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童話

魔法のハーモニカ

作者: 浅葱

なろう企画「冬童話2017」に参加しました。

よろしくお願いします。

 僕のおじいちゃんはハーモニカがとても上手だ。

 楽譜は読めないと言うけれど、流行りの歌だってなんだって、一度聴いたら吹けるんだ。

 ハーモニカによって音が違うらしく、おじいちゃんは何本も持っている。どれがどの曲にいいか使い分けてるっていうけれどお母さんは全くわからないと言っていた。

 おじいちゃんの孫である僕たちは、小さい頃おじいちゃんにハーモニカをもらった。おじいちゃんがハーモニカを吹くのに合わせてでたらめに吹いてたって、おじいちゃんは、

「上手だ上手だ」

 って褒めてくれる。

 いつも楽しそうにハーモニカを吹いて、僕たちを見てはにこにこして、

「うちの孫たちは将来有望だ! みんないい子だいい子だ」

 って言ってくれる。

 だから僕たちはみんなおじいちゃんが大好きなんだ。

 おじいちゃんのハーモニカはいろんな音を奏でるけど、最後はいつも似たような童謡ばかりになる。

 でも童謡はみんな知ってるからハーモニカに合わせてなんとなく歌ってしまうんだ。

 おじいちゃんのハーモニカは魔法のハーモニカ。三軒隣の喧嘩ばかりしてる若夫婦だって、怒りっぽいおじさんだって、おじいちゃんのハーモニカを聴くとなんとなく怒るのをやめて歌いだしてしまう。

 そしてにこにこしながら楽しそうにハーモニカを吹いてるおじいちゃんを見て、みんな歌ったり踊ったりとても楽しい気分になってしまうんだ。

「もうお父さんったら」

 って言いながら怒りん坊のお母さんの顔もにこにこするから、やっぱりおじいちゃんのハーモニカはすごいんだと思う。


 ある時、五つ山を越えた先に住む竜が飛んできたことがあった。

 なんでだか知らないけどすごく怒っていてあちこちで火を吹いていた。誰かが竜になにかしちゃったのかもしれないと、大人たちも怯えて子どもたちに逃げるよう準備をさせていた。

 だけどおじいちゃんはいつも通りハーモニカを吹きだした。

「お父さん、こんな時に何やってるんです!?」

 お母さんがびっくりして言ったけどおじいちゃんはどこ吹く風。いろんな曲を吹いて、懐かしい曲を吹いて、そうしたらいつのまにか竜が火を吹くのをやめていたんだ。

 竜は少し離れたところからおじいちゃんを窺っていた。おじいちゃんは全然気にせず童謡を何曲も何曲も吹いた。

 やがて竜もまた不思議な声で歌いだし、僕たちも一緒になって歌った。そして最後はみんなでなんとなく踊りだして、竜も楽しそうに踊った。どーんどーんって地が揺れてたいへんだったけどとても楽しかった。

 竜は満足したように頷いて、帰って行った。

 みんなおじいちゃんのことを讃えたけど、おじいちゃんは全然気にしない。いつも通りハーモニカを吹いてみんなを楽しい気分にさせる。

 僕はそんなおじいちゃんみたいになりたくて、ハーモニカを真面目に習うことにした。僕は楽譜が読めるから楽譜を見ながらいっぱいいっぱい吹けるようになった。おじいちゃんの前で披露すると、

