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ミアと禁断の創薬レポート 作者:山本 風碧
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9 最初の一歩

 いつしか企画書の提出期限はもう一週間後に迫っていた。だが、何度企画書を書きなおしても、リューガー教授は通してくれない。他の生徒の企画書など一発で通るのに、ミアたちのものだけが通らない。えこひいきの反対は一体なんだろうとミアは苛立ちをつのらせた。
 カフェテリアにいる同級生たちは次々に課題をクリアして、開放的な気分で冬至祭を迎える準備を始めている。冬至祭から始まる短い冬休みには、家に帰ってホームパーティを開くらしい。特に法科のアンジェリカの家で開くパーティーには多数の学友たちが誘われていると噂を聞いた。もちろん、庶民の――それ以前にどうやら反感を買っているミアが誘われるわけはないが。

「ねえねえ、彼を誘ってみたんでしょう? どうだった?」
「それがね……聞いて聞いて!」

 ふと聞き覚えのある声に視線を向けると、そのアンジェリカがちらちらとミアを見ながら、取り巻き達と騒いでいる。だが肝心なところで彼女たちは声を潜めた。
 彼とは誰だろう。

(フェリックスも行くのかな)

 そんな考えが浮かび、ミアは寂しさに苛まれる。評判の悪い、味の薄いスープを飲み干すと、ミアは立ちあがる。
 ホームパーティーなど、ミアには関係ない話。冬至祭も一人寮で過ごす予定だし、まず、住む世界が違うのだ。

(わたしには……計画書があるから!)

 ミアは雑念を払うべく、企画書に取り組んだ。
 そんな中、度重なる企画書棄却に仲間内でも意見が割れだしていた。

 雪が降りしきるその日の放課後、ミア達は図書談話室で企画書を作っていた。部屋にはほとんど人がいない。課題が終われば図書館には用がないのだ。

「既存薬の応用っていう切り口は駄目かな……それだと大分プロセス削られるよね」

 ああでもない、こうでもない、と悩みつつもあくまで薬の開発から離れられないミアに、

「あのさ、とにかく膨大なプロセスがあるってわかったはずだよね? じゃあ削る方向にそろそろ切り替えないと」
「でも、削ったら生成までにはたどり着かない」
「なんでもかんでもやろうとしてやれるわけ無いって、教授も言ってたよね。妥協しないと何もできなくなるよ、それでいいの?」

 と一番の理解者のはずであったヘンリックが薬の作製に異を唱え始め、普段黙っているマティアスは、「今のまんまだと俺にはわけが分からなすぎてつまらない」と退屈が過ぎて会合を欠席し始める始末。今日も魔術の自主訓練をすると言って来ていない。
 唯一ついてきてくれているのはフェリックスだけど、専門外の彼は手持ち無沙汰にしていることが多かった。にこやかな笑顔の下で、不満を抱えていてもおかしくない。
 それでもミアは頑として譲らなかった。譲れなかった。

(だって薬が作れなかったら、わたしがここに来た意味が無い。わたしがやらないと――一刻も早く作らないと――)

 焦燥感がつきまとう。先日リューガー教授に創薬の難しさを聞いてから、想像すると怖くて仕方が無くなる。闇の中に引きずり込まれてしまうような心地になって、寝ても覚めても企画書のことしか考えていない。何が夢で現実なのかわからなくなるくらいだった。
 確かに皆親身になってやってくれている。だけど、フェリックスは貴族でしかも大農園を運営するくらいの資産家、ヘンリックも大きな施療院の跡取り息子だと聞いた。マティアスの出自は知らないけれど、赤い目を見れば、国の宝である魔術師の卵であることは明白で。皆が皆エリートで、ミアだけ場違いに浮いている。

(だから、いくらわたしが訴えてもこの人達には……多分本当・・にはわかってもらえない。みんな、単位が必要だから、こうして付き合ってくれてるだけ……だから本音では早く終わらせて、冬至祭を楽しみたいんだよね。もう、予定だってあるのかもしれないし)

