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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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壱の四「面倒な仕事を仰せつかってね。しばらく留守にする」

西の端は断崖、東の端は入り江に続く石垣。
これが、【みかど】の統治の及ぶ北の端だった。
その石垣を見渡せるよう、小高い丘の上に築かれた北の砦の敷地はそれなりに広い。
主殿がその中心にあり、南には【かんなぎ】達の書院や居室がある。
門を出てさらに南に行けば、北の政の中心である国府が置かれ、多くの者が住まい市の開かれる街がある。
翻って敷地内、主殿の北側には、ここの警備に当たる兵達の詰め所がある。
桜、柏、柳、楓、柊の五つの隊に分かれる兵士たちの主な仕事は石垣沿いやその向こうの草原の警邏であり、そのために詰め所は石垣にもっとも近い場所に配されているのだ。
「魔物との戦闘があった場合は、すぐに警邏当番の隊が交代するんだということを最初に聞いた時はどうしてだろうと思いましたけど…」
その一つ、柳隊の詰め所の庭先で。
「戦闘で使った武器の手入れなどが必要になるからなんですね」
腰に太刀を下げたまま座り込み、少年が笑う。
その周りでは隊士たちが、思い思いに腰を下ろし、己の獲物を磨いていた。
「そうだな」
横で立ちっぱなしの男が鼻を掻く。
頬のこけ、背の高いその男は、胴丸を外し、それを地に下ろした。
「お前も早く胴丸と太刀の手入れをしろ。早く済ませないと、後で面倒だぞ?」
「あ、大丈夫です。一彦殿」
少年は見上げ、にこりとした。
「入りたての私なんぞに出番はありませんでしたから」
立ったままの男――一彦は首を捻り、それから、ああと呟いた。
「おめえも入ったばっかりだったな。ええっと…」
がいです。宜しくお願いします」
黒い髪をきっちりと結い、胴丸から覗く小袖の襟もきちんと揃えられている少年は名乗り。
「私は、もう、何をどうしたら良いのか分からず、ただ石垣の上でおろおろするばかりでした」
そう言って眼を伏せる。
「同じように入ったばかりでも、斬り込んで行った人もいたようですが」
「…そうだったな」
苦笑交じりに一彦は視線を動かした。
「颯太、だったな」
見遣った先には、首を竦め、ちょこんと座る少年。
名を呼ばれ、彼は、ぼーっとした顔を上げた。
「史琉に引っ張っていかれる形になったもんな。いきなりご苦労さん」
「い、いえ… 大丈夫です」
微かに青ざめた顔を振って。
「オレ… ただ魔物に殴られないように走り回ってただけでした」
「いいんだよ、最初はそんなもんで」
一彦が腰に手を当てて笑うと。
「そうそう。あの中に飛び込んでいった度胸が大事」
颯太の横に座っていた少年が口を開く。
「よーく頑張ったな」
そう言って、颯太の背をばしばしと叩いた。
「え… と」
颯太は振り向く。
隣のその彼は、颯太より3、4歳ほど年上の、落ち着いた青年と無邪気な少年の間のような雰囲気を持っていた。二重の切れ長の瞳は颯太を真正面に捉えるとくっと緩む。
その様を見つめながら。
「先輩… すみません、名前忘れました」
颯太が眉尻を下げると。
「ああ、俺? みきだ」
彼は言って、磨いていた太刀を置き、右手を伸ばした。
「あそこにいるのが双子の弟」
「え!?」
颯太はぎょっとして振り向く。
その振り向いた先、弓の弦を外していた少年が顔を上げると、成程、同じ切れ長の瞳が現れる。
まさだよ。間違えないでね」
笑う声の高さも同じで、颯太は目をしばたいた。
「…無理だ。見分けられない…」
「まあ、昔は名札付けて歩けって言われたくらいだしな」
「さすがにもう、大分違いが出てきたから、頑張って見分けて」
絶妙な声の重なりに颯太がまた目を白黒させる。
その様に、一彦がくっと喉を鳴らした。
「お前ら、口もいいが手を動かせよ。そろそろ校尉が戻ってくる頃合いだぞ」
「はーい」
雅が笑い、また視線を落とす。
幹も太刀を取り直す。
「今後も下に斬り込んでいく組に入るなら…」
手を動かしながら、颯太ににっと笑いかける。
「太刀の手入れ法、覚えておけよ」
「あ、はい」
颯太は頷き、自分の太刀を外した。
「今回は本当に振りまわしていただけで、何も斬ってないですけど…」
「そのうち斬ることになるぞ。それに、自分のだけでなくて、場合によっては仲間のをやってやらなきゃいけない時もあるんだ」
「…?」
颯太が首を傾げる。幹は苦笑した。
「怪我したら、その手当てが先だろ。そいつの分とかさ」
「あ、そうですよね…」
眉を寄せて、膝の上の拳に力を入れる。
「さっき、怪我された二人は…」
「ああ、あきら永吉えいきち? 大丈夫だよ。薬師のとこに行ったから、きちんと手当てしてもらってるだろ。第一、あれくらいじゃ死なないって」
幹がからりと笑い、颯太も唇を緩ませた。
それから、幹はふう、と溜め息を吐いた。
「春が来るまで、まだまだ魔物もやってくるだろうからな。気合い入れとけよ」
