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短編 恋愛

言えなかった、愛してる

作者:守野 伊音
 言いたかった言葉がある。言えなかった言葉がある。
 言うべきだったのか、言わなくてよかったのかは、今でも分からない。
 分からないまま、ずっとずっと、その言葉を身の内で抱えている。


 伝える相手を失った言葉は、ぐるぐるぐるぐる、ずっと、私の中で泣いていた。




 初恋は、きっとありきたり。
 私は、年の離れた兄の友達、ディノスに恋をした。
 初めて会った時、彼は十六歳で、私は五歳。子ども扱いしかしてもらえなかったのは当たり前だ。けれど、年下の特権でよく可愛がってもらった。一緒に遊んでもらったし、兄と二人で楽しそうに話している所にお茶を持っていったら膝に乗せて混ぜてくれた。
 兄と彼は学校の友達で、後で知ったことだが、ディノスはかなり身分ある貴族だった。
 将来的には国政に関わっていくほどの身分だったのに、本人の意思で平民と下位の貴族が入り乱れる学校を選んだという、ちょっと変わり者だ。
 しがない大工の息子とどうやって仲良くなったのか不思議だったけれど、あの頃はそんなこと全く分からず、ただ大好きな兄のお友達のお兄さんが遊びに来てるなと思っていた。

 その頃の私はディノスのことを、よく甘いお菓子を持ってきてくれる優しいお兄さんとだけ認識していた。
 でも、優しいし、抱っこをねだってもおんぶをねだっても、全部にこにこと叶えてくれるし、飴はいつもくれるし、誕生日じゃないのにぬいぐるみや可愛いリボンをくれるお兄さんが大好きだった。……決して、物欲の権化ではない。
 ぬいぐるみは鰐や鮫や猪といった、一風変わったものだったけれど、手触りがとてもよかったので私は大満足だった。
『妹が欲しかったんだ』
 そう言って、いつも可愛がってくれる大好きなお兄さんから淡い恋心へと移行したのは、私が六歳の時だった。


 あの日私は、近所の男の子にいじめられて、泣きながら家に帰った。
 誕生日だったから、その年から通い始めた学校に、いつも大切にしまっていた彼から貰った可愛いリボンをつけて行ったのだ。すると、近所でも評判の悪がきの大将だった男の子が目敏くそれを見つけて、毟り取られた。
 泣いて抗議して何とか取り返そうとしたけれど、身体の大きな男の子にはあっさり負けてしまった。いつもより可愛い服を着て、髪も綺麗にしてもらってまるでお姫様みたいな気分で学校に行った私は、帰宅する頃には泥だらけで、ぼろぼろになって家に帰ったのである。
 帰宅したら、学校が休みだった兄と、遊びに来ていたディノスが飛び上がって驚いた。
 泣きじゃくりながら一所懸命説明すると、彼と兄は、泥だらけの私をお風呂に入れ、綺麗な着替えを用意して、傷の手当てをしてくれた。
 お風呂から出ても泣きやまない私を、ディノスは優しい声で呼んだ。

「おいで、リア。もう一度お姫様にしてあげる」

 そう言って、私の髪を丁寧に結ってくれた。普段は何でもそつなくこなしてしまう彼が、集中して、必死な顔で大事に大事に結ってくれる姿を見て、私はようやく泣きやんだ。
「今日はこれを渡しに来たんだよ。可愛いリア、お誕生日おめでとう」
 そう言ってプレゼントしてくれた大きな豚のぬいぐるみに、ぎゅうぎゅう抱きついていると、兄と彼は彼が持ってきてくれたマシュマロを溶かしたホットチョコレートを私に渡して、留守番しているように言った。きょとんと見上げていると、にっこりと同じ笑顔を返して、家を飛び出していった。


 私をいじめた男の子にも兄がいて、その人は兄と彼と同じ学校だったと後で聞いた。その人も弟と同じく、悪がき集団を牛耳っていたとも。
 帰ってきた兄と彼は、私よりも何倍もぼろぼろになって帰ってきて、私を再び大泣きさせた。両親は肩を竦めて風呂を指しただけだったが。
「はい、これ」
 鼻血を啜りながら、腫れた頬で笑って手渡してくれたのは私のリボンで、私は両手でそれを受け取って、三度泣いた。
「え、ちょっと、俺は!?」
 鼻血を啜りながら、ポケットで引っかかったもう片方のリボンを握り締めた兄が寂しそうに項垂れたので、お兄ちゃんありがとうと抱きついたら呻かれた。どうやら肋骨が折れていたらしい。お兄ちゃん、ごめんね。
 遅くなったからと泊まっていった彼と兄の間に挟まれて眠った私は、とても幸せだった。




 淡い恋心と憧れを、はっきり恋だと自覚したのは十歳の時だ。

 彼に、恋人が出来たのだ。
 正確には今までもいたらしいのだが、私がその姿を見ることはなかったし、成人しても結構な頻度でうちに遊びに来ていたので全く気付かなかったのだ。

 その日の私は、ちょっとだけ浮かれていた。生まれて初めてラブレターというものを貰ったのだ。くれたのは二つ年長の男の子で、周り中から良いなぁと言われたのでかっこよかったのかもしれない。
 少し大人になった気分で帰宅していた私の前で、女性と腕を組んで歩く彼を見た時の衝撃は今でも覚えている。
 うちにくるよりちょっといい服で、騎士服着てお仕事している時よりは少し楽な髪形をして、綺麗な帽子をかぶった女性と笑っていた。大きなつばが広がった上に、まるで蝶々みたいなレースがひらひらと舞う美しい帽子だった。
 その頃には貴族と平民の違いが分かっていた私は、今まで彼はこんな下町でデートなんてしなかっただけで、普通に女性と付き合っていたのだとようやく気が付いたのだ。
 呆然と立ち尽くした私に気付いた彼が、いつもと同じ優しい笑顔を浮かべて声をかけてくれたのに、私は弾かれたように駆け出して家に飛び込み、ベッドの中で泣き腫らした。
 これは恋だと自覚した。
 自覚した瞬間爆散した恋心の始末をつけられなくて、夕飯の時間になっても降りていけなかった。
 お腹が空いてきた自分も情けなかったし、泣きすぎてどうしようもなくなったのも困ったけれど、一番困ったのは私の布団の上から降る優しい声だ。

「どうしたんだ、リア? 何か嫌な事があったのか? 学校で何かあったのか?」

 下っ端だけど騎士となった兄は夜勤で、父と母は親戚の人に不幸があって遠出中である。つまり、ここにいるのは、豪胆な両親に貴族なのに一晩留守番を頼まれて、尚且つあっさり引き受けたディノスだ。
 あの後すぐに追いかけてきてくれた彼に一言も返事をせず、部屋で泣き明かしている私を彼はちっとも放ってくれない。
「リア? どこか痛いわけではないんだよな?」
 泣きすぎて頭が痛いよ。噛みすぎて鼻が痛いよ。擦りすぎて目元も痛いよ。
 何より、胸が痛くてたまらないよ、ディノス。
 心配でたまらないといった声がずっと降ってきて、私は布団の中で盛大に鼻を啜った。
 学校で今流行っている恋愛小説は言った。好きな相手の幸せを願えるのが愛だと。だったら、自分のことで彼を煩わせてはならないと、私は思った。
「なんでもない……」
 ようやく布団から出てきた私に、ディノスは見るからにほっとした顔をしたけれど、なんでもないはずがないのは丸分かりだろう。
「リア……昔は何でも話してくれたけれど…………リアも大人になったんだな。少し、寂しいけれど、そういうものなんだろうな」
 少し困った顔で頭を撫でられて、ずびっと鼻を鳴らす。そうだよ、大人になったんだよ。

