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花の如く 作者:秋保千代子

第二章

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弐の三「オレにできることってなんだろうな?」)

影たちは、乱れなく駆けていく。
颯太は、ぜえぜえと息を吐きながら追い駆けた。
走るうちに家の立ち並ぶ通りは抜け、やがて、畦道を行くようになる。
「…何処まで行くんだよ」
颯太は立ち止って、はあ、と顎を伝う汗を手の甲で拭った。
日は沈み、三日月も西の空に向かい、星明かりだけが影を追う頼りになりつつあった。
その中で、影たちは進む速さこそ鈍くなったものの、止まることなく畦道を進んで行く。颯太もぐっと口元を引き締めて、歩み始めた。
時折、かさと草を踏み、進んで行く。
やがて、こんもりと繁る雑木林が見えた。
それと畦道との境には、鳥居。
「…神社。奴らの根城とかかな?」
呟き、五つの影が鳥居に吸い込まれていくのを見届ける。
「どうしよう… 勢いで追い駆けてきちゃったけど」
それから、がりがりと頭の後ろを掻いた。
「…戻って、校尉に伝えるか。もうちょっと追い駆けてみようか、どうしようかな」
うーん、と目を閉じた瞬間、脚にふわりと生温かい物が触れて、飛び上がった。
「ひぇ!」
目を剥いて、見下ろすと。静かな眸と視線があった。
「…犬?」
瞬いて、あ、と思う。
「…えっと。…次郎?」
都までの同行者の一人が連れていた、白い犬。思い出した名を呼ぶと、彼はすっと顎を引いた。
「どうしてここに… って、オレと一緒か。あいつらを追い掛けてきたんだ?」
言うと、もう一度、頷かれた。
颯太は瞬いて、息を吐いた。
「おまえ、人間臭いよ…」
それから、ブンブンと首を振り、腰を落とす。上背のある颯太と、大ぶりな次郎と、視線が真っ直ぐに交わる。
「なあ、どうすべきだと思う? 追いかけるか、もうちょっと探ってみるか…って、オレにできることってなんだろうな?」
さすがに次郎は口を動かさない。だが、颯太は、拳を握って立ち上がった。
「踏み込んでみよう!」
ふん、と鼻息歩く歩きだす。そのすぐ後ろを次郎が付いて来る。
途中で畦道を外れ、颯太は鳥居からは離れた木の陰に踏み込んだ。
枝葉の向こうにちらちらと見える炎の灯りを目指し、かさり、と落ち葉を抑えながら、這いつくばって進み。木立の切れ目で止まり、じっと見回した。
森に囲まれた空間は、しんと静まり返り、真上からの星明かりと社から零れる灯りで灰白く染まっている。
中央には木造りの社からは低いざわめき。颯太はごくりと唾を呑んだ。
「奴ら… だよな。何人くらいいるんだろう?」
体を低くしたまま、そっと茂みを回り、社すれすれの位置まで進む。
社の欄干が程近くなったところで、颯太は振り返った。すぐ後ろに次郎は付いてきていて、じっと見上げてくる。
「…中を覗いて、どうしようか」
曖昧に笑った時に。
ぎしり、と床板が鳴ったような音がした。
はっとして見上げる。
社の欄干を掴み、見下ろしてきたのは、肩幅広く胸の厚い大きな男。
「…やっぱり、追ってきたのがいたな」
颯太は肩を揺らして、飛び退った。
だが、それ以上の素早さで男は跳び下り、駆けてきた。
そのままガシリと左肩を捕まえれる。
「いってぇ!」
颯太は相手のその腕を両手で掴んだ。その途端、右の頬をはられる。
呻いてよろけ、するりと相手の腕を放すと、それがそのまま鳩尾に突き込まれた。
目を剥いて、がくりと膝を付く。
「全く… 」
男がざ、と寄ってきて、颯太の髪を掴んだ。
「次郎… 戻って…」
――校尉たちにこの場所を。
呟く寸前に反対の頬を目いっぱい叩かれた。
そのまま体は真横に飛んだ。



東の帥の前を辞して、街を歩くうちにすっかり陽が落ちる。
それから、史琉と律斗は、前方の喧噪に首を傾げた。
「何事でしょう…?」
共に歩く商人が首を傾げ、そのうちその源が自らの屋敷と分かると血相を変えて駆けだした。
屋敷には泣き声が響き、門の内外を胴丸で身を包んだ街の衛士と思しき男たちが行き交っている。
その隙間を縫って。
「どこに行っていた?」
時若がずかずかと歩いてきた。
「どこって… 国府のお屋敷にずっと居たよ」
史琉は目を眇めた。
「遅くなったのは悪かった。だから、颯太を伝言に戻しただろう?」
時若は唇を歪め。
「…帰ってきていない」
吐き捨てる。
「…あれ?」
史琉は首を傾げた。その横で、律斗も頬を引き攣らせ。
「この騒ぎは何だ」
と訊く。
「…屋敷の孫たちが拐かされた」
時若がぼそりと呟く。
「何故か、倖奈と美波も一緒だ」
史琉も、律斗もぽかんとなった。
そのまま、時若はぼそぼそと屋敷に身代金を持って来いという文が投げ込まれたと告げる。
「…どこにだよ」
史琉は溜め息をつくと。時若はそこに残して、門を潜る。
門の内では、衛士たちの中でも年嵩の、長と思しき男と屋敷の主人がわあわあ言い合っていた。
「…ご主人は、脅迫文の中身とか、もう話を聞いているのかな?」
「さてな…」
律斗は溜め息をつく。
そこに。すっと足元を白い影が過る。
「次郎」
史琉は目を丸くした。足元には、大きな白い犬。
星明かりを映す眸でじっと見上げてくる。
「…どうした?」
史琉は笑った。
「一大事なんだよ。倖奈とお嬢さん方を助けないとな」
すると、次郎はくんと史琉の袖を引いた。
「なんだよ」
史琉が苦笑いで振り返ると、次郎は尾を振った。
「まさか、お前、場所を分かるとでも…」
史琉は頬を引き攣らせた。次郎はくるりと回り、つつつ、と足を進めた。門の外に体を向け、振り返る。じっとじっと見つめられ。
史琉は首を振り、ニヤリと返した。
「分かった。行こうじゃないか」
「史琉!」
律斗が声を上げる。
だが、史琉は身を翻して。
「…ご協力しましょうか?」
と、門の脇にいた衛士に声をかけた。
相手が目を丸くするのに、にこりと微笑みかける。
「お嬢さん方と私たちの連れを無事に助けたい… 場所が分かっているなら、斬り込めます」
そのまま言い募り。
「先に俺たちが入って、気を引きます。それから、とっ捕まえればいい」
最後、史琉はくっと唇の端を上げて見せる。
衛士は何度も瞬いて、駆けて行った。そのまま、主人と話していた年嵩の男と話し出す。
「やるぞ、律斗」
くるりと踵を返し、眼を細めた律斗の前に立つ。
「行ってどうする?」
「そりゃあ勿論… お嬢さん方を助けるのと、ゴロツキの注意を引いて衛士たちを突入させやすくする役の二つさ」
史琉が薄く笑うと、律斗はますます眼を細め、握った拳を眼前に上げた。
「…どっちがどっちをやるんだ」
「……じゃんけん…」
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