第3章 サイ蔵法師サマ御一行 ☆2
一時間後。
「ああ〜街ですよっ、ハチっ」
山道のすぐ先に灯りの集まった集落を見つけ、輝矢が嬉しそうに後ろを歩くハチの方を振り返る。
「クッソっ……!あのサルめっ……!」
「まだ気にしているのですかぁ〜?」
しかしハチは街よりも、先ほどのサルへの怒りで頭が一杯の様子である。
「街に着いたら私がバナナよりもいいもの、買ってあげますからぁ〜」
輝矢が怒っているハチを宥めるように言う。
「朱実の金でっ」
「俺ん家の金じゃねぇーかっ!!」
怒っていても突っ込むことは忘れないハチ。
「いやぁ、着きましたよぉ」
「ようこそぉっ!!お二人さんっ、旅の人かいっ?」
『えっ?』
輝矢たちが街の入口に足を踏み入れた途端に、近くに立っていた若い男が親しげに二人に声をかけてくる。少し戸惑うように顔を上げる輝矢とハチ。
「この街はいぃ〜い街だよぉっ!オススメは特に足つぼマッサージかなっ?是非、試してってよっ!」
「足つぼっ……」
男の言葉に、ハチが少し表情を引きつる。
「ここは何という名の街なのですか?」
「名前なんてないさぁっ!ここは所謂、“雑種の街”っ!いっろんな獣人が交じって暮らしてるんだっ」
「雑種の街……」
輝矢が目を丸くして、男の言葉を繰り返す。
「ちなみに俺は“蛸人”のタコ吉ねっ!街で有名な“八本足つぼマッサージ”のお店の主人やってからっ!」
「それでオススメなわけですか……」
「ただの宣伝じゃねぇーかっ」
親切な案内というよりはしつこい宣伝であるタコ吉に、呆れた表情を見せる輝矢とハチ。
「にしてもこの街は平和だなぁ」
街を見渡しながらハチが言う。
「そう離れてない羊の国なんて、鬼人出現に厳戒態勢だったってぇーのにっ」
「そっりゃーこの街は鬼人が出たって平気だからだよっ!」
「はぁっ?」
「平気っ……?」
タコ吉の言葉に、首をかしげるハチと眉をひそめる輝矢。
「この街には、御伽界随一の退治屋がいるからなっ!」
『退治屋っ?』
二人が同時に驚いた顔を見せる。
『サイ蔵様だぁっ!!サイ蔵法師様がいらっしゃったぞぉっ!!』
「おっ!君たち、運がいいなぁ〜っ!ちょぉ〜どサイ蔵法師様が拝めるぞっ!」
「サイ蔵法師様っ?」
「……っ?」
急に声をあげ、一箇所に集まり始める街人たち。タコ吉の言葉に、輝矢とハチは首をかしげながらも、駆け出していくタコ吉の後を追って、街人たちの集まっている方へと歩み寄って行く。
『サイ蔵法師様ぁっ!!』
「君たちっ!こっちこっちぃ〜っ!!」
『……?』
集まっている人々は、その集まりの中央へと必死に手を振り、声援のようなものをかけている。人込みをスルスルと抜けていくタコ吉に続いて、何とかその中央付近へと顔を出す輝矢とハチ。
『……っ』
『サイ蔵法師様ぁっ!!』
「ああ〜押すな、押すな。サインは一人一枚、写メールは一人二ショットまでじゃぞぉ」
街人の集まりの中央で、声援をかけられながら街人にサインやら握手やらを求められているのは、白い法衣を纏った灰色の髪の老人であった。老人は背こそ低いが、がっしりとした体付きをしていた。真ん中に寄った瞳の人相は、街人が慕っているほどのいい人間には見えない。
「サイ蔵様っ!この間はウチのペットをいじめた鬼人を退治してくださってありがとうございましたっ!!」
「鬼人っ!?」
「ペットをいじめた……?」
ある街人のサイ蔵への言葉に、輝矢とハチ同時に眉をひそめる。
「お安い御用じゃよ」
「ウチのバナナ畑を荒らした鬼人も退治してくださってありがとうごぜぇましたぁ〜」
「鬼人っ!?」
「畑を荒らした……?」
続いて礼を言う街人の言葉にも同じような反応を示す輝矢とハチ。
「何っ、いちいち驚いてんのぉ〜っ!ほっんと何も知らないねぇ〜まっ、旅人だっから無理ないかぁ〜」