 だって、あなたが好きなんだよ。

 なんて言えるはずもない。大きな背中がしょんぼりして、私の顔を冷やすための濡れタオルを取りに行こうとしていて、ずきりと胸が痛んだ。
「あのね……」
「何だ!?」
 ばっと振り返った彼に、私は今までずっと放り出していた鞄から手紙を取り出した。
「ラブレターもらったの」
「え」
「でもね、私ね、失恋しちゃったの」
「え」
「好きな人からは好きになってもらえないのに、知らない人からは好きになってもらえるって、不思議だね」
 ずびっと鼻を啜って笑うと、彼は何とも言えない顔をした。なんというか、ショックを受けたような、感慨深いような、本当に何とも言えない顔だった。
「ちょ、ちょっと待て。リョク、リョクと相談してから……」
 リョクとは私の兄だ。
 ふらふらと立ち上がったディノスの背中の服を慌てて掴む。
「お兄ちゃんは今日夜勤だよ!」
「いや……大丈夫だ、リア。安心しろ。俺とリョクがきっとリアの夢を叶えて…………いや待て、まずはそのラブレターだ。どんな奴からだ。俺とリョクより強くて稼ぎがいい奴じゃないと認めないと、俺達は常々話しあってだな」
「大丈夫だから! それと、ディノスとお兄ちゃんより強い人はそんなにいないよ! それに、貴族より稼ぎのある初等部ってこわいよ!」
 いつもしっかりしているディノスが、あまりにもよれよれになってしまったので、逆に私が立ち直ってしまった。
 そして、お兄ちゃんとディノスは、常々何を話し合っているのだろう。

「で、でも、リア。本当に大丈夫なのか?」
「うん」
 おろおろと両手を彷徨わせているディノスは、私を妹みたいに可愛がってくれている。私がディノスを好きだなんて、夢にも思わないだろう。だって私は十一歳も年下なのだから。私が今まで生きてきた時間を全部足しても、まだ足りないくらいの歳の差だ。
 それでも、ディノスは私をこんなにも気にかけてくれている。たぶん、今はそれで充分なのだ。
「大丈夫、ディノス。ありがとう」
 ぐいっと涙を擦って、ディノスの頬にキスをする。ディノスもそっと返してくれた。これで、充分だ。
「あのね、ディノス。私ね、お誕生日にほしいもの決まった」
「何でもいいよ。何でも、何個でも贈るから!」
 私がごしごし擦る目元を慌てて冷やそうとして、まだ濡れタオルを用意していなかったことを思い出したディノスは、慌てて部屋から出て行った。
「私ね、帽子がいい」
「え!? 何て言ったんだ!?」
 階下から大声で聞き返されて、私はぎゅっと布団を握った。
 絶対いつか、あの人みたいに帽子が似合う大人の女性になるから、それまで待っててね、ディノス。
 ばたばたと階段を駆け上がってきたディノスが見たのは、詰まった鼻なのに鼻息を荒くした私が、ティッシュの山をゴミ箱に放り込んだ姿だった。



 後日、私は彼が恋人と別れたことを兄から聞いた。何でもあの日は恋人の誕生日で、夜はうちに泊まる予定だからとせめて夕方までの時間をデートに当てていたのに、私が泣いて逃げてしまったのを追ってきてくれたからだ。
 確かにこれから頑張ろうと思っていたが、そんな形で彼を別れさせてしまうなんてと私はひどく狼狽して、結局泣きじゃくりながら彼を出迎えてしまった。夕飯を食べに来た彼は、私が大泣きしながら「ごべんねごべんね」と鼻水をつけてきたので、それは驚いたことだろう。
 しゃくり上げる私から根気よく話を聞き出した彼は、なんだそんなことかと拍子抜けした顔をした。
「そんなことって!」
「俺がそうしたかったんだから、リアは何も気にしなくてもいいのに」
「だって……」
「そんなことより、今度休みを取れたから帽子を買いに行こうな。リアの蜂蜜色の髪に似合う、可愛いのを選ぼう。リアは本当に綺麗な髪をしているな。うん、可愛い」
 くしゃりと頭を撫でられて、私は再度決意した。頑張ろうと。


 帽子は彼に選んでもらった。お花の飾りがついた、丸い帽子だ。とても可愛かったし、先日までの私だったら嬉しさのあまり飛び跳ねていたことだろう。
だが、今の私はじっとその帽子を見つめる。お店の前に飾られているような、ひらひらとした帽子は見向きもされなかったのだ。つまり、今の私にはこれがお似合いだということである。目標はまだ遠い。
「リ、リア? 気に入らなかったか?」
 おろおろと別の帽子を探そうとしているディノスに、私は帽子をかぶってくるりと回る。ディノス、私頑張るから、あの帽子が似合うようになったら褒めてね!
「ディノス、似合う?」
「似合う。すごく可愛い。まるでお姫様だ」
 私は、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「ありがとう、ディノス! 大事にするね!」
 嬉しそうに笑ってくれた彼を見ることが出来た私は、とても幸せだったのである。


 しかしその後、好きな人はどんな相手なのか探ろうとする兄とディノスの攻勢に辟易することになるとは夢にも思わなかった。
 あまりにもしつこいから、大雑把な特徴だけは話してしまったことがある。

「えっと、すごく年上の人だよ」
 ここでまず、二人は渋い顔をした。

「いつも優しくてにこにこしてて、運動もできて、あ、お勉強も教えてくれるし、凄い人」
「そんな完璧な人間いるもんか。絶対裏では何か企んでるぞ。腹黒だ、腹黒」
 その腹黒はあなたですよと言いたい。

「…………髪型かえたら、似合うねって褒めてくれるもん。可愛いって言ってくれるもん。あ、いつもお菓子くれる!」
「そんなどこをどうとっても怪しい男駄目だ! 寧ろどこのどいつだそれは! 俺が取り締まってやる!」
 そのどこをどうとっても怪しい男は、あなたの親友ですよと言いたい。

 けれど私はぐっと堪えて、大人の女を目指すべく、つんっとそっぽを向くにとどめたのである。




 十一歳の誕生日、私はお祝いにきてくれたディノスの為に一所懸命ケーキを焼いた。
 自分の誕生日なんだから座ってなさいと言う母に頼み込み、いま思い出すと邪魔をしているとしか思えない精度で台所に立ったのだ。
 結果は惨敗。お誕生日だからとおまけしてくれた果物を上に山積みにして何とか体裁を保った形だった。
 しょんぼりして蝋燭を吹き消した私の前で、ディノスは美味しい美味しいとぺろりとたいらげてくれた。おかわりとクリームのついた頬で笑うから、私は嬉しくて笑ってしまった。
 ぷるぷる震える手でケーキを切り分けて彼のお皿に盛る。やり遂げたと一息ついた視界の端で、ずっと待っていた兄のお皿が悲しげに揺れていたのに気付く。ぷるぷる再びで頑張ったが、二度目はべちゃりと倒れた。
 ごめんね、お兄ちゃん。