「すごいなぁ、うちの孫は世界一だ!」

 っていつも言ってくれた。

 あんまり毎回褒めてくれるから本当に上手なのかわからなくなって僕は旅に出ることにした。

 せっせと働いてお金が貯まったから、それで行けるところまで行ってみよう。いろんな人に僕のハーモニカを聴いてほしいと思った。

 僕が旅に出ると言ったらおじいちゃんはとても喜んでお小遣いをくれた。

「いっぱいいろんなものを見て、いっぱいいろんな人と触れなさい。土産話を楽しみにしているよ」

 僕ははっきりと頷いて旅に出た。


 ハーモニカでお金が稼げるとは全く思ってなかった。

 歩きながら吹く、というのはなかなか難しかったからどこかに立ち止まってはハーモニカを吹く。

 子どもたちが目をきらきらさせて周りに寄ってきた。流行っていると言われている曲を吹けばみんなが喜んだ。

 でも流しのハーモニカ吹きに世間の目は思ったより厳しかった。

「楽しそうでいいわね」

「ハーモニカだけで世の中渡っていけると思っているのか」

 僕はただ聴いてほしいだけだった。お金なんかいらない。みんながふと足を止めて少しでも楽しい気分になってほしい。

 山を二つ三つ越えて僕は歩いた。お金が半分になったら帰ろう。どこまで行けるだろう。

 ぼんやり思いながらその日も人の聞こえる場所でハーモニカを吹いていた。

 途中で山賊に遭った。山賊は粗末な僕の格好を上から下まで見るとハーモニカをよこせと言った。

「これは僕がおじいちゃんからもらった大切なハーモニカなんだ。でも貴方たちにとっては何の価値もないよ」

 震えながらも気丈に言って僕はハーモニカを吹いた。

 山賊はしばらく何曲か聴くと少し難しそうな顔をし、「また聞かせてくれ」と言って去っていった。

 僕はへなへなとその場に崩れ落ちた。

 山賊を追い払えるなんてやっぱりハーモニカはすごいんだ。そう思ったら自信がついてまた山を一つ越えた。

 山を越えるごとに気候は厳しく景色は荒涼としてきた。そこにも人は少ないながら住んでいてハーモニカを吹くと足を止めてくれた。新しい流行りの曲は振るわなかった。でも昔からある曲を吹けばみんなわずかながらも口元を緩めてくれる。

 男の子が駆け寄ってきて言った。

「それ、ちょうだい」

「ごめん、これは僕がおじいちゃんからもらった大事なハーモニカなんだ。またここに来ることがあったら吹いてあげるよ」

「本当に?」

「本当に」

 僕はもう一つ山を越えた。そこは寒くなかった。かえって暑いぐらいだった。

「……そろそろ帰るか」

 さすがにもうお金は半分になっていた。もうそろそろ元来た道を戻らないと帰れなくなってしまう。

 僕はいったい何のために旅をしてきたんだっけ?