「タコ吉さん、あの方は一体っ……」
「あのお人はサイ蔵法師っ!仏に仕えるお坊さんにして、御伽界随一の鬼人退治屋っ!」
「御伽界随一っ……」
「あのじいさんがぁっ!?」
タコ吉の説明に、あまり納得していなさそうな声を出す輝矢とハチ。
「ナメちゃいけねぇぜっ?倒した鬼人数知れずっ!この街に出た鬼人も六匹ぜぇーんぶ退治してくれたし!」
「六匹っ…」
「今じゃ鬼人の方が逃げてくって噂よっ!ヌワッハッハっ!!」
「……。」
タコ吉の笑いを聞きながら、輝矢が気難しげに俯く。
「あのじじいがなぁ〜」
「サイ蔵法師サマっ!!サイン下さいっ!」
「んっ?おお〜いいぞぉ〜っ」
ハチが意外そうに見つめる中、白髪のまだ幼い少年が人混みを掻き分けてサイ蔵へと駆け寄る。サイ蔵はその少年の頭を撫でて、サインを書いた。
『お師匠様ぁ〜っ!!』
「あっ?」
人込みを掻き分けながらやって来るいくつかの声に、ハチたちが振り向く。
『お探ししましたよっ!お師匠様っ』
「おおっ、門貴、コショー、九戒っ」
サイ蔵を“師匠”と呼び、人込みの中央へと姿を現したのは、頭に皿の乗った緑色のカッパと、丸々と太った大柄な肌色のブタと、可愛らしい茶色の子ザルであった。
「んっ?」
三匹の中の子ザルにどことなく見覚えのあるハチ。
――ほなっ、バナナは貰ってくでぇっ!ワンちゃんっ!――
「……っ!ああああっ!!」
『……?』
あの屈辱的な出来事を思い出し、サルを指差して思わず大声を出すハチ。その声にサイ蔵とサルたち三匹、そして集まっていた街人たちが皆、振り返る。
「あっ」
サルもハチを見て、思い出した様子で声を出す。
「知り合いかのぉ?門貴」
「知り合いゆうかぁ、通りすがり会うただけですわぁっ!“ご機嫌よぉ〜”ゆうてっ」
「ウソをつけぇっ!お前が人のっ……!いやっイヌのバナナを横取りしてったんじゃねぇかっ!」
サイ蔵に笑顔を向けるモンキと呼ばれたサルに、思い切り怒鳴り返すハチ。
「横取り?」
「お師匠さんの前で人聞き悪いこと言いなやぁ〜ワンコぉ〜」
顔をしかめるサイ蔵を見て、困ったような顔を見せるモンキ。
「ホントのこったろっ!」
「獲ったもん勝ちやゆうて、俺がちゃ〜んと勝ったやんっ?」
「あんなんで納得できっかぁっ!!」
ハチがさらに鋭い目でモンキを睨みつける。
「しゃーないなぁ……」
「……?」
急に声のトーンを落とすモンキに、ハチが少し表情を曇らせる。
「ほんならっ……」
――ボォォォォ〜ンッ!
「……っ!」
モンキの体を白い煙が包む。
「みんなが見とうトコで勝ち負けハッキリしたろかぁっ!」
「……っ」
次の瞬間、煙の中から現れたのは、茶色い短髪にまっすぐと光る金色の瞳をした、いかにも活発そうな背の高い青年・門貴であった。派手な赤い胴着を着ている。
「これこれ、門貴っ」
「いっくら師匠さんでも、俺の決闘止める権利はないでぇ〜っ!」
「……やれやれ、お前は言っても聞かんヤツじゃからなぁ」
笑顔で言い切る門貴を見て、サイ蔵が少し疲れたように肩を落とした。
「皆、危ないから下がりなさい」
サイ蔵の指示に、集まっていた街人が大人しく後退していく。
「やりすぎんなよぉ〜、門貴っ」
「おうっ!」
やる気なく声をかけるカッパに、手を挙げて答える門貴。
「“如意棒”っ!」
「……っ」
門貴がそう言うと、門貴の右手の中にどこからともなく金色の装飾が施された真っ赤な棒が現れた。その様子を少し驚いたように見つめるハチ。
「さっ!お前もとっとと人化しぃ〜やっ!」
「あのなぁっ!バナナもないのに何で今更っ……!」
「それともぉ〜、その背負っとう立派な刀はコケ脅しかぁ〜?」
「……っ」
ハチの背負っている村雨丸を指差し、ハチを嘲笑うかのように言い放つ門貴。その門貴の見え透いた挑発に、ハチが思い切り表情を引きつる。
――ボォォォ〜〜ンッ!
