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花の如く 作者:秋保千代子

第三章

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伍の一「…あそこまではっきりと非を認められると、逆に恐ろしいものがあるね」

会議の場での話というのは、同じところをぐるぐる回るだけでなく、思わぬ方向へ彷徨うことも多いらしい。
今、この場で交わされているのは。
「昨日、式部大輔の邸が怪しげな体の男どもに襲われたそうだ」
ということについてだった。
「怪しげな… というのは、如何様に?」
「顔を隠し、刀を抜いて押し入ってきたとか」
「その際に、家人が負傷したとか」
「何の予告もなくということであるから、対処のしようがなかったであろう?」
部屋の東側の一番奥、そこ以外には、それぞれの色の袍を纏い冠を被った男たちが座っている。
己以外の全員の視線を一度に浴びても、式部大輔――芳永は鷹揚に微笑んだ。
「ええ、驚きましたとも」
そのまま、ゆっくりと袖口に額を埋める。
「何故我が家が狙われたのかと首を捻るばかり… 今日はこの大切な会議がありますので出仕いたしましたが、本当は家が心配で心配で一歩も出たくなかったくらいです」
「だが、その賊はすぐに捕らえられたとも聞き及んでいるが?」
西側の一番奥、濃い紫の袍の男が口を挟むと、芳永は顔を上げて頷いた。
「ええ… 我が家に滞在中の北の校尉殿が恐れることなく立ち向かってくれました」
すると、今度は場の視線は一番下座に向かう。
視線を浴びたのは史琉で、彼はゆっくりと顔を伏せた。
「なんと素晴らしいこと」
先ほどの西側の奥の男が大仰な溜め息を吐く。
「北の地での役目として、魔物だけでなく賊も相手になさったことがあると聞き及ぶ… 経験故に、力で対処すべきことにも慌てられなかったか」
史琉は首を横に振って、奥の男に視線を返す。
「いいえ… 私一人の手柄ではなく。それに、あのような行いで良かったのかと考えております」
ほう、とそこかしこから疑問を含んだ溜め息が響く。
何故、と奥の男も呟き、史琉は口元にだけ引きつった笑みを浮かべた。
「何分… 作法も知らぬ田舎者ですので」
すると、溜め息がざわめきに変わる。
「何、謙遜なさるな」
「素晴らしい動きだったというではないか」
「それより、賊に作法、礼など無用」
「貴人の家に押し込んでおいて、命を取られなかっただけマシであろう」
賞賛のような言葉を浴びて、史琉はまた顔を伏せる。
「鮮やかな手並み、是非拝見したいもの」
最後に響いた声に史琉はゆっくりと顔を上げる。
すぐ横を、さらに濃い紫の袍が通り過ぎていく。
ざわめきは、史琉に宛てたものから、その今入ってきた男に向いたものに変わる。
「左大臣殿」
中よりも少し奥の席にいた男が声をかける。
すると、男は足を止めて、太い体の向きをゆっくりと変えた。
「何かな、内務卿殿」
応えを得た内務卿――秋の宮は扇を広げて、首を傾げてみせた。
「会議の場を纏める貴方が遅れられるとは珍しい。お蔭で、この場の話は本来の議を全く話せておりませんが」
すると、男は「申し訳なきこと」と、あっさりと呟いた。
「家内で困ったことがあり、その対処を信頼置ける者に指示しており遅れた」
「はて、左大臣殿ともあろう方が困るような事態とは?」
秋の宮が聞き返す。左大臣――三条の大殿はまっすぐに一番奥の空いている席に向かい、座る。
それからしっかりと頭を下げた。
「今、皆が気にしているその賊は、我が家の家人だ」
一気にざわめきの色が変わった。
秋の宮は目を丸くし、芳永も不思議そうな視線を左大臣に送る。
左大臣は頷いて、芳永を見遣った。
「明日にでも彼らを釈放してもらえるようにするつもりで、信頼の置ける者に衛士処へ向かわせた。勿論、出た後にも二度とこのような真似を働かぬようにするので赦されたい」
一気に喋り、また頭を下げる。
「あれらは私も与り知らぬうちに成されたことだが、家人への監督が行き届いていなかったのは覆せぬこと。重ねて、赦されたい」