 灼熱の大地を見ながら思う。

 僕がハーモニカを吹けばみんな少しだけでも楽しい気持ちになってくれたみたいだった。

 でもたったそれだけ。

 うるさいと怒鳴る人がいた。お金をとろうとする人もいた。ひそひそと文句を言う人もいた。

 そんな人たちが見たくて旅に出たんじゃない。

 もっと、こう……。

 僕はハーモニカを取り出してなんとなく吹き始めた。

 誰もいない一人だけのリサイタル。

 聴いているのは吹いている僕だけ。

 村を出てからいっぱい日にちが経っていた。

 僕はおじいちゃんに話せるほどいっぱいいろんなことを経験しただろうか。

 よくわからなかった。僕がしたのは山を越えて人のいるところでハーモニカを吹いただけだ。

 不意に大きな影がかかった。もしかしたら流れてきた雲かもしれない。僕は気にせず吹いた。

 ビュオオオーーーーと風が鳴るような音がした。これから強い風が吹くのかもしれない。

 ズズン……と地が揺れた。さすがにびっくりした。やっと僕は周囲に目を向けて、唖然とした。でも慣れた手と口は変わらずハーモニカを吹き続けていた。

 僕のすぐそばに降り立ったのは竜だった。

 竜は静かな目で僕のハーモニカを聴いているようだった。

 僕は片時も竜から目を離さなかった。そうしてしばらく童謡を何曲も吹いていた。

 さすがにもう喉がカラカラになって僕は吹くのをやめた。動物の革でできた水筒を取り出して水を飲む。その間も竜は僕を見ていた。

「……ハーモニカ、好きなの?」

 そう尋ねれば竜が頷いた気がして、僕は疲れも忘れてまた吹き始めたんだ。


 優しい音色にやがて竜は瞼を閉じた。

 僕のハーモニカはやっぱりおじいちゃんとは違うらしい。おじいちゃんのハーモニカは人を楽しくさせて、しまいにはみんな踊ってしまうけど、僕ではそうはいかない。

 吹くのをやめると竜は再び目を開けた。

 なんでやめてしまうのかとその目が咎めているように見えた。

「そろそろ帰ろうと思うんだ。もうお金もなくなりそうだしね。聴いてくれてありがとう、嬉しかった」

『どこへ帰るの?』

 呟くように言ったらどこからともなく声が聞こえていた。僕は周りを見回したけど竜がいるだけだった。

 もしかしてこの竜がしゃべったのかな。竜ができることって実はあまり知られていないしね。

「山をいくつも越えていった先にある小さな村だよ。おじいちゃんが僕の土産話を待ってるんだ」

『おじいちゃん?』

 竜が首を傾げたように見えた。大きいのになんだかそれがとても可愛く見えて、僕はおじいちゃんの話をした。

『君はおじいちゃんが大好きなんだね。私もまた(・・)そのおじいちゃんに会いたいわ』

 そういうと竜は軽々と僕を捕まえ、大空へと飛び立った。

「うわあああああ!!」

 あんなに高かった山を越え谷を越え、その壮観さに夢中になった頃竜は僕の住み慣れた村に降り立った。

 行きはたいへんだったけど、帰りはすごく早かった。

 どこの村か場所は伝えていないはずなのにどうして竜は僕の家がわかったのだろう。

 ぼうっとしていると竜がぱあっと光を放ち、次の瞬間女の子になっていた。

 僕がびっくりして何も言えないでいると、どんどん人が集まってきた。その中にはおじいちゃんもいて。

「おお、帰ったか帰ったか。早かったな」

「おじいちゃんただいま!」

 あんまり嬉しくて僕はおじいちゃんに抱き着いた。数か月しか経ってなかったけど、すごく懐かしかった。

「嫁を連れて帰ってきたのか。やっぱりうちの孫はすごいなぁ」

「え?」

 思いがけないことを言われ僕はおじいちゃんの視線の先を確認した。そこには僕を送ってくれた竜が女の子の姿で佇んでいた。

「あー、彼女はええと……」

 どう説明したものか悩んでいたら竜は近づいてきてとんでもないことを言った。

「こんにちは。彼の(つがい)です。よろしくお願いします」

「おお! 本当に嫁だったか! めでたいなぁ。よし、わしがとっておきの曲を吹いてやろう」

 呆然としている僕を置いておじいちゃんはハーモニカを取り出した。

 そしてまた楽しそうに吹き始めたんだ。


 おじいちゃんのハーモニカは魔法のハーモニカ。

 悲しくて落ち込んでても、どんなに腹を立てて怒っていても聴けばすぐにみんな笑顔になる。

 いっぱい歌って踊って疲れたらまた明日。


 竜のお嫁さんを連れてきたことでおばあちゃんとお母さんは卒倒しかけたけど、おじいちゃんが、

「やっぱりうちの孫は世界一だ!」

 って言うから大丈夫。


 今日も村ではハーモニカの音色が聞こえる。

 僕も畑仕事を終えたらおじいちゃんと一緒にハーモニカを吹く。竜のお嫁さんがとても嬉しそうに僕たちを見ている。

 いつか生まれてくる子どもたちに、僕もハーモニカを渡すんだ。

 みんなが楽しい気持ちになるように、そして幸せになるように。


 今日も魔法のハーモニカはみんなを笑顔にしています。


Fin.

久しぶりに童話を書いてみました。

みなさんにハーモニカの音色が届きますように。


感想などいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全体的に漂うほんわかとした童話らしさ [一言] 普通に現代ものかと思って読んでいたら竜が出てきて驚きました(悪い意味でなく)。 おじいちゃんの懐の深さに憧れます。こういう大人が近くにいると…
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