 十二歳。
 私は学校の課題で出たハンカチの刺繍に悪戦苦闘していた。
 いつもお世話になっている人に渡しましょうと先生が言った瞬間、ぽんっと浮かんだ私は、張り切った。それはもう一瞬で、先生が見せてくれたお手本のような刺繍をちょちょいと縫い上げて彼に渡し、『凄い!』『頑張ったね!』『なんて上手なんだ!』『いつのまにこんなに素晴らしい女の子に!』みたいに褒め称えてくれるまでを流れるように想像した。
 ……そこまでではないにしても、嬉しそうに笑って頭を撫でてくれる彼を見たいと思ったのだ。

 そこから始まる地獄の日々。一針縫うまでに三回刺す。血染めの刺繍劇が幕を開けたのである。
 結果は惨敗。先生を恐怖させるハンカチが出来上がり、再提出を申し付けようにも、包帯が満員になっている私の手を見て、そっと丸をくれた。
 再度挑む決意を胸に、ハンカチは燃やした。
 歴戦の勇者のようになってしまった私の手は、兄とディノスを大いに動揺させ、その原因追及の質問責めが始まる。
「女の戦いは厳しいんだよ」
 真面目な顔でそう答えておいた。後で母が、渋かったよあんたと褒めてくれたが、私が目指しているのは大人の女だ。目指す方向を間違えかけて、慌てて戻ってきた。




 十三歳。
 女性と腕を組んで歩く彼を再度見かけた。以前とは違う人だったけれど、やっぱり綺麗な帽子をかぶっていた。ぼんぼんが横についた帽子が可愛いと踊っている場合ではなかったと涙を噛み締め、止まっていた刺繍を完成させようと針を持つ。
 そうして決意を新たに出来上がったハンカチは、燃やした。
 血染め再びである。




 十四歳。
 遅くなってしまった帰り道で、つい近道にと裏通りを通ったのがいけなかった。
 私は、変な人に追いかけられた。怖くて怖くて、何度も後ろを振り向きながら走っていたら、縺れた自分の足で転んでしまう。
 私と同じくらい荒い息をした男の人が追いついてくる。目の前が真っ赤になるくらい心臓が激しく動いて、泣きたいのか吐きたいのか分からないくらい怖かった。
 悲鳴も出なくて、ただ見上げるしかできない私に伸びてきた手が、真横にぶれた。
 一瞬、自分の目がおかしくなったのかと思ったが、次いで男の身体が鈍い音で壁に叩きつけられたのを見て、それが真横に吹き飛んだのだと理解する。
「リア!」
 真っ青な顔で私を抱き起してくれたディノスに、襲われた恐怖や衝撃よりも、ただただ惚れ直した私を現金と言わないでほしい。恋する乙女とはそんなものなのである。
 その後、暗い道は通らないと何度も何度も誓約させられ、しばらくの間は兄かディノスが送り迎えをしてくれた。兄はともかく、ディノスには本当に申し訳なかったと思う。
 あ、お兄ちゃんありがとう。



 十五歳になった年、私は少し浮かれていた。
 今年から、町のダンスパーティに出られるのだ。パーティは夜だから、十五歳からじゃないと出られないのだ。そして、未婚の男女だけなのである。
 クラスメイト達もうきうきしていて、どんなドレスを買ったか、色をお揃いにしようとか、逆に重ならないようにしようとか、毎日情報交換で忙しい。

 私はお母さんに縫ってもらった。それはもううるさく注文を付けて、本当にうるさがられた。だってお母さんは、子どもっぽいデザインばかりしようとする。大人っぽくしてと何度も言っていると、うるさそうに私を追い払っていたお母さんの指がぴたりと止まった。何だろうと思ったら、にんまり笑う。実の娘ながら、距離を置きたくなる人相の悪さだった。
「あんた、パーティに好きな人くるの?」
「…………うん」
 少し迷ったけれど素直に答えたら、ちょっと意外な顔をされたけれど、お母さんは何も言わずに少し大人っぽいデザインで作ってくれた。あんまり大人っぽすぎると、逆に着られている感じになって子どもっぽく見えてしまうのだそうだ。
 ありがとう、お母さんと、本当に嬉しくて何度も何度もそう言ったら、お母さんも照れくさそうに頬を掻いた。
「あたしも、昔そうやって母さんにねだったからね。あんたも娘に縫ってやりな」
「うん!」
「だから、裁縫練習しなさい。五針縫う間に三回指刺してる場合じゃないよ」
「はい…………」
 一針縫う間に三回刺してた頃よりは成長してるもん……。
 ドレスは結局、桃色になった。大人っぽい紫とかがいいと言い募ったが、「今しか着られない色を着こなすのがいい女よ」と言われて納得した。


 ふわりとしているのに、腰の部分がきゅっと大きなリボンで絞られたドレスを思い浮かべてうきうきと帰宅していると、横からいきなり声をかけられた。
「お前、踊るやつ決まったのか?」
「わあ!」
 びっくりして鞄を落としてしまったが、相手も私の悲鳴に驚いたのか段差を落ちる。
 声をかけてきたのはパウルだった。昔、私のリボンを取った男の子である。
 あれからも、スカートをめくってきたり、虫を投げてきたり、髪の毛引っ張ったり、意地悪ばかりしてきた。なので、あんまりそういう事をしなくなった今でも、私は彼が苦手だ。
「な、なに」
「踊るやつ。パーティ!」
「お兄ちゃんと行く」
 ダンスパーティだから、パートナーを連れていく人が多い。勿論、会場内でパートナーを探す人も多いので、半々だけど。
 私は、その日お仕事休みの……お仕事の休みを取ったお兄ちゃんと行く予定だ。
パウルは何だか身体を左右に揺すっていた。怖い。
「へ、へっ! 色気のねぇやつ! あのお貴族様とか誘ってもお前なんか断られたんだろ!」
「あ、ディノスはね、後から来るって!」
 途中から合流すると言っていたから、とびっきりおしゃれして、大人っぽくなったねって言わせるのだ!
 気合を入れていると、パウルはぐっと呻いた。怖い。
「へ、へぇ! そんなこと聞いてねぇよ! じゃあな!」
「え、うん。ばいばい」
 何だったんだろう。
 肩を怒らせて帰っていくパウルの背中を見送って、私は首を傾げた。何はともあれ、髪の毛引っ張られなくてよかった。あれ、痛いんだ。


 ダンスパーティ当日、髪型から後ろ姿まで、うるさく何度も何度も確認した私に根気よく付き合ってくれたお母さんに見送られて、会場までやってきた。
 私は、興奮のあまり昨夜眠れなかったのと、朝からはしゃぎ続けで、兄と二曲踊ったら疲れてしまったので隅の椅子に座って彼を待つ。
 お母さんの助言で、何回か履いて慣らしておいたおかげで、新しい靴でも靴擦れを起こさずに済んだ。皆がくるくる回って楽しそうに笑っているのを見ながら、私も楽しくなっていると目の前に飲み物が差し出された。兄が戻ってきたのかと思って顔を上げると、見慣れた笑顔が私を見下ろしている。

