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花の如く 作者:秋保千代子

第三章

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参の三(知りたい、と強く願って書と向き合うと、ただの文字の連なりが意味を持って膨らんだ。)

最初は勧められた棚を端から順に読んでいるだけだった。そこにあったのは泰誠の言ったとおり『魔物が発生した場合に対する対処にどのようなものが考えられるか…を件の方が纏めた物』で、過去に居た【かんなぎ】の力についても記されていた。
そのうちに、この国が過去に辿ってきた道にも興味がわいて、歴史の本を探してみた。歴史に名を残したのは、【かんなぎ】だけではなくて、代々の帝もいれば、その帝の近辺に仕えた者も背いた者もいた。
叛いた事に理由があるのかとその理由を別の書に求めてみれば、今の北の地と同じように魔物の氾濫が理由だった者もいた。
それで結局、倖奈はまた、最初に手にとった【かんなぎ】の様々な力について記された本を広げていた。
――私と同じような力の人はやっぱり居なかったのかな?
蕾を開かせる力。萎れた花に瑞々しさを取り戻させる力。ただ、花を咲かせるだけの力。
――結界の足しになればと思って、ただ咲かすだけだったけれど。
同じような力を持った者がいたならば。その者は力をどのように活かしていたのかを知りたかった。
――私にもできることがあるのだと教えて。

知りたい、と強く願って書と向き合うと、ただの文字の連なりが意味を持って膨らんだ。

大学寮の書庫に通い始めて五日。
読んだ本は何冊になるかはもう数えていないが、胸をかける熱に急かされて、どんどん書を捲っていく。その度に新しい言葉を見つけ、胸の熱が上がり、また読み始める。
何かを知るというのはこれほどまでに嬉しいものだったのかと、倖奈は正直驚いていた。
面白いかという問いに対して、是と応えたのは当然のことで、今もまた。
「熱心ですね」
と声をかけてきた泰誠に、倖奈はゆっくりと笑んでみせた。
「あなたとは、毎日ここでお会いしている」
袴の裾を捌き、彼は倖奈の正面に腰を下ろす。倖奈は後ろの棚に持たれていた背をまっすぐに起こした。
丸い頬にえくぼを浮かべて。
「僕自身は… 何かを作る部類なんですよ」
泰誠は言った。
「何かを作る?」
「ええ。例えば、魔物を封じ込める結界を設けるための術具とか」
倖奈は瞬いて、呟く。
「…北の砦では真桜様が作っていたわ」
すると、泰誠はまた笑った。
「武具防具の類に何かの力を持たせる、ということもできますよ。よくやるのは、相棒の刀に熱を加えて、ただ斬るよりも魔物に与える衝撃を大きくする…なんてことですけど」
倖奈もそれには笑い。
「北の砦でも、そういうことをしていたわ。炎を上げるようにした矢のことを、皆『赤の矢』なんて呼んでいます」
「それは分かりやすい名付けだなあ…! 『青の矢』もあるんですか?」
「ええ。そちらは氷を作る…のだったと思います」
倖奈が答えると。泰誠は楽しそうに肩を揺らした。
「北は魔物の多い土地と伺います。その分、沢山の【かんなぎ】が様々な力を発揮されているのでしょう。同じく【かんなぎ】と呼ばれていても出来ることは人の数だけあるような気がします」
言って、彼は棚に目を移した。
「その力毎に向き不向きがあるのでしょうね。僕自身は、その場ですぐに何かを作るというのが得意だから、実戦向きなのでしょう。近衛の府で、都で沸く魔物絡みの調べごとに当たっています」
「…お忙しくされているんですね」
倖奈は頷き、じっと見返した。
「今日ここに来たのも…?」
「ええ、その今の仕事に関連してだったのですが…」
そこまで言って、泰誠はふと視線を倖奈の向こうに投げた。
何事かと振り返ると、部屋の入口にもう一つ人影が立っていた。
「天音殿」
泰誠が眉を寄せる。
隙の無い化粧を施し、豪奢な打掛を纏ったその女性は、ゆっくりと首を傾げた。
「ご機嫌よう」
優雅に微笑み、部屋の中に踏み込んでくる。泰誠はすっと立ち上がり、彼女に向いた。
「…ここは【かんなぎ】の書庫です」
「ええ、存じてますわ」
「あなたのような官女が、どのようなご用ですか?」
泰誠がぴんと言い放つ。
「調査が必要な事柄があれば、僕らがご案内します。お声掛けいただけますか?」
「結構ですわ。…子どもでなくてよ」
だが、彼女は艷やかに笑んだ。
「私自身が知らなければと思うことがあり、参りましたの。私の力で答えを見つけますわ」
その笑顔のまま、天音はゆっくりと歩む。
「子どもではありませんの。遣り方は考えられましてよ」
言って、倖奈の読んでいた棚の裏に立ち、彼女は首を傾げた。
「ただ、やはりお邪魔だとおっしゃるなら、退散いたしますけど?」
泰誠は溜め息を吐き出し、首を振った。
天音、と呼ばれた女性は紅を佩いた唇で弧を描き、ゆっくりと書を捲り出した。
泰誠は、ゆっくりと倖奈を向き直ると、頭を下げて去っていく。
倖奈は俯き、棚に凭れた。



「…面白い?」
目の前の書に夢中になり過ぎていたようで、不意に降ってきた疑問に倖奈はぎょっとして顔を上げた。
見下ろしてきたのは美波だった。
反射的にこくりと頷いて。
「どこ行ってたの…?」
そういえば今日は彼女と来ていたのだと思い出して、倖奈は瞬く。
辺りを見回せば、窓の外の空は僅かに紅がかっていた。天音はおらず、遠くの棚の前で泰誠が立ったまま書を読んでいる。
それから改めて美波をじっと見上げた。
薄紅の小袖の上に濃い山吹色の打掛を掛け、艶やかな髪を真っ直ぐに下ろした姿は、美しい。だが、その眉を寄せた顔は決して華やかではなかった。
美波もまたじっと見つめ返してきながら。
「どこでも良いでしょ」
声音もあからさまに不機嫌なもの。倖奈は口元を引き締めた。
それを見ているのかいないのか、美波はぼそりと呟いた。
「前はこんなに熱心に勉強とかしなかったのにね。しなかったから…だったのに」
それから、くるりと踵を返す。
「もう夕方だから、戻る」
「芳永様のお邸に?」
「それ以外の何処に?」
ぎゅっと眉を寄せて、顔だけ振り返る。
「真桜様のお言い付けだから…」
と何かを言いかけてから。彼女は、何でもない、と首を振った。
ひらりと打掛の裾が翻して、美波は書庫を出ていく。
その背を見つめ。
「待って!」
倖奈は慌てて立ち上がり、追いかけた。
「…何?」
「わたしも… 戻るわ」
「そう」
ひやりとした声で応えたきり、美波は黙りこくって歩いていく。
遠くから、泰誠が不思議そうな視線を寄越してきたが、それに頭だけ下げて倖奈は美波を追った。
必死について行きながら、そう言えば、と思う。
――美波が何を思っているのかも知らない。
幼い頃から、側にいた存在。
何をするのも、彼女が手取り足取り導いてくれたような気がするのというのに。その肝心の彼女が何を思って何をしてきたのか全く知らないと、唇を噛んだ。
――本当に、何も知らない!
胸の底を何かに鷲掴みにされたような感覚が支配する。
その感触を表す言葉もまた、倖奈は知らない気がした。
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