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花の如く 作者:秋保千代子

第三章

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伍の四「倖奈なら… わしを死なせてくれるかもしれん」

※ 文中にグロテスクな表現がございます。
「ぎゃあああああ!」
悲鳴が吸い込まれていった、木の根に沿うように開いた穴を、史琉と律斗は揃って覗き込んだ。
そこは、ちょうど人一人が通れるほどの幅で、中は急な坂になっているのが見える。
その坂を滑り落ちていくような音が続き、やがて。
「いってえ!」
どすん、という音と共に一際大きな声が聞こえた。
「颯太!?」
中の闇に向かって史琉が叫ぶ。
「す、すみません…!」
すると、応じる颯太の声が響き返ってきて、史琉はほっと息を吐いた。
「中はどんな感じなんだ?」
もう一度叫ぶと、暫しの間の後に叫び返される。
「結構広くて… もっと奥にも続いているんですけど…」
颯太の声は大分遠くから響いてくる。
史琉と律斗は顔を見合わせた。
「どうする?」
「取り敢えずは颯太を引き上げないと」
「この坂… 登って戻ってこれるものか?」
「何とも言えないな。もしかしたら、颯太の言う奥にも続いている方のほうが上り口があるかもしれないし」
首を一度捻って、史琉はまた穴を覗き込んだ。
「そこで待っていろ!」
応じる颯太の声が返ってきて。
「…どっちが行くんだ?」
律斗は顔を顰める。史琉は黙って握り拳を突き出した。
おもむろにジャンケンが始まる。
三度のアイコのあとに、律斗が大仰な溜め息とともに立ち上がった。
「手のかかる…」
「頼むよ」
「どうする? 先に行っているか?」
「ああ…」
律斗は木の根に手をかけて、穴に入り込み、ずずず、と滑っていった。
苦笑いでそれを見送ってから、史琉はゆっくりと顔を上げた。
今まで進んでいた方向を見れば、次郎が静かな顔で振り返っていた。
「待たせたな」
笑みの形を少し変えてから、史琉は立ち上がり歩き出した。



ずずず、と滑っていった先は、唐突に広がった。
坂はそこで終わる。大地にしっかりと立ってから、律斗は上を見上げた。
「明るいな…」
そこは木の洞の中のようで、大きな根の屋根があった。その屋根の隙間から、陽光が届いている。
壁となっているのは土と張り巡らされた根で、湿った苔で覆われている箇所が幾つもあった。
「律斗さん、律斗さん」
呼ばれ、律斗が振り向くと。背中と腰に土をこびりつかせたままの颯太がしゃがみこんでいた。
「これこれ、見てくださいよ?」
そう言って、颯太は己の足元を指差した。
足元の土も湿っていて、そこは大人の掌よりやや大きいほどの窪みが幾つもあった。
「人の足跡、だな」
「はい。それも結構新しいですよね」
そう言って、颯太が窪みの淵を押す。そこの湿った土はぐにゃり、と曲がった。
「結構もなにも… 足跡の主は、まだすぐ近くにいるんじゃないか?」
律斗は鼻で笑って、もう一度視線を足跡に寄せた。足跡の向きはあっちこっちに向いている。大きさもいくつか混じっていた。
「…探してみますか?」
「そうだな」
頷きあって、洞の奥へ視線を動かす。その先はここよりは暗くなっていて、それに対して目を細めた瞬間。
「うわあぁああ!!」
明らかに人の声、それも悲鳴が響く。
颯太と律斗は目を丸くした。
そして、見つめていた洞の奥からバタバタと影が転がり出てくる。
その数は四つ。
「あああ! 助けてくれ!」
彼らは律斗と颯太を見るなり、絶叫し。
「は?」
颯太は目を丸くし、律斗は眉を寄せた。



