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花の如く 作者:秋保千代子

第二章

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四の四「こっちは一発てめえを殴らないと気が済まないんだよ」

「何しにきたんだよ、おまえ!」
颯太が声を張り上げる。男 ―― 鳳樹はにやりと笑った。
「何って、お礼にね」
「お礼!?」
素っ頓狂な声に、笑いはますます深くなる。
「金を手に入れる算段を滅茶苦茶にされただけでなく、一味纏めてとっ捕まえられた挙句、逃げようとした時に一人殺された。そういった諸々全ての… な?」
「なんだよ、それ!?」
颯太はさらに大声を上げた。
「そのために追い掛けて来たのかよ!?」
それを認めるように、鳳樹はニヤリと唇を吊り上げた。
「さっきようやく見つけて、ずっと見てたんだよ。で、互いに互いを釣るためにこんな街外れまで来たわけだ」
「つ、釣るって…」
背に倖奈を庇ったまま、颯太がじりっと後退る。倖奈は動けずにいたら、胸の前で組んだ両手がどんと颯太の背に当たった。
次郎は二人の足元でううっと唸り続けている。
「こういうとき、街外れは定石だろ?」
男はさらに笑って、颯太と倖奈を飛び越した向こうに視線を投げた。
吊られ、二人も振り向く。
少し離れた場所の藤の花房が揺れる木の下に、冷めた表情の史琉が立っていた。
「なぁ、北の校尉殿…」
鳳樹がそちらに向けて一歩踏み出す。史琉は目を細めた。
「どうやって此所まで来た?」
ざくざく、と木の根を踏み越え、颯太と倖奈の脇をすり抜け、鳳樹は進みながら言った。
「あんたが都に行くらしいってのは、衛士たちが噂してたからな。陸路すっ飛ばせば追い付けると踏んでたんだ。…まあ、行く先々で馬やら飯やら失敬しながらだよ」
「貴重な馬を奪われた人はさぞや困っているだろうな」
「知るか、そんなん」
10歩間を離して止まり、鳳樹が鼻を鳴らす。その彼を、史琉はじっと睨んだ。
「こっちは一発てめえを殴らないと気が済まないんだよ」
鳳樹は腰の刀の鞘を掴み、くんと持ち上げた。
「俺はおまえに用は無い」
史琉は冷たく言い放ったが。
「そんな言うなよ。此所でなら、東の帥も北の帥も誰も気にする必要ないだろう? 思いっきりいけるぞ」
鳳樹はさらに笑って。
「俺が見てるのにはすぐに気付いたんだろう? だけど、通りで ―― 人混みでは手を出したりはしねえ。人混みじゃあ、思うまま刀を振り回せねえからな」
一歩踏み出した。
「ちゃんと分かってくれてたんだろ?そのつもりで、川原くんだりまで来てくれたんじゃないのかよ?」
史琉は両手を下げたまま、じっと相手を睨んだ。微かに唇を動かして、すぐにまた閉じる。
「抜けよ!」
甲高い声で鳳樹が叫び、ぶんと音を立てて刀を抜く。その刃は宙を滑って、真上の薄紫の花房を一つ落とした。
ふわりと落ちたそれを踏んで、鳳樹はぎろりと史琉を睨んだ。
「今更、もう一人くらい殺したところで何も変わらないだろう?」
そして、さらに一歩踏み出す。
史琉の溜め息が響く。
颯太と倖奈は息を詰めて、二人を交互に見詰める。
じりじりと鳳樹が間を詰めてもなお、両手を脇に垂らしたまま。
「…俺はおまえを相手にする気はない」
史琉は低い声を出した。
「早く去れ。もう俺には、おまえを捕まえてどうこうする謂われはない。牢を抜けてきたなら抜けてきたなりに、自由に行け」
「自由にしてるさ!」
鳳樹は顔を歪めた。
「その結果が… あんたを斬ることさ」
叫び、鳳樹がだんと地面を蹴った。
抜かれていた刀が、宙を唸って進む。
鼻先に流れてきたそれを、一歩飛びすさることで、史琉は避けた。
「ほら、抜け!」
刃と鳳樹が再び唸る。
「こっちはあんたを殺す気で挑んでいるんだ。ちゃんとそのつもりで相手してくれよ! それぐらいできるだろう、人殺し!」
ぶんと顔の高さに走った刃を屈んで避ける。
斜めに振り下ろされてきたのは後ろに退いて、そのまま突き込んできたのも跳んでよけたが。
次に振り下ろされてきた一撃を、史琉は太刀を抜いて受け止めた。
「そうこなくっちゃなあ!」
鳳樹は嬉しそうに笑った。
ぎりぎりと押し合いながら、史琉は呻き声を上げた。
がん、と刃と刃が弾き合い離れる。
すぐにもう一度、斬り結ぶ。
「何人も殺したって云うんだから… 相当な猛者なんだろう?」
鳳樹がまた嗤うと。
「…煩い!」
史琉が叫んだ。
「黙れ!」
刃を押し込む。鳳樹がよろめき木の影に傾ぎ、そのまま小さな坂になっていたそこを滑っていく。
そのまま二人は木の陰から、川原に飛び出していった。
それを見送って。
「ど、どうする…?」
一歩も動けずに、颯太が呟く。
握り締めた両の拳は汗で滑る。背中にも冷たい汗が流れるのに頬を引きつらせて振り返る。
「倖奈?」
倖奈ははっと顔を上げた。
「どうしようって…」
倖奈は唇を戦慄かせてから、視線を二人が消えた方に向けて。すぐに駆け出した。
藤の花房をよけながら、川原に進む。
そのすぐ後を次郎が、颯太がついてくる。
藤のむこう、ゴツゴツした石の転がる川原では、光る刃がまた踊っている。
二合、三合と打ち合って、また切り結び、刃が滑るとばっと二人身を離す。
その様を二人と一匹は、藤の根元で立ち竦んで見つめた。
「…やっぱり猛者だな!」
下段に刀を構え、鳳樹が嗤う。
「破落戸一味皆殺しの話は本当なんだな。刃の鋭さが違う」
「いい加減にその口を閉じろ!」
史琉が顔を歪める。
「そうしてみな!」
鳳樹が笑い、走り込んでくる。
その刃は、ギンと払われ、鳳樹は駆け抜ける。
史琉は眉を釣り上げ、ぎろりと睨みつけた。
「…望みどおり、彼岸に送ってやろうか!?」
太刀を振り上げたその腹をめがけて鳳樹が突きこむが、ガン、と打ち払われる。
「そうこなくっちゃな!」
鳳樹がけたたましい笑い声を上げる。
ガン、ギンと、赤味が強くなってきた空気の中に音が響く。
時折、刃の先が二人の顔や手を掠める。その度に細い赤い線が走る。
藤の幹に手をついて、倖奈は息を呑んだ。
「だめ… 二人とも」
呟くと、白と薄紫の花房がさあと揺れた。
最初揺れたのは、真上のそれら。
そして、そのさざめきはゆらゆらと林中に広がっていき、石の隙間に咲く白い花をも揺らし出す。
その中で。
二人分の雄叫びが響く。
より高い刃と刃がぶつかる音が響き、火花が散った。
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