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花の如く 作者:秋保千代子

第三章

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壱の二「君たちの到着を心待ちにしていたよ」

大通りを途中で折れ、都を東に向かう。大分歩いて頃に小さな川沿いに出て、柳の木と朱塗りの柵が並ぶ土手沿いに似たような門構えの邸宅が並んでいた。
「…大きい家が並びますね」
「…都では小さいほうだ。そういう田舎者丸出しの発言は止せ」
「ええええええ!? そうなんですか!?」
「いいから、黙れ」
先頭を、律斗と行李を背負った颯太が歩く。その次を史琉。美波、倖奈、時若と続き。
「ほら、あそこだ」
律斗が指差す。
そこの門の前では、粗染めの小袖に袴を穿いた老人が道を掃いていた。
桂次けいじ
律斗が声を上げる。
すると老人がゆっくりと頭を上げ、破顔した。
「おや、律斗様」
竹箒を塀に立て掛けて、たっと駆けてくる。
「お話は伺っておりました。いや、思ったよりお早いお着きだ」
そう言って、律斗の手を取り、一行の顔を見た。
すっと史琉が一歩出る。
「貴方様が、北の校尉様で」
老人が笑い、史琉も笑み返す。
「はい。お話は北の帥様よりお聞きしています。長々とお世話になってしまうかと思いますが…」
「いやいや、とんでもない。ここではお寛ぎくださいませ」
そう言ってから、彼は一向に門を入るように促した。
「桂次… 元気か?」
ぞろぞろと歩きながら、律斗が老人に問う。
「ええ、儂は変わらずに」
と答えた。
「儂は?」
「ええ、儂だけは。家内は一昨年の暮れに亡くなりました。子どもたちもそれぞれ巣立っていきましてね。いや、寂しいものです」
皺だらけの顔をさらにクシャクシャにして、彼は続けた。
「今は、通いの女が二人と儂とでここを見ています」
「そうか」
律斗は眉を曇らせたが、桂次は笑い直す。
「さあさあ、本当に中へどうぞ。御主人様も心待ちにしていらっしゃってます」
「俺は楽しみじゃなかった」
ぼそりと律斗が呟いたが、史琉がぽんと肩を叩いただけで。
一行は墨色の瓦屋根の門を潜った。



邸の中央、庭に面した広い部屋。
「初めまして、北の校尉殿。【かんなぎ】殿」
そう言って、男はゆっくりと一行を見回した。
「君たちの到着を心待ちにしていたよ」
年は三十路に入った頃、小豆色の直衣に立烏帽子という出で立ちの、背が高くすっきりした体躯の彼が、芳永よしひさだと名乗った。
「長旅お疲れ様。それより何より、僕は律斗の相手が大変だろう、とお訊きしたいよ」
「あなた!」
軽やかな声に、横に座った女が窘める声を上げる。
芳永はそのまま明るく笑って、横の女とその膝の上に座った幼子に視線を移した。
「妻の茉莉まりと娘の莉紗りさだよ」
にこりと、花葉色の小袖の上に萱草色の打掛をかけて、長い髪を背に流したその女が微笑む。
「初めまして、茉莉様、莉紗様」
ゆっくりと史琉が手をついて頭を下げる。
「まあ、そんなに大袈裟になさらないで」
「なさらないでー!」
茉莉が慌てた声を出すと、莉紗がけらけら笑った。
「どうぞ、我が家と思って寛いでくださいね」
彼女は微笑む。頭を上げた史琉もにっこりと微笑んだ。
「お気遣い、ありがとうございます。お話は理久様から文が行っていると思いますが、要件が済むまでお世話になります」
「なりまーす!」
莉紗が笑う。め、と茉莉が膝を叩くと、彼女はますます笑った。
つられたのが、颯太もくすっと笑う。
庭からは、緑の匂いを含んだ風が吹き込んでくる。
それを吸い込んで、倖奈も笑んだ。
「ここには、僕ら一家と桂次しか住んでいなくてね。僕らはこの真ん中の棟に、桂次は門寄りの東の棟に居るから。君たち皆で、北の棟を好きに使ってもらっていいよ」
そう言って、芳永は体躯どおりの節のない指で部屋の奥、壁を透かすように指差した。
「もともと三部屋に区切られているんだけど、あとは君らで適当に几帳やらなんやら動かしてやってくれ」
「いろいろお気遣いくださりありがとうございます」
史琉は笑んで、もう一度頭を下げた。芳永もにこりと頷くと。
「それじゃあ…」
と、首を傾げた。
「早速だけど、宮様に会ってもらえるかい?」
「宮様…?」
史琉が問うと、芳永は頷いた。
「内務卿様。君らが北への援助を取り付けるにあたって、交渉をしなければいけない相手だよ。勿論、理久から君たちについての説明は行っているんだけど、とにかく早く会いたいと、僕ら以上に言っていてね。僕の邸に来たら、首根っこ捕まえて連れて来いって言われているんだ」
からからと芳永が笑う。
「職名は内務卿様だけど、僕らは秋の宮様とお呼びしている。【みかど】の弟宮様なんだ」
史琉は頷いた。
「では、ご案内いただけますか? 俺…じゃない、私と律斗、時若で伺います」
「…俺もか」
律斗が唸る。芳永は目を丸くした。
「おや、律斗。厭とは言わせないよ、君は古巣に帰ってきた身なんだから。さっさと旧知の処には挨拶を済ませなさい」
律斗はじとりと睨んだが、芳永はするりと視線を外して立ち上がった。
「…俺もか?」
時若が小さく呻く。史琉は目を細めた。
「俺とおまえが、遣いということになっているんだ。顔を出しておくに越したことはない」
小さな声で言い切ると史琉は立ち上がった。
「そうだが…」
時若はぼそりと呟いて、首を振った。
「よろしくお願いします」
そう言って、茉莉に頭を下げる。
「あとの三人はここに残していきます。早速ですが、お世話になります」
「いいえ、本当に気遣いなさらないで」
同じく立ち上がりながら茉莉がいい、また莉紗が復唱した。それに茉莉が眉を釣り上げるが、莉紗は笑う。ゆったりとした花模様が刺繍された、二人の衣の袖がそれらに合わせて揺れた。
律斗も立ち上がり、時若も渋々ながら立ち上がる。
「颯太、留守番頼む」
振り返って史琉が言い、颯太は頷いた。
「美波も倖奈も旅の疲れが出ているみたいだし。おまえも疲れているだろう? …ゆっくり休ませてもらいな」
「荷解きはしておきますね」
颯太が笑うと、史琉も笑い頷いた。



