第2章 ヒツジが1匹、キツネも1匹? ★3
こうして輝矢と桜時は、羊の国を狙う鬼人の退治を引き受けたのであるが……
『……。』
呆然と立ち尽くす、輝矢とイヌの姿へと戻ったハチ。
「どうもぉ〜っ、メリー様より屋敷の案内役を申し付かりましたっ、羊スイでっすっ」
『……。』
芽里に屋敷と屋敷に住む人物を一通り見ておくよう言われて客間を出た輝矢とハチの前に現れたのは、右頬を派手に腫らした、腫れさえなければ愛らしい顔立ちの、白い巻き毛に軽い口調の少年であった。
「どうしたんだ……?その頬……」
「あっ、これっスかぁ〜?いっやぁ〜案内役なんてメェ〜んどいって言ったら、メリー様にバシコォンとっ!」
「笑顔で言うなよ……」
どこか楽しげに話す羊スイに、呆れた表情で突っ込むハチ。
「苦労しますねぇ」
「気持ちが痛いほどわかる」
「何か?」
「いえっ、何でもございませんです」
輝矢の冷たい笑顔に、すぐさま目を逸らすハチ。
「じゃっ!まず押入れから案内するっスねぇ〜っ」
「いやいやっ!もっと人のいそうなトコから案内しろよっ!」
羊スイのリードにハチがいきなり突っ込みを入れる。
「俺ら、鬼人が化けてそうな怪しいヤツを目星付けに行くんだからさぁ〜」
「あっ、そうなんスかぁ?」
「あでっ」
まったく趣旨を理解していない羊スイに、ハチが前足のバランスを崩し、思わず転びかける。
「アイツで大丈夫なのか……?」
「まぁメリーさんが何故、彼を案内役に任命したのかはわかりましたけどね」
「鬼人が化けてるにしちゃあ、間抜けすぎるもんなぁ〜」
「じゃあまず厨房とかから行っとくっスかぁ〜」
輝矢とハチの会話はもちろん羊スイには聞こえず、羊スイは軽いノリで屋敷の案内を始めた。
「この時間なら晩飯の準備中なんで、試食にありつけるっスよぉ〜」
「それ狙いかよ……」
羊スイから特に役に立たない情報ばかりを聞きながら、屋敷の広い廊下を歩いていく輝矢とハチ。
「羊スイさんは、この屋敷に勤めて長いんですか?」
「そうっスねぇ〜当社比でもう3年くらいになるっスかねぇ〜」
「へぇ〜」
「どこだよ、当社って」
羊スイの言葉に感心したような声を出す輝矢と、突っ込みを入れるハチ。
「あっ、ここが厨房っスぅ〜っ」
『……っ?』
そうこう言っているうちに辿り着く厨房。
羊スイが扉を開くと、輝矢とハチが同時に扉の向こうを見た。
「おいおいおいおいっっ!!そっこの料理冷めちまってんじゃねぇーかぁっ!!何やってんだよっ!!」
「うおっ」
扉を開けた途端に聞こえてくる怒鳴り声に、ハチが思わず耳を畳む。
「こらっ!てめぇっ!!とっととこの肉焼きやがれっっ!!!」
「うわわわっ!はいっ!すんませんっっ!!」
厨房を仕切っているのは、短い金髪のツリ目のキツい、まだ20代前半くらいの若い男。怒鳴りあげたり、他の料理人の背中を蹴り飛ばして急かしたりと、かなり乱暴な振る舞いが目立っている。
「焦がしすぎだぁっ!!人を癌で殺す気かぁぁっっ!?ボケぇぇっっ!!」
「ひぃっ!!」
そのツリ目男に怒鳴りまくられ、他の料理人は泣きそうになっている。
「あの方は?」
「料理長の孤上ゴンさんっス」
「ゴンザレス?」
羊スイの返答を、見事に聞き間違える輝矢。
「何よっ!アイツっ!新入りのくせにっ」
「いきなりやって来て料理長だもんなぁ〜」
「そりゃ前の料理長がたまたま体調崩したからだろっ?」
「アイツが毒もったって噂もあんぜっ?」
「“羊人”っつってるわりに全然ヒツジになんねぇーしっ、とにかく怪しいヤツだよっ」
「……。」
厨房から聞こえてくる他の料理人たちの声に、輝矢が少し表情を曇らせた。
「随分、評判悪いみたいだな」
ハチも輝矢同様、その表情を曇らせて呟く。
「おいっ、羊スイ、あのツリ目男ってっ……」
