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夜を溶かす

                1


 肩がすうすうと冷えて目が覚めた。

 外はまだ暗くて時間の感覚はまったくなく、腕をさすってみてひんやりしているのを知る。お布団、と小さくつぶやきながら掛け布団を引っ張り上げた。もぞもぞとしていたら、隣からすっと腕が伸びて、ううん、とやわらかな声がした。わたしの首の下に滑り込んだ腕が、そのまま手のひらで頭を包み込むようにして抱き寄せる。

 やだそっちの方が冷えてる、と引き寄せられた胸元はわたしの肩よりさらに冷たくて、慌ててそちらへ掛け布団を引っ張った。

 とろりと体温が溶ける。

 同じ温度で融解して、混ざる。

匂いがする。大好きな男の人の匂い。引き締まった肌の匂い。

 この人の背中が好き。

 ほくろが星座のように散る、すべらかな背中。いつもいつもうらやましがるから、彼は照れて怒ったようになりながら、そんないいもんじゃないよ、と言う。すべすべの肌はそっちの方だよ、なんて、わたしがどれだけ毛深いのを気にしているのか知りもしないで撫でる。

 そして、唇。

 彼の背中も好きだけれど、本当は唇が一番好き。

 かさりと乾いて皮が時々むけている、ぽってりと厚い唇。乾いているのにどうして重ねるとあんなに潤っているんだろう、彼のやさしいくちづけが好き。やさしいのに、熱い唇が。

「好き……」

 ああそうだ、この人の、このうぬぼれもわたしは好きなんだ。

 好き、とわたしが口にするたび、知ってる、と目を細める。愛されているのはすごくよく分かってる、と、わたしの髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜて撫でる。

 なんて幸せな、夢。

 わたしは彼の胸元に鼻をすりよせて、思い切り深呼吸をする。布で隔てられていない、素の肌に指を走らせる。わたしもまた、裸なのだった。そうか、彼に抱かれる夢なのか、と心の底からあたたかくなる。

 赤ん坊の泣き声はしない。

 四ヶ月も終わりになってようやく娘は夜眠ってくれるようになった。そうは言っても、二時間、三時間は続けて寝てくれるか寝てくれないかだ。そのたび目を覚まして、乳を含ませる。添い乳と呼ばれる寝たままの授乳ができるようになったのもつい最近で、それまでは抱き起こして片方のお乳を十分、もう片方を十分、それで足りなければ再び乳房を変えて五分、とやっていた。毎日寝不足で、まぶたは日々半分ほどに重たく腫れていたし、今もそうは変わらず寝た気がしないので、ちっとも疲労が抜けない。

 そうか、この夢は子育てを頑張っているわたしに、神様からのご褒美なんだ。

 夢もそろそろ終わりなのかもしれない。現実の娘のことを思い出したりしているのだから。

 覚める前に彼とくちづけしたい、と強く思った。

 あの唇を重ねたい。

 触れている指先から、彼の胸が体温を取り戻す。あたたまるのはどちらが早かったのかなんて分からない。

 好き。

 そう、わたしはこの言葉を彼にだけは惜しみなくそそいだ。

 好き。大好き。

 いつも会うたびに泣きたくなるほど好きだった。

自分ばかりが彼を好きで、苦しいような気がしていた。そんな、昔の記憶。

「……都合のいい夢、見てる」

「夢?」

「わたし、あなたに会いたかったの」

 嘘だ、と言うときだけ、触れている彼の胸が大きく揺れたように感じた。

「嘘じゃなくて、本当に。何度も思い出してたよ」

「何度も思い出してた、ってことは、四六時中考えていてくれたわけじゃないんだ」

 淋しい声だった。

 冗談でふざけて言うのではなく、心底という感じの淋しい声にわたしは驚く。

「だって、五年よ」

 別れてから。会わない、と言われてから。

 友達になってどうするの、と真顔で聞かれたら、どんな形でもそばにいて欲しい、とは言えなかった。友達は、異性の友達は少なくとも相手に特別な誰かがいる場合、手なんかつながない。唇を重ねない。肌と肌を、合わせたりしない。したとして、それは友達の枠をはみ出してしまうから、誰にも内緒の友達になってしまう。それは友達ではなく、ただの「特別」だ。

「その間、夢にも出てきてくれなかったのは誰」

 自分の声にとろりと甘い蜜が混じる。非難は甘い。言外に、だけどやっと夢に出てきてくれたからいいの、という気持ちがにじむ。

 これは、夢。彼の体温まで感じる、匂いまで感じる、リアルな夢。

 昔の恋人の夢を見るほど疲れているのか、眠りが浅いのか、なんにせよ悪い夢じゃないのはいい、とわたしは嬉しくなる。


 ふやふや言う小さな泣き声で目が覚めると、カーテンから透ける陽がぼんやり明るかった。

「おっぱい、の前に、おむつ、ね」

 枕元に置いてある籐のかごに、紙おむつと赤ちゃんのお尻ふき、ガーゼのハンカチが入っている。それを引っ張り、娘の眠っている側でない隣に夢の続きを感じた。

 ベビー布団を用意はしたのだけど、娘は一緒の布団に入らないと眠ってくれない。義母はもう抱き癖をつけた、と笑う。娘と寝るために、ダブルの敷布団を探して送ってくれたのは、単身赴任中の夫だ。だけど夢の続きは夫ではない。そもそも、こんな平日に夫が帰ってくるわけがない。しかも帰るよ、の電話もなく。

「……ナナ、君?」

 にゃあん、にゃあん、にゃあん、と娘の泣き声が大きくなった。慌てて、おむつよりおっぱいだ、という選択をする。服をめくろうとして、何も着ていないのに気付く。慢性的な寝不足が、夢の続きのように空気を揺らがせる。

 娘を抱き寄せて乳輪を軽くなんどかつまみ、ほぐしてから乳首を含ませる。途端に泣き声は止んだ。

 隣で眠る、夢の残像は。

 そちらに背を向けているけれど、体温は肌越しに感じる。

 夢の中から出てきてしまった人なのか。

 わたしが夢の中に閉じ込められているのか。

 

 『もしも、あなたがあなたをいらなくなっちゃうときがあったら、そのときはわたしにちょうだい。あなたのこと、わたしにちょうだいね、必ず』


 娘が口の動きをゆるめる。反対側の乳房に換えて、また乳輪を軽くマッサージしてから乳首を含ませる。うくん、うくん、うくん、と乳を吸いながら、先に飲ませていた左の乳よりも早く、娘は右乳の授乳を終わらせようとしていた。赤ん坊は乳を飲むだけで重労働だそうで、飲みながら寝てしまうことがたびたびある。けれどできるだけしっかり飲ませておかないと、中途半端にお腹を空かせて泣くので、わたしは娘の足の裏をくすぐるようにこすった。そうやってでもお乳を飲ませておいた方がいいですよ、と教えてくれたのは、出産した病院の助産婦だ。

 授乳を終えて、しばらく抱きしめたままでいた。くってりと脱力しきったのを見計らってそっと布団に横たえた。その動作の続きで、わたしは布団の中でくるりと反転する。

「……夢かと思ってた」

 ふにゃん、とうめくようにしたのは、娘でなく彼の方で、とろんとした目を開ける。

「夢じゃ、ないの」

 手を伸ばして彼の頬に触れる。

 五年前と同じ顔。

 どこもなにも変わっていないので、逆に不安になる。

「それとも、夢?」

 撫でられる猫のように目を細めて、彼はもぞりとわたしに近寄る。

 撫でるのをやめたら、待っていたかのようにわたしの胸に顔を埋めてきた。

「……ナナ君、」

 セックスはしていない。

 その名残はわたしの身体のどこにも残っていないから、断言できる。

 裸なのは上半身だけだった。そういう下半身も、ショーツを身につけているだけだったけれど。

 あの甘くだるく腰のあたりに残る、セックスの後の甘さがない。

 身体の奥に残るはずの、どんなに満たされていても残ってしまう幸せな違和感も。

「……夢にしてはリアルね。でも眠いから、やっぱり夢?」

「由那は、いつも眠たそうな顔をしてた」

「ナナ君といると、眠くなってたんだよ。今はただの慢性的寝不足だけど」

「人を睡眠導入剤みたいに言って」

「そういう薬みたいなのじゃなくて……抱き枕って感じ」

 赤ちゃんを産んでから本当に睡眠不足なんだもの、とつぶやいたら、彼の手が伸びてきた。頭をつかむようにして、髪を撫でる。

 わたしの目が自然と細くなる。

 この人に髪を撫でられるのが好き。ぐしゃりぐしゃりとせっかく整えたことなんてお構いなしにぐしゃぐしゃにして、そうだ、彼はわたしの髪に鼻先をうずめることが好きだった。だから、わざわざ高い、香りのいいシャンプーを買うようにしていた。

「寝ていいよ」

「……起きたらいなくなってる?」

「いなくならない」

「どうして?」

 夢じゃないから、と彼は笑った。変な夢ね、とわたしは答えた。


 ナナ君、と呼ぶのは、わたしだけが許された。

 七貴という名前は、七番目の孫だから、という意味で貴明という名のおじいさんがつけたのだと、彼はあまり嬉しくなさそうに話してくれたことがある。

 ナナ君はわたしの友達の知り合いだった。

 あれはわたしが二十三歳のとき。ナナ君は三つ年下だった。

 自分の名前が気に入っていない、という彼に、カンパリオレンジを二杯も飲んですっかり酔っぱらっていたわたしは、「名字は松木でしょ、じゃあその『き』と七貴の『き』でキキって名乗ったら」とけらけら笑った。ちょうど前日にテレビで放送していたアニメ映画を見ていたから、酔いもあって軽く口をついた。

「魔女の宅急便?」

「そう、ジジが可愛くて、黒猫飼いたいって思った」

「俺もあの映画結構好き」

 そうなの、と聞いたら、うん、と素直な声が返ってきたことを覚えている。

「主人公がちゃんとへこたれるところが」

「なにそれ」

「あれって同じとこの他のアニメの中でもさ、自分の中の問題をどうにかできるのは自分だけ、っていうのに気付いてる内容、のような気がするんだけど」

「自分だけ?」

「他のって外からなんか問題が起きたりしてさ、主人公が問題に立ち向かわなきゃなんない責任のある立場だったりして、動かされるみたいに頑張ってるけど、あの話だけは違う感じが、する、っていうか、あ、トトロも違うか、あれ、なんかなに言いたいか分からなくなってきたな」

 ナナ君がたくさんしゃべったのは、その最初のときばかりだった気がする。

 トトロ好きだよ、と答えたら、あの腹で昼寝したいよね、と彼も目を細めた。だけど、犬のようなにおいがするのか、猫のようなにおいがするのかで意見は対立して、それを友達は笑いながら見ていた。

「犬でしょう、お日様っぽいにおいがすると思うもん」

「猫だろ、顔からいって猫の顔だろ、トトロは」

「トトロが猫だったら、猫バスも猫じゃない、同じ種類の動物なんかそんなに出さないでしょ」

「あれが犬の顔か? どっちかっていったら猫の顔だぞ?」

 カウンターしかない、代金と引き換えに食べ物や飲み物をサービスされる店で、わたし達は話しながらどんどんとお酒をお代わりした。そんなに飲めないくせに、つられてわたしも次々にグラスを空にして、彼に教わってはじめてカンパリソーダも飲んだ。

「でも、猫ならもう猫バスがいるよ」

「あのでっかい口は犬ってより猫だよ、絶対猫、猫だって」

「犬よ、絶対犬、あんな狸みたいな猫はいないじゃない」

「いるよ、狸っぽい猫だって。……あれ、狸か?」

 新説が出た、と友達はビールを飲みながら笑い転げていた。さばさばしている男らしい彼女は、散々わたし達に言い合いをさせておいて「トトロってあんなんだけど森の妖精なんだって」とさらりと言って、羽もないのに、あの着ぐるみみたいな身体で、妖精ってなにを食べるの、と驚くわたし達を笑いながら見ていた。

