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野良怪談百物語

前、住んでた子

作者: 木下秋

 今から三年前、私が高校生の時の話です。



 私の高校進学と同時に、父の仕事の事情で私達家族は引っ越しをしました。――中学時代までの友人達と離れ離れになるのはもちろん悲しかったのですが、それまでずっとアパートに住んでいた私は、マンションに住めるとなって喜びました。それまでのアパートの部屋は狭く、部屋も少なかったからです。



 ――四月。天気の良かったある日。引っ越しの片付けも終わり、高校も授業が始まって、一段落した頃でした。


 学校から帰ってきてマンションのエレベーターに乗り、六階のフロアに着いた時です。……廊下の向こう側、私達家族の住む部屋の扉の前に、女の子が一人、立っているのです。


 多分、小学生に上がるか、それとも幼稚園の年長さんか。そのくらいの歳だったと思います。可愛らしい薄ピンクのワンピースを着ていて、何をするでもなく、扉の“覗き穴”の辺りを、じっと見つめているのです。


 私はゆっくり近づいて行きました。向こうはこちらに気づく様子もなく、ジッと扉を見上げています。いよいよ部屋の前に着き、その子がいると扉も開けられないので、私は声をかけました。



「どうしたの?」



 女の子はビクッと肩を揺らし、私に気が付きます。するとその子は不安げな表情を浮かべたまま、とたたたっ、と走って行きました。私の後ろのエレベーターではなく、階段を降りて。


 私はしばらく、その子が階段を降りてゆく音を聞いていました。一度も止まることなく、たたんっ、たたんっ、たたんっ……と。おそらく階段に高さがあるので、一段一段、降りていたのでしょう。(どこの子なんだろう……)そんなことを考えていました。


 遠ざかってゆく音を聞き、それが聞こえなくなると、私は部屋に入りました。




     *




 ある雨の日のことです。


 部活に入っていなかった私は、その日、まっすぐ家に帰っていました。


 エレベーターを上がりながら傘を丁寧に巻き直し、ハンカチで制服に付いた水滴を拭き取っていました。――かなり強い雨と、風が吹いていたのです。


 六階フロアに着き、エレベーターを降りると――またいました。あの日見た、女の子です。


 この前とは天気の様子がまるで違かったので背景こそ違えど、全く同じ画でした。同じ子、同じ服、同じ様子。


 私は静かに近づいて行き、「……何か用?」と聞きました。するとまたもやビクッ、と身体を震わせて、とたたたっ、と走って行ってしまいました。



(……なんなの……?)



 変な子だなぁ、と思いました。そして色々考えてみたのですが、私の中である仮説が立ちました。あの子は以前ここに住んでいた子で、懐かしくなって来たのだろう……と。……服も前着ていたものと一緒だったし、きっと以前――つまりこのマンションで生活していた時よりも、良くない生活を送っているのだろう。……そんなことを勝手に想像し、勝手に同情していました。


 でもここで、ある一つの疑問が浮かんだのです。(でもあの子、傘も持っていなかったし、少しも濡れていなかった……)


 あの子が何者なのか――なぜ私達の部屋の前にいるのか――。その理由は結局、わからずじまいでした。




     *




 それからまた、何日か経ったある日のことです。


 学校から帰ってきて、エレベーターが着き、フロアに出ると……またいました。あの子です。


 前に見たのと同じ様子で、扉の前に立ち、見上げています。


 私はゆっくり近づいて行き、言いました。



「ねぇ。ここに前、住んでた子?」



 ビクッ、と身体を震わせ、こちらを向きます。その怯えたような表情を見て少し可哀想な気持ちになりましたが、思い切って言いました。



「ごめんね。でも、今は私達が住んでるの」



 女の子はキッ、と少し怒ったような表情になって、階段の方へと駆け出しました。



 (……悪いことしちゃったかな……)



 そんな罪悪感に囚われながら、女の子を見送りました。


 でも、もうこれで来なくなるだろう。そう思い、玄関のドアを開けました。



 ――そこには――玄関には、あの女の子が立っていました。



 そして私を見るとニヤッと笑い、舌足らずな口調で言いました。



「まえ、すんでたこ?」



 私は凍ったように固まり、動けませんでした。ただ、女の子の目を見つめました。



「でも、いまはわたしがすんでるの」



 そう言い切ると、楽しそうにキャッキャと笑いながら、部屋の奥へと駆けて行きました。


 ――放心状態となった私はゆっくり扉を閉めて、いつも女の子がそうするように、ゆっくり階段を降りて行きました。


 母はパートに出ているので、今はあの部屋に女の子一人。


 あぁ……追い出されてしまった……。そんなことを考えながら、とりあえず母の仕事先のスーパーまで、歩いたのです。



 ――その後母に全てを話し、一緒に帰ると、部屋には誰もいませんでした。



 そして、私達は三年経った今でも、その部屋に住んでいます。


 あの女の子はそれ以降、見なくなりました。



 ――いや、私には見えていないだけで、今もこの部屋にいて――知らないうちに、一緒に暮らしているのかもしれません。

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