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花の如く 作者:秋保千代子

第二章

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四の五(ざわついているのは何かは分からないが、ざわつかせているのはあの二人だ。)

ぎりぎりと音を立てて、二人が押し合う。
不意に鳳樹が足をずらし、足元の石を蹴上げた。小さなそれは史琉の頬に当たる。
史琉が顔を顰めた瞬間、鳳樹はそのまま史琉の腹を蹴込んだ。
呻いて、史琉が一歩退く。
鳳樹は笑って、刀を薙いだ。
史琉は地面に転がったが、刃は袖をざっくり裂いていく。
さらに刃が突き下ろされそうになったところで、史琉も鳳樹の腹を蹴上げた。
その勢いで鳳樹が後ろに倒れていく。
史琉は跳ね起きて、間合いを離す。
十分に間をとってから、二人はそれぞれ盛大に咳き込んだ。
「校尉!」
慌てた声の颯太がざっと川原に踏み出す。
「退け、颯太!」
だが、史琉に制され、颯太は足を止めた。
左手で口元を拭い、史琉がまた駆ける。
刃は真っ直ぐに鳳樹へ。それを相手の刃も真正面から受け止める。
ぎりぎりと押し合ってから、すっと体を離す。
鳳樹がまた、ぶん、と蹴り上げた。
史琉はそれを体を捻ってよけて、その勢いで空いた拳を見舞う。
鳳樹も飛びすさるが、跳んで間を詰めた史琉が刃を振るう。
また、高い音が響き、刃と刃が噛み合う。
今度は簡単に離れると、何度も何度も打ち合った。
次郎は唸るのをやめて、倖奈の隣でじっとしていた。
倖奈はその光の筋を見つめ、揺れる花房を見上げた。
吹き抜ける風が頬を叩いていく。何かがざわついている感触が肌を撫ぜる。
掻き乱され、揺るがされ。
―― 壊れそう!?
倖奈は瞳を揺らした。何がだろう、と考える。だが、それをゆっくりと探す余裕はなさそうだった。
それは肌をビリビリと揺らし、息苦しさが増していく。
風は、林から抜けて来て、川原の中央、光の筋が繰り出され続ける所で、澱んでいく。
―― だということは。
ざわついているのは何かは分からないが、ざわつかせているのはあの二人だということなのだろう。
そう感じ、倖奈はもう一度、川原を見た。
鳳樹の振る刀を史琉のそれが受け止める。史琉の突き込みを鳳樹が身をひねって避ける。
刃を弾き合い、相手の姿勢が崩れた瞬間に、足が出て拳が出る。
泥を跳ね上げ、衣を裂いて、時折、血が舞い散る。
そんな二人が振るう太刀が、立ち上らせる殺気が。
―― この辺りをざわつかせている… んだ。
倖奈は唾を飲み込んだ。
―― 二人を止めなくちゃ。
藤の幹に縋り付いて、倖奈は立ち上げった。
「でも… どうやって止めるの?」
呟くと。
足元の花と上で咲き乱れる藤の花が一斉に揺れた。
背側でも揺れる気配がして振り向く。
見向いた先の地面には、切り落とされ踏みつけられた花房がまだ横たわり、微かに震えていた。
倖奈は瞬き、もう一度唾を飲み込む。
そして。
だっと駆け出した。
その先は、切り結んでいた刃が、ガンと音を立てて弾き合い離れた瞬間で。
鳳樹は水際に転がり、咽せ始める。
史琉は三歩離れた所で、すっくと立っていた。
被衣を振り落とし、その二人の間に走り込む。
「…倖奈?」
史琉が気の抜けた声を上げる。
鳳樹を背に倖奈は立ち、両手を広げた。
「史琉…」
はあ、と息を吐き出して、名を呼び。
「お願い。止めて」
小さく呟く。
史琉は瞬いた。
じっとその顔を見つめていると、急に彼は頬を強ばらせた。
「倖奈!」
史琉が叫ぶ。倖奈は右肩越しに、ふと後ろを振り向いた。
既に鳳樹は立ち上がっていて。にやりと嗤い、刀を振り上げる。
目を見張り、肩を揺らす。
背中に刃が振り下ろされると思った瞬間、目の前に腕が突き出される。
倖奈の肩越しに、掌が振り下ろされてきた刃を握り受ける。
「な…!?」
驚いた声を上げたのは、鳳樹だった。
刃を直に握っているのは、史琉の掌。
ぐぐぐと震える前腕を、真っ赤な血が手首を通り伝っていく。
「てめ、この…」
鳳樹が呻く。
「ば、馬鹿力め!」
史琉は何も言わず、刃を握り締めたまま、大きくその左腕を振った。その勢いで鳳樹がよろける。
鳳樹の手から離れた刃は投げ飛ばされ、がらんがらんと大きな音を立てた。
倖奈の膝からかくんと力が抜ける。
間髪いれず史琉は飛び出し、太刀を斬り上げた。
その刃は真っ直ぐに鳳樹の右腕に食い込んでいく。
ずり、と音が響き。遅れて、絶叫が響いた。
史琉が太刀を押し上げると、血が吹き上がる。
ごとん、と二の腕の中ほどでぶち切れた人の腕 ―― 鳳樹のそれが地に落ちた。
数歩先の真っ赤な飛沫を、倖奈は呆然と見つめた。
真っ蒼な顔の鳳樹が膝を付き、呻き始める。
ぐ、とも、うあ、と聞こえる声を漏らす彼を一瞥して、史琉は太刀を振った。
びっと血の雫が石ころの上に散らばる。それから、その刃を担いで、彼は身を返した。
松葉色の直垂の袖は裂け、袷や裾は血と泥で汚れている。そのまま。
「…戻るぞ」
史琉はそう言って、左手を倖奈に差し出した。
見上げたが、夕陽を背に受けた彼の表情は見えない。
それでもじっと見つめていると、史琉は手を伸ばし、倖奈の右手首を掴んできた。
ぐいと引かれ、立ち上がる。
「行こう」
史琉が呟き、歩き出す。
引かれ、倖奈も歩き出した。
振り向いたが、鳳樹は蹲ったまま、動かない。
前をむき、史琉を見上げたが、彼はまっすぐ前を向いたまま歩き続けている。
川原の端、林にたどり着くと、史琉の横に困惑顔の颯太が並ぶ。
最後に次郎がピタリとついた。
史琉は黙って足を進めていき、颯太も口を開かない。
林のむこうからは、笛と鈴の祭り囃子が聞こえてくる。
白と薄紫の花房はさらさらと揺れ、流れる風にその薫りをふわりと乗せて辺りを煌めかせる。
その中で、地面に落ちた花房はくしゃりと崩れ、その風に乗って散っていった。
また咲かせてあげたいと足を止めかけた瞬間、強く引かれる右手首にぬるりと何かが流れていく感触にはっとした。
流れの源は、そこを掴む史琉の掌で。
―― 血。
赤い筋が幾つも幾つも伝ってきていた。
唐突に、錆びた匂いが鼻をつく。倖奈は黙って見上げる。
手を引くその人はやはり振り返らない。どんどん進んでいく。
名残惜しげに藤の花房を振り返ったが、花びらはさらさらと消えていった。