「ね、松木。いいでしょこの子」

「いいって、なにが?」

「つまんないおっさんと付き合ってんのよ、こいつ。ね、松木もらっちゃいなよ。嫌いじゃないでしょ、こういう顔」

「ちょっと、朱音ちゃん、」

「つまんないおっさんって、不倫してるの?」

 真面目な目に酔っぱらった影がなかったので戸惑う。彼は、わたしのことをまっすぐ見た。

「……わたしの彼氏は未婚者です、不倫とかなんて、そんなのじゃないし」

 さっきまでげらげら笑っていたのに、空気がなんだか少し重たくなった。気付かなかったのは友達だけのようだった。

 フィッシュアンドチップスを頼んだくせに、唐揚げとポテトの盛り合わせも注文してしまって、油でぎとぎとになりながらお酒を飲んで、ネギのサラダは想像していたものと違ってひどく辛くてまたお酒を飲んで、結局閉店間際まで一軒目の店にずっといた。友達は終電に乗るからとひとりで駅まで行ってしまい取り残されたわたしと彼は酔い覚ましに、とぶらぶら歩いた。

 月の青かった、あれは、七月のなまぬるい夜。

「飲んで遅くなったりして、彼氏さんとか怒んないの?」

「別に子供じゃないんだし、怒られる必要なんかないもん」

「あんまり飲むとトイレが近くなるよな」

「公衆トイレ、寄ってく?」

「オレンジジュースとか、好き?」

 話が飛び過ぎるのは酔っぱらってるから? と笑いながら聞くわたしもまた、ふわふわしていた。足取りが軽い。くるぶしに羽が生えているように。

「どうして?」

「さっき、カンパリオレンジばっか飲んでたから。自販機で買ってあげる」

「カンパリオレンジなんて売ってるの?」

「オレンジジュースだって」

 くすくす笑う。くすくすはどんどん大きくなって、酔っ払ったわたしは両手を広げてくるりと一回転する。

「あ、トイレ探すゲームしよう、負けたら俺帰るから」

「負けたらってなに、トイレならあのビル越えたところにあるよ」

「すごいね、よく知ってるじゃん、もしかしてトイレマニア?」

「トイレマニアってなに」

「街中のトイレの位置を把握してて、トイレットペーパーの有無とか、便器の形状とかみんな知ってんの」

 バカなこと言ってるけどただトイレに行きたいだけでしょ、と聞いたら、彼は頷いた。こくん、と縦に大きく振られた顔が可愛い。

 わたしも真似てぶんぶんと頷いて笑っていたら、さすがに酔いが急激に回った。くるぶしの羽が消滅する。もつれて、よろける。

「危ない酔っ払いだな」

 車道に出ちゃうなよ、と腕をつかまれた。

 どうして酔っ払いは笑ってばかりいるんだろう。

「トイレ間に合わなくなっちゃうよ」

「漏らしたら泣きながら帰るからいいよ」

「タクシーも電車も乗れないね」

「歩いて帰るさ、月も明るいし」

「トイレ間に合ったら?」

 腕はつかまれたままだった。

 夏の月はゆるく高いところにあって青い。秋や冬の方がもっと高い位置から白く輝く。わたしは山沿いに出た赤い月なんかは怖く感じるけど、手の届きそうにない空の遠くにいる、ちょっとだけ淋しそうな月は好きだ。

「間に合ったら、散歩でもしようかな」

「わたしも?」

「一緒に行きたい?」

 うん、と頷くのが恥ずかしくて、だって腕つかまれたままだもん、と答えた。口にしてすぐに、彼の手が離れてしまうようなことを言わなければよかった、と後悔する。彼の体温は、心地よかったのに。

「……腕、べたべたするでしょう。汗かいてたし」

「べたべたなんて、」

 しないけど、と言いながら彼の手から力がゆるんだ。少し淋しく思う。嘘だ、うんと淋しい。

 だけどわたしの想像に反して、彼の手はそのままわたしの手をつかみ直した。驚いて、足が止まる。彼を、見る。

「酔っ払いはふらふらするから、確保しておくのだ」

「……オレンジジュース、買ってくれるんでしょ?」

「コーヒーでも紅茶でも、コーラでもなんでも買ってあげるよ」

「……じゃあ、お散歩、付き合ってもいいよ」

 恋人がいるのに悪い奴、と彼がからかった。

 思わず手を振りほどきそうになって、自分の下心が目の前に突き付けられたからだと動揺した。だけど、振りほどけない。彼はわたしの手を握る指に力を込める。

「危ないから、だめ」

「だって、意地悪言う、」

 意地悪を言われているのに、手をつながれていることが嬉しい。

 どうしよう、これは酔っているせいなのか、分からなくてなんだかちょっとだけ、叫びだしたくなる。わあっ、と声を上げて、ぶんぶんと頭を振ってみたくなるから、そうしてみた。

「そんなに振ったら酔いがひどくなるって」

 つないでいない手がわたしの頭を押さえる。そのままぐしゃぐしゃに撫でられる。どうしよう、とうっかりときめく。

 わたしの好きな感じで、そんな風に髪を撫でられたら。

 わたしには、恋人が、いる。十二歳年上の恋人とは、結婚を前提に、と言われてお付き合いをしている。優しい彼になんの不満もない。顔だって身体だって、性格だって。こんなところで、今日知り合ったばかりの、しかも年下の男の子と手をつないでいい理由はない。

「やっぱジュースじゃなくてアイス奢ってあげる」

 だからトイレまで急いでくれると嬉しい、と彼は笑って、わたしの手を引っ張った。

 アイスもジュースもいらないから、この手をつないでいて欲しいと願ってしまう。この人の体温はわたしに妙になじむ気がして。彼には悪いけれど、トイレがもっともっと遠くにあればいいのに、と、頬がゆるんで自然と笑ってしまっていた。そして、すぐに恋人のことが頭に浮かんで、その微笑みはおろおろと崩れた。

 

 ぱちりと目が覚めた。

 横になったまま、腕を頭の方へ伸ばす。うううううん、と声を出したら、どこかの関節がぱきりと乾いた音を立てた。

「彩菜?」

 娘の名前を呼ぶ。

「……ナナ君?」

 夢でなかった人の名も。

 ふたりの姿はどこにもない。

 慌てて布団をはね上げて、ストーブがつけられていることを知る。ふたりの名前を呼んで、ドアを開ける。夫の親戚が貸してくれている一軒家は、二階は寝室と物置になっている二部屋しかない。枕元にたたまれていたパジャマに袖を通して、一階へ降りる。

「ナナ君、」

 娘を連れて行ったのかもしれない、という想像がまず頭をよぎった。誘拐。

「ナナ君!」

 誘拐だとしたら、どうすればいいのか。警察に電話? 夫に電話? だけど、昔の恋人を家に入れていたということはどう説明すればいいのだろう。

 そもそも、彼が娘を誘拐してどうするのだろう。

 金銭目的?

 お金がないなら、貸してくれ、と彼は言うだろう、では他の理由があるとして。それは、わたしに対する、嫌がらせ?

 きゃあん、という声ではっとする。居間の方から聞こえる声は、娘の甲高い声。

「彩菜!」

 急いでドアを開けると、そこには立ったまま娘を抱いて、人差し指をしゃぶらせている彼がいた。

「あ、起きた」

 赤ん坊って軽いし乳くさいね、と笑う。

「よく寝てたから、疲れてる顔してたし寝かせておこうかと思ったんだけど」

 睡眠不足ちょっとは解消できた? と聞かれて、わたしは言葉に詰まる。

「変な夢でも見た? 怖い顔してるけど。あ、もしかして俺が赤ん坊を誘拐したとか考えたんだろう」

「そんな、ことは、」

 口ごもったわたしに少しだけ意地悪な笑顔を見せて、この子お腹空いてるんじゃないの、と彩菜をこちらに差し出した。指はしゃぶらせたままで。

「俺の指、ずっと吸ってるけど」

「……赤ちゃんって口になにか入れると、ずっと吸ってるの。そういう習性で、」

「あ、そっか、だからおしゃぶりってあるんだ」

 どういう納得をしたのか分からないけれど、なるほどなるほど、と彼は頷いた。それでさ、といたずらっぽい顔をする。

「俺もお腹空いた」

「え?」

「最近食欲なくて、ろくなもん食べてなかったんだけど。赤ん坊って一心不乱に指吸うんだね」

 それ見てたら空腹倍増した、と彼は言った。

 お腹が空いたと言われても、困った。娘が生まれてから、まともに買い物に行ったことがない。お米や野菜、すぐに食べられるインスタントものや冷凍食品、手作りのお総菜などを、実家の母が二週間に一度くらい送ってくれてなんとなく食いつないでいる。この前一度だけ娘が寝ている隙に、徒歩五分のコンビニに出かけて急いでパンと牛乳とどうしても飲みたくなった炭酸飲料を買って帰ったけれど、赤ちゃんを置いていったというものすごい罪悪感に襲われて、必要以上にぐったりした。それからは郵便受けを覗くためか、せいぜいゴミを捨てるためにしか外に出ていない。

「……ろくなもの、ないけど」

 インスタントや冷凍のものを出したくないと思ってしまったのは、くだらないプライド。

「……死にそうなくらいお腹空いてる?」

「うん?」

「先に、娘の授乳してからでも、いい?」

「そりゃ、もちろん。カップ麺とかあれば、勝手にお湯入れて食べてるけど」

 カップ麺はないけれど、袋入りのインスタントラーメンならある。

 だけどどうせ食べさせるなら、それに野菜炒めをたっぷりと乗せてあげたい。目玉焼きも作って添えてあげたい。乾燥わかめも戻して、入れたらどうだろう。缶詰のコーンもある。

 誰かにご飯を作ってあげたい、という気持ちをすっかり忘れていた。

 どうせならちゃんとしたご飯を食べさせてあげたいと、彼のやせっぽっちな身体を見る。


                 2


 娘が生まれる何年か前。

 寝室が赤ん坊用のおもちゃであふれかえっている時期があった。

 ピンク色のうさぎのぬいぐるみ、大人でも一抱えしなくてはならないような大きなクマのぬいぐるみ、機関車、音の出る絵本、細々としたミニカー、歯固めだというやわらかなパステルカラーをした不思議な形のおもちゃ。

 生まれなかった子供のためのものだった。

 稽留流産。

 妊娠八週目に入ったところで心拍も確認された後の、次の診察で医者は、亡くなっていますね、と淋しい声で告げた。

 二週間前には、心臓の動きはきちんと認められたのに。心拍が見えたら、流産の可能性はぐっと低くなりますよ、と言われたのに。

 妊娠が分かってからも少量の出血がだらだらと続き、漢方の当帰芍薬散を処方されて飲んでいた。流産防止の薬なのでそれを飲みながら安静にしていてくださいと言われたけれど、走ったり運動をしたわけではなく、仕事も休んでいた。だから、まさかわたしの中の小さな命が、いつの間にか息を止めてしまっていたなんて想像できなかったし、事実を受け入れられなかった。

「妊娠初期の流産は、母体ではなく胎児側に問題のあることがほとんどですので。実は、流産というのはそんなに低い確率ではなく起こることなんですよ」

 医者はそう言って慰めてくれようとしたのか、けれどずっと同じ口調で、一応一週間様子を見てから手術の日を決めましょう、と続けた。

「手術……?」

「自然に体内から排出されるのを待っていてもいいんですが、それだといつになるか分からないので、掻爬手術をすることをお勧めします。その方が次の妊娠も早めに望めますし」

