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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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弐の一「明日から長旅なんですもの」

風はまだ冷たい。
それでも、辛抱して待っているものだ、と颯太は立っていた。
後ろに鞍をつけた馬が3頭。その手綱は全て颯太が握っている。
時折いななこうとするそれらを宥めながら、彼は、人混みを避けて街の大通りの端に立っていた。
報われるのは屋敷の門が開いた時、とじっと睨むこと、一刻。
ようやく開いた門から出てきた人影――二人の青年に、颯太は笑って、空いている手を振った。
「校尉! 律斗さああああああん!」
その大声に、一人は顔を歪め、もう一人は左手を上げて見せた。
手を上げた彼は、その身を若竹色の直垂に折烏帽子で包んでいて。
「待たせたな」
笑う声は、張りがあってよく通った。
「そんなことないです! 校尉!」
颯太もまた声を上げ、びしっと背筋を伸ばした。
だか、颯太は普通の人よりも背が高いので、決して背が低いわけではないはずのその人――史琉も見下ろす形になってしまった。
「任務完了ですか?」
「ほら、ちゃんと貰って来たぞ」
それにさえも笑って、史琉は懐から黒く細長い箱を取り出して見せた。
「それが、都に届けなければいけない書状なんですね」
「ああ」
史琉は頷いて、後ろ――今しがた出てきたばかりの屋敷を振りかえった。
そこは、【豊葦原瑞穂国】の北の一帯を取り仕切る国府だった。
北の地の政務を【みかど】から任された北の帥――理久の本来の座所だ。
頻繁に現れる魔物の鎮圧に重きを置く彼は、常から砦にいるのだが、それ以外の政に関わることは全てこちらで行われていた。
理久より北の地への援助を申し出るために都に行けと命じられたのが四日前。
その都に持って行く書状はそちらで用意されている、と出立の前日になって言われ、慌てて取りに来たのだが。
「まあ、実際は文での報告は逐一行ってるんだろうし」
と史琉はもう一度、今度はやや苦みを持たせて笑った。
「俺の本来の役目は、如何にして都の偉い人から援助を引き摺り出すか、なんだろうな」
「…書状を届けるだけでなくて?」
颯太は目を瞬く。
その彼の手から、今一人の青年が憮然と手綱を一つ奪う。
「文をやるだけで埒が明かなくなったんだろう。はっきりとは言わなかったがな」
藍墨茶の直垂に折烏帽子という姿の青年――律斗は、長い溜め息を吐いた。
律斗は決して体は大きくない。だが、腰に佩いた太刀と鋭い光を宿した眸とで、ぴりぴりした雰囲気を醸し出していた。
その横で、同じように手綱を一つ受け取りながら、史琉は烏帽子をとって頭を振った。
「面倒だよ、全く」
短い髪がばらばらと顔にかかるのに目を細める。同じように腰には太刀が下がっているというのに、史琉が持つのは律斗に比べて随分からっとした空気だ。
「初対面のお偉いさん達に何を語れっていうんだか… っていうか、田舎者の俺にそれを任すなよって思うよ…」
その史琉が呟くのに、颯太も眉を下げた。
「…すごい大変そうに聞こえるんですけど」
「ああ、大変だと思うぞ。緊張して腹が下ってきた」
「ええ!?」
「単に冷えただけだろ?」
素っ頓狂な声を上げた颯太を睨みながら、律斗は鞍にかかっていた袋から白茶の襟巻を取ると、ぐるぐると首に巻いた。
それも見下ろして、颯太は首を傾げた。
「そこまで寒いですか? 律斗さん?」
襟巻は、きっちりと結った髷の上に烏帽子を乗せた彼の頭を埋めそうになっていた。
ぐるり、と通りを行く人を見回しても。
小袖に袴に襟巻、という恰好は颯太を含め多くの男たちがしていた。
