第2章 ヒツジが1匹、キツネも1匹? ★7
激しい断末魔を残して、赤鬼は青々とした水の中へと消えていった。
「……“月器”」
降り散る水飛沫を見ながら、輝矢が三日月をピアスの姿へと戻す。
「おいっっ!!」
「……?」
輝矢が振り返ると、心配そうに駆け寄ってくる桜時の姿。
「おおっとっ!1mっ!!」
駆け寄る桜時であったが、やはり輝矢の1m手前で足を止める。
「大丈夫かっ!?」
「ええ」
1m離れた桜時へと笑顔を見せる輝矢。
「ハチが名前を呼んでくれたので、痛みもすべて吹き飛びました」
「うっ……!」
戦いに必死になるあまり、ついつい呼んでしまった名前。そのことを思い出し、桜時が少し頬を赤く染める。
「あれはだなぁっ!鍵屋っつったんだっ!鍵屋っ!ちょぉぉ〜ど家の鍵を失くしてっ……!」
「今日を2人の記念日にしましょうねっ」
「しなくていいっっ!!」
ひたすら笑顔の輝矢に、少しムキになって怒鳴り返す桜時。
「いっやぁ〜倒しちゃったっスねぇ〜鬼人っ」
「……。」
そんな2人を、呆気にとられた表情で見つめる羊スイと、妙に真面目な顔を見せているゴン。
「あの力……まさかっ……」
ゴンが意味深に呟く。
「一昨日が出会った記念で、昨日が一緒に旅立ち記念でぇ、今日が名前呼んだ記念でぇ」
「いちいち記念日にすんじゃねぇっっ!!!」
こうして、輝矢とハチの2度目の鬼人退治も何とか終わったのであった。
翌朝。
「御伽警察ぅぅぅぅぅぅ〜〜〜っっ?」
芽里の屋敷の前で、ハチの声が響き渡る。
「おおっ、略してオトポリだ、オトポリっ」
ハチの疑問の声に答えたのは、ゴンであった。
「この上なくダサいですねぇ」
「そんなもんがあるなんて聞いたことねぇーぞぉっ?」
「“対鬼人用組織”だからな。組織自体も鬼人復活とともに10年振りに形成されたってわけだっ」
「へぇ〜」
組織名“御伽警察”と書かれた腕章を付け、黒い制服を身に纏ったゴンと羊スイを前にし、ハチが感心するように声を漏らした。
「ガキのお前らが知らんのも無理はない。俺も10年前の組織については知らんからな」
「お前はっ?」
「名前くらいは聞いたことがありましたが、実際にお会いするのは初めてですね」
ハチの問いかけに輝矢が笑顔で答える。
「この屋敷の料理長は10年前、オトポリにいた人でなぁ」
ゴンが屋敷を見ながら言葉を続ける。
「俺をこの屋敷に潜入させてくれたってわけよっ」
「俺は元々、双子の弟の羊スイが働いてたんで入れ替わったんスよっ!あっ、俺、ホントは羊スケっつーんで」
「なるほどねっ……」
すべての謎が解け、肩を落として頷くハチ。
「俺はオトポリでは潜入捜査官として有名でなぁ、化け刑事のゴンって呼ばれてんだっ!」
「ハゲデブのゴンザレス?聞いただけで哀れな気持ちが巻き起こりますねぇ」
「化け刑事だっ!!そしてゴンザレスじゃねぇっっ!!」
「つーか、普通に怪しすぎて潜入してんの丸わかりだったぞ……」
聞き間違える輝矢に大声で突っ込みを入れるゴンを見ながら、ハチも突っ込んだ。
「そぉーうそっ!ゴンさんの潜入ってばいっつもモロバレで、しっかもいっつも大して成果でなくってっ!」
――――バッコォォォォ〜〜ンッッッ!!!――――
「ううっ……」
「成果とかゆーんじゃねぇっ!捜査は心意気でするもんなんだよっ!」
『……。』
またしても笑顔で余計なことを言ってしまった羊スイもとい羊スケに、ゴンの鉄拳が炸裂する。
成果が挙げられなくて警察が務まるのだろうかと思いつつ、呆れた表情を見せる輝矢とハチ。
「まっ!とにかくっ!鬼人退治は俺らオトポリの仕事だっ!鬼人は俺らに任せておけばいいっ!」
「ゴンザレスなんかに任せておけないから、こうして退治屋をしているのではありませんか」
「なんか言うなっ!!そしてゴンザレスじゃねぇっ!!」
輝矢の言葉に突っ込みまくるゴン。
「とにかくっ!!退治屋なんかやってないでガキはガキらしく適当に遊んでろっ!!」
