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花の如く 作者:秋保千代子

第四章

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四の二(いつもなら真っ直ぐに立っている体が凭れかかってきたのだ。)

右手で右目を覆う。それをパタパタと動かす。
何回も繰り返しているうちに。
「あんた、何をしているの?」
背後から聞こえた声に、倖奈は肩を大きく揺らした。
「…お、おはよう、真希」
バクバクなる心臓を押さえつけながら振り返って言うと、真希は首を傾げた。
「おはよう。もう起きてたの?」
「うん」
「で、何してたの?」
問われ、倖奈は引き攣った笑みを浮かべた。
「…どんな感じかなあと思って」
すると真希は目を丸くして、それから長く息を吐き出した。
「…あんた、ほんとうに変わってるわ」
「そうかしら…?」
今度は倖奈が首を傾けると、真希は肩を竦めて首を振る。
それから、きょろりと見回して言った。
「史琉は?」
「…まだ寝てる」
「そう」
言って、彼女は草履をつっかけて土間に下りてきた。
「あんた、史琉を置いてここに来てたの?」
「うん」
「ふぅん…」
倖奈の前に立って、彼女はもう一度首を傾げる。
「傍に居なくていいの?」
言われ、倖奈も小首を傾げた。
「寝ているのに?」
「…あのねぇ」
真希は、大袈裟な溜め息をついた。
「寝てるっていうのに… 普通さぁ、弱っている時は誰かに傍に居てもらいたいもんでしょ?」
「う… うん?」
「特にあんたとはイイ仲だっていうのに」
「イイ仲?」
倖奈は瞬き続ける。真希の溜め息は深くなる。
「あのさ… あんたと史琉ってどういう関係?」
じっと見つめて問われ、倖奈は真っ直ぐに見つめ返した。
「恋人」
「…素直な表現をゴチソウサマ」
がっくりと肩を落としてから、真希は竃に向き直った。
「朝ごはん作ろっと」
さっと襷を掛け、火を起こし、働き始めた真希からそっと離れて。
それでもじっと、倖奈は彼女の手を見つめた。
甲は陽に灼け、指先はきっとカサついているのだろう掌。
上り框に腰掛けて、真希がテキパキと動くのを溜め息混じりに見つめていると。
「あんたたちも不思議な関係よね… 惚れ合ってるのは確かなんでしょうけど!」
ふと真希が振り向いた。
「…羨ましい」
ポツリと漏らされた言葉に、倖奈はまた瞬く。
「そうなの?」
「あたしとヒイロとは違うもんねぇ…」
真希はすっと目を伏せた。
「こっちは… あたしが一方的に押しかけてるだけだし」
「そうなの?」
「うん。親兄弟皆死んじゃった時に、寝る場所欲しさに押しかけてきたの。それからずっと」
苦笑する真希に、倖奈は首を傾げてみせた。
「一応ね! あたしが来てからヒイロの生活は良くなったはずよ! あいつ、一人で暮らしている間ずっと家で料理とかしてなかったんだよ。だから、ご飯もお風呂も全部、薬の対価としていただいてばっかりだったんだよ」
真希は表情をくるくると揺らして喋り、倖奈はその彼女の手をじっと見つめた。
「真希がお料理しているんだ」
「うん。押しかけてからはずっと」
「すごいね」
倖奈がふわりと笑うと、真希はぽっと頬を染めた。
「そ、そうかな」
「うん。すごい。できるっていいな」
「や、やだなぁ。照れるじゃない」
ぶん、と真希が腕を振ったところで。
「二人とも早いな」
奥から声がかかる。二人揃って振り向いて。
「史琉」
倖奈は名を呼び。
「起きて平気なの?」
真希は立ち上がりながら、問うた。
「熱は?」
「…まだあるよ。かなり怠い」
そういう彼は、口元は淡く微笑んでいるものの、片手を壁に付いて立っていた。
「ふらつくんでしょ」
そう言って、真希は湯呑に白湯を注いだ。
「はい、どうぞ」
にっと笑って突き出された湯呑に、史琉は手を伸ばす。
だが。
「あっ!」
するり、と落ちた湯呑は、ごんっと音を立てて床に転がった。
「悪い!」
史琉が叫び。
「ごめん、あたしこそ!」
真希もあたふたと床から土間へと転がっていく湯呑を追った。
「手を離すの早かった? 持ったと思ったんだけど」
史琉は長く息を吐いた。
「俺が悪かった… 手が届いているつもりだったんだ」
そう言って、もう一度右手を伸ばす。
「おかしいな…」
はあと息を吐いて、両手を膝に付く。
「ちょっと… 本当に怠そうなんだけど」
「怠いんだって」
史琉は顔を上げて、引き攣った笑みを浮かべた。
「…布団で寝ててよ。お白湯、持って行ってあげるから」
そう言って真希は手を振って、竃に向き直る。
史琉はよろめいて、僅かに左目をこちらに彷徨わせてから、奥に戻っていく。
倖奈は二人を見比べて、眉を寄せた。