 次の妊娠。

 お腹の中に、心臓を止めてしまったとはいえ、まだ赤ちゃんはいるのに。

「掻爬手術って、」

「亡くなっている胎児を掻き出します。大丈夫です、できるだけ子宮に負担のないよう丁寧にやります。手術後は妊娠率が上がりますが、子宮を整えるお薬を出しますので最低三ヶ月は次の妊娠をしないように、性行為をする場合は避妊具を使用してください」

 性行為。避妊具。

 セックスとは赤ん坊を宿すための行為なのだ、と、なんだか改めて知らされて、わたしは手術の内容も考えられないまま、ただ子供のようにこっくりと頷いた。

 旦那さんの同意書が必要になりますから、と告げられる。

 掻爬手術とは、つまり中絶と同じことをするという話だった。同意書の紙をもらって、帰宅してからも、ずっと混乱していた。

 胎児側に問題がある場合がほとんど。そう言われても、自分が悪いことをした気にしかなれない。それは時間が経つにつれて大きくわたしの背中に圧し掛かった。胸を苦しくさせた。喪失感と、恐怖。混乱。

 妊娠が分かって、一緒に喜んだ夫になんて言えばいいのか分からなかった。自分のお腹の中に小さな死体がひとつ入っているということが不思議だった。どうして死んでしまったのかがどうしても納得できなかった。

 夜、会社から帰った夫の顔を見て口を開く前に、どうしたんだと驚かれた。

 わたしの唇に、顔に、なんの色もなかったらしい。

 その後はほとんど記憶がない。

 子宮を広げて、死んでしまった胎児を掻き出す手術をしたときに、日帰りできるのかと思ったらそうではなく一泊だけ入院させられたこと、朝と昼と晩のご飯に半分に切ったバナナが出されたこと、仕事も行けずただただ毎日泣いていたこと、少しずつ家の中に使う人のいないおもちゃが増えていったこと、そんなことを切り取られたシーンのように後から、鮮明だけど自分とはちっとも関係のない画像みたいにぽつんと思い出したりした。


 夫から電話があったのは、クリスマスも終わってあっという間に街中からツリーやクリスマスの音楽が消えてしまった頃だった。

『年末なのにちっとも帰れなくてごめん』

 まず最初に謝られる。

 ううん、と言って、久しぶり、とにっこりした声で言ってみた。夫の声は背の高さや身体の大きさから見ると、少し意外に思えるような高さをしている。少年のような。

『彩菜、元気?』

「元気だし、そんなに夜泣きしなくなってきたし、わたしは主婦をサボり気味」

 娘はナナ君が抱いている。

 テレビは消音にされて、彼の腕の中で小さな赤ん坊は眠ってしまっている。

 ナナ君の体温が心地良いのかもしれない。わたしよりよっぽど上手に、彼は娘を寝かせてしまう。手が大きいから安心するんでしょ、と彼は言うけれど、わたしもその手で撫でられるのが、抱きしめられるのが好きだったから、同じ血を引く娘だって同じことなんだろう。

『子育ても手伝えなくてごめんな』

「大丈夫、本当に。こっちに残りたいって言ったのはわたしなんだから」

 転勤の話が出たとき、夫は長くても二年で帰れると言った。それなら、わたしは待ってる、と答えたのだ。独身寮があると聞いたので、それならここで待ってる、と。妊娠でつわりがひどく、動きたくない気持ちが真っ先にあった。毎日吐いて横になって苦しくて泣いて、赤ちゃんもういらない、と二日に一度は口にするわたしを夫はかなり心配していたけれど、それぞれの実家がそれなりに近いことを理由に、残りたいと言い張った。

『年末年始なんだけど』

「ああ、うん。帰れるの?」

『もちろん。さすがに仕事は休みだから。って言っても、大晦日と三が日だけだけど。実家から顔出せって言われてるから、顔出したいけど、いい?』

 年が明けたら由那の実家にも挨拶に、と優しい声で言われた。

「お年賀、買っておかないといけないね」

『ああ、こっちで土産物ついでになんか用意するよ』

「そう? 頼んでもいい?」

 大晦日に帰るから、と夫は言った。前日は独身寮の大掃除があるそうで、全員参加だという。窓拭きをしたり床にワックスをかけたりするらしいよ、と、結構マメな夫はむしろ楽しそうな口調だった。

『餅つきもするらしいから、もらえたら持って帰るよ』

 また電話するから、と言って通話は終わった。受話器を置いたのを見てから、ナナ君がテレビの音を戻す。

 昼間。三時過ぎのやわらかな日差しは窓越しだからであって、外に出たらきっと寒い。

「旦那さん?」

「そう。お正月の話」

「正月は旦那さんが帰ってくるんだ」

「帰ってくるって言うか、むこうの実家に行くの」

「ふうん。じゃ、俺も連れてって」

「……ナナ君を?」

 無理に決まってる、と頭の中では即答できたのに、それは言葉にならなかった。

 そういえば、この人はどうしてここにいるんだろう。

「だって、みんなで行くんでしょ?」

「みんな、って、」

「彩菜ちゃんも」

 彼の腕の中で娘はまだ眠っている。

「当たり前でしょ、連れて行かないわけにいかないじゃない」

「じゃあ俺のことも連れて行かないわけにいかないじゃない、ってならない?」

 ナナ君を夫の実家に連れて行く、その理由が見つからない。そんなことをいきなり言われても困る。元カレを旦那の実家に連れて行くなんて、変な話だ。

「困った顔してる」

「……困らせること言ったの誰よ」

「由那は昔から誰にでもいい顔したくて、自分が悪者になりたくないから、必死で言い訳を考えるんだよね。俺を連れてく理由、考えてたんでしょ?」

 彼はにっこり笑った。

 言葉と表情が一致していなかった。

「……本気?」

「なにが?」

「本気で、お正月にうちの旦那の実家についてきたいって言ってる?」

「うちの旦那」

「……なに?」

「うちの旦那、って、いかにもわたしは所有物です、って感じの言葉」

 どう答えていいか分からないでいると、ナナ君が唐突に、嘘、と少し大きな声を出した。

 彼の腕の中にいた娘が驚いたように目を開け、ふにゃあん、と泣き出す。

「嘘だから」

「なにが……?」

 ナナ君はにっこり笑う。嘘に決まってるじゃん、なにしに俺が人の旦那さんの実家に行かなきゃなんないの、不審極まりないでしょ、と。

「嘘に決まってる、由那は騙されやすくて、俺心配」

 騙されやすいとかそういう話じゃない、と言いたかったけれど、声にならなかった。ナナ君の腕の中の娘が、人質みたいに見えて、だけどそんな風に思ってしまう自分が秘境のような気もしていた。


 五年前、結婚を前提に付き合う恋人がいながら、わたしはナナ君を好きになった。

 恋人とは全然違う彼に惹かれて、だけど結婚後の穏やかな生活を易々と想像させてくれる、特に嫌いなところも見つからない恋人を「好きな人ができた」という我儘で切り捨てることができなかった。自分の我儘が人を傷付けるのが怖かった。

 そのわたしの中途半端な気持ちが、ナナ君も、ナナ君の存在を知らなかった恋人も傷付けるとは思いもしないで。裏切ることは、傷付けることだ。相手が気付いていなかったとしても。

 結局自分が悪者になりたくなかった。どうせなら男を手玉にとれる悪い女だったら悩まなかったのかと、考えたこともある。それはなんの意味もない「もしも」だったけれど。

 だから最後、ナナ君が「もう会わない」と決断してくれたとき、わんわん泣きながらもわたしはこれで元通りになるだけだ、と思っていた。

 絶対? 二度と? 友達にすらなれないの? と聞きながら、「じゃあもしナナ君が自分をいらなくなっちゃったときは、わたしにちょうだい」なんて、悪あがきを口にしながらも、自分が決断した結果ではないことに安心していた。

 哀しい恋をした悲劇のヒロインとしての自分に溺れて、しばらくなにを見てもなにを聞いてもナナ君につなげてめそめそと泣いてばかりいた。そのうち、恋人からきちんとプロポーズされて正式な婚約者として両家で食事会をし、結婚式をするために式場を予約したり、思ってもいなかった打ち合わせの多さにあたふたしているうちに、わたしはゆっくりと「ナナ君のいなかった生活」を取り戻した。それを自分の強さなんだと甚だしい勘違いなんかをしつつ。あの幸せだった記憶も薄らいでしまうのがわたしの罪なのだと、バカバカしい不幸に酔いつつ。


                3


 押し入れを勝手に開けたナナ君が、おもちゃだらけ、と驚いた声を出した。

「彩菜ちゃんの?」

「ああ、ううん、そのうち彩菜のものになるもの」

 お正月は夫の実家で過ごした。夫は男兄弟ばかりなので、お義母さんもお義父さんも娘ができたようだとわたしのことをとても可愛がってくれる。娘が生まれてからは、更に。

 夫の実家にいたのは大みそかを含めて三日間。

 一月三日にわたしの実家へ顔を出して新年のあいさつをし、五日から仕事が始まるという夫は四日の午前中には独身寮へと戻って行った。

「気の早い夫婦が、もう子供のおもちゃをわんさかと用意したってわけだ」

 流産したことがある、というのはナナ君に言う必要もないと思ったので、わたしは笑っただけで、なにも言わなかった。

 ナナ君がわたし達の帰省中、どこでなにをしていたのか話さなかったし、こちらも聞かなかった。そういえば彼は荷物らしいものを持っていない。下着の替えもなくて、わたしは夫のために買ってあった新品のトランクスを彼に何枚か進呈したし、服は夫のものを適当に着ている。頓着がないらしい。身長が違うので、ナナ君が夫の服を着ると、子供がサイズの合わないお下がりを着せられているように見えた。

「どっか行こうよ。せっかくつまんなかったお正月も終わったんだし」

「つまらなくはなかったし、え、どっか?」

「動物園! あ、寒いな、やめよう、水族館だな、水族館、水族館行こう」

 無理よ、と反射的に声が出た。なんで、とナナ君がきょとんとした顔をする。

「だって、彩菜のおっぱいだってあるし、ちょっとそこまで買い物、って距離じゃないのよ、水族館なんて、」

「電車乗って行けばいいじゃん、ベビーカーにでも乗せて」

「ベビーカー、まだ買ってないし、こんな寒いときに出かけたら風邪引かせちゃうかもしれないし、」

「いっぱい着せてきゃいいじゃん、ベビーカーなんてどうせ必要なんだし買っちゃえば? もしかして電車乗ったことないんじゃない? その子」

「ないわよ、だってまだ一歳にもならないもの」

 どうせいろいろ面倒くさいこと考えて尻込みしちゃって、子供つれてるとなんにもできないって勝手に諦めて生活してんだろ、とナナ君が笑った。図星なので何も言い返せない。だけど、赤ん坊をひとり連れて出かけるというのはものすごく大変なのだ、二、三時間おきの授乳だってどこか授乳室が見つかればいいけれど、必ずあるとは限らない。電車の中で泣きだしたら周りに迷惑がかかる。嫌味を言う人だっているだろう。そういうのを想像してしまうと、出かけたい気力なんて一度に吹き飛んでしまう。

「……だって、なにかあったときだって、家にいるほうが楽だもん」

 荷物だって多くなる。紙おむつにお尻拭きの専用ウェットティッシュに、汚したとき用の着替えに気を引くためのおもちゃに、授乳用のケープに、あれもこれも、と考えるとそれだけで面倒くさくなる。