「ディノス!」
「遅くなってごめんな、リア」

 私は嬉しくなって立ち上がり、ディノスにドレスを見せるべくくるりと回ったところで気が付いた。年上のお姉さん達はこんな風じゃなくて、ちょっと裾を持ってふわりと礼をしていた。子どもっぽいことをしてしまっただろうか。
 返らない反応に不安になって恐る恐る見上げると、ディノスは凄く優しい顔をしていた。
「え、えっと、似合う?」
「可愛いよ、リア」
「大人っぽい?」
「とっても」
 それはたぶんお世辞だろう。だってこの会場だけ見ても、私が子どもにしか見えないくらい大人っぽい女の人がいっぱいいる。貴族である彼は、もっともっとたくさん綺麗な人を見てきているはずだ。
 それでも、嬉しかった。
「へへ」
 頬が赤くなるのが自分でも分かる。
 嬉しくて合わせていた私の手を取って、ディノスは地面に膝をついた。びっくりしていると、その手に優しくキスが降る。
「可愛いリア、俺と踊って頂けますか?」
「喜んで!」
 ぴょんっと飛び跳ねてしまってまた後悔。
 大人っぽく、大人っぽくと自分に言い聞かせて、静かに彼の手を取り踊りの輪に加わった。

 夢のようだった。いつもとは全く違う熱気が渦巻く夜の時間に、ディノスと二人でくるくるくるくる回って、私がちょっとたたらを踏んでしまうと彼が優しい顔で笑ってくれる。


 何曲踊ったかも分からないくらい踊った頃、彼が少し休もうとふらつく私の手を取って椅子に座らせてくれた。
 冷たい飲み物を飲んでも、まだどきどきと火照る身体を持て余していると、ディノスも少し汗をかいていた。そして、申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん、疲れただろう」
「……楽しかった?」
「凄く。結果、加減を忘れました。ごめんなさい」
 ぺこりと下げられた頭に、私は思わず嬉しくなった。だって、いつだって大人で、私を諌める側だった彼が楽しかったと、私といて年上の余裕を忘れるくらい楽しかったと言ってくれたのだ。これが嬉しくなくてなんだというのだろう。


 私ももう十五歳。このお祭りに出られるような年になった。
 そして、今はお母さんが作ってくれた可愛いドレス。隣にはディノス。
 ねえ、ディノス。私はまだ子どもかな。年齢差は縮まらないけれど、私はちゃんと大人になれているかな。
 穏やかな顔で踊る人達を見ている横顔を見上げて、私はきゅっと唇を噛み締めた。
 好きだよと、言いたい。ちゃんと伝えたい。まだ早いだろうか。でも、いつなら早くないのだろうか。いつなら遅くなってしまわないだろうか。
 言ったら、何かは終わってしまうだろう。でも、言わないと始まらない。言ってしまったら、きっと気まずくなるだろうけれど、ディノスは兄の親友だ。きっと足が遠のいたり、もう会えなくなってしまうことはないだろうと、ちょっとずるい打算もある。
 お母さんが縫ってくれたドレス。
 お母さんが塗ってくれた淡い紅。
 お兄ちゃんがくれたイヤリング。
 ディノスが好きだと言ってくれてから、丁寧に丁寧に伸ばした長い髪。
 ディノスがくれたリボンとネックレス。
 一目ぼれして買った、先が少し尖ってきらきらした靴。

 その全てに背を押され、私は決意した。
 いつの間にか握りしめていた両手は汗ばんでいて、そろりと開くと夜風が冷やしてくれる。
「ディ」
「ああ、落ち着く……」
 ちょうど声が重なってしまい、私は口を噤む。喧噪で掻き消されたらしい私の声に、ディノスは気づいていない。
 いつもより少しゆったりとした動作で私を向いて、ふわりと笑った。きゅんとした。
「やっぱり、リア達といると落ち着く。煩わしいことも、胸が黒くなるような思いをすることもない……いいな、ここは」
 長い息を吐いて少し瞼を伏せたディノスに驚く。疲れているのだと一目で分かるからだ。弱った姿を見せてくれたことなんて一度もなかった。
「い、そがしいの?」
 頼りにされているようで嬉しかったのに、私は少し引き攣った声しか出せなかった。だって、そんなこと言われたら、飲み込むしかない言葉があるのだ。
「ああ……色々、な。ごめん、リア。しばらく来られなくなるかもしれない」
 じわりと滲んできた涙を必死に飲み込む。笑わなきゃ駄目だ。せっかく、初めてディノスが私に弱さを見せてくれたのだから。
「そ、そっか。忙しいんならしかたないよ。大丈夫だよ、ディノス。私も、お兄ちゃんも、変わらないよ。ちょっと来られないくらいで変わったりしない。ディノスがきてくれるのを、ちゃんと待ってるよ。あ、でも、無理しないでね!」
 泣きたい。でも、笑いたい。
 疲れたディノスが、しばらく来られないって言っているのに、見送る私の記憶が笑顔じゃないなんて嫌だ。
「ありがとう」
 にこにこ笑っている私の頭を、いつもみたいに撫でようとしたディノスの手がぴたりと止まる。少し躊躇って、結局掌を閉じて苦笑した。
「せっかく可愛くしているのに、崩すわけにはいかないな」
 私は慌てて両手でその手を取った。
「ディノスならいいよ!」
「こら、そういうこと簡単に言ったら駄目だろ」
 怒られた。別に……簡単じゃないのに。
 しょんぼりと肩を落とした私の肩をぽんぽん叩いて励ましてくれるディノスの手に、やっぱり滲みそうになった涙を我慢する。
 ……言いたかったな。
 でも、煩わせたくない。せめて、今日くらいは、ここでくらいは。いまこんなにも穏やかに笑っているディノスの顔を曇らせたくない。
 きゅっと唇を噛み締めると、紅の味がした。匂いと同じ味だった。


 周りの人達はくるくるくるくる楽しそう。影も一緒にくるくるしてる。
 ディノスと二人で何でもない話をして、何でもないことで笑う。
 そんな私達の後ろが急に騒がしくなる。首を傾げながら振り向くと、パウルとお兄ちゃんが遊んでいた。パウルの首に後ろから回した腕を一周させたお兄ちゃん。……締まってないのかな、あれ。
「くそ! またあんた邪魔しやがって! たまには協力してくれてもいいだろ!」
「は! 俺を味方だと勘違いしてやがるのか? 俺はお前の越えるべき壁だ!」
 歯噛みするパウルを解放したお兄ちゃんは、どんっと自分の胸を叩いた。
「だが、越えさせる気は欠片もない!」
「そこは越えさせろよ!」
「ふははははははは!」
「悪役かよ!」
 ぽんぽんと掛け合いを続ける二人を見ていたが、ふと視線を感じてそっちを見る。
 ディノスが目を細めて私を見ていた。
 その眼がとっても優しかったから、私も笑った。
 願わくば、ディノスみたいに綺麗に笑えているといいな。


