~なろう昔話~なろう太郎
むかしむかしあるところに、三十を過ぎても働かずに親の金で飯を食う社会のクズである「なろう太郎」が居ました。
ある日も煽り通信でイライラしたなろう太郎は、お腹が減ったので、床をガツンと叩きます。
すると、あら不思議。部屋の外に美味しそうな料理が出てきました。
しかし一般的には美味しそうに見える料理でも、なろう太郎は気に入りません。
なぜなら、なろう太郎の嫌いなアスパラガスが入っているからです。
なろう太郎はふたたび床をガツンと叩いて言いました。
「ババア! なんでアスパラ入れてんだよ!」
すると、ストレスで髪が白くなり始めたお母さんが、なろう太郎の部屋の前で言いました。
「ごめんよなろう太郎。でも、アスパラは健康にいいんだよ」
しかしなろう太郎の怒りは鎮まりません。
「口答えすんなよババア!」
そこまでは強く言うものの、なろう太郎は部屋を出てお母さんを殴ったりはしません。
やっぱりお母さんは殴れない?
いいえ、違います。
部屋から出るのが怖いのです。
※
そんな生活を十年も続けたある日。
なろう太郎の部屋に、白髪の混じったお父さんがやって来て、言いました。
「なろう太郎、お前ももう三十ニだ。結婚しろとまでは言わないが、せめて働いたらどうだ」
しかし部屋から出ようともしないなろう太郎には就職活動どころかバイト探しすらできるはずがありません。
「ふざけるなよジジイ! 誰のせいでこんなクズに育ったと思ってるんだ!」
なろう太郎はいつものように、そう言いました。これまでは、こう言えばお父さんは引き下がりました。
そう、これまでは。
「いい加減にしろ! お前がこうなったのは自分のせいだ!」
今日のお父さんは、違いました。
「大体お前が就職活動を真面目にやっていれば、新卒で雇ってもらえただろう! 就職氷河期は始まっていなかったんだぞ!」
これにはなろう太郎もたちまち我慢できなくなり
「うるせえ! 俺のせいじゃねえ!」
と叫んで、お父さんの胸ぐらを掴みました。
しかしお父さんは怯みません。胸ぐらを掴むなろう太郎の胸ぐらを掴み返し、ぐっと引き寄せます。
「そのわからず屋が治るまで、もう家には入れん!」
お父さんはなろう太郎を家から追い出してしまいました。
「あのクソジジイ……なんで俺がこんな目に……」
寒空の中、なろう太郎は愚痴をこぼしました。
外には有線もプレステもないので、煽り通信でストレス発散をすることができません。
ゲームセンターで揉まれるほどの根性を、なろう太郎は持っていませんでした。
「ああ、クソ。人生なんてクソだ」
ストレスを溜め込んだまま愚痴をこぼしているうちに、なろう太郎はだんだん自分の人生が嫌になってきました。
ああ、もう嫌だ。こんなクソな人生やりなおして、新しい世界でチーレムしたい。
「チーレム……そうか、トラック転生か!」
なろう太郎は知っていました。少し良いことをしてからトラックに轢かれると、神様が助けてくれて異世界に転生できると。
このクソな人生をやりなおすには、もうそれしか残されていませんでした。
※
なろう太郎はしばらく街中を徘徊しました。警察に何度も質問されましたが、そのたびにボソボソ喋って怪しまれました。
そして徘徊三日目。ポケットに入っていた一万円札が無くなった頃、遂に見つけました。
道路で遊んでいる女の子と、それに気づかず居眠り運転をしている軽トラ。このままでは、女の子は轢かれてしまうでしょう。
これは絶好のチャンスです。しかし、なろう太郎の足は恐怖に竦んでしまいました。やはり、痛いのは怖いのです。
でも、駄目な自分の人生を変えるには、これしかありません。この機会を逃せば、またあの地獄のような日々に逆戻りです。
なろう太郎は竦む足を奮い立たせ、道路に飛び込みました。
「危ない!」
その声は、警察に対して発していたボソボソとしたうめき声とはまるで別の声でした。
※
体中に痛みが走ってから、しばらく経って、意識だけが真っ白な世界に浮かび上がりました。
気づけば痛みは消えていて、目の前にはフサフサのヒゲを生やしたおじいさんが浮かんでいました。
(やった、これで転生できるぞ……!)
太郎は心の中でガッツポーズをしました。
「ワシは神じゃ。普通は死人とは会わないんじゃが、今日は特別じゃ」
おじいさんは神様でした。これは絶対に異世界転生チーレムだと、なろう太郎はたいそう喜びました。
「そ、それで、俺に何の用ですか?」
使い慣れていない敬語で、なろう太郎はたずねました。
神様は言いました。
「お主はなかなかクズい人生を送ってきたが、最後はいいことをした。だから特別に、ワシからのプレゼントじゃ」
神様からの特別なプレゼント。異世界チーレムに、なろう太郎は期待で胸をいっぱいにしました。これでやっと、最悪の人生から開放され、酒池肉林の異世界チーレムが始まるのですから。
「お主を特別に生き返らせてやる」
だからその神様の言葉には本当にがっかりしました。
「え、どうして……」
なろう太郎が思わずそう言うと、神様は見当外れな返事をします。
「お主は最低限の受け身も取れんようじゃから、頭を強打して即死だったのじゃ。普通はまず助からん」
違う、そうじゃない。
「あの、それは……」
「さらばじゃ若いの。少しはワシのプレゼントを有効に使うんじゃぞ」
なろう太郎の話を聞かないまま、神様は消えてしまいました。
※
しばらくすると、なろう太郎は目を覚ましました。
見慣れない天井でした。
辺りを見回すと、 「目が覚めたぞ!」 やら 「奇跡が起きた!」 やら、大騒ぎです。
一体何が起こったのでしょうか?
すると、若い、というかまだなろう太郎と同じぐらいの歳の夫婦が、横に立っているのを見つけました。
夫はなろう太郎の手を取り、涙を流しています。
「あの、一体……」
なろう太郎がたずねると、夫は言いました。
「ありがとうございます! ありがとうございます! あなたのおかげで娘は助かりました! なんとお礼を申し上げていいのかわかりません!」
生まれて初めてされた感謝に、なろう太郎は戸惑いました。
「おじちゃん、ありがとう!」
女の子の声がするので少ししたに視線をズラすと、そこには助けた女の子の姿がありました。
「あなたは娘の命の恩人だ!」
「ありがとう!」
「どうお礼を申し上げたらいいか!」
異世界転生チーレムはできませんでしたが、なろう太郎はそれにも負けない宝物を手に入れたのでした。
めでたしめでたし