 アンジェリカのニヤニヤとした笑みが眼裏に浮かぶ。薄暗い感情が頭をもたげる。ミアは孤独を必死で噛み殺して顔を上げた。

「教授さえ突破すればいいんだから。わたしがなんとか説得するから、おねがい、このまま進めさせて」

 ミアは彼らの意見をはねつけるようにして背を向けた。
 呆れたような皆のため息が胸に突き刺さった。

「ふうん、結局僕たちは数合わせってわけ?」

 辛辣な言葉にぎくりとして振り返ると、ヘンリックが険しい顔でミアをじっと見つめていた。不信感をにじませた顔に、ミアは息ができなくなる。

「やめろよ、ミアをそんなふうに責めるな。ミアの気持ちがわからないのか」

 フェリックスがヘンリックに掴みかかる。だけどヘンリックはフェリックスを無視している。鋭い目でミアに問いかけるのをやめなかった。

「ちがう。数合わせなんじゃかない」

 ミアはそう訴えるけれど、言葉は力を持たない。どう違うのか自分で説明ができなかったのだ。そこをヘンリックは鋭く衝いた。

「どう違うの? 今の君は一人でやってるのと何も変わらないじゃないか?」

 ミアが答えられずにいると、ヘンリックは口の端ににやっと嫌な笑みを浮かべて立ちあがる。

「どこに行くんだ」
「どうやら今、僕は必要ないみたいだからさ。時間の無駄は嫌いなんだ。医科の課題も大量にあるしさ。気が変わったらまた声をかけてくれる?」

 フェリックスの問いにそれだけ答えると、ヘンリックは談話室を出て行った。

「待って! 単位はどうするの――」
「僕も誰かを数合わせに捕まえるし」

 ミアは追いかけるけれど、ヘンリックの足はとうとう止まることなく男子寮の方へと消えていった。


 ◇


 翌日の学院は一面雪化粧が施されていた。
 陽光に輝く銀世界を抜け、守衛のおじさんに挨拶をし、薬草園に入園すると、ふわっとした空気が冷えきったミアの体を包んだ。まるで春がきたようだ。体がほろほろとほぐれていく。心もほぐれればいい、ミアはそう思う。
 敷地の北西の角に位置する薬草園が、寮から図書館への近道だと知ったのは入学してすぐの事。中央校舎から裏庭を通るのが普通のルート。だがここを通れば、図書館へ最短でたどり着けるのだ。――薬草園に入れる薬科の生徒にしか使えないルートではあるけれど。
 ガラスで出来た近代的な建物の内部には、所々に熱帯の植物が植えられていた。それらが囲むのは大きな真鍮の煙突だ。学院内に張り巡らされたパイプよりもずいぶん大きくて、その分暖かさも段違いだった。上部に開いた穴からは白い蒸気がもうもうと上がって天井と壁のガラスを曇らせている。
 ミアは立ち止まってぼんやりと極彩色の花々を見上げた。
 これらの花にはたいてい毒があるらしい。だが、少量ならば錯乱を治める薬になるとアインツ先生が薬草学の授業で言っていた事を思い出す。そうした効能が既にわかっているものが栽培されていて、薬効を高めるための精製を施す。現在の技術ではそこまでが限界だとも言っていた。新しく有効な薬を見つけるのは、数ある星の中から、生物が住める星を探すくらいに難しいかもしれないと先生は言った。それが妙に鋭く刺さったものだ。先生が、ミアたちの無謀さを静かに諭しているような気がしてならなかったのだ。
 ため息を吐いて今度は下を見ると、蟻が隊列をなして這っていた。

(わかってる。わかってたの。そんなに簡単にできるわけないってことくらい)

