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花の如く 作者:秋保千代子

第二章

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弐の四「これ以上、余計な手間はいらねぇ」

社の中は広い板敷きの間で、そこかしこの燭台の元で男たちが寝転ぶなり杯を傾けるなりしていた。
その一番奥に鼠色にくすんだ神棚があり、その真ん中に置かれた鏡が、部屋内を歪めて映している。
その裏は壁で区切られた塗籠で、連れられて来るなり、そこに四人放り込まれる。
屋敷の小さな子たちは、わっと声を上げた。
そのまま、倖奈に両脇からしがみついて泣き続けて。
藍色の長着がしっとり湿る頃に、両膝を片方ずつ分け合って頭を載せ、寝息を立て始めた。
「何だって言うのよ…」
しん、となるや否や、奥に座り込んだ美波が呟く。
長く真っ直ぐな髪をさらりと掻き上げて、長く息を吐き、横を向く。
倖奈は首を振って俯いた。
一つしかない燭台の灯りに、三編みの緩くもつれているのが照らされる。
それをじっと睨んでいるうちに。
また戸ががらっと開けられて。
がくりと項垂れた影が放りこまれ、また閉められた。
影はどたんと音を立てて、倖奈の横に転がった。
恐る恐る横を向く。
小袖、袴を身に付けた背の高い影は、両腕を背の後ろに回されて一括りにされていて。背中に束ねた髪がへなとかかっている。その髪の陰の顔を見て、倖奈ははっと息を呑んだ。
「…颯太?」
史琉が連れていた少年と気付く。そっと片手を伸ばして、彼の肩を掴んだ。
「ねえ、ねえ?」
揺らし、声をかける。
一瞬だけ美波がこちらを向き、すぐにぷいと眼を逸らされる。
倖奈は構わず、彼の肩を叩き。
薄っすらと目を開けられると、ほっと笑った。
「怪我は?」
問う。
だが、彼は何度も何度も瞬いて。
「…オレ、すっごいドジった?」
呟き、がくりと項垂れた。
「すっげぇ駄目じゃん… めっちゃ役立たず…」
どんよりとした空気を纏わりつかせ、颯太はぶつぶつと呟く。
倖奈は瞬いて、じっと彼を見つめた。
そのうちに。ふっと燭台の炎が消えた。
三人息を呑む。
そして、天窓から差し込む星明かりの中で、真っ先に動いたのは颯太だった。
両手を縛られたまま、両肩で体を支え、上体を起こす。
「この隙に逃げられないですかね?」
「逃げる?」
美波が声を裏返す。
「どうやって?」
「どうやっても何も、ここから出て走ってお屋敷に戻るだけですよ」
「走るの?」
低く低く呻いて、美波がじりと動く気配がする。
「バカじゃないの? 私たちだけでなくて、小さい子もいるのよ、それも二人も!」
「あ、そうか。じゃあ、こっそり出ないとですね」
颯太は戸口を睨む。
「そっと開けられないかなぁ…」
途端。がらっと引き戸が開けられる。頬がピクリと引き攣った。
「脱走の相談とは… 案外元気じゃねぇか」
塗籠の入口には、先ほどの大男。その後ろにすらりとした影と小さな影とがいる。彼らは燭台を持って入ってきた。
中が再び朱色の灯りで満たされると同時に、ぱたん、と引き戸が閉められた。
ぐっと息を呑んで、颯太が奥に縮こまる倖奈と美波の前に這い出た。
「それに根性もあるな。丸腰で乗り込んでくるだけある」
大男は、颯太を見下ろし、腰に手を当てて笑う。
「…少し黙れ」
後ろに立つ、すらりとした影が大男の肩に手を置く。それから、つ、と前に出た。
「威勢のいいのは嫌いじゃねぇ。だが、今は静かにしててもらいてえな。これ以上、余計な手間はいらねぇ」