 十五歳の夜は、幸せで、ふわふわして、美しく、少し苦しい思い出として残っている。
 しかし、私は知らなかった。
 この年が、憂いなく過ごせる最後の年だったのだと。




 十六歳になって少しした頃から、様子がおかしくなった。
 みんな溜息ばかりで、集まれば眉間に皺を寄せて「……が上がって」「また?」「……で、強盗が」「最近多いわね」そんな話題ばかりだ。
 行き交う人々の間に笑顔は少なく、みんな俯いて足早に歩いていく。店先では客のみならず店主まで困り顔の顰め面。
 王様がおかしいという噂だ。王直属の憲兵も横暴になり、城下町であるここは真っ先にその煽りを食った。ディノスが忙しいのもそのせいだろう。ディノスのお父さんは、大臣だそうだ。本当に偉かった。びっくりした。
 ディノスには、最近、本当に会えない。
「せっかく、上手にできたのになぁ……」
 血染めの惨劇から始まり、もう四年。
 少々つっぱってはいるものの、なんとか形になったハンカチはずっと私の部屋で眠っている。正直、ラッピングの方が綺麗だけれど気にしない。
 ハンカチを渡す時、告白しようと決めている。それから一度も会えないので挫けそうだが、苦節六年。淡い思いだったらきっと出会った時から。大事に大事に育ててきたこの想いは、伝えなければ私の恋心が可哀想だ。



「ただい」
 ため息をつきながら開けた扉の先に、正にいま考えていた人の姿があった。
「ま――……」
 間抜けに語尾を伸ばしながら、扉を閉めてしまう。
 え、あれ? ディノスがいた? 夢? 白昼堂々と幻を見てしまうほどディノスが恋しいのか、私。……恋しいけど。
 もう一度そろりと中を窺うと、さっきと同じ位置で、こっちに向かって片手を上げたまま固まったディノスがいた。あ、夢じゃない。
 嬉しくて思わず飛びついてしまった。
 ディノスは、止めていたらしい息を一気に吐く。
「…………忘れられたかと」
「びっくりしちゃったんだってば!」
「そうか」
 ぎゅうぎゅう抱きついて、いらっしゃい、久しぶりだねとぴょんぴょん飛び跳ねている私の頭を、くしゃりと撫でてディノスは笑った。
「俺も、いるんだけどなぁ…………」
 あ、お兄ちゃんただいま。


 夕飯は食べていける? 私作るねと張り切って腕捲りをする。
 とりあえず酒だと笑う兄に頼まれてぱたぱた準備していた私は、聞こえてきた会話に足を止めた。

「ウドュメン卿の令嬢と結婚が決まったそうだ」
「そうだって……自分のことだろ」

 心臓が脈打った。ただの世間話だと自分に言い聞かせていたのに、兄の言葉がそれを否定する。

「今は、跡目争いで諍い合っている場合ではないからな。第一王子後見ウドュメン卿と、第二王子後見の我が家との結束を強める予定だ」
「んな、他人事みてぇに言うなよ」
「婚姻なんてこんなものだろ?」
「お前はいいのかよ」
「いいも何も、今はこれが最良だ。これが国の為、引いてはお前達の為になるのなら、俺は諸手を上げて喜ぶぞ。結婚なんて、利益があるからするものだろう」
 そこまでが限界だった。力の抜けた私の手からグラスが滑り落ちる。薄硝子のグラスは軽く澄んだ音で粉々に砕け散った。ディノスがくれた、雨を形にしたような綺麗な青いグラスだったのに。
 音に驚いた二人は、私を見て慌てて近寄ってくる。
「リア?」
「どうしたんだ、真っ青だぞ」
 心配そうに覗き込んでくる二人が一歩近づくたびに、私は下がる。グラスの破片がしゃらしゃら音を当てて床と擦れ合う。
 息が上手く吸えなくて必死に呼吸をするのに、息が冷たく凍りついたみたいに身体にいきわたらない。
「リア?」
 優しい声が私を呼ぶ。いつもなら幸せでふわふわした。身体の内側から温かさが溢れだしてくる。
 でも、今は。
 溢れだした涙を止められない。せめて見られたくなくて、私は片づけもせずに自分の部屋に飛び込んだ。


「リア……リア、リーア?」
 頭から布団をかぶって潜り込んだ私の上に、昔と変わらない声が降る。
 彼に子ども扱いされたくなくて、必死に背伸びしてきた数年を一気に逆戻りさせてしまったかもしれない。分かっていても、彼の顔が見られないのだ。
 ぴくりとも動けない私を、ディノスは一所懸命励まそうとしてくれた。
 まったく、見当違いな方向で。
「リアは大丈夫だから。な?」
 彼は、結婚に一番夢見る年頃の私に、愛のない結婚を聞かせてしまったと謝る。自分はたまたまそうだったけれど、私はちゃんと好きな人と幸せな結婚すると必死に言い募る。
 全く以って見当違いな慰めだ。
 私は勢いよく布団を跳ね飛ばし、胸倉を掴む勢いで詰め寄った。
「私は!」
 しかし、勢いはすぐにしぼむ。間近で見たディノスは、疲れ切った顔をしていた。大変な思いをして、国を良くしようとしているのだ。それなのに、私が我儘を言って困らせたくはない。
 唇を噛んで、言いたかったこと全てを飲み込む。
 駄目だ。
 困らせる為に好きになったんじゃない。ディノスを苦しめる為に、想いを育ててきたわけじゃない。肺が空っぽになるまで深く息を吐く。
 だけど、これだけは伝えさせてほしい。

「ディノス」
 私が泣いているのは、怒っているのは、結婚の現実を見てしまったからではない。
「私は、貴方に、幸せになってほしい」
「リア……」
「ディノスが幸せになれないのは、やだぁ!」
 大人っぽくなりたかった。子ども扱いされたくなかった。彼に釣り合える自分になりたくてずっと努力してきたのに、今の私はまるで子どもが駄々をこねるみたいに彼を困らせている。
 わんわん泣いてしがみつく私を、ディノスは深く抱きしめた。いつだってディノスは大きい。いつだって、私をすっぽり抱きかかえてしまうほどだ。変わったのは、私の腕が彼の背に回るくらい長くなったことだろう。
「ありがとう……リア…………」
 泣き喚くだけの私はディノスに何もしてあげられないのに、ディノスは幸せそうに笑ってくれた。そんな自分が情けなくて余計に泣いてしまったのに、ディノスは私が泣きやむまでずっと抱きしめてくれていた。




 そうして私は十七歳になった。
 これが、彼と過ごした最後の年になると、想像もしていなかった。


 私は必死に走っていた。
 三か月前からパウルの家が元締めの商店で、雇ってもらった売り子の仕事を終えてすぐに家まで走りだした。お客さんから聞いてしまったのだ。
 ディノスは来月結婚する。私は泣いて泣いて、伝えられなかった恋心を全部涙で流してしまおうと必死に泣いて、次にディノスと会えた時、ちゃんと笑えるように頑張ってきた。
 なのに、今日聞いた話はとんでもないものだった。