芳永は目を細め、口元を引き締めた。
左大臣は体を起こすと、向きを会議の場の中央に向け。
「このような状況ゆえ、私は今、会議に集中できそうにない。よって、期日をまた改める」
言い放つ。
ざわめきはそれに一段と大きくなり、人々は次々に立ち上がって外へ流れていった。
その中で芳永がまだ座したままの史琉の横に立つ。
「困ったねえ」
それに苦笑いだけして見せてから、史琉は横の席を見た。
「…時若君は?」
「…さっさと退散したようです」
そっと目を伏せる。横合いをどんどんざわめきが流れていったが。
「校尉殿」
呼ばれ振り向くと、左大臣が通るところだった。
「北からの一行にも迷惑をかけた」
それに史琉は首を振ってみせる。
すると左大臣はにやりと笑んで、去っていった。
ざわめきが通り過ぎて、残ったのは三人。入口近くに座した史琉とその横に立つ芳永と。
「吃驚した」
と呟いた秋の宮。
秋の宮は立ち上がり、ひょこひょこと歩み寄ってきた。
すぐ横に立ってから、扇の影で。
「…あそこまではっきりと非を認められると、逆に恐ろしいものがあるね」
と低く小さく言う。芳永も頷いた。
「全くですね」
「与り知らぬ… は本当かな」
「…なんとも判断しかねますね。そもそも非を認めることが少ない方だ。わざわざ皆の目前で謝罪して、何を狙ってらっしゃるかさえ読めない」
ぼそりと言葉を交わしあった後、二人で肩を竦め。
史琉は眉を寄せて、外を向いた。
軽い足音が外の簀子を叩いて、寄ってくる。
「誰だ?」
秋の宮も眉を顰めたが、ひょっこりと入口から覗いた顔にふっと笑った。
「おや、春宮」
十を超えたばかりの少年が中を覗き込んでくる。 黄丹色の袖を揺らし、翠色の眸を丸くして。
「恐ろしいことがあったというのは本当ですか、式部大輔!?」
叫ぶ。
芳永はも目を丸くして、それから破顔した。
「事実ですよ」
芳永はゆっくりと口元を弧に歪め、頷いた。
「家に帰ったら惨状で… ええ、吃驚しましたとも」
「…よく言う。怪我を負ったのは家人一人じゃないか」
溜め息混じりに秋の宮が口を挟んだが、春宮は眉を顰めた。
「そんな… お怪我された方までいるなんて」
「だけど、校尉たちがすぐに捕らえてくれましたからね。奪われた物もありません。彼らは今、街の衛士処にいますよ」
芳永が微笑むと、少年もホッとしたように笑った。
「怪我された方のご様子は如何ですか?」
「桂次は、彼の息子が来て、預かってくれましたよ。うちにいると、ゆっくりしないで働き出しそうな様子でしたから」
くすり、と小さな笑いの後に芳永は肩を竦めた。
「問題は食事かな。誰か作るんだろう?」
言ってから視線を向けられ、史琉もまた首を振った。
それに春宮もまた笑う。
だが、次にした足音に振り向いて、彼は少し肩を落とした。
「春宮はお優しい。怪我をした者の心配までなさるとは」
すぐ隣に大柄な男――左大臣が立つ。
「しかし、春宮はもうお戻りなさい。長々と我らと交わるようではいけません。今はしっかり勉学に励んでいただかないと」
それに渋々といった様子で頷く。
「では、また」
と言って、彼は左大臣に肩を抱かれて歩いて行った。
その足音が遠くに去った後に三人もまた外に出て、簀子をずっと歩き出した。
「…芳永。久々にうちに来るか?」
並んで歩きながら、秋の宮が口を開く。
芳永は瞬き、秋の宮は胸を反らした。
「茉莉と娘を私も心配しているのだよ」
「はあ」
「君の家に何かあって、君が仕事に手がつかいない状態になっても困るのでね」
すると芳永は眉を寄せたが。
「三度の食事は保証できるぞ」
秋の宮が堂々と言い放つ。芳永は吹き出した。
「…お邪魔します」
すると、秋の宮はうんうんと大袈裟に頷いて、視線を史琉に移した。
「校尉たちも無論来るのだろう?」
史琉は目を見張って、何度か瞬いて、それからゆっくりと笑んだ。
「勿論… お伺いさせていただきます」
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