「もったいないよ」

「……なにが?」

「赤ん坊抱いて電車に乗るなんて、そうそう人生で何度もあるもんじゃないし」

「……だから?」

「水族館行こう、はい決定、由那は誰かが決めちゃって強引に誘っちゃえば、渋々でも従うもんな」

「……なんかトゲがある」

 そんなことないよ、とナナ君が明るく言う。決定、と言われてしまって、わたしは逆らえなくなる。


 来てみてしまえば一番楽しんでいるのは多分わたしなのだった。

 乗り換えを一回、二本の電車の乗り継ぎは意外とスムーズで、結局スリングで抱いていた娘は心配をよそに眠り続けてくれた。

「案ずるより産むが易し、って、子供産んだ由那が一番よく分かってるんじゃないの?」

 水族館代の七百円はナナ君が払ってくれた。そういえば電車代も、彼が払ってくれていた。夫が帰っているときはどこかへ行っていたし、お金も行くところもなんにもないわけではなさそうなのに、どうして彼はわたしのところにいるのだろう。

「産むのなんかちっとも易くなかった」

「そうなの? やっぱ痛い? 鼻からスイカ出す感じ?」

「鼻からスイカ?」

 そういう風に聞いたことがあるんだよ、とナナ君が笑った。

 わたしの陣痛は前日の夜八時過ぎからはじまって、次の日の夕方には娘が生まれた。分娩待ちの部屋で、やたらと喉が渇いていた覚えと、分娩室でいきみ方が分からなくて、途中でひどく冷静に戻ってしまった記憶がある。痛かった。肛門をぎゅっと押さえてもらうと痛みが引く気がして、何度も「お尻、お尻押さえて!」と助産師に叫んでいたと聞かされて恥ずかしかった。

「安産でしたね、って言われたけど、どこがって思うくらい痛かったし大変だったよ」

 縫われた会陰も思っていたよりずっと痛んだままだった。

「安産だったんだ」

「安産て言われたけど、自分にとってはものすごく大変だったよ」

 スリングの中で娘は眠り続けている。肩が凝るのは覚悟するとして、けれど子連れでも外に出るのは意外と簡単だった。今日はたまたまぐずりもしないし、運がいいだけかもしれない。だけど、わたしはこの子がある程度大きくなるまで、外になんて出られないと思い込んでいた。外に出ることもしないで、ただただ大変そうだ、大変そうだ、と怖がっていただけだった。

 平日の、冬休みも終わったのだろう人のまばらな水族館を想像していたのに、実際は意外と混んでいた。どこかの団体観光客が入っているらしく、同じバッヂをつけたお年寄りがたくさん、楽しそうに水槽を眺めている。ベビーカーに小さな子を乗せた夫婦もちらほらといた。

わたし達も夫婦に見えたりするのだろうか。

 思わずナナ君の顔を見る。

「なに?」

「あ、ううん、ううん。ううん、鯉とかまでいるのね、しかもただの黒いだけのやつ。どうせなら、錦鯉のカラフルなのとか入れておけばいいのにね」

「沼や池に生息する魚達、ってプレートついてるじゃん、あ、どじょうもいる。ザリガニなんかも、へー、タニシだって。それ、鯉じゃなくて鮒なんじゃない?」

「鮒と鯉って違うの?」

「名前が違うんだし、別物なんじゃないの? よく知らないけど」

 ナナ君と昔、一度だけ水族館に来たことがあった。

 手をつないで、サメだのカメだのイルカだの、巨大な水槽の中でエイが泳いでいるのだのイワシの群れだのカツオのすべらかな銀色の横腹だのを飽きずに眺めた。わたしのいちいち上げる歓声に、彼は一日中付き合ってくれてわたし達は閉館時間がくるまでひたすら厚いガラスと水の空間にひたっていた。

 あのときはつないでいた手を、今はつないでいない。

 それを淋しいと思ってしまうのは、我儘だろうか。

「あっちにもっとカラフルな魚がいるんじゃないかな」

 ナナ君が薄暗い間接照明の通路を指差す。

「由那は、今もカメとサメとペンギンばっか好き?」

「……え、」

 その一度行った水族館はここではなかったけれど、あのとき確かにわたしは巨大水槽の中で優雅に泳ぐ海亀に騒ぎ、サメの水槽で飽きずにあれが可愛いこれが可愛い、それはちょっと可愛くないだのとたっぷり時間をかけて眺め、ペンギンのゾーンで二時間近くも時間を費やしたことに後で気付いてものすごく驚いた。

「……あのときのぬいぐるみは、嫁入り道具でちゃんと持ってきてるよ」

 あまりにも熱心にカメとサメとペンギンばかり眺めていたから、と、ナナ君は次の日にわざわざまた水族館まで行き、それらのぬいぐるみを買って渡してくれた。返品不可です、と笑いながらそれらを渡してくれた、ナナ君のとろけるような笑顔を、わたしは憶えている。

 スリングに入った娘に右手を添えて、青い水槽をゆっくりと覗く。途中目を覚ました彩菜が控えめに泣いて慌てたわたしに、ナナ君がトイレを指さした。泣きやむまでそこに入ってろということなのかと困惑したけれど、すぐに授乳室と書かれたプレートが壁にかけられているのが見えた。

「電車の中とかじゃなくて良かったね」

 そこら辺の水槽見てるからゆっくりご飯にしてあげなよ、と言われた。

「二十分以上かかるよ」

「そんなの毎日見てるから知ってるって、そんな短い時間も潰せない男かよ、俺は」

 由那と会えなかった五年間だってちゃんと潰したでしょう、と言われて、わたしは彼の顔をまじまじと見つめてしまう。ナナ君はにっこりすると、空腹の赤ん坊を放っとくなよ、と背中をやさしく押した。うん、と頷く以外、わたしにできることなんてなにもなかった。


 水族館の授乳室は、それらしく魚の絵がクリーム色の壁に控えめに描かれていて微笑ましかった。水族館から帰ってきた後、あんなにたくさん見た魚達より、授乳室の壁ばかりを思い出した。

 家の近所のスーパーは、授乳室こそないものの赤ん坊用のベルト付き簡易ベッドが置かれた個室トイレがあることを思い出す。母親と乳児だけで買い物にきても、トイレを我慢しなければならないということはないのだ。きっと。

 少し離れたところにあるショッピングモールには授乳室があり、そこは土日に助産師を招いて乳幼児に関する相談室を開いているらしかった。母乳ではない人のために、ミルク用のお湯のポットまでふたつ置いてあるという。赤ちゃんの体重を量るためのスケールも、身長を測るための道具もあって、授乳スペースは黄色のカーテンで仕切られていて三部屋もある。その他に、おむつを替えたい人のためのベッドがふたつ設置されている。至れり尽くせりだ、と驚いた。

 世の中は、確かに不便なところもまだまだ多いけれど、それなりに赤ん坊を連れてでも外に出られるようになっている。

 水族館から帰ってきて、ナナ君は何度もわたしを外に連れ出した。デパートやスーパーや。そんな、近くを。彼は出かけた先でまず最初に必ず案内板をチェックした。何階に授乳室がある、何階のトイレは子連れでも入れるようになっている、何階に子供を遊ばせるコーナーがある、と確認して教えてくれる。

「そういうのだって売りにしないと、客なんてどんどん遠のいちゃうだろ。どこにだって案内板とかあるもんなんだから、そういうの把握しちゃえばどこだって行けるんじゃない?」

 手のかかる赤ん坊連れて出かけるってのは大変かもしれないけど、家で必要なものも買えなくてストレスためて悶々としてるよりは、いっそ出かけちゃった方がなんとかなったりするんだし、と彼は言う。

 それで思い出した。彼はどこへでも行く人だった。どこへでも、身軽に、すいすいと歩いて行ってしまう人だった。

 腰の重いわたしの手を取って、どこへ行きたいかなにをしたいかをじっくりと聞き出して、どんな些細なこと、たとえばあんみつが食べたいだとか、シャープペンの芯の買い置きがなくなりそうだとか、そういうひとことを口にすると嬉々として店を探してくれた。

 人通りが多かったり、わたしがもたついたりするときだけ、ナナ君は黙ってわたしの手を取った。人前で手をつないだりするのは苦手なんだ、と言いながら、だけど迷子になられるのはもっと困るし、と。手をつながれると嬉しくて、だけど顔がゆるんでいるのを見られたくなくて、うつむいて歩いた。

 思い出すことは、幸せだったことなのにどこか切ない。

 失ってしまったものだからだろうか。

 取り戻せない過去だからだろうか。捨てたのは自分なのに。

「由那はいっつも、誰かが連れ出してくれるのを待っていただけだもんな」

「うん、そうかも。消極的っていうか、頭で考え過ぎて結局行動に移せないで終わるっていうか」

「嫌味言ってんのに、納得しないの」

「え、嫌味だったの?」

「毎日は楽しい?」

「え……、」

 楽しいとか楽しくないとか、子育て中は考えるものではないと思っていたので、返答に困る。

「……ナナ君がいてくれるから、楽しい」

 困っているまま、口からは勝手にそんな言葉がこぼれた。

 バカだな、とナナ君が目尻をやわらかく下げる。

 うん、と頷いたら頭を撫でられた。

 あたたかな手の存在が、わたしの「期待してはいけない」という心の鍵をあけてしまいそうになる。

 期待?

 なんの?

 彼がこれからもずっとそばにいてくれるかもしれないという?

夫も娘もいるのに。そんなことを期待するなんて、非常識極まりないのに。


                4


 彩菜が生後半年のお祝いに、とナナ君がベヒーカーを買ってきた。驚いて、高いものだからもらえない、というと、受け取ってもらえないと使い道がなくて困るんですけど、と笑われた。

「じゃあお金払う」

「あげたプレゼントの代金支払われるのって、むなしいと思うんですけど」

 由那はおバカさんですか、と言われて反論できず口を閉ざした。

「おバカさんにもプレゼント」

 薄いピンク色のリボンがかかった、細長く小さい箱を渡される。

「あとこれも」

 次は小さな正方形の、真っ赤なリボンがかかった箱。

「これもおまけ」

 おまけ、と言われて渡されたのは、なんだかよれたようになっている茶色い紙袋だった。受け取るとあたたかくずっしりと重い。そしていい匂いがする。

「鯛焼き?」

「はずれ、大判焼き」

 なんか車で移動販売してたけどいろいろ種類があったから全種類買ってみちゃった、とナナ君は楽しそうに言った。開けてみると、丸い大判焼きが四つ横に並んでいる。高さがあるから下にも重ねられているのだろう。

「粒あんとこしあんと白あんと、カスタードクリームとチョコカスターと栗入りあんとシナモンアップルとクリームチーズだって、確か」

「……美味しそうだけど、ひとり四つのノルマ?」

「ラップに包んで冷凍しとけばいいじゃん、って主婦みたい? この発言、主婦みたい? それに半分ずつにすれば、全部の味が楽しめるよね」

 それよりそっちも開けてみ、と言われて、小さな包みを開いた。ころり、と銀色の筒が出てくる。

「……口紅?」

「由那は淡いピンク似合うもんな。でも最近の流行りってオレンジ系なんだってさ。あんまし真っ赤なのとか見なくなったよね」

 口紅なんて、最後に買ったのはいつだっただろう。

「口紅送るときって、その分キスで取り戻しますから、って意味があったんだっけ?」

 知らない、と言った自分の声が揺れていた。

 冗談なのか、多少でも本気が混じっているのか、判断ができなくて苦しい。

「もう一個も、ほらほら」

 促されて真っ赤なリボンをほどく。アクセサリー用の薄い紫色の箱に入っていたものは、口紅と同じ色をした淡水パールのピアスだった。よく見るとティアドロップの形になっているピンク色のもので、耳に通す部分はフック型だけど金色をしている。

