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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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弐の四(カンカンカンカン、と半鐘の音が響いた。)

倖奈たち三人が砦から乗ってきた馬は、街の正門の衛士が預かっていてくれた。
それを迎えに行き、そのまま乗って街を出た。
水を湛えた堀を渡り、北東に続く道を辿れば北の砦に戻る。
しばらく、6頭並んで歩ませた先で。
「ほら、あそこ」
美波の声が、朗らかに響く。ほっそりとした指は、道から少し外れた丘を指していた。
「毎年、桜が綺麗なのよね。今年は見れないのが残念だわ」
「仕方ないだろ…」
史琉が苦笑する。
「確かに、お仕事を放り出すわけにもいかないんだけど」
つん、と唇を尖らせた彼女に。
「…お前は仕事ではなくて、自分の修行のためだろ」
後ろを行く時若が鋭い声を出す。
美波はぺろっと舌を出した。
そうやって進む道は、倖奈たちのように馬に乗って行く人もあれば、徒歩の人も大勢いた。
その行き交う流れを裂いて、突然。
カンカンカンカン、と半鐘の音が響いた。
「なんだ?」
颯太がはっと顔を上げ、見回す。
そして、誰かが悲鳴を上げた。
「魔物だ!」
南に、奇妙な色の大きな影が見える。
わっと声が上がり、どっと街に向かって人が流れ出す。
「多いな」
律斗が舌を打つ。
「どうする?」
声を上げると、鞍の上で史琉は顎に手を添えて宙を睨んでいた。
「まあ… あれらが来る前に、全員街の城壁の中に逃げ込めれば一番いいけど」
と言って、嗤う。
「無理だな。あいつら、その気なかったのに、鐘の音でやる気になったみたいだ」
視線の先、醜悪で凶悪な姿のそれらが、ぞろりと動き出す。
少しずつ、地が揺れ始める。
「ここに来るより、国府の南門の方に行くかな?」
「ここよりそっちの方が魔物から見れば近い獲物だろうな。それに国府の連中も迎え撃つだろうから、都合がいい」
動き出した影を睨みながら、律斗も頷く。
「ここに居る人たちは、下手に動かない方がいいだろう…な」
「見つからずに済むかもしれない」
史琉は言い、ぐるりと見回し、先ほど美波が指した丘を指差した。
「あの桜… まだ咲かないよなあ」
同じようにそれを見て、律斗も首を振った。
「…季節が早過ぎるだろ」
「花が咲いていない木って、結界替わりにはならない?」
史琉がなおも言うと。
「なるわけないだろう!」
時若が叫ぶ。
「ははは… やっぱりなあ」
史琉は眉を下げ、乾いた声を上げた。
「まあ、それでも… 動かない方がいいだろううし、気休めでもあそこにいるほうがいいだろうな」
と、周りを見回す。
近くには、走り出し損ねた人がまだまだいる。
子どもも多く、年寄りもいる。
それらの顔をぐるりと見まわして、史琉は笑う。
「というわけで、皆さん、丘の上にどうぞ」
不安そうな表情、怪訝そうな表情を浮かべながら、人がそろそろと丘に向かって動く。
それを見てから、史琉は美波に向き直った。
「お前、結界張ったりできない?」
「冗談言わないでよ!」
美波が細い眉を寄せる。
「わたしは術具を作る専門よ。何もない所には何もできないわ!」
きっと言ってから、倖奈を振り向く。
「あの子が花を咲かす方が、余程役に立つんじゃないかしら?」
「…さすがに、蕾も出てない花を咲かせるのは無理じゃないのか?」
史琉は首を振る。
「じゃあ、おまえと倖奈も、素直に丘の上にいな」
「…史琉はどうするのよ」
美波はぎゅっと睨むが、史琉はなおも笑って。
「無事に移動できるような護衛を呼んでこなきゃだろ?」
言い、律斗に振り向く。
「ええっと…」
と、史琉が首を傾げると。
「行ってこい」
律斗がすぱんと言う。
「この場合は、俺よりも、名も顔も売れたおまえだろう」
「…やっぱり、そうか」
史琉は頷き、馬首を返した。
「じゃあ、次の出番はお前な」
「任せろ」
律斗が、微かに笑う。
史琉は馬の上で首を回し、時若を見遣った。
「何かの時は、よろしくな」
「…何かとはなんだ」
時若が唇を歪める。
「第一、俺に何か言うな。俺はお前の部下じゃない」
「…命令じゃなくて、お願いってことでよろしく」
馬を進め、史琉は颯太の横に並ぶ。
「…戻るぞ」
「…え?」
颯太はきょとんとして。
それから、口元を引き締め直した。
「国府の衛士達がここに来るように頼みに行くんですね」
「そう。ついでに魔物退治の加勢もしよう」
史琉は頷く。
「じゃあ、律斗、任せた!」
「…行ってこい」
ばしっと馬の腹を蹴って、史琉と颯太は走り出す。
それにくるりと背を向けて。
律斗は会話の間ずっと動けずにいた倖奈を見た。
「…本当に結界を張ったりはできないんだな」
「…うん」
指先に、白くなるほど力を込める。
律斗は、はあ、と息を吐いた。
「ならば、大人しくしていろ」
馬を下りて、手綱を引いて丘を登って行く彼を、倖奈も慌てて同じように追った。



馬を飛ばして、国府の街に戻る。
飛び込んできた二つの影に、正門の大扉を閉めようとしていた衛士たちがぎょっとなった。
「…校尉殿?」
衛士の一人が、声を上げると。
「北の砦の史琉だ!」
史琉も声を張り上げる。
「援助を!」
馬を飛び降りた彼の元に、胴丸を着込み太刀を掴んだ男が駆けてくる。
その彼に、史琉は、微かに口端を上げながら、道を行った先に止まっている人がいることを伝えた。
「…魔物がその丘に行く前に救援に行け、と」
僅かに眉を寄せた年嵩の男に。
「そうです」
史琉は表情を崩さずに頷く。
「勿論お手伝いします。そのために弓矢をお貸し願いたい。このとおり、武器といえば太刀を携えているだけなもので」
男は、じとりと史琉を見た後。
後ろに居た、兵に弓矢を持ってくるように言う。
「門は可能な限り開けておきます。ですが」
男は溜め息交じりに言った。
「街の中に魔物を入れないことが優先です。魔物がある程度近づいた場合は、人が戻ってきていなくても閉めます」
「間に合うようにするさ」
史琉はくっと笑う。
そこに、先ほどの兵が弓矢を抱えて駆けてきた。
「まずは、魔物どもを足止めして、時間を稼ぐ」
弓矢を受け取り、それをそのまま、後ろに突っ立ったままだった颯太に突き出した。
「颯太。律斗に持って行け」
「これを、ですか?」
颯太は、目を丸くして受け取る。
史琉はまた頷いた。
「どう使うかはあいつに任すからさ」
「はあ…」
颯太が首を傾げると。
「大丈夫だって」
史琉はふっと口元を綻ばせた。
「律斗は俺なんかよりずっとーー 砦で一番強いんだ」
颯太は瞬く。
史琉はぽんぽんと颯太の肩を叩いた。
「俺は、援助隊が出るのを待って戻るから。先に行け」
それから、ふっと表情を引き締めた。
「俺たち――北の砦の兵の役目は何だ?」
颯太も、きっと目を吊り上げる。
「魔物から人々を守ること――です」
「よし」
史琉は笑った。
「行け!」
「はい!」
颯太は頷き、馬に飛び乗って、元来た道をまた駆けた。
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