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花の如く 作者:秋保千代子

第四章

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壱の四(呻いて顔を上げたその彼の目の前に、すとん、と影が降り立った。)

※文中にグロテスクな表現がございます。
草を踏みしだく音に混じって、泰誠が、あれ、と声を上げた。
「倖奈と律斗殿は?」
時若と葵も周りを見回し、首を捻る。
「…また肝心な時に役立たずめ」
時若が頬を引き攣らせる。葵も苦々しい顔になった。
「律斗の奴もまた逃げたか」
すると、時若は一瞬だけきょとんとなって。
「…律斗に限って、それはないと思うが」
と呟く。
「おや、律斗殿に限ってということは、倖奈は?」
それに、どこか困ったように泰誠が言う。時若は肩を竦めた。
「…あいつはろくに魔物の前に出たことがない」
「そうなんですか? …ってそうか。何よりもまだ幼い女子ですものね」
うんうんと頷いて、泰誠は前を向き直る。
「ならば連れてこなければ良かったんだ」
振り返った葵は睨み、泰誠は肩を竦めた。
「そうは言っても… ねえ。彼女はすごい力の持ち主だと思んですよ。先程も言ったけれど、彼女の本領は多分、花を咲かすことじゃなくて、魔物を浄化することにあると思うんです。今回の魔物に絶対有効ですって」
「そんな本領なら、今回に限らずどんな魔物にも使えるだろう。そうだとしたら、なぜ今までに魔物に向ったことが無いんだ」
葵の視線が動き、今度は時若が眉間に皺を刻む。
「…そんなことができるなんて、ついこの間まで知らなかったんだ」
葵の眉が跳ねる。
「知らなかった?」
「気付かかなかった… というのが正しいな。偶然知った」
「偶然…」
「偶々、あいつが魔物の前に出ることがあったんだ。その時に魔物と触れなければ何も気付かなかった」
「本人の意識と関係なく神気を溢れさせるということを考えないですよ、普通」
からからと泰誠が笑い声を挟む。
「僕らが結界用の道具や武器を作るのだって、作ろうと思って、そこに神気を込めようと思って込めるものですからね。無意識でどんどん作り続けていたら倒れちゃいますよ」
すると、葵は首を大袈裟に振って、また木の根を踏み越えて歩き出した。
「とっとと行くぞ」
森の奥、緑の大樹は、変わらず青い空に向かって伸びている。
三人がそこに辿り着いた時。その根元に抱きかかえられているような大岩が、ごとん、と鳴った。
「揺れた?」
「…ですよね?」
傍に歩み寄った葵が片目を眇め、泰誠が頬を引き攣らせる。
だが、大岩はもう一度、ごとん、と鳴ってぐらぐらと震えた。
震えに合わせて出来る隙間隙間からは真っ黒い靄がぷすんぷすんと浮かんでくる。
「随分と濃い瘴気だな」
時若が呟く。
「なんで、一日でこんなに濃くなって…」
額に皺を寄せ、泰誠は岩に貼られた札を見遣った。
「何も、結界はおかしくないぞ?」
札が隙間なく岩に張り付いているのを確認して。
「どうして、神気の中に入っていながらこんなに強くなって…?」
「中に何か、瘴気が濃くなる素でもあったのか?」
「分からない」
葵が首を振り、岩に手をかけた。
「開けるぞ」
「…はい」
ごくり、と唾を呑み込んで、泰誠が頷く。時若が目を細める。
札を剥いで、岩を押す。
岩は易々と転がって、大きな音を立てて根の下に転がっていく。
やや間を開けて、洞の中から大きいな影が飛び出してきた。
それは三人を軽々と越えて、どたん、と木の根に降り立った。
「お出ましだ」
身の襤褸を纏ったそれが、ぐらりと頭を上げると、ぽっかりと空いた眼窩が見えた。
「魔物…!」
泰誠が呻く。
「人と同じ形の魔物。間違いなく、僕らが追いかけていたものみたいですね!」
「そうだな」
薄らと笑って、葵が太刀を抜く。
泰誠が光を投げて、それを纏った太刀が一気に宙を駆ける。
横薙に払われた影が、別の木の根で弾む。
それを追っていった炎が、どおん、と音を立てて弾ける。
ぶわりと煙が広がり、何かが焦げたような匂いが立ち込める。
それを割いてもう一度影が勢いよく飛んでくる。
くっと呻いて、葵がその塊を太刀で受け止める。
ずるり、と太刀に影がのしかかる。
髪の毛が焦げて縮れた魔物に圧し掛かられて、がくん、と葵が膝をつく。
「しっかり!」
泰誠が叫び、手を振る。ぼうっと浮いた光の玉がゆらりと葵の太刀にかかる。
葵が叫んで太刀を振り上げる。
魔物は光の玉を抱えた格好で後ろに投げ出される。
葵がそれを追ってもう一度斬り込んでいき、時若が焔を放つ。
光と焔を抱えた魔物は一瞬だけ叫び、大口を開けてそれらを吸い込んでいった。
「…え?」
「何だと!?」
泰誠と時若の頬が引き攣る。
「神気を食べた!?」
葵も目を剥く。
魔物が甲高い絶叫を上げる。
ぶわっと黒い靄が広がり、ぐらりと地面が揺れ、風が渦巻く。
「うわあああ!」
泰誠が叫び後ろに倒れ、そのまま穴に落ちていく。
それに一瞬だけ振り返った葵が魔物に殴られて、倒れ込む。
時若もまた易々と飛ばされて木の根の下に転がっていく。
呻いて顔を上げたその彼の目の前に、すとん、と魔物が降り立った。