「……高かったでしょう、」

「いや、本当はキャッチのあるタイプのがいいかと思ったんだけど、その形だとなくって」

「どうして、こんな」

「フックのだと着替えるときとかにうっかり落としたりするんだってね」

 噛み合わない会話がわざとなのか分からなくて、わたしは横に首を振った。

「もらえない」

「なんで?」

「だって、……理由がない」

「理由? なんの?」

 プレゼントをもらうのはクリスマスか誕生日って決まってるわけじゃあるまいし、とナナ君が呆れた顔をした。

 娘は二階で昼寝の最中だ。ナナ君がうちにいるようになってから、わたしが気分的に安定したのか、ただ育児に慣れてきただけなのか、彩菜がそう手のかからない存在に思えるようになってきた。泣くのもおむつを換えるのも、ぐずるのも頻度は特に変わらないのに。そういえば首がしっかりすわったので、抱っこは楽になったしおんぶもできるようになった。

「いろいろ頑張っているから、ご褒美。それでいいでしょ」

「わたし、ナナ君になにもしてあげられてない、」

「俺は由那が化粧したりお洒落してるの見るの好きだから。それ使ってくれたら嬉しいよ」

「……ナナ君、どうしてここにいるの? 仕事は? お家は? ナナ君を心配して探してる人とかはいないの? ここにいていいの?」

「それ、今聞くの?」

 知りたい? と聞かれる。

 つられるように、ひとつ頷く。

 でも、とわたしの口が勝手に開いていた。

 それより、聞きたかったことは。

「……どうしてこんなに一緒にいるのに、キスもしてくれないの?」

 口に出したら視界が潤んだ。

 そう、ナナ君がどうしてここにいるのかという理由より、ずっと聞きたかったこと。

 結婚して子供を産んで、わたしに女としての魅力がなくなったからだというのならそう言って欲しい。人の妻になった女に興味がなくなったのなら、そう言えばいい。だけどそれならなぜ優しくしてくれるのかを教えて欲しい。

 わたしは、あなたをまだ好きでした。

「キス、して欲しかった?」

 まっすぐ見つめられる。やさしく下がる目尻と、厚めの唇がやわらかく持ち上がっての微笑み。わたしの大好きだった顔。わたしの大好きな顔。

 しっかり頷けなくて、深いまばたきに合わせて軽くうつむいたら、顔が上げられなくなった。泣くまい、とするのに、鼻の奥がじんじんと痛んで、涙の粒が落ちる。ナナ君はまだわたしを見ているのだろう。気配で分かる。泣きやまないと。だって、ここで泣くのはおかしい。間違っている。

 そう自分に言い聞かせるのに、理性に反抗して感情が走る。

 唇からこぼれたのは、みっともなく子供じみた嗚咽で。

 後から後から流れはじめた涙は、頬を、鼻筋を伝って顔中を濡らした。

「キスして欲しかったのか」

 そんなやさしい声で言わないで。

 小さな子をあやすように。

「違……う……」

 違わないのに反対のことを言う。恥ずかしい止まらない嗚咽が漏れるので、下唇を噛む。違うって言いながら、違わないことに気付いて欲しい。本音と逆のことを言ってしまう、ひねくれた心に気付いて欲しい。

 キスして欲しいは「キスして欲しくない」。

 撫でて欲しいは「撫でて欲しくない」。

 優しくして欲しいのに「放っておいて」。

 かまって欲しいのに「あっち行って」。

 それで相手が言葉通りの行動を取ると、捨てられてみたいに傷付く。自分で放った言葉なのに、どうして分かってくれないのと腹を立てる。わたしを好きでいてくれるなら言葉の裏も読み取ってよ、なんて勝手なことを押しつける。

 自信のない子供。

 最初から反対のことを言っておけば、望んだことを叶えてもらえなくても傷が浅くてすむだろうと、浅はかなことを考えているだけの。保身のための。でも結局は傷付くくせに。

「……うそ、違わない、の」

「うん」

「だって、……ナナ君、わたしなんか、」

「うん?」

「ほ、他の男と、結婚し、て、……子供、までいる女、なんか、」

「あのさ。でもそれは由那が望んで手に入れたものだろう? 誰かが由那に結婚と出産を押しつけたわけじゃないだろう? どうして第三者みたいな言い方するんだよ。自分のことなんだから、自分に自信と責任持たないと駄目だよ、由那は」

 そんなことないよ、と言われたかった。

 他の男と結婚していようが子供がいようが、君が好きだよ、と言われたかった。

 どこまで甘えているのだろう。馬鹿な女。そう笑う自分が自分の中にいる。ナナ君の言うことはもっともで、正しいからこそ痛かった。

 下唇なんかではなく、自分の腕でも滅茶苦茶に噛みしめたかった。壁にでもドアにでも頭を打ち付けてしまいたかった。大声で叫びたかった。

夫も娘もわたしの生活からいなくなってしまうことは考えられない。この生活を手放す勇気はない。だけどわたしはナナ君のことも好きなのだ。キスして欲しい、抱きしめて欲しい、何も考えず目を合わせて笑い転げていたい。昔みたいに。

そう望んでしまうのはわたしの我儘なのか。

他の人は結婚したら配偶者以外の異性にどうして恋愛感情を持たないでいられるんだろう。持ってもみんな上手に隠したり忘れたり、どうしてできるんだろう。

 どんどんと哀しくなって、わたしは声を上げる。

 うわあん、と言葉ではない叫びは次から次へと流れる涙と混ざった。

 喉が痛い。鼻の奥が痛い。頬が熱を持つ。

 抱きしめて欲しいと、こんなときなのに思った。

 頭を撫でて欲しい、と。

 こんなときでさえ。そんなことを思ってしまった。

 浅ましくて恥ずかしかった、なにを泣いているのか分からなくなってただ昔の楽しかったことも哀しかったことも今の状況も小さな頃に両親から叱られたことまで思い出してわたしは泣いた。鼻水も涙も一緒に、顔中をびしょびしょに濡らして。

 誰かにすべて決められてしまう方が、ずっとずっと楽だった。

 型にはめられて、役を与えられたかった。

 自分で考えることなんて、なにひとつしたくなかった。

 何も考えずに流されていたかった。

 だけどナナ君を欲しいと思う気持ちは他の誰のものでもない、自分だけのはっきりとしたもので。

 キスを、して欲しかった。


 『友達でいる意味が分からない』

 当時は恋人であった夫と結婚をするのだと、それは運命なのだと思っていた。

 運命というと素敵な響きになってしまうけれど、もう決まっている出来事として。夫と結婚して、穏やかな生活を手に入れるのだと。

 結婚という言葉に、ときめかなかったといえば嘘になる。ウェディングドレスが所詮レンタルのものだろうと、ブーケも飾り花も見本があってのアレンジだろうと、三段重ねの苺のケーキは他のたくさんのカップルも同じものを注文しているのであろうとも、招待状も座席表もあらかじめ用意されたサンプルの組み合わせであっても。

 夫とわたしの結婚式は、夫とわたしのためのものだった。

 そしてやはり結婚式で主役になれるのは、女の方なのだ。

 生まれて初めてのエステは、フェイスもデコルテも背中もみっちりの十回コースで、産毛も全部剃ると下着が引っ掛かることをはじめて知った。ドレスを着るための補正下着と、自分の髪の毛で結い上げをしたいのならここまで伸ばしてくださいと指定される髪の長さ、そしてそのケアのための美容院通い。

 予行演習のようなもの、と言われて、結婚式用のメイクをしてもらって、ドレスがあの色ならアイシャドウはこの色かしら、リップはこの色、いやあの色が、アクセサリーはこれであれで、どうせティアラにあの色の宝石を使っているならネックレスもこの色で統一しちゃいましょうか、など、着せ替え人形のようにとっかえひっかえして、その後はお色直しのカラードレス用に、着物のときはこのお花を髪に、と。実家の母と義理の母と、結婚式場のスタッフと。きゃあきゃあと騒いだ。

 それはとても楽しかった。忙しかったけれど、楽しくて、自分がまさに主役以外の何者でもなかった。夫と結婚することで、自分が主役になれる日が一日、確実に手に入る。ひと回り年上の夫は、かかる費用について文句を言わなかった。好きにしていいよ、と微笑んでくれた。

 奇抜な、お金のひどくかかることをしたいわけではなかった。

 だけど、ささやかな披露宴を考えても、桁が違うような金額が簡単に提示される。一日借りるドレスが三十万。三十五万。着物が四十万、テーブルを飾る花が二十万、二十五万、なんでもすべて0がひとつ多い。なんでそんなに、と笑ってしまうようなお金がかかる。それで、どんどんとお金に対する感覚が麻痺していく。一万も二万も、十万も二十万も変わらないでしょう、みたいな気持ちになって、あれもこれも、と追加してしまい、後で我に返って慌てて撤回する。けれどまた欲張りになって、あれもこれもと追加したくなる。そしてまた我に返る。そんなことを繰り返しても、式場の従業員は嫌な顔をせず、次のプランを提示してくれる。

 自分がいろいろと決めているように見せかけて、実はいくつかの決まったコースを辿らされているだけだった。

 それでもすごく楽しくて、すごく楽だった。

 楽で、それなのに自分で選んでいるのだと変な自信を持つこともできた。だから自分は何も決められない駄目な人間ではないと、思った。

『友達に戻るって、最初から友達でなんかなかったのに?』

 恋人と結婚する、と告げたときのナナ君が。あの不思議そうな顔を、わたしは一生忘れられない。

『それは、俺を選ばないってことでしょ?』

 じゃあ、ナナ君を選んだらあなたはわたしと結婚してくれるって約束できるの? 

 その言葉を飲み込んだ。

 誰かに自分の未来を丸々預けてしまうつもりまではなかった、だけど未来の約束は欲しかった。焦る年齢ではない。だけど、ひとりはわたしと結婚したがっていて、ひとりは将来をどう考えているのか分からない年下で。

 結婚、の言葉はひどく甘く見えた。

『他の人と結婚します、だから友達に戻りましょう、とか陳腐なこと言うわけ? 抱いたことのある女と? 好きな女と?』

 ナナ君はわたしのことが好きなの、と恐る恐る聞いた。

 彼はひどく傷付いた目をして、何も伝わってなかったんだ、と小さく低い声で言った。もう会わない、の彼の言葉に対するわたしの返事は、どうして、という疑問で、それは彼を苦笑させた。

 人は手放してしまわないと、どうして失ったものの大切さに気付かないなんて言うんだろう。大事なものは目の前にあるときからきちんと分かる。だけどわたしは恋人かナナ君か、どちらかを選ばなくてはならなかった。愛する人はひとりだけ、と、そんなこと誰が決めてしまったのか、そもそも選ぶなんて傲慢なことは苦手なのに、誰かが決めてくれればいいのに、と。また逃げたくて仕方なかった。恋人を選んだつもりでも、ナナ君と一緒にもいたかった。

 ずっとこのままでいたかった。

 ふらふらと揺れて、あっちからもこっちからも甘やかされていたかった。

 自分以外の女がそんな甘えたことを言ったとしたら、わたしは眉根を寄せただろう。なんて我儘な女、バカな女、と。でも、自分のことになると選べなかった。選んではいたけれど、本当は両方欲しかった。夫になる恋人も、ナナ君も。優柔不断で、バカな女のまま、どうしていいか分からなかった。両方欲しい、の選択肢しかなかった。


 彩菜が泣いている。

 二階から、わたしを呼ぶ泣き声がする。

 わたしの庇護を求める声。夫は単身赴任中で、親と同居ではないので彼女にとっての保護者は現在わたしだけになる。

 身体の全部で、精神の全部で、娘はわたしに甘える。そんな自覚はまだないのだとしても。食べることも着ることも、すべてをわたしに依存して生きている。手を離せば死んでしまうしかない命。だけど娘はわたしが手を離すことなんて微塵も想像していないだろう。そこにある、絶対的な信頼。