 王が突然、第一王子に王位を渡したのだ。
 そして、第二王子は王位を簒奪しようと企んだ謀反人だと言い放った。
 第二王子の後見人をしていた大臣家は、爵位剥奪の上にお家取り潰し、一族郎党国外追放のふれが出たという。
 横暴な第一王子が王位を継ぐことになるとお客さん達は悲鳴を上げて、転がるように店を出て行ったが、私はディノスのことしか考えられなかった。

 とにかくお兄ちゃんに話を聞こうと、今日は非番の兄がいるはずの家に走って戻る。
 走って戻っている間にも、あっちでもこっちでも号外が舞い散り、誰もが青い顔をした。
「ソーヴァ家に関わっていた者達にも何らかの咎があるとか……」
「もう国を出るしか……」
「早めに荷物を纏めて……」
 そんな言葉があちらこちらで聞こえる。
 私はぐっと何かを飲み込んで、必死に走った。


 家が近くなるにつれて、見知った人達がさっと顔を逸らしていくことに気が付いた。
 なんだろうと思ったけれど正直彼らを気にする余裕はないので、後で考えようと頭の端に追いやる。
 しかし、その理由は家についたと同時に知ることとなった。

「何……何、して……」
 家の扉が壊れている。家の中を十人前後の男の人が歩き回っていた。
 何かが割れる音が響く。男達は笑いながら漬けてあった果物を摘まんだり、箱をひっくり返したりしている。お父さんがちょうどいい高さに作ってくれた棚は打ち壊され、壁が剥がれていた。
 男達の制服は、第一王子付の憲兵だ。
「何、して……」
 呆然と突っ立っている私に男の一人が気が付いたらしく、ガラスを割って窓から顔を出す。
「ここの子?」
「何、してるんですか!」
 私がもう少し冷静だったら、いいえ違いますと言っただろう。通りすがりですと言ってその場から走り去るべきだった。
 けれど、もういろんなことでいっぱいいっぱいだった私は、倒れた扉を踏んで出てきた男が踏みにじったものを見て思わず怒鳴り返していた。
 私の部屋の箪笥の奥に大事に大事にしまいこんでいた、ハンカチだ。ラッピングはびりびりにされて破片が絡みついているだけで、ハンカチ自体も何度も踏まれた靴跡で汚れている。
「ここの子だな」
 にやりと、嫌な笑みが男達の口に浮かんだのを見てはっととなったけれどもう遅い。男達は私の手を掴んで家の中に引きずり込んだ。
「いや! 離して!」
「何見てるんだ! お前らもこうなりたいのか!」
 通りで遠巻きに見ていた人達は、そう怒鳴られると蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「離して、離せ!」
 掴まれた腕が外れないから、身体全部を使って暴れるのにびくともしない。
 家の中は、今朝見た時はとまるで別の場所みたいになっていた。無事なものが一つもない。椅子やテーブルといった家具まで壊されている。お母さんが大事にしていたテーブルクロスも破られていた。
「おー、元気だねぇ」
「何でこんなことっ、離して!」
 思いっきり足を振り回したら男の脛に当たったらしく、男は悲鳴を上げて私を突き飛ばした。何かの破片が散らばる床を滑って手を切ったが、なんとか起き上がって扉に向けて走り出す。けれど、さっと別の男が出口を塞いでしまう。
 外には出られず、けれどもう二度と捕まりたくなくて逃げ惑う私を、男達は笑いながら小突き回す。髪を引っ張られてリボンと一緒に引きちぎられる。スカートを払われて悲鳴を上げて転んだ私の足を踏んで、男達は笑う。
「ソーヴァ家が謀反に加担していたからな。奴らと関わりがあった家も悪行してないか確かめるのが俺達の仕事なんだよ、お嬢ちゃん」
 嘘だ。そんなこと子どもにだって分かる。こんなの、ただ、ディノスへの嫌がらせだ。
 分かるのに、止められない。それが悔しくて堪らない。ディノスはきっと気に病む。苦しんで、傷つくのに、私はそれを止められない。
 悔しくて悔しくて、怒りで頭が沸騰しそうだ。感情が高ぶると怒っても泣いてしまう私は、こんな男達の前で泣きたくないのに滲んだ涙を堪えられなかった。
「あー、泣かせた」
「お前が怖いからだろ?」
「可哀相になぁ。ソーヴァ家と関わったばっかりに」
「いつもすかした顔していけ好かなかったんだよな」
「平民ばかり優遇するしな」
 私の上で好き勝手な事ばかりを言い合っている男達に気付かれないように、そろりと指を伸ばす。散々荒らされたおかげで、お父さんの予備の大工道具が箱から転がり落ちていた。手に届いたのはくぎ抜きだ。
「うちから、出ていけぇ!」
 思いっきり振りかぶり、私の膝裏を踏みつけていた男の足を殴りつける。男はさっきの比じゃない悲鳴を上げて私の上に転がり込んだ。倒れた状態から殴ったので、骨が折れるほどの力は出せないと踏んでいたけれど、まさか私の上に倒れ込んでくるとは思わなかったのでパニックになる。
「いや! あっち行って! 出ていって!」
 ぐいぐい男の顔を押してどけようとしていると、男は何とか痛みから立ち直ったのか、さっきまでのにやついた顔から一変させ、どす黒い顔色で私を睨み付けた。くぎ抜きは捥ぎ取られて、遠くに放り投げられる。
「このっ、調子に乗るな!」
 胸倉を掴み上げられて背中が床から離れた。ぶちぶちとボタンが引き千切れる音がする。振りかぶられた拳に反射的に頭と顔を庇う。

「それは俺の台詞だ!」

 私の上にいた男が吹っ飛ぶ。
 何だか昔も同じ光景を見たなと、こんな状況なのにそんなことぼんやりと考えた。
 私のお腹の上にいた男がいなくなり、軽くなった身体を起こしながら開けた視界を見つめる。
 大きな背中が、私の前に立っていた。
「……ディノス」
「遅くなって悪かった」
「ううん、だい、じょうぶ。へいき」
 どうしてここにディノスがいるのか分からなくて、ちょっとぼんやり答えてしまう。舌っ足らずみたいになってしまった。


 突然現れたディノスに驚いていた男達は、すぐに立ち直ったようで居丈高に胸を張った。
「おやおや、ソーヴァ伯の御子息ではありませんか? おっと、これは失礼。最早伯ではありませんでしたな。それどころか、我が国の国民ですらなくなったと聞き及びましたが?」
「そんな身の上で、この国の憲兵に手を上げてただで済むとでも? 買収しますか? 無一文なのに?」
 まるで揃えたかのように同じ場所で笑い声を上げた男たち前に、ディノスは、はっと聞いたことがないほど冷たく笑った。
「その通りだ。だから、俺はいま誰よりも自由な立場だ。家も何も関係なく、ディノス個人としてお前達の首を刎ねることなど造作もないぞ。試してみるか?」
 ディノスの手が剣に触れた瞬間、男達はざっと青褪めた。お兄ちゃんが言っていたけれど、ディノスの剣の腕は国でも一、二を争うのだそうだ。