そう言ってゴンが屋敷の前に停めてある吹き抜けの黒い車に乗り込む。
「わかったなっ!」
「じゃあ俺たちは報告とかあるんで、これで失礼するっス〜」
羊スケが輝矢たちに頭を下げ、運転席へと乗り込む。
「じゃあなっ!!ガキどもっ!!」
ゴンがそう言い軽く手を挙げると、2人を乗せた車は発進し、あっという間に輝矢たちからは見えなくなった。
「変わった警察だったなぁ……」
「そうですねぇ」
しみじみと呟く輝矢とハチ。
「あっんれぇ〜?もう行っちまったのかぁ〜?孤上のヤツっ」
「ウチのアニキも行っちゃったみたいっスねぇ〜」
『……?』
屋敷の中から聞こえてくる声に輝矢とハチが振り返る。
屋敷の中から出てきたのは芽里と、調理服を着た恰幅のいい白髪の中年男に、羊スケと瓜二つの顔をした少年であった。
「ったくアイツ、潜入させてやったちゅーんに、お礼も言わんと」
「メリーさん、その人たちもしかしてっ……」
「ええ、本当の料理長のシープンと、本当の使用人の羊スイよ」
「いんやいんやこの度は色々とご迷惑をおかけしましてぇ〜」
「兄とその上司がお世話になりました」
「いえいえ、お礼を言うくらいならモノを贈って下さい」
「お前なっ……」
深々と頭を下げるシープンと羊スイに対し、笑顔でがっついたことを言う輝矢にハチが呆れた顔を向ける。
「それにしてもメェ蔵が鬼人だったなんて驚いたわぁ〜」
芽里が眉間に皺を寄せて言う。
「確かに、前は私が言いたいこと先に言っちゃったりしないヤツだったから、おかしいとは思ったのよねぇ〜」
「そんなことでっ……?」
芽里の見解に、またしても呆れた顔を見せるハチ。
「本物のメェ蔵さんの具合はどうなんです?」
「ああ、ただの食あたりだったみたい。来週には復帰するですって」
「それは何よりですね」
輝矢が笑顔で頷いた。
「では私たちもそろそろ」
「ええ〜っ!?行っちゃうのっ!?桜時様っ!!」
「えっ?」
――――ヒュウウウウウウゥゥゥ〜〜〜〜ッッッ……――――
「ううっ……!!」
ハチに駆け寄ろうとした芽里が、背中から冷たいものを感じ、ゆっくりと振り返る。
「何か……問題でも……?」
「いえっ……まったく問題ありませんでございます……」
凍りつきそうな輝矢の笑顔に見つめられ、芽里は引きつった表情で呟いた。
「では失礼いたします」
「じゃあなっ!」
輝矢とハチが3人に別れを告げる。
「本当にありがとう、輝矢さん、桜時様。また羊国に来てね」
「その時は私の料理を召し上がってって下さいっ」
「またどっかでウチのアニキに会ったら、たまには顔見せろっつっといて下さいっスっ!」
3人が輝矢とハチに笑顔を向ける。
「ええ、必ずっ」
「またなぁ〜っ!!」
3人が大きく手を振って見送る中、輝矢とハチは羊国を旅立っていった。
数分後、羊国すぐ外。
「でもさっ」
「……?」
急に口を開いたハチに、輝矢が少しハチの方を見下ろす。
「何でメェ蔵が鬼人だってわかったんだ?」
あの状況では明らかにゴンの方が疑わしかったのに、輝矢は初めからゴンではなくメェ蔵に狙いを定め、芽里の部屋で待ち伏せていた。
「やっぱ長年の経験から、鬼人は国主の側近になりすます傾向にあるからとかそんな感じでっ…!」
「ああっ」
ハチの言葉の途中、輝矢が笑顔で頷く。
「“勘”ですっ」
「へっ……?」
輝矢の答えに固まるハチ。
「いやぁ〜意外と当たるものですねぇ〜勘って」
「……。」
笑顔を浮かべたまま歩いていく輝矢を、足を止めて後方から呆然と見つめるハチ。
「勘って……。……。」
ハチの呆れた表情が、ふいに笑顔へと変わる。
「まっ、いっかっ」
「ハチ?」
「おうっ!」
振り返った輝矢のところへと駆け寄っていくハチ。2人の旅は、まだ始まったばかりである。
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