影は薄い唇の端を釣りあげて、哂う。小袖に袴、そして腰には大振りの刀を差した男は、ゆっくりと颯太と、倖奈、美波の顔を順に見た。
「この二人が余計な女達?」
言って、振り返る。すると、入口の際に立つ小さな影が頷いた。
と同時に、颯太と倖奈も、あ、と声を上げた。
「…あなた、お屋敷にいた」
「門番のおっさんじゃないか!」
小さな影は、細い肩を竦め、こけた頬を歪ませた。
「女たちだけじゃなくて… 三人とも、今日の客の連れじゃないか」
「ふん… 今日来たお客さんの、な」
「そうですよ」
屋敷にいた男が言うと、前に出た男が笑った。
「間違えてくるとは… なかなか振るってるな」
「だって、四人姉妹って話だったじゃないか」
大男――倖奈を庭先で担いだ男が鼻を鳴らす。
「…四人姉妹の下の二人を狙えと言っていただろう?」
入口の戸を背にしたまま、小さい男が口を尖らせる。
「…庭で一緒にいたんだ。だからつい、こいつらが姉妹だと思ったんだよ」
「だから、打合せでは下のガキが二人きりになったら合図するって言ってただろう。その合図の前にお前たちが飛び込んできたんだ」
「合図を待ってたら日が暮れちまいそうだったからな… あまり暗くなりすぎるとそれはそれで面倒だっただろ?」
大男は腕を組んで、そっぽを向いた。
「…お客が来てそっちに気をとられて手薄になるから今日を狙ってたって言うのに…」
小さな影が溜め息を吐くと、すらりとした影が笑った。
「そう言えば… 客人は北の果ての砦の校尉殿だって話だったな」
「そうですよ」
戸口の男が頷くと、男は唇を釣り上げた。
「それはそれは… 大人物がおいでになったもんだ。帥殿は大喜びで接待中だろうな」
くくく、と喉の奥で笑う。
颯太は眉を吊り上げ、倖奈は唇を噛んで、それを睨んだ。
「何を言ってるのよ…」
美波が口を開く。
「なんの話よ!?」
袖の裾に埃を付けたまま、がばりと身を乗り出す。
「それより何より、人違いなんでしょ! ここから出してよ!」
すると、大男が振り向いた。
「ああ? うるせえな。放すわけねぇだろ」
ふん、と唇を歪ませる。戸口の男も頷いた。
「今は… あやつから巻き上げるための、詰めの時間なんだ。これ以上邪魔するな」
「そういうことだ。大人しくしてくれな」
最後、すらりとした男が言い放ち、踵を返す。
「ちょっと!」
美波はさらに叫び。
大男が一歩踏み込んできた。
「うるせえな。黙れ」
そう言って、右手を振る。美波の左頬が、ぱあん、と鳴った。
「てめえ!」
颯太が叫ぶ。倖奈は肩を揺らして、膝の上の二人の肩を抱きしめた。
美波は横に倒れ込んだ。
そのまま、肩を震わせる。
「…これ以上、不機嫌にさせるなよ」
大男が、だん、と床を鳴らす。美波の横で片膝をつく。
「…違う楽しみ方をしてもいいんだぜ?」
と、行った時に。
塗籠の外で、かたん、と音がした。
板敷きの間からも、どすん、と響く。
「何だ?」
どすんどすんという音は続き、戸口の男が首を傾げる。大男も立ち上がる。
すらりとした男も眉を寄せる。
「…様子を見て来い」
その声に大男が、戸口の男を横に押しのけて、引き戸を開け放ち、どすどすと板敷きの間へ歩いて行った。
すう、と夜風が塗籠に流れ込んでくる。
「…なんでしょうね」
押された肩を撫でながら、小柄な男が呟く。
「さてな…」
すらりとした男は首を傾げ。急に眉を吊り上げた。
「…なんだ、てめぇは」
低い、腹に響く声を出す。
ぎろりと戸口の外を睨むのに釣られ、倖奈と颯太も視線を戸口に流す。
そして、戸の陰から、すっと。
「…お邪魔するよ」
史琉が顔を出した。
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