「上等じゃねぇーかぁっ!このクソザルぅっ!!」
桜時の姿となって、村雨丸を抜くハチ。
「そうこなっ……!」
門貴が楽しげに笑って如意棒を振りかぶる。
「おいおいっ!アンタの連れっ!とっとと止めないと、サイ蔵様のお弟子さんとっ……!」
危機を感じて、輝矢の方を振り返るタコ吉。
「はいはぁ〜い、イヌVSサルっ、どっちが勝つと思いますぅ〜?一口、十チュンからですよぉ〜」
「商売始めてるしっ!!」
近くにいる街人を相手に、決闘を賭け事にして商売を始めている輝矢。その姿にタコ吉が驚く。
「まっ、とりあえず俺っ!サルに五十チュンっ!」
「俺、イヌに三十っ!」
「サルに百っ!」
「はいはぁ〜いっ」
驚きながらも、とりあえず賭け勝負に参加するタコ吉。その他の街人もどんどん参加していき、輝矢がテキパキと動いていく。
「おっらぁっ!!如意棒っ!!」
「クっ……!」
門貴が全力で振り下ろす如意棒を、村雨丸で正面から何とか受け止める桜時。
「やるやんっ!派手な頭しとるだけのことはあるなぁっ!」
「髪の色は関係ねぇーだろーがっっ!!!」
「おおっとっ」
村雨丸に力を込めて、受け止めていた如意棒ごと門貴を押し返す桜時。門貴が身軽に後ろに飛ぶ。
「こっからやっ!“如意棒”っ!」
「村雨丸っ!!」
「行けぇっ!サルっ!」
「そこだぁっ!イヌっ!!」
激しく村雨丸と如意棒を交錯させていく桜時と門貴。戦いが白熱するほどに、周りからの歓声も熱くなる。
「へぇっ」
見事な動きでレベルの高い戦いを繰り広げている桜時と門貴に、商売を終えた輝矢はどこか感心するような声を漏らした。
『はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……』
二人は少し間合いを取り、肩で息をしながら呼吸を整える。
「やるなぁ、イヌ。思とった以上やっ」
門貴が笑みを浮かべる。
「けどっ……そんくらいの力じゃあ、まだまだ俺には勝てへんでぇっ」
「……?」
余裕に見える笑みを浮かべ、桜時とは離れた間合いのまま如意棒を構える門貴。今までに見たことのない構えをとる門貴に、桜時が少し眉をひそめる。
「今日は特別に見せたるわっ!俺の力っ」
「……っあれはっ……」
門貴の構えた如意棒の周りに集まっていく大気に、輝矢が目を見張らせる。
「何だっ?あの棒の周りに白い靄みたいなもんがっ……」
「これぞっ!俺の“風力”が奥義っ!」
「風力だとっ!?」
「行くでぇっ!如意棒・第一の舞っ……」
「クっ……!」
村雨丸に両手を当てて、“花力”での防衛体勢を取る桜時。
「“くっ……!」
「そこまでっ」
「ぎゃほおおっ!!」
「へっ……?」
今まさに必殺技を繰り出そうとしていた門貴が、横からやって来た輝矢の一蹴りで5mほど離れた家の壁まで吹き飛ばされていく。防衛体勢を取っていた桜時も目を丸くする。
「お痛てててっ……」
「まったく、ウチのハチが傷物にでもなったらどうしてくれるんですかぁ。危ないサルですねぇ」
蹴られた腹を押さえながら、やっとこさ起き上がる門貴を見ながら、輝矢が冷たく言い放つ。
「というわけで、勝負は私の勝ちということでっ」
『納得できるかぁっ!!』
笑顔の輝矢に、賭け勝負をしていた街人たちからの非難が集中する。
「金返せこんにゃろうっ!」
「そうだそうだっ!サギ女ぁっ!!」
「どうやら痛い目に合わないと納得できないようですねぇ……」
「頼むから金を返して、ちゃんと謝ってくれっ……」
文句を言いまくる街人たちに殺意を向ける輝矢に、桜時が泣く泣くお願いをする。
「ふぅっ…折角、一儲けするチャンスでしたのにっ」
「俺は人の道をはずれるくらいなら貧乏に生きた方がマシだっ」
「私はハチのためなら人の道をもはずれる覚悟です」
「ちょっとカッコよく言うなっ!!」
何とか桜時の願いを聞きいれ、街人に金を返した輝矢。
「いっやぁ〜姉ちゃんっ!強いなぁ〜っ!」
「……?」
そんな輝矢の元へ、輝矢の蹴りを喰らったわりに元気そうな門貴が笑顔でやって来る。
「姉ちゃんっ!俺と結婚せぇ〜へんっ?そいで二人の息子を世界最強のサルにっ……!」
「結構です」
「ほんならぁ〜俺を姉ちゃんの愛の付き猿にっ……!」
「私、サルって嫌いなんです」
「ううっ……」
調子のいい笑顔を見せていた門貴であったが、輝矢の冷たい一言で悲しみに暮れる。
「あっ、イヌは好きですよ?」
「聞いてねぇっ!」
付け加える輝矢に、少し顔を赤らめて怒鳴り返す桜時。
「サイ蔵様、門貴を倒すなんてあの女……」
「うむ……」
周りの街人を気にしながら小声で言う河童に、サイ蔵が表情を曇らせて頷く。
「サイ蔵様ぁっ!!」
『……?』
そこへ街の出口の方から、一人の若い男が血相を変えて駆け込んできた。その男を輝矢や桜時たちも見る。
「サイ蔵様ぁっ!!」
「どうしたのじゃ?」
サイ蔵の前まで走ってきた男に、サイ蔵が声をかける。
「森がっ……!森の木がっ……!!」
「何っ……?」
『……っ』
男の言葉に、輝矢たちもサイ蔵とともに眉をひそめた。
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