窓から見える樹木を寂寥感が包む。
どんよりと薄雲の覆っているわずかな隙間から差してくる一筋の西日がこれからの行く先を暗示しているようだ。
今日が最後の授業。
このモノトーンに翳った教室で。
たぶん、生徒達、ひとりひとりの胸にその思いがあるはずだ。
「じゃぁ、教科書の94ページを開いて」
生徒達は、指示されたページを広げた。
教師のよく通る声が教科書を読み上げると、普段はざわついた教室に厳粛な空気が流れ、生徒達はじっと教科書を目で追っている。
教師は、教科書から顔を上げ、黒板に向き直ると、カツカツというリズミカルなチョークの音と共に重要な部分について書き綴っていった。
真剣に黒板を見上げる、生徒達。
黒板と目の前のノートと視線を移動させながら、カリカリとノートに記す音だけが 教室内に響き渡る。
こんなに静かな授業は今だかつてなかった。
「ここまでは……いいね?」
教師は、一区切りついたところで振り向き、教室全体を見回す。
生徒達が、黙ってうなずく。
「なんだ。みんな元気がないぞ」
ふっ……と教師の口元に笑みが浮かぶ。
「まぁ、真剣に授業を聞いているからいいんだが……」
一人ごちるように教師は言うと、再び黒板に文字を書き始めた。
先日からの修学旅行を終えたばかりの生徒達は、相当疲れが残っているようだ。
その時、一人の少女がスローモーションのようにふわりと立ち上がった。
空の一点を見据えて、抑揚のない声でつぶやいた。
「お母さんが呼んでる。行かなくちゃ」
「おい……授業中だぞ」
生徒の一人が叫ぶ。
「でも……呼んでいるの。お父さんも……弟も」
「みんなで、授業を聞かなくちゃ。一人だけ教室を抜け出すなんて」
少女を非難するようなクラスメートの声。
「みんな黙りなさい!」
ピシッと言い放つ教師の声。
立ち尽くす少女。
「いいんだ。行きなさい。ご家族が待っているのだろう?」
慈しむような視線を少女に向ける。
少女はこくりとうなずく。
「ごめんなさい。私はこれで失礼します」
少女は、教室のみんなに頭を下げると、ゆっくりと教室の後ろのドアから出て行った。
「あーあ。行っちゃった……」
数名の生徒が、少女の去った後のドアを見つめる。
「いいんだ。さぁ。授業を続けるぞ」
雲が流れ、西日の輝きが一層強まった。
窓際に座る生徒がため息を洩らした。
「夕焼け……きれい」
その声に教師もまた窓際に歩み寄った。
「みんなもそろそろ……行かないとな」
生徒達を見回す教師。
モノトーンに翳った教室が、スナップ写真のように見える。
その写真の真ん中にポツリと丸く一点のクリアな視界が生まれた。
やがて、その丸は範囲を徐々に拡大してゆき、円の周囲が砂粒のように滲んでいく。
写真は、すべてクリアになった。
事故現場。
数時間前、修学旅行帰りの生徒達を乗せたバスが、大型トラックと正面衝突した。
バスは、崖下に転落。
ただ一人、ガードレールに引っかかって、一命を取り留めた少女が、先般救急車で搬送された。
ぐしゃぐしゃにひしゃげたバス。
モノトーンの教室のあった筈の場所には、44名の死体――。
生徒達のはしゃぐ声がエコーみたいに聞こえる。
――お前、腕忘れてきてるぞ
――お前こそ顔つぶれて脳みそ半分ないのによく授業聞いてたな
――いいじゃん。ここでは肉体は、必要ないから。
――寂しくないね。先生とみんなと一緒だから
あはは……。
ふふふ。
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