「……おっぱいあげなきゃ、」

 自分も泣きながら居間で座り込んでいた。気がつけばナナ君の姿はない。

 大泣きした後の、頭をずうんと覆うようなだるさと遠くの方で響く痛みがそこにあった。彩菜が泣きやまない、夜中なのにちっとも寝てくれない、自分のご飯もままならないほどぐずられて抱っこし通しで腕も腰も痛くて、と思わず泣いたことはあったけれど、こんなに泣いたのは久しぶりだった。

 階段を駆け上がる足音と、近付く泣き声と、階段を下りて近づいてくる足音と。居間のドアが開けられて、わたしはそちらに顔を向ける。

「ほら、お腹空いたってよ」

 彩菜を抱いたナナ君が、笑っている。

「……どうして、ナナ君は、今頃わたしの前に、現れたの?」

 泣くまい、とすればするほどどんどん哀しくなってまた涙がこぼれる。しゃくりあげる感覚が短くて、みぞおちの部分が痛む。

 彼が姿を現すことがなければ、わたしは消極的でつまらないかもしれないけれど、娘と共に、夫の単身赴任が終わるまでを待って静かに暮らしていただけだろうに。

 会えて嬉しいのに、ナナ君を責める心が生まれてしまう。そしてまた自己嫌悪に陥る。ぐるぐると落ち込む。すべては自分のせいなのに。優柔不断で、なにより今、夫を裏切っている自分。

「なんて顔してんの。ね、知ってる? 親の暗い顔って、子供に悪影響を及ぼすばっかだって」

「……誰がこんな顔をさせてると、」

「とりあえず乳やりな、乳」 

 お腹を空かせて甲高い声で泣く娘を渡されて、そのやわらかな身体を抱く。生まれたときは3000グラムもなかったこの子は、半年で倍ほどの大きさになった。発育のいい子はもっと大きくなったりしているけれど、比べても仕方がないと産後訪問に来てくれた保健婦に言われた。

 娘は日々成長する。

 わたしはナナ君といた頃から、それよりももっと前から、なにも成長していない。なにひとつ。バカな女のままだ。

 しゃくりあげながらわたしは授乳用のブラジャーの手前ホックを外す。ナナ君はそっと部屋を出て行った。そのままどこかへ行ってしまうのではないかと、思わず声をかけたけれど、それはますます大きくなった娘の泣き声に消されてしまって、彼の耳には届かなかったようだった。

 大福の餅の部分だけつまむようにして、乳輪のむくみを取る。

 乳首の形を整えて、娘の口を大きく開けさせて乳輪がすっぽりと隠れるまで深くくわえさせる。

 泣いていても、心をまったく別のことで痛めていても、毎日毎日何度となく繰り返される授乳の手順はしっかりと身についていて、なんの滞りもない。

 さっきまで大泣きしていたのが嘘のように、静かに乳を飲みはじめた娘を見下ろす。首と頭の境に手を広げて差し込んで支え、もう片方の手はお尻を支える。先におむつを換えればよかった、と思ったけれど、お尻の濡れた気持ち悪さではなく空腹のための泣き声だったようなのでいいだろう。順番が多少違っても。

 この子が生まれたばかりのときは、なにをするにも病院からもらったマニュアル通りに事を進めなければならないのだと、新米っぷりを絵に描いたように慌てたり焦ったりしていたのに。

 しゃくりあげる途中で、くすりと小さな笑いが漏れた。

 成長しないといけない。わたしも。バカなままではいけない、これから人を育てる、親としての立場なのだから。

 ナナ君を好きだから、満たされない欲求に焦れる。それなら、頭を撫でて、とお願いしてみようか。

 夫に対する罪悪感にはフタをして、そんなことを考える。本当は目先の快楽に弱い人間なのだと認めたら、わたしはもっと楽になれるのだろうか。ふてぶてしいのに怖がりなんて、自分でなかったら最低すぎてお近付きにもなりたくない人間だ。


               5


 実家の母からの宅配便はまだ定期的に届く。ナナ君はうちの母が作るお総菜が好みに合うらしく、やたらと褒めてくれる。

 きんぴらごぼうだとかひじきの五目煮だとか。おからの煮たのがわたしの好物なので、それもよく入れてくれる。その他にもお米だの乾麵だのと、まるで一人暮らしの息子にでも送るような荷物を送ってくれるので助かるけれど、ナナ君がいつも笑う。甘やかされてる、と。

 その日はスパゲティを茹でていた。久々にレトルトのソースではなく、ひき肉と玉ねぎのみじん切りを炒めてトマトの水煮缶を入れて、料理酒を少々とコンソメキューブと塩コショウで味付けして、トマトソースを作っていた。

 玄関の呼び鈴が鳴ったのはその調理中だったので、火を止めるのが面倒だったわたしはナナ君に出てくれるよう頼んだ。

 夫が単身赴任に行ってしまってからは新聞も配達を止めてもらっていたし、光熱費の類もテレビの受信料もみんな口座振替なので集金の人はこない。宅配便くらいしか思い浮かばなかったので、ハンコいるかも、と付け足す。靴箱の隅にスタンプ式のハンコがあることを知っているナナ君は、はいはい、と言いながら彩菜を抱いて玄関に向かってくれた。

 まさか悲鳴が聞こえてくるとは思わず。

 あなた誰、と大きな声がする。ナナ君の声ではない、もちろんまだしゃべれない彩菜のものであるはずもない、だけどわたしのよく知る声。

「――お母さん?」

 慌ててガスコンロの火を消して玄関に向かう。

 抱いていてる娘を来訪者からひったくられないようにとしていた様子のナナ君が、困った顔でわたしを振り返った。

「あんた、これ誰よ! 義仁さんのご兄弟じゃないでしょ、結婚式で見てない顔よ! ちょっとあんた、義仁さんがいない間に世間様に顔向けできないようなことしてるんじゃないでしょうね!」

 あんたうちの子とどんな関係よ! と母が続けて叫ぶ。え、お母さん? とナナ君が間抜けな声を出した。

「たまには心配して娘と孫の顔でも、と来てみれば、あんたなにしてんの!」

 突然の母の訪問と、怒鳴られたことで頭が真っ白になってしまったわたしは、口をぱくぱくさせることしかできない。思考が完全に飛んでいて、この場をどう取り繕うかなど少しも浮かばない。

 友達よ、と言うのも不自然だった。女友達と一緒だったりするならともかく。

「お母さん、ご飯食べました?」

「あなたにお母さんって呼ばれる筋合いはないわよ、誰よあなた!」

「ただの友達です、あの、こんな格好してますけど」

 ナナ君は今日も夫のジャージを着ていた。モスグリーンの地に銀色のラインが入った、そうおかしなものではなかったけれど、身体に合ったサイズではない。勘ぐらなくても、間男があわててそこら辺にあったものを適当に着て出てきたような格好に見られてしまっても仕方なかった。

「スパゲティ、食べていきません?」

「……スバゲティ?」

「すみません、驚かせましたよね、こんな格好の男が出てきて。僕、松木七貴って言います、『よしひとさん』の知り合いで。さっき彩菜ちゃんのミルク作ろうとしててお湯ぶちまけちゃいまして、彼の着替えを借りたんですよ」

「……義仁さんの知り合い、なの?」

 いぶかしそうな目でわたしを見た母に、慌ててぶんぶんとすごい勢いで頷いてみせる。だけどまだ頭の中は真っ白のままだった。逃げちゃいたい、と思った。悪いことをしている、怒られる、という考えばかりが頭にあるからだろうか。

「『よしひとさん』から連絡が来て、ちょっと様子見に行ってくれ、って。図々しくお邪魔しちゃったんですけど、あの、本当はさっきまでもうひとり、由那さんのお友達もいたんですけど、ちょうど帰っちゃったところで」

 ナナ君が穏やかな口調で、すらすらと嘘を母に言う。

「由那さん、服が乾くまで、ってあの、昼飯用意してくれるっていうから、甘えちゃって」

「……あら、自炊できてるの?」

「あ、ううん、ほら、今日は、その彩菜をナ……、松木さんが見ててくれてるから、冷蔵庫にあったもの……お母さんが缶詰とかいろいろ送ってくれるから、それ使って簡単にだけど、」

「そう、私はまたあんたが食べるものも食べずにいるんじゃないかしらって、いろいろ作って持ってきたんだけど」

「あ、お母さんの作ったものナナ君がいつも美味しいって――」

「わっ、じゃあなんかすごくタイミング良く僕お邪魔したみたいだな、すっごいご馳走食べられるってことかな」

 わたしの言葉を急いで遮って、僕の彼女は料理が苦手な人だから、とナナ君が続けた。瞬間、わたしの真っ白だった頭がさらに凍りつく。彼女? 料理が苦手? それは、誰? 嘘の続き? 口からの、でまかせ? 

 こんな状況なのに、そんなことが引っかかる。

 とりあえず、と母が靴を脱ぎかける。あんたスリッパもないの、と言われて、慌ててお客様用のそれを出す。ナナ君から娘を手渡されて、彼が母の持っていた紙袋を持ってくれた。なんかたくさん入ってるみたいだ、由那さんは愛されてるね、という言葉は母に聞こえるようにだろう、独り言より大きな声だった。そのままわたしの方を向いて、バカ、と口の形だけで伝えられる。

 彼はため息をついて小さく首を振った。わたしは、どんな顔をしていいのかわからなかった。


「だからさ、由那のお母さんが作ったものを以前に俺が食べてて喜んでるって言ったらおかしいだろうが」

「あ……」

 なんにもないって言ってもさ、と続けられた言葉が刺さった。

 なんにもない。

 確かに。

 突然訪問してきた母は、ご飯を食べたらお腹いっぱいになって眠いわ、と、うつらうつらしはじめていた彩菜を連れて二階に行ってしまった。昼寝してくると告げてそれきり降りてこない。

 布団だけ急いで敷いて、わたしのパジャマを出したら母はズボンだけ穿きかえていた。

「ま、面白いお母さんだよね」

「面白いっていうか、マイペースだと思う」

「由那は性格、お父さん似?」

「うん、どっちかといえば」

 母がタッパにこまごまと詰め込んできてくれたのは、小鯵の南蛮漬けや唐揚げの甘酢あんかけ、コーンビーフのコロッケにクリームコロッケにエビやホタテやアジのフライ、ポテトサラダなど、普段は送ってこないわたしの好きなものばかりだった。フルーツゼリーと水ようかんまで作ってくれていた。

 ナナ君が大げさに喜んで興奮して見せ、見ては褒め、食べては褒めしたので母もご機嫌だった。

 父が俳句の旅行に出かけてしまったので、思い立って昨日から料理を作って持ってきたのだという。ひと言連絡してくれればいいものを、そんなことは頭から飛んでいたらしい。

 当然の母の訪問と、ナナ君のことを取りつくろうべきなのかが頭の中をぐるぐるしていたこと、あとさっき彼が口にした『彼女』という単語が引っ掛かって仕方ないことで押しつぶされていて、ただひとりでおろおろとしていたわたしは、なんだかひとりだけ別次元で浮かんでいるようだった。

