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花の如く 作者:秋保千代子

第四章

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伍の三「もう二度と俺と倖奈の前に立つな」

窓の外がぱあっと明るくなって。
「何!?」
真希はぎょっとして腰を浮かした。
だが、その一瞬後には、すうっと白い光は消え失せる。
「何だったの…」
呟いてからきょろきょろと見回して、土間へと戻った。
がらりと戸を開けて外を見れば、朝からの小雨はまだ続いていて、空気はしっとりと濡れている。
その中を馥郁とした香りが漂ってきた。
「なんで…」
目を丸くして手を差し伸べれば、その掌の中にふわりと花びらが落ちた。
「…梅?」
じっと見つめて、首を傾げる。
「季節、違うじゃん」
そう言って、真希はどんよりとした空を見上げる。
「もうすぐ梅雨だよ」
鼠色の空からは、ふわりふわり、白い花びらが雨に紛れて降ってくる。土の上に落ちて泥が付いてもなお、淡く艶めいた花びらは香る。その上へさらに次の花びらが降り積もり、香りを高めていく。
「どうして…?」
真希は呆然と呟いた。

がくん、と膝から力が抜け、ばしゃんと地面に転ぶ。
一緒に瞼も落ちそうになるのを必死にこじ開けた。
顔を上げて、這ってでも前に進もうとしていると。
「倖奈!」
正面から腕が差し伸べられてくる。
それはがっしりと倖奈の体を抱え上げだ。
「史琉…」
その腕の主を認めて、倖奈はほっと笑った。
史琉は左目をめいっぱい開いて、見つめてきている。
彼の頬に付いた泥と血を指先で拭ってから。
抱き上げてくれる肩へと、倖奈も両腕を伸ばした。
「駄目」
ぎゅっと抱きしめて、彼の胸に頬を寄せる。
「お願い、闘わないで」
呟くと、背中に回されていた腕に力が込められたのを感じた。
ほうっと溜め息が溢れて、全身を包み込む温もりに微睡みかけて、ぎゅっと唇を噛んだ。
――まだ、駄目!
何度も目を瞬かせて、顔を上げる。
ちょうどその時に、ヒイロが横を抜けて歩いていった。
歩いていく先では、鳳樹が喉を押さえて噎せこんでいる。
「腕だけでなく、首も見たほうが良さそうだな」
ふふふと笑ったヒイロを、鳳樹はぎっと見上げた。
唇を開きかけてまた噎せ返り、鳳樹はぎりぎりと奥歯を鳴らす。
「諦めろ」
それにも笑ってヒイロは振り返ってくる。
鳳樹も釣られたかのようにこちらを見遣ってきた。
真っ直ぐに立つ史琉の背に両腕を回したまま、倖奈はじっと鳳樹を見返した。
間にふわりと花びらが舞う。
風が馥郁とした香りを運ぶ。
花びらが降り積もり続けた地面は、真っ白に染め変えられていく。
鳳樹は長く息を吐き、顔を背けた。



辺りにはまだ花の香が残っている。
「雨も続くねえ」
戸口から空を見上げて真希は息を吐いた。
「ついでに昨日より涼しいし」
振り返った彼女に、上り口に腰掛けている史琉はゆっくりと頷いた。
「この中、帰るの?」
「まさか」
肩に柄をかけ、太刀を抱え込んだような姿勢で、史琉が笑う。
真希もうんうんと頷いた。
「そうよね! 倖奈に甘いあんたが足元悪い中を歩かせるわけないもんね」
すると、史琉ははあと長い息を吐いた。
「…甘いのはおまえとヒイロもだろう?」
「んー? そうかしら?」
そう言ってわざとらしく首を傾げて、真希は竃の横に戻り包丁を握った。
「この胡瓜はお漬物でいいよねー」
「…おまえ、酢を使い過ぎじゃないか?」
「そお? 最近、なんか酸っぱいの好きなんだよねー」
とんとんとん、と軽快に野菜を捌いていきながら、真希は振り返った。
「あんたと倖奈は食べるとして… もう一人は食べるのかな?」
「さてな」
苦笑いを浮かべて、史琉は視線を奥へと流した。

一つ奥の部屋では。
「塩梅はどうだ?」
胡座をかいた鳳樹の右腕からゆっくりと包帯を解きながら、ヒイロが問うた。
「悪くねえ」
「痛まないか」
鳳樹はふんっと鼻を鳴らした。
「もともと痛みには頓着しないんでね」
「馬鹿者。痛みを甘く見るな。痛みというのはその部分の不調の証だ。放っておくと、こうなる」
ニヤニヤと笑ってヒイロは鳳樹の右腕の切れ目を指差す。
包帯の取られたそこは紫色に染まって、爛れている。
「あーそうかい」
けっと横を向いた鳳樹に、ヒイロはまた笑い、薬を塗り始めた。
ついでとばかりに、その喉元にも軟膏を塗りたくる。
「薬が切れたらまた来い。今はとっとと出て行ってくれ」
それから丁寧に包帯を巻き直して言ったヒイロを、鳳樹はうんざりした顔で見上げた。
「来いと言っておきながら… 今度は出てけってか」
「お前に居座られて、また瘴気を生み出されてはかなわぬからな」
そう言ってヒイロは土間の方へと向いた。
「くそっ」
鳳樹は息を吐く。それから、だんっと音を立てて立ち上がった。
どすどすと部屋を出て、土間へ。
史琉の横を摺り抜けて、履物を履くとがらっと戸を開け放つ。
一歩踏み出してから振り向いた男に。
「とっとと去れ」
ひんやりとした声で史琉は言った。
「そして、もう二度と俺と倖奈の前に立つな」
薄らと唇を弧の形にして、指先が抱えた太刀を撫ぜる。
それに鳳樹が顔を真っ赤に染める。
「言われずともな!」
叫んで、鳳樹はがらっと戸口を開けた。
すぐに戸は、ばんっ、と締まる。
「もうここに来んなって言うの?」
目を丸くして真希が言うと、史琉は小首を傾げた。
「そうは言ってないぞ。俺と倖奈も、雨が止めば明日にでも帰るからな。俺たちが居ない時に現れる分には問題ない。むしろ、ヒイロは来いと言ったんじゃないか?」
笑って史琉は振り向く。
「まぁ… な」
部屋から出てきていたヒイロは肩を竦める。
「あっそ」
同じように肩を竦めて、真希は竃に向き直って、鼻歌を歌いながら動き始めた。
それを見ながら、ヒイロは史琉の隣に腰を下ろす。
「もっとも、あれは良いんだ。案ずるは腕と喉の傷が悪化しないかどうかということぐらいだ」
「そうか」
史琉は振り向いて笑いかける。
はあ、と息を吐いてからヒイロはじっと見上げた。
「戻るならば、元々の問題を考えねばな」
「ああ」
頷いて、史琉が目を細める。
「時若と… アオって言ったっけ?」
「そうだ」
ヒイロも首を縦に振る。
「おまえ。その目で戦えるのか?」
問いに、史琉はふっと笑い。
「勿論」
また太刀を撫ぜた。
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