 チームからヘンリックが離脱してから一日が経った。最初むきになって彼がいなくても大丈夫だと思い込もうとしたミアだったけれど、いざ企画書を書いてみても、自信が持てるものは書けなかった。書いても書いても独りよがりなものにしか思えない。ヘンリックの冷静な指摘がどれだけ重要だったか思い知った。彼がいなければ、計画書はきっと完成しないだろう。
 謝って頼みたい。もう一度一緒にやってくれと。だけど、今のままのミアが頼んでも、彼は戻ってくれないと思った。彼は気が変わったら、と言った。

(変わらなきゃ……頭を柔らかくして、彼が一緒にやってくれそうな魅力的な提案をしないと)

 カモマイルやセージの植わっている花壇の縁に座り込む。足元をじっと見つめる。少しだけ頭の冷えたミアは、彼の言葉をじっくりと考えた。そして凝り固まっていた頭が少しほぐれると、ヘンリックが言った『妥協』という言葉が、違った意味に思えてきた。
 ミアは何気なく地面を這う蟻を見つめ――そして目を見開いた。蟻は、ミアの足が邪魔なのか、足の周りを迂回して餌を持ち帰っていた。

(そうよ)

 壁にぶつかるよりも、隣をすり抜けたほうが楽なことがある。何でも正面から突破すればいいとは限らない。ミアはまだひよっこで、高く飛べる力がないのだから、遠回りでも行ける道を進まねばならないのだ。
 なにより、大いなる偉業にも、最初の一歩はかならずあるのだ。

(わたしたちの、最初の、一歩)

 じっと考えながら地面を見つめる。蟻はどんどんと餌を運び続け、とうとう彼らの巣にたどり着いた。

(巣――……?)

 ミアは腹の底から湧き上がる衝動を堪えきれず、思わず駆け出した。

(薬を作るのならば、まず病の正体を突き止めなければならない――薬をつくるには、最初の一歩は《病巣》の特定、まずはそこから。《悪魔の爪》は原因不明の難病!)

 そして根本から治癒させるための足がかりにしたい。ミアはテーマを《悪魔の爪》の原因――《病巣》に一瞬で絞った。そして今度こそと教授のところへ向かった。
 ――のだが……


「懲りないな、ミア=バウマン」

 部屋に飛び込んだミアが息継ぎも忘れてテーマを口にすると、彼――リューガー教授は、ふ、と嬉しそうに笑った。

「君はまず薬の役割を勘違いしている。薬というものは万全ではない。薬では根本治癒などできないんだ。狂った体内バランスを整える役割を果たすだけなんだよ。病気を治すのは人間の自然治癒能力でしかなく、薬は手助けをするだけだ。風邪薬だって、発汗作用を促して熱を下げたり、鼻の粘膜の過敏さをおさえたりするだけだし……かの《天使の涙》でも、精神を安定させて発症を抑える作用しかないんだから。だいたい、病巣の特定というけれど、一介の学生がどうやって《悪魔の爪》を調べる気だ。君もよく知っているだろうが、罹患者は隔離されていて、特定の免許を持つ医師しか診察できない。それが法で定められていることは、君ならよく知っているだろう。私たちは学院から犯罪者を出すわけにいかない。全力で妨害するよ」

「じゃあ一体どうすればいいんですか!? 薬を作りたいと言ったら話にならないとおっしゃるし、狭めて病自体を調べると言えば、無理で無駄だとおっしゃる。教授は――そこまでわたしのことを妨害したいんですか!?」

 教授はやれやれとため息を吐く。

「私は、もっと考えろと言っているだけだが」
「充分考えています!」
「そうか。それで考えていると言うなら、才能自体がない。もう諦めろ。私は忙しい。もう出て行け」

 質問にも答えてもらえず、ミアは教授室をつまみ出されそうになるが、最後のあがきで叩きつけるように言った。

「また来ます! 今度こそ、認めさせてやりますから……!」
「せいぜい頑張れ」

 ぴしゃりと鼻先で扉を閉じられ、ミアはぎりと唇を噛みしめた。

「なんなの、ほんとに。何か恨みでもあるの、わたしに!?」

 そもそも教授はミアがなにをやっても妨害するような気がした。
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