「でもお母さん来てくれたのが日曜日で良かったよな」

 母と彩菜が上がって行った二階からは、なんの音もしない。寝てしまったのだろう。ナナ君に話しかけられても、ぼうっとしていたわたしは、ゆっくりと顔を彼の方に向ける。

「どうして?」

「……あのね。平日の昼間からいくらなんでも友達ですって男が入り浸ってたら変に思われるだろう。今でも充分怪しいのに」

「あ、そうか」

 ご飯を食べた後、片付けを済ませてふたりで一休みしていると、なんだか結婚した相手がナナ君なのではないかという錯覚に陥りそうになる。だけど。

「……ね、さっき恋人、って」

「恋人?」

「料理が作れないからって言ってた、恋人、って、本物……?」

 本物ってなんだよ、と苦笑した彼の顔が曇ったのを、わたしは見てしまった。

「うーん、うん、あー……」

 言い淀んで、ナナ君は視線を揺らした。

 ここでずっとぬくぬくしてるってのも楽しそうだったんだけどな。

 つぶやかれたナナ君の言葉が、そのまま短い「さよなら」のように聞こえる。

 だからわたしはまた混乱する。ちょっと待って。自己完結してしまわないで。

「……どうしてここに来たのかを話したら、ナナ君がいなくなっちゃうっていうんなら、なんにも言わなくていいから、」

「そういうわけにもいかないでしょ」

「じゃあ、じゃあゆっくりでいいから、」

 今はまだいなくなっちゃわないで。

 手を伸ばしてナナ君の袖をつかんだ。夫のジャージ。長い袖は折り曲げられている。この人は、ここにいる人ではない、服と同じ、借りもの。だけど。失いたくない。今日突然来たのが母でなく夫だったら、わたしはどうなっていたんだろう。ナナ君が上手に切り抜けてくれていたんだろうか。こんなに他人任せなままで、いいんだろうか。

「由那はさ、俺は強いと思ってくれてるんだろうけど、本当はただの弱い人間だよ」

 指先から力が抜けた。

 ナナ君はするりと腕を引いて、わたしが引っ張っていた袖をそっと直した。

 なんだか拒絶されているみたいに思えて、わたしはなにも言えなくなる。本当なら、わたしが彼の頭を撫でてあげる番なのかもしれなかった。弱くないよ、と。あなたがいてくれるからわたしは頑張る気になれるんだよ、と。

 だけど、そう分かっているのに動けなかった。

 頭を撫でて欲しいと、こんなときなのに思ってしまう自分が情けなかった。


 懐かしい夢を見ていた。

 夢ではなく、願望だったのかもしれない。

 実際にあったことだったのか、わたしの妄想だったのかも区別がつかない。

 ナナ君と泊まれるホテルを探して、ずっと歩いていた。土曜日の夜十一時過ぎにはどこのホテルもいっぱいで、ビジネスホテルとか普通に宿泊できるホテルではなく、抱き合えることが目的のそういうところを探していたわたし達は歩き疲れていた。

 やっと見つけた部屋で、広いお風呂にお湯を入れて。

 顔を見合わせて、疲れちゃったね、と笑い合った。

 あれはうんと寒い冬の日で、満月に少し足りない月が遠くの空に白く浮かんでいた。うんとうんと寒かったので、ナナ君は手を繋いでくれていた。それが幸せで、本当はホテルなんて全部埋まったままでいればいいのに、と思っていた。

 キスをしはじめたらたまらなくなって、コートも脱がずに唇を延々と重ねていてお風呂をあふれさせてしまったこととか。

 恥ずかしがるわたしに土下座する勢いで一緒にお風呂入ろうと言って、渋々頷いたら彼がとろけるような笑顔を見せたこととか。

 抱きしめられたら首筋からナナ君の匂いがして、不意に泣きたくなるほど嬉しかったこととか。

 すぐにのぼせる、と言っておきながら、由那とずっと風呂にいたいと言って、湯船を水で薄めすぎて水風呂みたいにしてしまった中にラッコみたいに浮かんで、にこにこしていた彼の顔とか。

 わたしの肌が薄ピンクに染まって、ちっとも引かない熱を持て余したこととか。

 行為の後で下着を身につけるのももどかしく、ふたりで抱き合ったまま毛布にくるまってただただ幸せで笑っていたこととか。その、肌の感触とか。彼のすべらかな背中とか、細い腕とか、綺麗でしなやかな指がどれだけわたしを高めてしまうのかとか。

 夢から覚めたくない、とはこのことだったのかと。

 うつらうつらしながら、これは夢なのだと知りながら、たゆたうのが切なかった。

 夢の中で生きていたかった。

 だけど夢は覚める。

 夢には見る夢と叶える夢があるのだという、過去を反芻するのならそれは見るだけの夢だ。だけどそれを現実のものにしたいと思ったら、叶える夢に昇格するのだろうか。

 ナナ君に抱かれたい。

 その後のことは何も考えていなくても。

 ナナ君に触れて、ひとつになって、滅茶苦茶にとろけるまで呼吸を合わせて、混ざりたい。甘い汗を。やわらかな吐息を。幸せな体温を。感じたい。

 それが叶えられたら死んでもいい、というのはその場だけで、きっともっともっとと望むのだろう。

 ナナ君が、好き。

 ずるい立場から、動かないままでわたしはただナナ君が欲しいと行動もせず、泣きたいくらい強く望む。


                6


 結婚してから、子供が生まれてから。

 それまでの友達とはなんとなく疎遠になってしまっていた。時々のメールや年賀状のやり取りなどならする。だけど、独身時代のように不意に呼び出したり呼び出されたり、夜遅くまで飲んだりはさすがにできなくなってくる。未婚の友達から声をかけてもらっても、夫だったり子供だったりがいたら簡単に家を空けるわけにいかない。遊んでいる時間で洗濯ができてしまう、飲んでいる時間でアイロン掛けができてしまう、と考えると、いくら家族が行っておいでと言ってくれても、出て行く足が重くなる。そうしているうちに誘いを断ることが増えてきて、少しずつ誘いそのものが減っていく。

 上手に家庭と交友関係とを両立させている人だってたくさんいるのだろう。

 わたしが上手くできないだけなのかもしれない。ただ、それは友達甲斐がないとか、所詮浅い付き合いだったとかそういうものではなく、ちょっとだけ、世界がずれてしまっただけの仕方のないことなのではないかと思う。

 朱音も、そんな友達のひとりだった。

 ナナ君とわたしを引き合わせた友達。

 もともと高校時代からの友達で、明るいけれど押しつけがましくない彼女は、人当たりはいいけれどあまり群れるのが得意ではなく、恋愛に関してはあまり興味がないようだった。誘ったり誘われたりで飲みに行っても、恋愛関係の話にはならず、なっても別に恋人とか欲しいと思わないんだよね、と笑うだけだった。

朱音と付き合っている、と、ナナ君がぽつりと漏らした。

それは、本当に突然の、なんの脈絡もないタイミングでだった。

「朱音って、あの朱音……?」

 わたしとナナ君を引き合わせた張本人。彼の恋人が朱音だと聞かされても、それはわたしの知る「朱音」ではなくて、別の「アカネ」さんなのかと思ったくらいだった。別の「アカネ」さんだと、思いたかった。自分で確認した後でも。頷いて欲しくなかった。

「……うん。なんとなく、だけど。付き合ってるっていうか、付き合っていないっていうか、どっちからなんか言ったとかそういうんじゃなくて。ただ、なんとなく一緒に寝るようになった、というか、うん」

 寝る。

 寝る、ということは、もちろんただの添い寝ではないだろう。当たり前だ。恋人なのだから。

 肌を重ねる。

 ナナ君の唇を、指を、他の人も知るということ。

 それが、まったくの知らない人ならまだしも。

 自分の友達だったりすると。

 言葉を失くしてぼんやりとする。想像したくない。想像したくないけれど、朱音の顔が頭の中に思い浮かんでしまう。

 ナナ君の唇も指も、背中もお尻も。すべらかな肌も、手を差し込んでぐしゃぐしゃに髪をかきまぜるとくすぐったがって声をあげる、あのやわらかな笑顔も。

「嫌……」

 もちろん、わたしに文句を言う権利はない。

 人が誰を好きになっても自由なのだし、お互いが独身であればなんの支障もない。人肌恋しいだけだったとしても、心は別のところにあったとしても。

 朱音を抱いたとき、誰を想ってたの、と聞いてみたかった。君だ、と言われたかった。くだらなく、つまらない妄想だとしても

「でも、誰が、誰と、付き合おうと、それは個人の自由だもんね、」

 思ってもいない、空っぽの言葉を口にしてみる。ナナ君が曖昧に笑った。誤魔化すときの、顔。この人はどうしてこんなにも自在にたくさんの笑う顔を持っているんだろう。哀しいときには哀しい微笑みを、淋しいときには淋しい微笑みを。

「本当はそんなこと思ってもいないくせに」

「……いじわる」

「本当は怒りたいんだろう、よりによってどうしてわたしの友達となんか! ってさ」

「そんなことは……」

「じゃあ嫉妬もしてくんないんだ、俺のことなんてやっぱただの過去か」

「どうしてそういう、」

「怒った?」

「もう知らない」

「怒れよ」

「……なによ」

「怒ってよ。俺はもうずっと自分に怒り続けてる。由那を連れて逃げられなかった自分に。他の男と結婚するっていっても、さらって逃げれば良かった。由那が優柔不断で優しくて誰も傷付けたくないと思っているからこそ、無神経に周りを傷付けることがあることなんてちゃんと知っていたのに、由那のことが大好きだったのに、その口から俺を選ぶって言ってもらえなかったことに傷付いたんだ、それで逃げたんだ、でもずっとずっと忘れたことはなかった、由那と一緒にいたかった、由那が好きだった、今でも、ああ俺、なに言ってんだろうな」

 唇の端に嘲笑が浮かぶ。

 それを見たくなくて、けれど考えたりなにかを口にするより先に、自分の身体が動いていた。脊髄反射、という単語だけが、あとで頭の中に小さく浮かんだ。

 唇。

 薄甘い、唇。

 触れて。

 唇と。

 唇、が。

 触れる、というより、ぶつけてすぐに離れた。頬にカッと血が上ったようで、くらくらとして顔が熱くなる。慌てて両手で顔を包み込んだ。てのひらより、指先が冷たく感じられる。

「……なにすんの」

 ナナ君が、随分経ってから呆けた声を出した。

「……うん、」

「うん、じゃないよ、人妻が」

「人妻とかって、」

「やーらしーな、人妻。人妻って響きが、なんかこう怠惰な昼下がりって感じだもんな」

「人妻って、陽の当たる時間帯の、でも影になってるところでしか生息できない生き物みたいよね」

「あー、そんな感じする、分かる気がする、世の中の真面目な人妻たちにはすごく失礼な話だけど」

 そういう人達は「人妻」じゃなくて「奥様」って呼ばれてるのよきっと、と言ってみたら、彼は神妙に頷いた。

「人妻由那さんでも奥様由那さんでもいいけどさ、旦那さんのいる女性が他の男にキスしちゃうのってどうなんでしょうね」

 意地悪、と言ってしまえば、ナナ君はきっと笑ってわたしの代わりに言い訳を考えてくれただろう。でもそれだったら、今までのわたしとなにも変わりがないのだ。それではいけないと、強く思った。

 自分から、キスしたのだから。

 自分の行動に、誰か別の人から弁解してもらうのはいけない。

 だから、両手を頬に当てたままではあったけれど、わたしは口を開いた。

「したかったの」

 ナナ君は驚いた顔をしていた。

「わたしがしたかったの。ナナ君が笑いたくないのに笑おうとしたから、見ていられなくなってキスしたの。したかったの。本当は、ずっと」

「それ以上は、」

 言うな、なのか、望むな、なのかは聞かないうちに、わたしは首を横に振った。

「ナナ君の唇は、昔と変わらないね」

 息を、吸う。

 そして、吐く。

 室内はヒーターがついていて、多分エコモードのスイッチを押し忘れていた。どんどんと空気が熱せられて、息苦しくなっていた。

「でも、わたし達の関係はすっかり変わっちゃったんだね。もう、キスしたいからとか、手を繋ぎたいからってだけでそういうことをしちゃいけないのよね」

「……朱音が、妊娠した、って」

「そう、」

 思い立ったからというだけで手を繋いじゃいけないのだと言ったばかりの口で、わたしはナナ君の手に指先でそっと触れた。彼はまたしても驚いた顔でわたしを見た。その視線が戸惑っていたので、わたしは顔をゆるめてしまう。

