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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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弐の三「予行演習だな」

声をかけてきた美波、その後ろに不機嫌に立つ時若、縮こまる倖奈を順に見遣って。
史琉は最後だけ、僅かに顔をしかめた。
「おお。お主たち【かんなぎ】か?」
転がった樽に埋もれたままの少年が笑う。
「あら、分かるの?」
美波が微笑み返すと、少年は頷いた。
「まあ、のぅ…」
「何を根拠に言っている?」
時若は眉間に皺を刻む。
「今は何の力も使っていないぞ」
「使っておらずとも…」
少年は体を樽に預けたまま、にやりとした。
「【かんなぎ】は常に、その身から神気を出し続けておる。常人よりずっとな」
足をばたばたさせて起きあがり、彼は順繰りに三人の顔を見た。
「まあ、花を見ているようなもんじゃな。ほれ、あれらも神気が強い存在じゃろ?」
「確かに… だからこそ、結界として利用されるわけだからな」
時若が手を顎に添え、頷く。
「だが、そのように指摘されるのは気分が悪い」
「ははは。まあ、良いではないか」
からからと少年は笑い声を立てた。
「…それで?」
と、少年を見下ろした姿勢のまま、史琉が言う。
「お前も国府の牢に、一晩世話になるか?」
「おおう、冗談ではないぞ」
少年は座り込んだまま、両手を上げた。
「見逃しておくれ」
「…まあ、嫌なのは分かるが」
史琉は、頭を掻いた。
「わしは、あの乱暴者から解放してもらったのに感謝しておるんじゃよ。その良い気分のままで別れんかのう?」
「そう言われてもなあ…」
両手を腰に、史琉が溜め息を吐く。
その後ろに、ひょこと颯太が立った。
「校尉…?」
「おお、お主、どっかの校尉さんか」
少年が笑う。
史琉は唇をへの字に曲げた。
「国府は… この街の治安は管轄外だ。おまえをどうするかは、そっちの衛士の意見が優先だ」
そう言って、ぐるりと通りを見回す。
「いないっすね…」
「そうだなあ…」
颯太と史琉で溜め息を吐く。
「では、見逃しておくれ」
「どういう理屈だよ」
史琉はがりがりと頭を掻いた。
その足元を、ぬっと白い影が通る。
「おお、どこに行っておったんじゃ」
少年はそれに手を伸ばした。
「…犬?」
それは、大人の膝上くらいの高さの白い犬だった。
犬は、唯一黒い鼻先を少年の腕に押しつける。
「全く、災難だったのじゃぞ」
「…その犬が泥を跳ねかしたっていうのか?」
「いや、わし。わしがあ奴に泥をかけたのじゃよ」
笑いっぱなしの少年に、史琉はがっくりと肩をおとした。
その間も少年は犬の頭を撫で続け。
「まあ、そういうことで見逃してくれ」
よっこらしょ、と立ち上がる。
「…せめて、何処かで体と服を洗ってこい」
史琉が溜め息を吐くと。
「ははは。長旅だったもんでのう…」
ぐるり、と5人の顔を見回し、にやりと笑って、彼と犬は通りを歩き去って行った。
通りはまた、いつも通りの喧噪だ。
「…戻るか」
はあ、と溜め息をついて。
史琉は、先ほどの店の前に繋いであった馬の前に戻った。
「じゃあな、親父!」
「またお待ちしてますよ!」
人の良さそうな店主が、店の中から手を振る。
手綱の二つを颯太が持ち、一つは史琉が引こうとして。
「お前らは? まだこっちにいるのか?」
【かんなぎ】の三人に振り返る。
美波は首を横に振った。
「もう買い物は済んだし。戻りましょうよ」
「…お前の都合ばかりだな」
時若が短く息を吐く。
「…戻る。明日に備えるべきだ」
「じゃあ… 行くか」
史琉は苦笑いした。
「予行演習だな」
ぐるり、と全員の顔を見回して。
「律斗が戻ってきて、あと凱がいれば、都に行く顔ぶれだもんな」
言い、歩き出す。
「…どうして、行く前からお前と一緒に動かねばならんのだ」
時若が呻く。
史琉も眉を寄せて。
「俺だって嫌だ」
言い、前を向き直る。
「ちょっと待ってよ、史琉」
美波が小走りに、その彼の横に並ぶ。
「ねえ、荷物持って」
「は?」
「砦からここまで来るのは馬で来たのよ。その馬は正門の衛士に預けてあるから。そこまで持って」
そう言って、抱えていた大きな包みを突き出す。
「…お前なあ」
史琉は大袈裟に首を振って。
それを引いていた馬の鞍に乗せた。
「これでいいか?」
「うふ。ありがとう!」
美波がぱあっと笑う。そのまま、二人は喋りながら歩き続ける。
その後ろを、腕を組んだ時若が歩く。
残った颯太と倖奈は顔を見合わせた。
「ええと…」
颯太は、首を傾げ。自分の肩先までしか背丈のない少女を見下ろした。倖奈も、大きな瞳で見上げた。
「倖奈さん、ですっけ?」
「…はい」
頷くと、被衣から覗くおさげが揺れた。
「…行きましょうか」
「…はい」
言って、先を行く三人を追う。
先頭で言葉を交わす史琉と美波を見て、それから横を俯き加減に歩く倖奈を見て、颯太は首を傾げた。
「…倖奈さんって」
無言で見上げられて、うっと口にしかけた疑問を呑みこんだ。
――校尉の恋人って言ってなかったっけ?
だが、これではあの美波という女性の方がそうであるような雰囲気だ。
前方では変わらず、美波が笑い、喋り続け。それに史琉が朗らかに相槌を打っている。
蘇芳の小袖に紅梅の被衣の美波は、その色どおりの華やかさだ。
女らしい細さと丸みの体は、たおやかに歩く。時折横を向く際に見える顔、細い眉にぷっくり膨れた唇はあでやかで。笑みも、手の動きも、ひどく艶めいている。
翻って、横で歩く少女は。
背も低いし、手も小さくて、全てが小さい作りだ。揺れるおさげ髪は頼りない。
ただ眸だけが大きくて、それを見ると何故か詰まってしまう。
「なんだろ、これ」
それだけ、呟くと。
「何がだ」
真後ろから低い声が聞こえる。
びくっと肩を揺らして振り返り、颯太は息を吐いた。
「律斗さん…」
律斗はむすっとしたまま、颯太から一つ手綱を引ったくって。
「なぜ、こいつらまでいる」
と、倖奈と、時若と美波を見遣った。
「先ほどのお店の前でお会いしたんです」
颯太が言うと。
律斗は目を細めて、倖奈に向いた。
倖奈は眸を揺らして。
「…美波が買い物したいって言ったから、三人で来てたのよ」
と答える。
「一緒に戻ろうって史琉が…」
「…分かった」
倖奈の言葉を切って、律斗がまた低く言う。
そのまま、一歩だけ止まって、颯太と倖奈の後ろを歩く。
颯太は首を傾げた。
「…なんだ」
じとっとそれを律斗が見上げてくる。
颯太も少し止まり、律斗と並んだ。
「いえ… そのぅ」
眉を情けなく下げて、前を歩く倖奈、時若、美波の背を見てから。
「律斗さんは… その」
「なんだ。はっきり言え」
「…えっと、その」
颯太は言い淀み、律斗に睨まれ。
「なんでもないです」
肩を落とす。
律斗は眉を寄せて、首を捻り。
「…行くぞ」
と言った。
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