フワフワと花が揺れ、しゃんしゃんと鈴が鳴る。
「おや?」
と、シロが笑った。時若は腕を組んで、木の幹にもたれていたが、声に振り向く。
「気が… 鎮まったかのう?」
木の横で、だらしなく地面に座り込んでいたシロは顔を上げ、ぐるりと見回した。
ふわりと風が吹き、藤の白や薄紫の花びらがひらひらと宙に舞う。陽は西の山の端に、空気は橙に煌めき始めている。
「荒れておったのが… 穏やかになったのう」
な、と同意を求められ、時若は唇を曲げた。
「何の話だ」
「この辺の神気が、じゃよ?」
シロは笑う。
「祭りの日に荒れておっては鎮まるものも鎮まらないが… 落ち着いた。感じぬか?」
時若も顔を上げ、見回した。
境内の中は、色とりどりの衣装をまとった人々と、彼らの笑い声で溢れている。
陽気、としか言えないような雰囲気に時若は顔をしかめた。
「どのへんが、穏やか、だ」
「おや… 話が通じぬ奴よのう」
シロが大袈裟な溜め息を零す。時若は肩を怒らせ、睨みつけた。
「こんなに花が綺麗に咲き始めたというのに…」
シロは首を振り、見上げた。
「やはり、倖奈かのう?」
「どうして倖奈なんだ」
時若が低い声を出す。シロはからからと笑い、立ち上がった。
「花が喜んで咲いた」
言って、彼は指先で花房の先を摘む。
時若は眉を寄せただけで。
シロはもう一度、首を振った。
「ま… 良いか。祭りも無事に行われそうじゃしの」
それから、視線を境内の中央に送る。
一際大きく鈴の音が響き、ハッピ姿の男達が山車をゆっくりと持ち上げる。
「あの鏡には瘴気がぎゅうっと押し込められておるんじゃよ。それを神気の中を歩かせて、人々の目に晒すことで、蓋が開かないようにしておるんじゃ」
「…何故、鏡に込められているのが瘴気だと言い切る。御神体には神気が込められていることもあるんだぞ?」
時若は目を細め、言った。
「何故だと思う?」
シロは、にやりと笑った。
「知っておるから言い切る。わしは知っておるんじゃよ。何故、知っていると思う?」
今度は時若が頭を振り、体を起こす。
「おまえはいい加減な話しかしない」
言って、襲の袖を翻し、山車を追って歩き出した。
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