 昼過ぎというのは、どうしてこうも存在があやふやなんだろう。晴れていても雨が降っていても、どこか曖昧で時間の輪郭が薄い。どこにも所属していない心細さがある。

 彩菜は二階で昼寝をしていて、今のテレビは電源が切られているので沈黙していて。閉められている窓からも、なんの音も聞こえてこない。たとえば犬の散歩中に立ち話をしているおばさん達の声だとか、駄々をこねる子供が出す甲高い声だとか、廃品回収を集めるためにゆっくりと走るトラックのスピーカーからのすすけたような呼びかけのテープ音だとか。

 そういうものはなにもなかった。

 ただ、わたしとナナ君がいた。

 わたしと夫が暮らすべき家の中に。

「それで?」

 口の重たいナナ君を促す。わたしの指は、さっきよりもっと彼の手の多くを触っていた。この人の手は、わたしよりずっと温度が高いのだった。それなのに、時折なにかの拍子で温度を失くした。懐かしい。今の彼の手は、わたしの指先よりよっぽどあたたかい。

「産んでくれ、って言ったの?」

 彼は首を横に振る。

「堕ろしてくれ、とかって、」

「言ってない。何も言ってない。子供ができたかもって言われて、驚いて逃げてきた。それだけ。無責任だけど、結婚とかそういうことは考えたことがないまんまだった。朱音とは。それで、驚いて、うん、うん、逃げた。由那のことを、考えてた」

「わたし?」

「もしナナ君が自分をいらなくなっちゃったときは、わたしにちょうだいとかって、そんなようなことを言ってくれた記憶があるんだけど、俺の捏造かな」

 わたしは思わず彼の手をぎゅっと握ってしまった。

 その言葉を。

 彼が覚えていたなんて。

 別れる際の女の、戯言を。

 周りを傷付けるのが怖くて、自分の気持ちからも逃げた女の、言葉を。

「朱音のところに、年賀状送ってただろ? だから、住所だけ知ってた。一枚盗んだんだ。それで住所辿ってふらふらっとここまで。夜中に旦那さんとか出てきて怒鳴られたりすんだろうなーって思ったら、由那が出てきてさ。寝ぼけてたんだろ。はいはいはい、みたいな感じで招き入れられて、布団にまで入れられちゃってさ」

「……覚えてない、」

「旦那さんと間違えたんじゃないの? 俺、いつ旦那さん出てくるかってびくびくしてたのに、単身赴任中だなんて出来過ぎた話だよな」

「それで、どうするの?」

「うん?」

 ナナ君の指が、わたしの手を繋いでいる方とは違う指が、わたしの手の甲を撫でる。

 由那に、俺のことあげようと思ってここまで来ちゃったけどさ。

 ナナ君の声は、張りがなくて頼りなかった。しょぼくれた犬みたいに。わたしは、ずっと頼りになる彼しか知らなかった。知ろうとしていなかった。自分自身が頼りなさ過ぎたから。いつも判断を誰かにゆだねて生きてきた。

 みんな、本当は誰もが頼りなく不安定で生きているのかもしれない。

 他人にその姿を見せるか見せないかの違いはあっても。

「わたしに、ナナ君をくれるの?」

「……うん。でも、由那の娘見てたら、なんか」

「なんか?」

「逃げ出してる場合じゃないんだ、って、思った」

「うん」

「でも、どうしよう」

「うん?」

「俺、父親になんの? まだ何の覚悟もないまま? 由那が子供の面倒見てるの見てて、大変なんだって思った。赤ん坊って放っときゃ寝るってもんじゃないみたいだし、一日のほとんどが子供中心だし」

「うん」

 由那はのんきな顔で相槌打ってるだけだな、と言われて、なによそれ、と反論したけどすぐにその通りだと思って笑ってしまった。ナナ君もそれを見てゆっくりと微笑む。

「朱音、病院行ってきたって?」

「いや、分からない。検査薬とか使ったのかな、いきなり、妊娠したみたいだから、って言われて」

「生理が遅れてるだけでまだちゃんと調べてないなら、勘違いだったってこともあるから」

「勘違いだったとしてもさ、俺が逃げたことには変わりないよ」

「そうだけど……」

 そうだけど。

 弱く俯いたナナ君の、合わない視線と肉のそうついていない頬から顎にかけてのラインを眺める。手と手は、もう重なってしまっているのだ。見つめ合えば一線を越える。越えることができてしまう、きっと。

 わたしは頭をフル回転させた。

 子供を産んでから、こんなに必死で考えることなんてなにかあっただろうか。もしかしたら、生まれて初めてのフル回転かもしれない。

 そして、わたしはそっと彼の手から、自分の手を離した。

「由那?」

「確認しよう」

「確認って、」

「朱音の勘違いだってこともあるから。本当にきちんと妊娠したってことが分かったら、また考えよう?」

「考えるって、簡単に言うけどさ」

「わたし、彩菜を産む前に流産してるの」

「……えっ、」

 詳しく話す必要なんてないだろうと思ったから、どんな状態でどんな処置で、なんてことまでは言わなかった。あれは女だけが知っていればいい痛みだ。男は知らない方がいい。知っても、どうしようもできないから。その痛みを知るよりは、その痛みで泣いている女を必死でなぐさめてくれる方がいい。

 痛みを無理に分かち合ったり、知って欲しいと望み過ぎると、男と女の溝が生まれる。想像するしかない痛みは、現実のものといくら似ていてもぴったりと合致することはない。そのことに、双方が苛立ってしまうよりは。

「お腹の中に生まれた命が、消えるの。胎動も何もなくて、人間の形もまだ整ってないような命なのに、それがなくなったっていうだけで泣き叫びたいほど動揺したの。地面を踏んで立ってるっていう感覚すらあやふやで、怖かったの。わたしの中で、命が死んだのよ。わたしの外ではなくて。それが、本当に怖かったの」

 ナナ君が顔を上げた。

 わたしは彼の視線を受け止めきれずに、目を逸らした。

「もしも本当に朱音が妊娠していたら、わたしは、産んだほうがいいと思う」

 ナナ君の子だから。

 ナナ君の血が混じる子だから。

 わたしの好きだった、ナナ君。

 今も、好きな、ナナ君。

 でももうわたしはナナ君にわたしをさらって、とは言えない。わたしには小さな娘がいる。わたしはどこにも行かない。行けない、のではなく。わたしは、小さな娘を守らなくてはならない。彼には恋人がいる。朱音。わたしにはなにも言わなかった、ナナ君と付き合っているなんて話はしなかった、彼女はなにも言えなかったのか、言いたくなかったのかは分からないけれど。けれど、ナナ君は彼女のものなのだ。ナナ君に、触れたいと望んでいいのは彼女であって、わたしではない。

 そんなことに、やっと気付くなんて。

 わたしはどれだけ子供だったんだろう。

「……もし、妊娠が、朱音の妊娠が間違いだったとして、そしたら俺、また由那に会いに来るかもしれないよ?」

「ダメ」

「……どうしても?」

「うん、ダメ」

「なに、俺のこと二度も振るの」

「振ってないよ、わたし、ナナ君のこと大好きだし」

 それに一度目に振ったのはわたしではなくてナナ君の方だ。わたしが、振らせたのだとしても。

「だったら、」

「だからこそダメ、もう本当に、わたしはナナ君にばっかり気持ちが行って、彩菜の面倒とかきっと見なくなるもの。ダメ。ここで、わたしは死んだことにして。わたしも、ナナ君は死んだことにするから」

「なんだよそれ、なんで死んだことにしなきゃなんないんだよ」

 死んでいる人は懐かしんで思い出すことがあったとしても、もう触れることができないから。安心していられる。心がいくら占められていても、いつかどこかでやわらかく溶け出して消えていくはずだから。

 ナナ君、と呼んだ声は震えた。

 視界が大きく歪んだ。

 喉の奥から大きな塊がせり上がり、息を詰まらせた。

「ナナ……、」

 子供のように。

 むしろ、赤ん坊のように。

 震える声は叫びになった。

 歪んだ視界は潤んで水の底に沈んだ。

 身体中の血液までも涙に変えて、ひどく醜い嗚咽を漏らしながらわたしは泣いた。

 流れる涙を拭くこともできず、鼻水が垂れるのもどうしようもなく、声を殺そうとして変な風に喉を傷めながら泣くわたしに、やがてナナ君の手が伸びた。彼の手は抱き寄せようともせず、突き放しもせず、ただやわらかくわたしの髪を、撫でてくれた。

 ずるいのは自分だけではなかったと、一瞬でも思ってしまったわたしはまだまだバカのままだ。


 彩菜の泣き声がする、と思ったら、いつの間にかわたしの腕の中にいるのだった。抱いた記憶が曖昧で、そして頭の奥の方がズキンズキンと痛んでいた。目の周りが熱っぽい。泣き過ぎたせいだ。

 ナナ君、と小さく呼んだ声はかすれていて、空気を微かに揺らしただけで響かなかった。

 彼はもういない。

 出て行ってしまった。

 出て、行かせてしまった。

 ほとんどなかった彼の荷物をくるりとまとめて、じゃあね、と出て行ったのはほんの数分前なのか、それとも数時間前のことなのか、すべてが夢だったのか、記憶は曖昧ではっきりしない。

 じゃあね、の言葉が耳に残っていた。

 それ以外は何も言わなかった。

 わたしは娘を抱いたまま、玄関に出る。日が沈みかけているのか、薄暗くなってきているから、外灯をつけなくては。

「……あ、」

 ナナ君が夢でなかった証拠がひとつ、わたしの視線の先にあった。彼が買ってきた、ベビーカー。出産祝いだと思って、と言われたけど、だったらお祝い返しをしなきゃならない。でも、もう彼に会うことはない。会わないだろう。彼が、朱音と続こうと、終わりになろうと。きっと会わない。会うことはない。

 娘を立て抱きにし、お尻の辺りをぽんぽんと軽く叩いてあやす。

 夢のような日々は終わりを告げた。

 きっと、これで終わり。

「抱かれたい、って、泣いて取り乱さなくて良かった……」

 ね、彩菜。 

 わたしはまだむずがった顔のままの娘に声をかける。

「抱かれたいって泣かなくて良かった、本当に良かった。これ以上みっともなくならなくて良かった、後悔なんて、」

 ないのよ、と娘に言い切れなくて、わたしは苦笑する。

 優柔不断な母親でごめんね。

 我儘な母親でごめんね。

 流されっぱなしの母親で、ごめんね。

「もう、ナナ君への恋心はおしまい。自分で言ったんだから」

 玄関の外灯をつけるためのスイッチを押した。

 パチリという音に娘が顔を上げたので、お外の電気がついたよ、と声をかける。彩菜の目は、夫によく似ていた。赤ん坊特有の、白目のところが青味がかっている澄んだ目。まだ世界中のほとんどのことを知らない、無垢な目。

 この子もいつかは恋をする。

 どうかこの子に、わたしのずるい優柔不断が移りませんように。

 彩菜の目を見つめていたら、どこかで携帯電話が鳴った。居間に置きっぱなしになっているんだろう。

 パパかなー、と言うと、娘が笑った気がした。 

 その顔が可愛らしくて、わたしは娘を抱く腕に、祈るのにも似た力をぎゅっと、込めた。

 どうか、わたしがこれからもっと、賢くなれますように。

 どうか、わたしがこれからもっと、強くなれますように。

 この子のためにも。

 自分の、ためにも。

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