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花の如く 作者:秋保千代子

第三章

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伍の五「凄まじく不本意だが、命を拾わせてやる」

※ 文中にグロテスクな表現がございます。
「あんたたち…」
律斗は静かに右手を腰の太刀にかけて、数歩前の男たちを睨んだ。
「この間の押し入り共か」
その言葉に、颯太はぎょっとした。
それからしげしげと男たちを見る。
麻の衣――年の頃も色は様々だけど、こざっぱりとした上下に折烏帽子を付けた男たちは、一様に怯えた表情を浮かべていた。
「な、なんのことだよ」
声も震えていて、先程と打って変わって小さい。
ちっと律斗は舌を打った。
「とぼけるな。芳永――式部大輔の邸に押し入った馬鹿、三条の大殿のしつけの悪い家人はおまえたちだろう?」
すると、男たちは互いに顔を見合わせた。
「しつけが悪いなどと言うな、あれは大殿のご指示だ」
「ほう… 良い事を聞いたな」
くっと律斗が笑う。
「三条の大殿はそれほどまでに式部大輔を憎いのか?」
声は低い。颯太も黙って相手たちを睨んだ。
彼らははっとしたような表情を浮かべ。それから、また怯えた顔に戻る。
「そうさ、ご指示をしくじったんだ、俺たちは」
「だから、大殿は俺たちをわざとこんなところに…」
ふん、と鼻を鳴らし、律斗は笑った。
「放り込んでどうしようって言うんだ」
「餌にしようって言うんだ!」
一人が一際高い声で叫び、全員がたった今飛び出してきた木の洞を振り返る。
釣られ、律斗と颯太もそちらを向いた。
合わせて、ずり、と音を立ててひょろりとした影が動いてくる。
「わああああ!」
「出たあああぁ!」
男たちがまた叫び、腰を抜かし、ぜえぜえ言いながら這ってくる。
影もずずず、と出てきた。
「…こいつは?」
律斗が掠れた声で呟いた。
「人… ですか?」
颯太も目を丸くして呟いて。
「でも、でも…」
と、影を指差す。
その影は、人の形をしている。小柄な少年といった体付きで、身には襤褸を巻き付かせて。確かに二本の腕があり脚があるのだが。
「め、目が……!」
眼窩が落ち窪んで、真っ暗だった。
「目が、ないんですけど!」
「…前に見たのと一緒だな。魔物か!」
律斗が呻いた瞬間。
その影が大音声を発した。
ぐおおお、という声が空気を震わす。
また一斉に男たちが悲鳴を上げた。
律斗はばっと後ろに飛び退り。
颯太もじりじりと身を退く。
その中を影はゆっくりと歩き。
「うあああ、食べるな、食べないでくれえ!」
一番近くにいた男に手を伸ばす。
枯れ枝のような腕が、ぐいと男の腕を引く。
決して小さくもない男の体は易々と影に引き付けられ、魔物の腕の中に収まる。
「うわあああああ!」
捉えられた男が叫ぶ。魔物は何の感慨もなく大口を開き、男の肩に喰らいついた。
ごりごりごり、という音が響く。
びっと肉が食いちぎられ鮮血が飛ぶ。
誰のものと判然としない悲鳴が響く。
魔物はそのまま、肩から胸、心臓へと喰らい進む。
捉えられた男は目を見開いたまま、ぐたりと動かなくなった。
その獲物が地面に滑り落ちるのに合わせて、魔物は地にかがみ込む。
颯太も、声もなくへたり込んだ。
律斗は舌打ちとともに、太刀を抜き払った。
それを見上げた男が、奥歯を鳴らしながら叫ぶ。
「あ、ああああ、あれは大殿の食客の飼っている魔物なんだ」
「飼っている?」
律斗が問いかけるが、男はそこには答えずに。
「あれが腹減っているからって俺たちを…」
そこで一度息を切って、男は頭を抱えた。
「魔物の餌にしようとなさったんだ。無慈悲なあの人は…!」
律斗が眉を寄せる。
獲物を喰らい尽くしたらしい魔物もずるりと立ち上がり、咆吼した。
ぐるりと周りを見回し、男たちを、颯太と律斗を順に睨めつける。
「面倒くさい…」
律斗はもう一度舌を打った。
そして、腰を抜かしたままの三人を見下ろす。
「とっとと行け」
「え、あ?」
男が目を白黒させる。
「助けろと抜かしたのはおまえたちだろう…」