案内された北の離れは、芳永の言ったとおり、3つ部屋があった。
「ごめんなさいね、普段使わない物が全部ここにあるから、ごちゃごちゃで」
茉莉はそう言ったが、颯太は。
「そんなに思わないけどなあ…」
と呟いた。
それから、彼は几帳で西端の部屋一つを半分に区切った。
「どうです、これで。倖奈と美波さんで使えませんか?」
「そうね…」
ぽそりと呟いて、美波は日陰側の区切りに引っ込んでいった。
「倖奈も寝てたら?」
颯太が振り向く。倖奈は脱いだ被衣抱えたまま、首を傾げた。
「さっきよりマシだけど… やっぱり少し顔蒼いよ?」
「そう… かしら?」
「戻ってきたら校尉たちもすぐに休めるように、向こうの部屋二つも仕切ってくるけどさ。そのへんの準備はオレがやるから。本当、休んでてよ」
真っ直ぐ向くと、図抜けて背の高い少年の肩を見ることになるので、倖奈は顎を上げてからじっと彼の眸を見た。それから問う。
「颯太も… 疲れてないの?」
「疲れているけど… って。ああ、もう… 」
颯太は眉尻を下げた。
「男の意地なの。やらせてください!」
がりがりと頭を掻いて、颯太は項垂れた。
「本当、終わったらオレものんびりさせてもらうから。ほら、休んで!」
背中を押され、部屋の中に押し込まれる。とんとんとん、と足音を響かせて颯太は去っていった。
部屋の真ん中にちょこんと座り込んで、被衣を膝の上に下ろす。それから、深呼吸した。
胸いっぱいに緑の匂いが満ちる。
口元を綻ばせて振り向くと、雨戸の開け放たれた向こうに緑色の庭が見える。そこでは、長く育った草に、葉を茂らせた木がさわさわと揺れていた。
――気持ち良い。
屋敷全体の敷地に対して庭のそれは小さいが、とにかく緑で溢れている。
柚の木、枇杷の木が低いながらも枝の端まで葉を茂らせているからだろう。
――もうちょっとしたら、柚は花が咲くのかな?
心の中に白い花を思い描いて頬も緩ませる。
――勝手に咲かせたら、さすがに吃驚させてしまうわよ、ね?
木の幹に触れて、願いを寄せる瞬間を思い出しながら、右手を見る。
――ここの庭でそんなことをしようとしたって、史琉も付き合ってくれないよね…
すると、不意に。つい先程のこと、自分を立たせるために史琉が手を握ってくれたことを思い出した。
倖奈の手が人と比べて小さな造りだからなのだろう、彼の手は大きく感じる。
固い掌の皮、荒れてがたついた指先の温かい感触を思い出しながら、右手を口元に寄せる。
自分のするりとした指先が唇に触れる。
「…そういえば、なんで?」
――わたしの手は平気なのに、史琉はあんなに荒れているんだろう?
微かに目を見張って、口元を覆う。
指先で触れれば、唇も全く乾いていない。
どうして、と思いながら、二度三度と指先で擦るうちに。
今度は、彼との口づけを思い出した。
旅の途中の晩。遠くに祭り囃子が聞こえた晩の、それ。
「や、やだ…」
ぼっと頬が火を噴く。
――何を考えているの、わたし!?
両手でその頬を無理やり抑えて倖奈は首を振った。
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