ざくざくと羊歯の葉を踏み、進む。
その緑の濃さとは反対に、見上げた空はそんなに葉が茂っておらず、陽の光は足元までしっかり届く。
立木と立木の間も広くなり、そのまま少し開けた所に出た。
そこには一際大きな木がそびえ、根元にぽっかりと洞が開いていた。
その脇には小さな祠。祠の辺りは少し低くなっていて、その高い方にしめ縄の巻かれた大きな岩があった。
史琉は足を止めて、ぐるりとそんな周りを見た。
次郎はゆっくりと進み続け、根の上に立っていた少年に近寄った。
その次郎の頭を撫で、それから彼はゆっくりと振り返った。
「なんじゃ、お主も来たのか…」
「シロ…」
史琉はすっと目を細め。見つめる相手――シロは口端を綻ばせた。
「何をしに来た?」
シロが言うと、史琉は眉根を寄せ。
「…お前の狙いを聞きに」
と言った。
「狙い?」
シロが首を傾げる。
「…何も無いわけがないだろう? おまえが何者か、は正直どうだっていい。ただ、何を成そうとしているのか、それ次第で俺も動きが変わる」
「ほほう?」
「俺の成したいことの邪魔になったら堪らないからな」
淡々とした史琉の声に、シロは肩を竦めた。
「我が儘じゃのう」
「お褒めいただいて、どうも」
史琉の表情は崩れない。
「邪魔になってくれるなというのはわしも一緒じゃからな。知っておいてもらっても損はないかもしれんが」
シロは二度三度と首を回してから。
「だが、話すのがめんどい」
ふう、と息を吐く。
史琉は僅かにこめかみを引き攣らせたが、それだけでまだ黙っていると、シロが唸って背伸びをした。
「結論だけ言うか」
そうして、シロは体を史琉に向け直し。
ゆっくりと笑った。
「わしは…… 死にたい」
史琉は目を丸くした。
「死にたい、だって?」
「そう。死にたい。この世に存在することを辞めたい。だが、それが簡単にできぬから難儀している」
シロはなおも笑った。
「六十年かかって… 漸く使えそうなものを見つけたところなんじゃ。もしかしたらそれでも叶わないかもしれぬが、それでも試したい」
「何を?」
低い声を史琉が挟む。
シロは笑んだまま、手を叩いた。
「倖奈の神気で、わしに宿る全ての瘴気が消せるか否か」
叩いた手をゆっくりと広げ、それから真っ直ぐに史琉を見た。
「倖奈なら… わしを死なせてくれるかもしれん」
うっとりとシロが言う。
史琉はぎりと歯を鳴らした。
「俺は倖奈を人殺しにする気はないぞ」
鋭い視線を向けられても、シロは恍惚とした表情のまま。
「だが、おぬしではわしを殺せん。その太刀で突こうが切り裂こうが、な」
からりとした声を上げた。
「試してみるか?」
そう言って、シロは視線を動かした。釣られ、史琉も視線を動かす。
その先には、しめ縄の巻かれた、大人の一抱え以上もある岩。
シロは根の上から飛び降り、ひょこひょこと根元の祠の前に行った。
ぱんぱん、と掌を合わせる音に続いて。岩が転がり始めた。
「危ない…!」
史琉が叫ぶ。
岩はごろんごろん、と転がり、そのまま立ち尽くすシロに、どすん、とぶつかった。 ぐしゃり、と潰れる音が響く。
岩はごろんごろんと転がり続け、祠にぶつかって止まった。
「シロ…!」
史琉はだっと駆けた。くうん、と鳴いて次郎も立ち寄ってくる。
祠の前には腹より下の部分が元の形を保ったままで転がっていて、その先にちぎれた肉、砕けた骨、破けた布切れが散らばっている。岩の下からはじんわりと血が染み出てくる。
史琉はぐっと唸って、口元を覆った。
「嘘だろ…」
呟きが漏れた次の瞬間。
ふらりと下半身が立ち上がった。
息を呑んで、史琉は後ずさった。
びちゃびちゃという音を立てて、散らばった肉の欠片が集まってくる。血は地や岩にこびりつかせたままに。
音とともに、少しずつ骨と肉が形を取り戻す。
その様を史琉は蒼ざめ、黙って見つめた。
やがて。
「このとおりじゃ… 傷つけられたくらいでは、年をとったくらいでは死ねんのだよ」
そう呟くシロが真っ直ぐに立っている。
まとっていた衣は破けてボロボロに散らばっているものの。
潰れたはずの腹から上の体は傷一つない。
「だから、この体を保っている瘴気を消す必要があってな」
傷一つない腹を指先で撫でてシロは笑い。
「それで、倖奈を使いたいんじゃよ」
「使うって、おまえ…」
史琉が掠れた声で重ねると、頷く。
「もしかしたら、あれでも足りぬかもしれぬ。アオに使うのは惜しい。わし一人で使いたいのう」
からりとシロが笑うのに、史琉はぐっと眉根を寄せた。
「おまえなんかに渡せるか」
シロは面白そうに笑う。
「おぬしの…か」
「当たり前だ!」
拳を固めて、史琉が叫ぶ。
そこに不意に。
木の根元の洞の奥から悲鳴と思しきものが響いてきた。
「なんだ!?」
弾かれたように振り向いて、史琉が叫ぶ。
「ああ… アオが動き出したかのう?」
シロはのんびりと笑った。
「アオ?」
史琉が怪訝そうな声を上げる。
「行ってみろ。多分、お主はあれも『魔物』と云うだろうよ」
シロはひらひらと手を振る。
「…違うっていうのか」
史琉が静かに問うと、シロはにやにやと首を傾げた。
「さすがのお主もあれは倒せぬよ。せめてここに閉じ込めておくくらいで精々じゃ。蓋をするのはこの岩を使え…」
史琉は顔を顰めてから、太刀を抜き払い、洞に飛び込んだ。
「健闘を祈る」
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