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36色の色鉛筆

私立わたぐも幼稚園だいだい組

作者: 仙崎無識

「色シリーズ」四日目「私立わたぐも幼稚園だいだい組」を加筆・修正した短編版です。

ほぼ毎週のように、求人雑誌に広告を載せている幼稚園がある。



『急募!!子供が好きな方、やる気のある方募集してます!


~わたぐも幼稚園~  要幼稚園教諭免許状など、お電話、メール等いつでも受け付けております。

時給10万円 頑張りによって時給上がります・・・・・・・・・・・・』



破格の時給、紙幅を割いた色とりどりの広告ページから、話題となっているこのわたぐも幼稚園には、それだけの時給を支払わねばならない理由(・・)があった。











一週間に一人、多い時には二人以上の幼稚園の先生が辞めていくのである。






それもそのはず、このわたぐも幼稚園には、ある意味で「親の手に負えない」園児たちが存在するのである。






午前9時。


わたぐも幼稚園の正門に、わたぐもとパステルカラーのキャラクターがあしらわれた園バスが到着する。


園バスからは子供たちがぞろぞろと降りてくる。


皆思い思いの格好をしており、また荷物も幼稚園児が持つものとは思えないものがある。



――――――――――六法全書、プリンキビア、ユークリッドの「原論」、五輪書といった書物類はもちろんのこと、中にはフラスコやビーカーを持参している子も居る。三味線や二胡、他にも馬頭琴やガムラン一式を運ばせている子など、幼稚園児としてはかなり異例の部類に入る。




この幼稚園は年少、年中、年長の三つの区分けがなされているが、どの年級も遊ぶ時や何かをするときは一緒になって行うので、あまりその区分けは意味をなしていない。


また、クラスは年少、年中、年長全体を5つに割った編成となっている。これは、年長者が年中、年少の子供たちの面倒を見たり、年少、年中の子供たちが年長の子供を見本としたりするように、という幼稚園側の教育方針及び配慮らしい。




クラス分けは、うちゅう組、わたぐも組、だいだい組、しんりん組、うなばら組とあり、それぞれまた個性的な面々が集まっている。



午前中には近隣の大学から教授を呼んできたナマ講義が行われる。


哲学、芸術、歴史、科学、天文などについて大学教授が行う講義を園児たちは熱心に聴いている。


講義が終わると、多くの園児たちの手が上がり、大学教授は質問攻めにあう。


その質疑応答は時に昼食の時間を跨ぐことがあった。


ある哲学教授は「ウチの大学の学生よりも真剣だった」と後に(こぼ)していた。




講義のあとは昼食である。



皆親が手作りしたお弁当・・・・・・ではなく、幼稚園専属のシェフ(元は一流ホテルで働いていた経験を持つ)が園児たちの目の前で料理を行う。



・・・人気なのは園児たちも交じって行うそば打ちやおにぎりづくりである。




昼食を済ませた後はクラッシック音楽を聴きながらのお昼寝が待っている。



週に一回だけ近所の楽団による生演奏が行われるが、その時はお昼寝どころではない。園児たちが自分たちが持ってきた楽器で一緒に演奏をしたがるからである。






お昼寝の時間の後は、自由時間がある。




園児たちは思い思いの行動を取る。



中庭で読書に耽る子や、友達をガムラン演奏のメンバーに誘う子、もちろんクリケットやテニスを楽しむ子もいる。



一応幼稚園はこの自由時間で終了、あとは幼稚園児たちの親が子供たちを迎えに来たり、園バスに乗って帰って行ったりするのだが、



・・・・・・問題となっているのはこの「自由時間」である。




自由時間になると、園児たちはこぞって先生のもとに訪れ、質問攻めにするのである。




「せんせー、神様っているの?」


「せんせー、どうしてソクラテスは死んじゃったの?」


「せんせー、どうしてサイクロイドを「ヘレン」って名づけたんだろうね?」




・・・・・・といった感じである。



これが原因で辞めていく先生たちが後を絶たないのである。

全クラスの中で、「質問」に来る子供たちが一番多いのが、だいだい組である。






そして、次々と先生が辞めていく中で唯一、5年連続で勤め上げている人間が居る。



名前は、一色橙夜(いっしきとうや)



ママ友たちの間では、「超インテリイケメン先生」として有名である。



園児の質問にも真摯に答えているので、園児たちからも好かれている。



彼は5年連続だいだい組の担当をしており、わたぐも幼稚園で勤める前は、一流企業で働いていた、だとか、海外の有名大学で教授補佐をしていた、などといった噂が流れている。・・・本人は否定も肯定もしないが。



午後3時。園児が帰る時間だ。


どの園児たちもなかなか幼稚園から出たがらないが、しぶしぶ、といった感じで親に連れられるか、園バスに乗せられていく。




「とうやせんせー、ばいばーい!!」


「とうやせんせー、また明日ー!」


「えんちょうせんせー、来週は凄いゲスト呼んできてねー」


「えんちょうせんせー、来週は宇宙工学の先生がいいー」



園児たちも一週間ごとに担当の先生が変わるので、園長先生と一色先生以外の名前はあまり覚えないようだ。


名を呼ばれた二人は、手を振りかえす。

「はいはい、また明日な」


「来週については藤香(とうこう)大学の先生と話をつけてみよう」



園長先生の言葉に、園児から歓声が上がる。



「やったー!!」


「園長先生、ぱくた・すんと・せるばんた、だよーー!!」


「楽しみにしてるねー」






* * * * * *



全ての園児が帰ったあと、幼稚園全体の点検をして、先生同士の報告会をすれば、一日の業務は終了である。


今週新たに来た先生の顔色が早くもすぐれておらず、また辞表願を出しに来るのが一番多いのもこの時間帯である。




「・・・お疲れ様、一色君」


一色が振り返ると、片手にコーヒーを持った園長が立っていた。



「・・・園長先生」


ありがとうございます、と言って一色はコーヒーを受け取った。



「・・・今週に入ってから2人目。・・・何とかならないのかね~」


ため息を吐く園長。ちなみにこの幼稚園は全面禁煙である。園長は煙草が似合いそうな容貌ではあるが、実際喫煙者ではない。




「・・・仕方ないですよ・・・子供たちは何でも聞きたがる年頃ですし・・・その質問が高度すぎるのはまあ、目を瞑れないと・・・」


苦笑しながらコーヒーを啜る一色。




「まあ、そうなんだけどね。・・・・・・ところで一色君、君はどうして辞めないのかね?」


園長は不思議に思っていたことを一色に訊いた。



「俺?俺は・・・まあ、別にそこまで難しい質問だとは思わないってことと、時給が良いってことと、・・・まあ、似たような高校を作ろうかなって考えていることの三つが理由になりますね・・・」



園長は最後の理由が気になったが、それ以上追及するのはやめた。


下手に追及して辞められでもしたら堪ったものじゃなかったからである。











・・・数十年後、某県某所に「紺青高校」という高校が建てられることになる。




勿論架空の幼稚園です。



時給は破格感を出しました。



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