背中を打ちつけた青々とした木が、一瞬で桃色の桜の木へと変わる。
「痛ててててっ……」
「きゃあああああああああっっっ!!!!」
「ああっ?」
背中を痛そうに押さえていた桜時が、聞こえてくる悲鳴に振り向く。と、そこには木陰から飛び出してきたらしきミチルが、地面にべったりと座り込んでいた。
「何やってんだ?」
「いえっ……急に木が桜になったもので腰を抜かしちゃってっ……」
「……。」
そんなミチルに呆れた顔を見せる桜時。
『グワアアアアーーッッッ!!!!』
『……っ!』
桜時とミチルの元へと、駆け込んでくる2匹の鬼人。
「ひえええっっっ!!!!」
「クっ……!」
桜時が背中の痛みを堪えて立ち上がり、腰を抜かして動けないでいるミチルの前へと立つ。
「ハチさんっ……!?」
「俺がヤツらの気ぃ引いとくからっ!アンタは体引きずってでもこっから逃げろっ!!」
「でもそんなことしたらハチさんがっ……!」
「アンタを死なせるわけにはいかねぇーだろっ!!由雉のためにもっ!」
「えっ……?」
ミチルが戸惑うように桜時を見る。
「どうしてっ……そこまでっ……」
「……。」
桜時が少し目を細める。
――――なんせミチルは“不幸を呼ぶキジ”なんか飼ってっからなぁっ!――――
――――あっはっはっはっはぁぁぁぁ〜〜〜っっっ!!!――――
「似てるからっ……」
「えっ……?」
――――イヌのくせに羽ばたきたいっ!?バカ言ってるんじゃないわよっ!――――
――――イヌはイヌらしくっ!家の庭を駆け回ってればいいのっ!――――
「わかるからっ……」
蔑みの言葉。見下した笑い。自分だけが違うものであることの孤独。
「だからっ……」
桜時がミチルに笑顔を向ける。
「アンタと由雉は“幸せ”であってほしいっ……」
「ハチさんっ……」
桜時の言葉に、ミチルが少し目を潤わせる。
「“鬼口”っっ!!!」
「……っ!」
「ハチさんっ……!!」
向かってくる鬼口を避けようともせず、正面から村雨丸を構える桜時。ミチルが必死に桜時の名を呼ぶ。
「ハチさんっ!!」
「クっ……!」
ミチルが叫ぶ中、前方から向かってくる鬼口に桜時が顔を引きつる。
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