だが、ここまで幾重にも巻いているのはいない。
だが、律斗は眇めた目で見上げながら。
「俺は寒がりなんだよ」
と呟いた。
「如月も半ばを過ぎたっていうのに… 寒すぎる」
「ははは。今年は本当に春が遠いなあ…」
取った烏帽子の紐を握って、片手で回しながら、史琉が笑う。
それから、細長い箱をもう一度懐に仕舞おうとするのを、颯太はじっと見た。
「その書状… どうなっているんですか?」
そっと指差す。書状はおそらく巻紙に書かれて、箱に納められているのだろう。箱には紐が結いとめられているのだが、その固い結び目が淡く光っている。
「ああ、これ?」
史琉も箱の光に視線を落として、言った。
「【かんなぎ】の術具の一つでさ… 錠と鍵みたいなもんで、対応する術具がないと開けられないようになってるんだよ」
「へえ…」
颯太は瞬いた。
「政の大事な書状は大抵こうやって封印されている。情報が漏れるのを防ぐためなんだろうな」
史琉は笑って、箱を懐に仕舞ってしまった。
それから。
「さて、戻るとするか」
言い、颯太を見上げる。
「飯でも食ってから」
颯太はもう一度瞬いて。
「…お腹の調子は?」
首を傾げると、史琉が噴き出した。
「おまえ、いい奴だな。大丈夫だよ、本番まではね」
「…そうなんですか、良かったです」
颯太は真顔で頷く。横で律斗が呆れたような溜め息を吐く。
史琉は笑い直した。
「で、どうする? 食べるのか?」
「はい! 食べます!」
颯太は、首を縦に振った。



「やっぱり、国府の街は違うわねえ」
通りを流れる人波の合い間で紅梅の被衣を翻して、美波が笑う。
「賑やかで。人も沢山いて、お店も沢山あって。ああ、見ているだけでウキウキしちゃう」
「…そうだね」
同じように藍色の衣を被いて、倖奈は彼女を追いながら答えた。
「でも、今日は長く居られないわね」
美波が、ほう、と溜め息を吐いた。
「明日から長旅なんですもの。夜は早めに休まないと」
「ならば、何故今日買い物にこようなどと言い出すんだ、貴様は」
二人の後ろを、頬を歪ませた時若が歩いてついてくる。
その彼にもにこりと微笑みかけて美波は言った。
「だって、新しい小袖が欲しいんだもの。折角都に行くのに、お洒落したいじゃない」
「…遊びで行くんじゃないんだぞ」
時若の頬が引き攣る。
だが、美波は笑顔のまま、露店の並ぶ通りを進んで行く。
溜め息を吐いた時若も、狩衣の袖と後ろで一つに結わえた黒い髪を揺らして歩いていく。
倖奈もそれについて、小走りで進む。
そして結局、美波は織の異なる小袖を3枚も買い求め。
「持つの、大変」
両手にそれらを抱えて、呟く。
「言わんこっちゃない」
時若が盛大な溜め息を吐いた。
「街の入り口で衛士に馬を預けてきた。そこまでは自分で運べ」
「あら、助けてくれないの? いい男なのに」
「何の関係があるんだ」
二人の高さの違う笑いを含む声を後ろで聞きながら、倖奈も、はあ、と息を吐いた。
被いた衣の端をギュッと握って通りを見まわす。
真冬の装束から、綿入りの衣が一枚減った姿の人々の流れに、くらりとなる。
――都はもっとたくさんの人がいるんだよね…
明日からのことに想いを馳せた時。
「あら?」
また美波が呑気な声を上げた。
「何の騒ぎかしら?」
つられ、倖奈も振り向く。
通りの向こう、漂ってくる匂いから考えるに食事処が並んでいるのだろう一角に、人だかりができている。
「喧嘩か?」
時若が首を捻る。
確かにざわざわ言う音を裂いて、怒鳴り声が響いてくる。
「気になるわ」
そう言って、美波が走り出した。
「阿呆。とっと帰るぞ!」
時若が声を上げて、その後を走る。
倖奈もぎょっとして。
「待って!」
また慌てて二人の背をを追った。
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