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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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弐の二「そういう訳だから、騒ぎは止めてほしいなあ…」

「お待ちどう」
人が良さそうな中年の男が笑顔で卓の上に皿を置く。
国府のあるこの街には多くの人が訪れる。そんな人たちに昼食を振るまう場として、多くの食堂が営まれているのだという。
ここはそんな中の一つで、彼がその主だった。
「美味しそう…」
湯気が上がる皿を見て、颯太が喉を鳴らす。
史琉は笑った。
「国府に来る時は、いつもここなんだよ」
「…お前が連れてくるせいで、柳隊は全員ここを使うようなったじゃないか」
律斗が呆れたように呟きながら、箸を手にする。
「いいじゃないか、隊の特徴ってことでさ」
史琉が言うと、颯太は瞬いた。
「…なんかいいですね。皆でお気に入りが一緒って」
「だろう?」
その颯太に史琉は笑いかけた。
「本当なら、凱も連れてきたかったんだけどなあ」
「…そういえば。彼は、今日は?」
不意に出てきた、同じ新人であるところの彼の名前に、颯太は首を傾げる。
「明日から都に行く前に家族に会っておきたいと、休みを取った」
律斗が、やや唇を尖らせて言う。
史琉も苦笑して。
「まあ… 戻ってきてからだな」
首を振る。
それからまた、にやりと笑い直し、箸を取る。
「さ、食べようぜ」
「はい、頂きます!」
颯太も笑った。

そして。

「あー、美味しかった!」
「ご馳走様、親父!」
にっこりと笑って片手を出した店主の掌に、史琉は銭を落とした。
「また来るよ」
「お待ちしてますよ」
そんな言葉を交わした時に。
外で悲鳴が上がった。
「…なんだ?」
席に座ったまま、史琉と律斗は鋭い視線を流す。
開け放たれた戸の向こう、通りでは一箇所、人の流れが途切れたところが出来ていて。
その中心では、赤ら顔の男が少年の胸倉を掴みあげていた。
「だから、謝罪だけか? 小僧…」
見ると、縦にも横にも広い男の袴の左前がべっとりと泥で汚れている。
「だからって… あそこまで怒るか、普通?」
「酔ってるな、あれは…」
史琉と律斗が呟くと、店主も溜め息を吐いた。
「あいつ… 最近、昼間からああなんだよね。家で呑んでから来るから、余計性質が悪い」
「そうなんですか?」
「この辺りの店で呑むっていうなら、皆で結託して出さなきゃいいだけだからね」
店主は首を振った。
「酔って叫ばれるのは他のお客さんの迷惑だからね」
「確かに」
頷き、皆で人だかりの出来つつある通りを見る。
その中心で、掴みあげられたままの少年は。
「すまんかったのう…」
情けない声を上げていた。
身につけているのは、元の色が判別しがたくなるほどに埃と泥を被った水干。
結った角髪も、もつれ、薄汚れている。
ぐい、と襟元から持ち上げられ、少年の足は宙をかいた。
それでも、男は、はあぁ、と息を巻いている。
「だから、謝れば済むと思ってるのか!?」
「だから、すまんかったのう、と…」
ついに出来上がった人だかりの真ん中で同じ言葉を繰り返す二人を見ながら。
「そういう訳だから、騒ぎは止めてほしいなあ…」
店主がまた呟く。
史琉と律斗は顔を見合わせ。
「じゃんけん、ぽん」
おもむろに握った拳を出し合う。
颯太は、かくん、と口を開けた。
四度あいこを繰り返した後に。
「じゃあ、取り敢えず黙らせれば良いか?」
二人は立ち上がる。
「どうせなら、一晩くらい国府の牢に放り込んでほしいな」
店主が苦笑する。
「…騒ぎを起こしたのを反省しろって?」
「まあ、これだけ意味のない騒ぎをしてるんだったら、できそうだな」
律斗は憮然と呟いたが、史琉は笑った。それから、椅子に腰を下ろしたままの颯太に。
「ちょっと待ってろよ」
そう言って、二人は店の外に出た。真っ直ぐ騒ぎの真ん中に近寄ろうしたところで。
ぶん、と音を立てて少年が宙を舞った。
そのまま、通りの脇に並んだ樽の列に体を突っ込ませる。
人だかりから悲鳴が上がる。
「…国府の衛士に突き出してやる、覚悟しやがれ」
はああ、と息を吐き、ずんずんとそこに進もうとした男の首筋に。
すらり、と刃が付き当てられる。
「お前から突き出してやるよ」
後ろに立って太刀を抜いた律斗が低く言う。
男が動きを止める。はあ、と息を吐いて律斗はその刀を引いたのだが。
「ふざけるなあ!」
その途端に振り向き、叫び、男は拳を唸らされた。
律斗は顔面に飛んできたそれをひらりと避けると、男の懐に潜り込み、相手の鳩尾に太刀の柄を打ちこんだ。
「げえ」
と呻いて、男が崩れ落ちる。
一方で、史琉は。
「生きてるか?」
つかつかと進み、倒れた樽の中に埋もれた少年の前に立つ。
「お、おお… 体中痛むぞ」
「ああ、生きてる証拠だな、痛いってのは」
顔だけ上げた少年に史琉は笑いかけた。
それから、まじまじと少年を見つめる。
年は17、8といったところ。
背は低く、袖から覗く腕も、括られた半袴の先で伸びる脚も細い。
薄汚れた格好の中で、緑色の眸だけが浮いている。
「まあ… 一応生きておるのじゃよ、わしもな」
ははは、と笑って少年は立ち上がり、史琉は眉を顰めた。



人だかりの中で爪先立ちながら。
「喧嘩?」
「…言いがかりを付けているだけにしか見えんが」
美波と時若が呟く。倖奈も結局、体を左右に動かして、人の隙間からそれを見ていたのだが。
不意に、通りの逆側の建物から現れた人に、はっと息を呑んだ。
「史琉に律斗じゃないの」
美波も裏返った声を出す。
「何をしているんだあいつらは…」
時若が呻く。
三人背を伸ばして二人の顔を見ようとした時、少年が宙を飛び、周りから悲鳴が上がる。
そのまま、律斗は大男の後ろに回ると太刀を抜いた。それから、男が叫んで、律斗が腹を打って気絶させて。
史琉は、道端に倒れ込む形になった少年と何か言葉を交わし始めた。
地に転がった男の襟首を掴み、ずるずると律斗が引き摺って歩き出すと。
人だかりも解れ、流れ出す。
「ねえ! 史琉!」
その波を縫って、美波が声を上げる。
すると、通りに背を向けて立っていた彼が振り向き。
「…お前ら? 来てたのか?」
片目を眇めた。
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