 覚えていろという捨て台詞は本当にこういう場面で言われるんだなと、やけに関係ないことが頭を回る。ちょっと、色んなことに思考が追いつかない。
 そんな私に、ぐるりと回れ右したディノスが酷く焦って名を呼んでくる。
「リア! 大丈夫か!?」
「はあい」
「リア!?」
 凄く間延びした返事を返してしまった。ディノスに呼ばれたら思わず答えてしまうのだ。
 さっきまでのびりびりとした雰囲気はあっという間に霧散して、いつもの優しいディノスがここにいて、私を呼んでくれる。それだけで、何だか大丈夫だと安心してしまった。
「……だいじょう、ぶ」
「ごめん、リア、ごめんっ!」
 ぎゅっと抱きしめられていきなり大丈夫じゃなくなった。
 でも今はどきどきしている場合じゃない。私は強く抱きしめられた腕からなんとか顔だけ出して、ディノスと向き合った。
「ディ、ディノス! どうするの!? い、いなくなっちゃうの!?」
 見たことがないほどきれいな服を着ているディノスは、たぶん、これが彼の普段着なのだろう。本当は遠い世界の人だった。分かっていたけれど、今は身分じゃない問題で、彼はいなくなってしまおうとしている。
 ディノスはぐっと唇を噛み締めた。
「…………ああ、そうだな。もう、この国にはいられない。せめて、リア達にかけた迷惑を償いたいのに、今の俺にあるのはこの身だけなんだ…………本当に、すまないっ!」
「お金、お金ないの!?」
 そう言えばさっきの男達もそう言っていた。
「ああ……全部国に返還という名目で、爵位と一緒に奪い取られた。弁償も出来ないなんて、本当に…………」
 私はディノスの腕から抜け出して、大慌てて自分の部屋に駆け込んだ。そして子どもの頃から貯めていた貯金箱をベッドの下から引っ張り出す。それを抱えて、私が抜けだした体勢のまま呆然としているディノスの前に戻る。
「ディノス! これ、私の貯金………………」
 鍵付の小箱をディノスの前に置いて初めて、それが蓋だけだったことに気付く。
「盗られた…………」
 がくりと俯くと、ディノスはまるで自分がやったかのように謝ってくる。心底悔しそうに、心底つらそうに、心底苦しそうに謝ってくるディノスに胸が痛くなる。
 大変なのはディノスなのに、ディノスは人のことばかりだ。
「お金……お金…………」
 お母さんのへそくりまで全部持っていかれた。私は何かディノスの為に出来ることはないかと家じゅうを探す。
「リア! そんなことしなくていい!」
「だって! 国を出るにもお金がないと!」
「だからって、これ以上リア達に迷惑はかけられない! 木の根だろうがなんだろう齧って食い繋げばいいんだ! 国を出れば何とかなるから!」
 ディノスは必死で私を止めるけれど、私だって必死なのだ。
 何か、何かないだろうか。私がディノスの為に出来ることは。

 必死で家の中を見ていた私は、はっと気が付いた。ここにあるじゃないか。お金になるもの。
「ディノス! ちょっとだけ待ってて! すぐに戻るから!」
「リア!?」
「すぐだから!」
 私を呼ぶ声を振り切って、私は家から飛び出て走った。



 私が家に戻ってきた時、ディノスは家の中を片づけていた。きっとそんなことをしている場合じゃないだろうに、ちゃんと待っていてくれたことにほっとする。
「ディノス」
「リア、戻ったのか」
 見るからにほっと肩の力を抜いて振り向いたディノスは、手に持っていた折れた箒を取り落とした。
「リ、ア」
 彼の目は私に釘付けだ。
 それはそうだろう。彼に褒められてから一度も切らずに丁寧に伸ばし続けた髪の毛が、今や耳が見えるほど短いのだから。
「ディノス、これ、使って」
 呆然と立ち尽くした手にお金を握らせる。頑張って手入れしていたのと、長かったのとで結構高く買い取ってもらえたけど、きっとすぐに足りなくなるだろう。だから、これは私の我儘だ。彼の為に何かしたかった私の我儘だと分かっているけれど、何かをせずにはいられなかったのだ。
 勝手でごめん、ディノス。

「何て、こと」
 ディノスはお金を取り落として私の両肩を掴んだ。
「俺の為にこんなことまでしなくていい!」
「ごめん、ごめんね、ディノス。でも、私、ディノスの為に何かしたかったの」
「謝るな!」
 こんなに怒ったディノスを見たことがない。悲しいわけじゃないのにじわりと滲んだ涙を見て、ディノスははっとなった。
 ごめんね、違うの。感情が高ぶると泣いちゃうの。悲しくなくても、怒っても嬉しくても泣いちゃうと知っているはずなのに、ディノスはまるで私を傷つけたかのような顔をした。
 震える指が短くなった私の髪に触れる。
「こんな……何で…………」
「似合う?」
「そういう問題じゃない!」
 また怒鳴られた。けど、怖くはない。
「お嫁にいけないかな?」
「そんなことは……」
「いけなかったら、ディノスが、もらってくれる?」
 ディノスの目が零れ落ちそうなほど見開かれている。私の口の中はからからだ。だから、うまく伝えられなくて、抱きつくことで伝える。
 好きだよ、ディノス、大好き。ずっとディノスが好きなんだよ。
 身体が震える。逞しい胸に頬をつけて、必死に抱きつく。
 お願いだから、伝わって。


 息ができないほど強張った身体で必死にしがみつく私の後ろで、豪快な笑い声が上がった。
「ははっ! これで死ねなくなったな、ディノス!」
 ディノスは弾かれたように顔を上げた。
「リョク! お前、ふざけるな!」
「ふざけてなんかないさ。…………生きて帰ってこい、ディノス」
 しっかり抱きついているから、今度は息を飲んだのが分かる。
「誰が繋ぎ止めるより、女が一番だろ」
「…………お前まで何を」
 この声はパウルのお兄さんだ。今は父親の右腕として商店で腕を振るっていると聞いている。そして、あの日以来、付き合いがあるという事も。
「まあいいだろ。パウルが幸せになるか、親友が幸せになるかの違いだろ? どっちにしろ俺にはめでたいことだ」
 どうしてここでパウルの名前が出てくるのか分からなかったけれど、誰かに見られる恥ずかしさより、ここで手を離せば二度目がないことが分かっていたからそっちを優先する。