刃の刺さる元から溢れる血は止まらない。
倖奈はかくんとへたり込んだ。
誰もが黙り込む。やがて、風だけが強く響き始めた。
「おまえ、最初からそうするつもりで?」
その中で漸く、ヒイロと名乗った少年が険しい顔で問う。律斗は涼しい顔で見返した。
「傷付けられただけでは死なぬ、と言ったのはコイツ自身だ。だから… 俺も史琉も、次に遭ったらこうしてみる気でいたぞ」
そうして嗤う。
ヒイロは首を振った。そのまま皆が黙り込む。
――律斗も、史琉も… 知っていて?
何かを知っていたのだと必死に考えている最中に。
激しく地面が揺れ、風が一層渦巻いた。
「なんだ?」
律斗が呟き、倖奈は恐る恐る風の流れていく方を見た。
その先は丘の上。陰った森から黒い靄が何匹もの蛇のように這いずってきている。
「…アオ?」
ヒイロが顔を顰め、ひゅーひゅーとシロが呻く。
「……ろ」
「え? 何?」
何か言ったか、と倖奈は振り返った。シロは右手をぶるぶると持ち上げて、指先を空に向ける。
その先を見上げると。
どさどさと音を立てて黒い影が落ちてきた。
影は二つ。
一つはどんどん、と跳ねて、そのままごろんと転がった。
今一つは、地面に一度べたりと伏せた後、ゆらりと起き上がった。
背は低く、襤褸をまとっただけの細い体。だが見えた顔、そこに瞳はなく、口許にはべったりと血糊がこびり付いている。
「魔物…!」
倖奈はひっと叫んだ。
「一昨日のか。葵たちはどうした…!」
律斗が舌を打ち、倖奈の腕を掴んで立ち上がらせる。
魔物はぶるると震え、真っ直ぐに律斗の背に飛びかかってきた。
背中に、ドンッ、とぶつかられて。
「くそ!」
律斗は呻き、倖奈を突き飛ばした。
張り付いて大口を開いたその顔を目掛けて、律斗が肘鉄を入れる。
ぎゃ、と呻いて影が転がる。
律斗は飛び退いて、拳を固める。
ヒイロは黙りただ睨み付け、シロがガクガクと両手を喉と地面を貫く刀に掛けた。
その向こうで影がゆらりと立ち上がり、また吠える。
大音声に合わせて、黒い靄が何筋も口から流れ出る。その靄の筋は地に落ちて、渦巻いて、羊歯にへばり付き草に絡みつき、ぐるぐると広がっていく。
広がった先でそれはヒイロの体やシロの腕に絡まり、律斗の足首をも掴もうとする。
舌を打って、律斗がそれを踏みつける。その瞬間だけ黒はぱっと散らばり、直ぐに一つの流れに戻る。
「捕まったら、面倒そうだな」
言って、彼が走り出すより早く。影は飛び上がり、もう一度律斗に突っ込んでくる。
叫びもなく、律斗の体が飛ぶ。
背から近くの樹にぶつかって、ずるずると地面に崩れ落ちる。
「律斗!」
倖奈は叫んで立ち上がろうとして。
そこにずどんと影が下りてくる。
ひっと息を呑んで見上げる。
「止せ、アオ…!」
ヒイロが叫ぶ。
昏く落ち窪んだ眼窩の向こうには何も見えない。それにもう一度息を呑もうとして。
喉をぐっと抑えられた。
息が詰まる。押されるままに後ろに倒れこむ。
瞬間、何かが爆ぜて、目の前が真っ白になった。
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