「春が来ると… 魔物が来ないんですか?」
颯太はまた首を傾げる。
すると、今度は一彦が口を挟んできた。
「春になれば咲く花が増える。花が咲いている場所には、魔物は寄りつかないんだ。なんとなく知ってるだろ?」
「…そう言えば。田舎では、家の周りに花を植えてる家が多かったです」
「春が来て、梅や桜が咲けば、その分魔物は寄ってこなくなる。躑躅が咲けばさらにな… もう少し、楽になるんだろうけどなあ」
一彦が笑い、幹ははあ、と溜め息を吐いた。
「今年は春が遠いなあ。最近魔物づくめで嫌になるよ」
「…言うな」
一彦が苦笑いしたところに。
「ああ、ここにも魔物が多いってぼやいてるのがいたよ」
もう一つ声が加わる。
「あ、史琉!」
「ばかやろう、校尉と呼べ」
幹が笑い、その頭の上に史琉はぽかりと拳を落とした。
その史琉の後ろには、薄い唇を歪ませた律斗が立っている。
「おう、お帰り」
一彦が片手を上げる。
それに同じように史琉も手を上げた。
「片付いたか?」
「まだまだ。こいつら、口ばっかり動かす」
「一彦さんもだよね!」
雅が降り向く。
その横にいた男も顔を上げずとも頷いていた。
「…良く分かったよ」
史琉は苦笑いした。
「早く片付けろ」
言って、史琉は歩み寄ってきた。
「颯太、元気か?」
「はい。大丈夫です」
僅かに背筋を伸ばし直して、颯太は応える。
史琉は笑った。
「よし」
そして、ぐるりと見回し、凱にも笑いかける。
「まだまだこんなもんじゃないぞ」
「はい…」
苦笑して目を伏せた凱に、肩を竦め。
「一彦さん」
史琉は一彦の横に立った。
「先に話しときたいんだけど」
「何を?」
一彦は顎をする。
史琉はもう一度、ひょいと肩を竦めた。
「理久様から面倒な仕事を仰せつかってね。しばらく留守にする」
「留守!?」
一彦は素っ頓狂な声を上げた。
それに兵達は一斉に振り向く。
「ああ、いい。気にすんな。作業しろ」
一彦は慌てて手を振った。
訝しげな表情を浮かべながらも、兵達は少しずつ元の姿勢に戻っていく。
だが、一彦の横には、すすす、と双子が動いてきた。
颯太と凱も、動けずに二人の顔を見上げる。
また、後ろに白髪の男も立った。
「ああ、平八へいはち爺さん」
史琉は笑い。
「爺さんも聞いといてくれよ」
一彦は、溜め息を吐いた。
「で、留守にするってどれくらいの期間だ。どこに行くんだ?」
「行先は… 都」
「はあ!?」
もう一度、一彦の声が裏返る。
史琉は苦笑いのまま、先ほどの主殿でのやり取りを告げた。
「じゃあ、期間は…」
「読めないなあ。援助の確約を取り付けるまで粘るしかないだろうから」
はあ、と一彦と史琉は肩を落とす。
律斗は不機嫌に黙りこくったまま。
一人、平八と呼ばれた男が。
「率いる立場の人間が二人とも不在になるのが気になるが、まあ、仕方ないじゃろ」
にやり、と笑い、肩を落とした二人の背を叩いた。
「史琉は踏ん張って来い。わしと一彦で留守は預かっといてやる」
「おう… 頼む」
苦笑いの顔を上げて、史琉は振り返る。
ははは、と平八は笑った。
「…しゃあねえな」
一彦が、もう一度溜め息をついて。
「任せとけ」
笑う。そのまま、一彦と史琉はばしっと腕を交差させた。
「で?」
と、一彦が言葉を継ぐ。
「お前らだけで行くのか?」
「いや、だから、時若ともう二人…」
と、史琉が頬を染めながら横を向く。
「…なんで照れるんだよ」
首を傾げた一彦に。
「…残り、美波嬢と倖奈嬢だ」
ぼそり、と律斗が告げる。
ああ、と一彦は手を打った。
「倖奈嬢ね。頑張れ」
うう、と呻いて史琉はしゃがみ込んだ。
「…って、俺はそれを聞きたいんじゃなくて」
それを見下ろす格好で一彦が言う。
「お前ら二人でいいのか? 時若やひ弱なお嬢ちゃんたちが一緒なら荷物持ちでもいるんじゃねえの?」
「ああ、そういうこと?」
ひょこ、と史琉は顔だけ上げて。
「…そうかもなあ」
と呟く。
「誰か、連れてけば?」
「俺! 俺! 俺が行く!」
幹が右手を上げる。
「それなら、僕も!」
雅も手を上げ。
「バカ」
史琉がじとっとした視線を向ける。
「おまえら二人が抜けたら、どれだけ戦力が落ちると思うんだ。おまえらは留守番」
「ええ!? 史琉と行きたいのに!」
「史琉の意地悪!」
二人が叫ぶ。
「駄目だ! それに、校尉と呼べ!」
負けじと史琉が叫ぶ。
一彦と平八、律斗はまとめて溜め息を吐いた。
「…戦力が落ちないように、と言ってもなあ。二人居ない時点で戦力落ちてるだろ」
「ついでに二人、怪我人だしな」
「これ以上は落とせないのう…」
「…無茶言うなぁ」
と、一彦の視線が、座ったままの颯太で止まる。
ばっちり視線が噛みあい。
「え、ええと?」
颯太はたらりと汗を流した。
「ああ、そうか」
一彦が手を打つ。
「荷物持ちっていえば、新人の仕事だよな」
「は、はい。って、ええ!?」
颯太が叫ぶ。
それに構わず、一彦は視線を横に落とした。
そこには、やはり変わらずに凱が座っていた。
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