 ぎゅうぎゅう抱きついていると、酷く緩慢な動作でディノスの腕が上がり、私の背に回った。
「…………待てるか?」
「その先に、ディノスがいるなら、喜んで」
 出会って十二年間育て上げた恋心を噛み締めながら精一杯返事をしたのに、ディノスは微かに身体を揺らして笑っている。
「いつの間にこんなに大人になったんだ」
「もう、ずっと前からだよ。ディノスが気づいてなかっただけで」
「そうか」
 私を抱きしめていた手はそのまま上がってきて頬に触れた。それを追っていた視線を咎めるような手の力に逆らわず顔を上げていたら、唇が重なっていた。
 びっくりして目を丸くしている内にもう一回とんっと唇が触れ合って、強く抱きしめられる。
「…………必ず戻る。だから、ごめん、リア。どうか待っていてくれ」
「……どうして謝るの?」
 不思議に思って問うと、苦笑と一緒にこつんと額が合わさった。
「リアの為にはどうあっても断らなければならないと分かっているのに、そうできない悪い大人だからだ」
 急に近くなった距離にどきまぎしながらも、言われた内容に頬を膨らませる。
「私、もう子どもじゃないわ」
「そんなこと、ずっと前から知っているよ」
 あれ? そうだったの?
「リアが気づいていなかっただけで、俺はずっと……知っていたよ」
 だったらよかった。
 精一杯大人ぶってきた苦労が報われていたと知ってほっとした私は、三度目に重なった唇に驚いていっぱいいっぱいになった。
 結局、一度も目をつぶってキスをできなかったと後で気づいたので、今度こそちゃんと目をつぶろうと一人で何度もシミュレーションした。


 けれど、そんなことを考えていられたのは、国を追われたソーヴァ家が国境沿いで『盗賊』に襲われて、一人息子ディノス・ソーヴァが死亡したという号外が町にばらまかれるまでだった。









 今日の店頭にはたくさんの人間がいる。今までずっと帝都とは思えないほど静まり返って活気のなかった町を見てきたから、この数日の変化にびっくりしてしまう。
「リア! リア! もうすぐね!」
「そうですね」
「楽しみねぇ!」
「そうですねぇ」
 店番をしながら、人でぎゅうぎゅう詰めになった道を眺めると、常連のお客さんも飛び跳ねんばかりに嬉しそうにはしゃぐ。お店にいるお客さんも、勿論店員も、町行く人々も、皆が明るい笑顔でうきうきしているのが分かる。
 今日は、凱旋パレードがある日だ。この数年、横暴な政治で国民を苦しめていた第一王子を、国外追放された第二王子がついに討ったのである。
 逆らえば鞭打たれ、犯してもいない罪に泣かされてきた国民達は歓喜に咽び泣いた。


「唯一の跡継ぎでいらっしゃるディノス様がお亡くなりになったと聞いた時はどうなる事かと思ったけれど、ソーヴァ伯はしっかりした方だから、気落ちせずに頑張ってくださると信じていたわ!」
 第二王子を無事に隣国まで送り届け、尚も仕え続けたソーヴァ家も一緒に国に戻ってくるのだという。そして、彼等が宰相となり、第二王子を支えていくのだ。
「嬉しいわねぇ。これでやっと平和が戻るわ!」
「ええ、本当に嬉しいです」
「ふふ、情勢がもうちょっと落ち着いたら、貴女に良い人を紹介しなくっちゃ!」
「はは……」
 うきうきと張り切っている常連のマーさんに曖昧な笑顔を返す。
 同級生達はみんな結婚していった。パウルも去年結婚したのだけど、何故か結婚するちょっと前にわざわざ家まで訪ねて来て、私と握手した。あれはなんだったんだろう。


 私は、二一歳になっていた。
 初恋を自覚した時のディノスと同じ年齢だ。あの時憧れた帽子は似合うようになっただろうか。
 自分でも買えるけれど帽子屋で合わせてみたこともない。髪は昔ほどじゃないにしてもちゃんと伸ばした。でも、帽子は合わせない。
 だって、帽子をかぶっても、隣に並びたい人がいないのだから。ディノスに似合う女性になりたくて大人っぽい帽子を目指したのに、そのディノスがいないのじゃ意味がない。

 ディノス。
 待ってるよ。ずっとずっと、待ってるから。
 私はここで、あなたを待ってるよ。
 仮令、あなたがもういなくても。




 人ごみで騒がしかった道が、うわんっと割れんばかりの声にのまれた。
「あ! 来たわ! ほら、リアも行きましょう! 店長さんから許可は頂いてるんでしょう!?」
「はーい」
 マーさんに引っ張られて苦笑しながら店を出る。

 ガラス越しじゃない人ごみはもう凄まじいの一言だ。熱気が渦巻いて、個々で発しているはずの声が一つになって新たな国の始まりを喜んでいる。
 遠くでたくさんの旗が振られているのが見えた。馬もそれに乗った人もたくさんたくさん見える。
 今まで圧政に苦しんできた。だから皆が本当に嬉しそうで、私も嬉しい。感極まって泣き出した人達の前を行列が進んでいる。それを見てようやく、ああ、終わったんだなと思えた。

「仇は、取ってくれたよ」

 ディノス。
 またうわんっと広がった声の波に飲まれて、自分の声も聞こえなかったけれど、そうつぶやいた瞬間、涙が滑り落ちた。
 あの日、ディノスが死んだという号外が町を覆っても泣けなかったのに。何故だか急に涙が溢れて止まらない。
「リア……? どうしたの? どこか痛いの?」
「いいえ、いいえっ……!」
 皆の嬉しそうな笑顔も、誇らしげな行列の人々も全部涙で揺れる。
 終わったよ、ディノス。終わったんだよ。
 声にならず、顔を覆って泣き続ける私の耳に、声のうねりが届く。
「え?」
 呆然としたマーさんの声がやけに響いた。


「リア」


 信じられない声が私を呼んだ。
 あの日のディノスの腕みたいに、酷く緩慢な動作で顔を上げる。涙でぐちゃぐちゃになった視界の中で、懐かしい笑顔が揺れていた。
「リア」
「ディ、ノ、ス……?」
 よく見えない。何度も何度も涙を拭っている私を、温かい腕が抱きしめる。この腕の中で何度も眠った。この腕の中で何度も泣いた。この腕の中でいつも笑った。
 間違えるはずもない、他の誰のものでもあるはずがない。
「リア、待たせてごめん」
「ディノス……?」
「ああ、俺だ。生きてるよ、すまない、生きてるから」
 恐る恐るその背に手を回して、ぎゅっと握りしめる。体温と鼓動が少しずつ混ざり合い、呼吸と一緒に同じ速度になった時、ようやく実感した。
「ディノスっ……!」
 全力でしがみついた私を危なげなく支えたディノスは、私を包み込むように抱きしめる。
「会いたかった、会いたかったっ……! ディノス、どうしよう、ディノス、嬉しい、嬉しい、会いたかった、ディノス、ディノスっ……!」
「俺も……俺も会いたかった、リア…………!」


 息も出来ないくらい泣きじゃくる私の瞼にキスを落としたディノスは、私を抱きしめたまま耳元で言った。
「リア、俺もう、結構おじさんだけど……構わない?」
「ディノスがいい、ディノスがいいの、馬鹿――!」
 馬鹿なことを心配していたディノスに怒りを伝えるべく、ぎゅうぎゅう抱きつく。
 そこではっとなる。
 何が何だか分からないけれど、ディノスがここにいるのなら、伝えられなかった気持ちをちゃんと言葉にして伝えられるのだ。
 やっと伝えられる。
 やっと、あなたに言える。
 二度と伝えられないと思っていた言葉を、ようやくあなたに渡せるんだね。


「ディノス、私、私ね!」
「うん」
「あなたを愛――――!?」

 しかし、万感をこめた私の言葉は、噛みつくように降ってきた荒々しいキスに全て飲み込まれてしまい、音にすることはできなかった。



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