「ゴンさぁぁ〜〜んっ!今日も試食に来たっスよぉ〜っ!」
「おいっっ!!」
仕事そっちのけで試食をしに厨房の中へと入っていく羊スイに、ハチが全力で怒鳴りつける。
「ああっ!?羊スイっ!てめぇー性懲りもなくっ……!」
「今日は“子羊のムニエル”かぁ〜いっただきっ……!」
「厨房はつまみ食いするとこじゃねぇぇっっ!!」
「ぎゃああああああっっっ!!!!」
「おっとぉ〜」
「うおっ」
皿の上のおかずをつまみ食いしようとした羊スイが、ゴンに激しく蹴り飛ばされ、扉付近にいた輝矢とハチの間をすり抜けるように吹き飛んでいき、廊下の壁へと激突する。
「ああっ?」
蹴り上げた足を下ろしたゴンが、扉付近にいる輝矢とハチに気づく。
「何だぁ?お前らっ」
「うっ……」
ただ見ているだけかも知れないが、ゴンの目つきが相当悪いので睨み付けられているように感じてならない。その睨みに、ハチは思わず表情を引きつった。
「その人たちはメリー様が雇った退治屋の方たちっスよぉ〜」
壁にぶつけた背中を押さえながら、羊スイが説明する。
「ああっ?退治屋ぁぁぁ〜?」
『……っ』
怪訝そうな目で輝矢とハチを見回すゴン。
「退治屋じゃあ厨房に用はねぇーだろっっ!!とっとと出たっ!出たっ!」
「あっ……!おいっ……!」
――――バタアアアアーーンッッッ!!!――――
「うおっ」
ゴンは輝矢とハチを無理やり厨房の外に押し出すと、強く厨房の扉を閉めた。閉まる大きな音に、またもやハチが耳を畳む。
「んだよぉ〜っ!あれっ」
あんまりなゴンの態度に、不満げな顔を見せるハチ。
「彼について詳しくお聞かせ願いますか?」
「えっ?ああ〜」
羊スイが背中を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
「料理長のゴンさん。屋敷に来たのは2週間くらい前っスね」
「前の料理長が体調崩したというのは?」
「ゴンさんが来て2日後のことっス。でぇ、前の料理長直々のご指名でゴンさんが料理長にっ」
「んん〜絵に描いたように怪しいな」
羊スイの説明を受け、疑うように言うハチ。
「でもゴンさんの料理の腕は確かっスよぉ〜?前料理長がご指名したのも頷けるっス」
羊スイが笑顔で2人に話す。
「確かに乱暴だし、ヒツジにしちゃあツリ目だけどぉ、俺は別にぃ〜怪しいだなんてっ」
「そりゃお前だからだ」
暢気な笑顔を見せる羊スイに突っ込むハチ。
「アイツで決まりだな、うんっ」
「ええ〜?そうっスかぁ〜?」
「……。」
ハチと羊スイの会話を聞きながら、輝矢は少し気難しそうに目を細め、閉まった厨房の扉を見つめていた。
「えっ!?料理長のゴンがっ!?」
驚きの表情を見せたのは芽里であった。
「ああ。俺が見たトコ、アイツが鬼人じゃねぇーかって思う」
「そうっ…」
一通り屋敷の案内を受けた後、ダイニングでそのゴンの作った夕食を口にしながら、ハチは調査の結果を芽里に報告していた。
「やっぱりねっ。実は私もっ……!」
「わたくしも彼が怪しいのではと思っておりましたっ」
「何で私より先に言うのよっっ!!」
「ぐほおおおおうっっ!!」
またしても芽里より先に言ってしまったメェ蔵が、芽里のエルボーを腹部に喰らう。
「……まっまぁ、とにかく今晩、俺たちがアイツ見張ってみるから、あんたは部屋から出んなよっ」
「わかった……部屋で桜時様の夢でも見てるっ!」
「うげっ」
目を輝かせて言う芽里に、ハチが寒気を覚える。
――――ヒュンッッ!!――――
「ひいっっ!!」
そんな芽里のすぐ横をかすめ、壁へと突き刺さるナイフ。芽里の目の輝きが一瞬にして奪われる。
「永遠に夢から醒めないようにして差し上げましょうか……?」
「けっ……けっこうですっ……」
輝矢の冷たい笑顔の問いかけに、芽里は表情を引きつりながら呟いた。
|