自分たちがやってきた、後ろの坂を立ちで指し示し、律斗は唸った。
「凄まじく不本意だが、命を拾わせてやる」
そうして、律斗は地面を蹴った。
五歩で合間を詰め、魔物に斬りかかる。
魔物は躊躇いなく右手でそれを払った。
払われた勢いで体をねじり、反対側からもう一撃。
今度は左手で受けられるが、律斗は刃を突き込んで、弾き飛ばした。
魔物は軽々と宙を舞って、木の根に激突して呻く。
そして、そのすぐ傍の洞から影が走り出てきた。
「律斗、颯太!」
出てくるなり声を上げた影を、律斗は目を丸くして見返した。
「史琉? どこから此処へ…?」
「木の洞から… だけど。さっきの悲鳴は?」
律斗は黙って視線を魔物に動かす。
その視線の先を認めて、史琉も目を細めた。
「…怪我は?」
ぶるぶる震える魔物を睨め付けて、史琉が問う。
「俺と颯太にはない。一人、喰われた」
律斗は視線を動かなくなった男に動かす。
その骸を認めて、史琉は口元を引き締めた。
「そうか」
「あと三人いたが、そっちは大丈夫だろう」
律斗は言い、視線を巡らす。男たちはもう辺りにいない。ただ、這いずった跡とそれに続く足跡が逃げたのだろうと伺わせた。
「じゃあ、あれを適当に始末して、俺たちも戻ろうか」
史琉も太刀を抜き払い、律斗が太刀を構え直す。
魔物はよろりと起き上がり、また吠えた。
そのまま真っ直ぐに律斗に突っ込む。
真正面からの頭突きを、律斗はそのまま太刀で受け止めた。
史琉は魔物の背側に走り込み、斬りつける。
その瞬間に赤い雫が飛ぶ。
「血…!?」
史琉が目を剥く。
律斗もはっとするが、その瞬間に体勢が崩れ魔物とともに倒れこむ。
己の下に組み敷く形になった律斗に向かって、魔物が大口を開く。
その脇腹を、史琉が蹴上げると、魔物は軽々と宙を飛んだ。
律斗が跳ね起きる。史琉は走り、魔物に太刀を突き込む。
一撃は既のところで躱され、がら空きになった背中に魔物の爪が伸び、またそれを律斗の太刀が受け止める。
二合、三合と太刀と魔物の爪が切り結ぶ。
その隙間から、律斗が魔物の腹を裂く。
ふらついた魔物を、史琉がもう一度蹴り飛ばす。
今度は、どすんという音を立てて、魔物はむき出しの土に激突し動かなくなった。
その上に、バラバラと土くれや枯れ枝が降る。
崩れた土は、そのまま律斗たちが通ってきた通路も塞いだ。
「あ、戻れない」
はっとして颯太が呟く。
「阿呆、史琉が降りて来た側があるだろ」
律斗が溜め息をつく。
「そ、そうでした…」
颯太は、引き攣った頬で無理やり笑った。
「それにしても…」
と史琉も溜め息を吐き出して、動かない魔物を見遣る。
姿は、颯太とそう年の頃が変わらなそうな少年。細すぎる手足は、飢えを感じさせる。斬りつけた体からは赤い血が湧いた。
だが、落ち窪んだ眼窩は、人間のものではない。
「確かに血が流れたが、魔物じゃないのか? シロの奴、何が言いたいんだ…?」
小さく呟く。その隣に律斗が立つ。
「で、どうするんだ?」
そう言って彼も視線を動かした瞬間。
ぐしゃり、と土が崩れる。細い腕がにょきりと天に伸びる。
三人は唾を飲み込んで、その腕を見つめた。
沈黙の中、魔物はゆっくりと土の中から這い出して、吠えた。
その叫び声とともに、うっすらと黒い靄を吐き出した。
「瘴気…」
史琉が呻く。律斗も頬を引き攣らせた。
「で、どうする?」
「逃げる! 俺たちの手に負えるか!」
叫び、史琉はじりじりと後ずさった。
「ここまで凶悪なのは、【かんなぎ】任せだ…」
「了解」
頬を引き攣らせたまま、律斗も一歩引く。
「颯太、走るぞ!」
史琉が叫ぶ。
「え、あ、はい!?」
ひっくり返った声で、颯太も立ち上がる。
「律斗、適当に引き上げるぞ。あとはここに蓋をして逃げる」
「蓋?」
「木の洞の入口を塞いでおくんだよ!」
ああ、と頷き、律斗は太刀を構え直した。
「蓋の仕方とやらは、任す」
「適当に時間稼いでくれよ」
言って、史琉は木の洞に向かって走り。
律斗は魔物に向かって駆けた。
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