戸口から外を覗くと、日の眩しさに目が眩んだ。
片手をかざし、じっと外を見ていると。
「じっとしていろ。外は今日も瘴気が濃い」
後ろから声をかけれら、倖奈は振り向く。やや後ろに立っていたのはヒイロで、その足元には次郎がくっついていた。
「じっとしていなきゃ、駄目?」
情けない顔で問えば、ヒイロは頷く。
「瘴気が濃いとそれを消して回るおぬしじゃ。弱ったところでシロに出くわしてみろ。…死ぬぞ」
それに、え、と倖奈は目を丸くする。
ヒイロは息を吐き出した。
「おぬし、忘れておらぬだろうな。シロはおぬしの神気で彼奴の持つ瘴気を消そうとしているのだぞ。下手を打てば命を落とさせるような真似を、だ。如何におぬしが桁外れの神気の持ち主とは言え… シロや私の持つ瘴気を無事に消しうるとは私は思っておらぬからな」
じっと見つめられ、倖奈は目を反らす。
「…時若を捜しに行くのも、駄目?」
掠れ声で問うともう一度、ヒイロの溜め息が聞こえた。
「弱るとどうなるか、想像つかぬのか」
それから。
「想像つかぬといえば、おぬしは何故此処に居る? 理由が分からぬ。私といるのか、はたまた倖奈といるのか…」
また違う言葉に顔を向けると、ヒイロは次郎を見下ろしていた。
釣られ、倖奈も次郎を見つめる。
次郎は黙って二人を見上げ、首を傾げるような仕草をした。
「まあ、よい」
ヒイロは肩を竦めた。
「私の下にいれば、シロがちょっかいを出してくるとは思えぬ。だから、じっとしておれ」
それだけ言って、ヒイロはすいっと去っていく。
朝方ここで料理をしていた真希も、今は居ない。
ガランとした空間で倖奈は溜め息をついた。
それからもう一度外を覗く。
透き通った青空に、太陽が眩しい。緑をふんだんに含んだ風も心地良いはずなのに、腕と頭が僅かに重くなる。
「…瘴気が濃いと、元気じゃなくなっちゃうってことだよね?」
はあと溜め息を吐いてから、倖奈はそこから離れ、上り口に腰を下ろした。
そしてまた、右手で右目を覆ってみる。
パタパタと動かせば、目の前の光景――竈が、戸口が、置かれた桶たちが左右に振れる。
「右目が… もう開かない」
呟いて、もう一回溜め息を吐き出す。
常に息を吐き出していないと胸が押しつぶされそうだ、とぎゅっと眉を寄せて戸口の外を睨む。
すると、その戸口からじりじりと照る日差しを背にして子ども達が顔を出した。
しっかり目が合う。
瞬いてから、倖奈は笑いかけた。
「こんにちは」
すると、おずおずと彼らは中に入ってきた。
男の子ばかりの一団は、土間に立ったまま、奥を覗く。
「ヒイロは? いないの?」
さざめく彼らに首を振り、倖奈は腰を浮かせた。
「奥に居るわ。お薬を貰いに来たの?」
動こうとしたところで袖を引かれる。
中途半端な姿勢のまま振り返れば、袖を掴んでいたのは尋だった。
大きな瞳は少し赤みがかっている。
「おにいちゃんは?」
真っ直ぐに問われ、倖奈はごくりと喉を鳴らした。
「昨日、怪我しちゃってから会ってないから… その」
「お見舞いに来てくれたの?」
努めて笑って言うと、彼はほっとしたように笑った。
――でも、どうしよう。
眉を寄せ、と奥を見遣る。
すると、ヒョイっと史琉が歩いてきた。
「わ! 元気だ!」
子どもの一人が声を上げる。
「おまえらも元気だな」
史琉は笑んで、倖奈の隣に座った。
「尋の嘘つき。おにいちゃん。元気じゃん!」
わっと声を上げて彼らは史琉の周りに集まった。
そのままわぁわぁ喋って。
「ほら、元気なの分かったんだから、帰ろうぜ」
不意に尋が言い、皆の背を押す。
「そうそう。今日は相撲はしないからな」
くくっと史琉は笑い。様々声を上げながら、彼らは元の戸口から出て行った。
最後、尋だけが苦しそうな顔で振り向く。
倖奈と視線が噛み合うと、彼はぷいっと顔を背け、駆けていった。
慌てて戸口に駆け寄り、外を覗いたが、声と足音も、背も遠くなっていった。
「…帰っちゃったね」
呟いて振り向くと、腰を下ろしたまま史琉はゆっくりと首を振った。
右目は変わらず包帯の影に隠れている。頬は削げて見えて、蒼い。
「まだ、熱あるの?」
前まで歩いて行き、そっと両腕を伸ばすと、彼は黙って身を預けてきた。
いつもなら真っ直ぐに立っている体が凭れかかってきたのだ。
だから、かっと熱い肩を抱いて、見下ろして。彼が太刀を佩いていないことに気付いて。
ずきん、と心臓が揺れた。
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