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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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参の五「いつでも戦う覚悟があるんだろう!?」

縁側の板の床を踏む音が遠ざかると、また静寂が帰ってきた。
部屋の中で座り込んだままの倖奈と、それに背を向けて座る時若と。
二人、全く口を開かずにいて。
やがて、倖奈はそっと立ち上がった。
そのまま、そろりと簀子に出る。
見回して。
ここが波止場が見える位置にある、今朝入った建物だということに気付く。
「美波はどうしてるの?」
倖奈がようやく口を開き。
「真桜様はまだいらっしゃるの?」
魔物の退治の様子を見ようとシロに連れられて出る時にはまだ居た人のことを問うと。
「真桜様はまだこちらに残っている」
時若は低く言い返した。
「我々の船が出るのを、本当に見送ってくださるそうだ。理久様もまだ居る」
「…そう、なの」
「…起きる気力があるなら、真桜様にご挨拶に行くぞ。美波は真桜様と居るはずだ」
言って、時若が立ち上がる。
それを見上げ、頷くと。
時若はずいずいと歩き出した。
それを追って、速足で進む。
歩み進んで、角を曲がる、隣の棟からの廊下が交わるところで。。
腰に太刀を下げた切れ長の瞳の少年と、直垂姿の少年がその反対の棟から歩いてきた。
確か二人とも、柳隊の人員――史琉の部下だ。
そう思い当って、倖奈は立ち止まり、二人の顔を順に見た。
直垂姿の方は、黒い髪をきちんと結いあげて烏帽子も付けているのに、項垂れていて。
きちんとした姿が逆に情けなく見えた。
切れ長の瞳の方は、倖奈をちらりと見ると。
「ああ、起きた?」
険のある少し低い声で言ってきた。
「こいつもだけど、あんたも迷惑かけてくるんだね」
倖奈は瞬いた。
「何をしても害がなきゃなんでもいいけど、勝手にぶっ倒れないでくれる?」
その言葉に、ゆっくりと思考を巡らせて。
魔物に触れる寸前、退け、と彼に怒られたことを思い出す。
「…ごめんなさい」
俯いて、呟く。
すると。
「呑気だね」
大袈裟に肩を竦めて、幹は溜め息を吐いた。
「俺たちは、史琉に嫌われたくなくて、必死なのに」
言って、項垂れた少年に顎をしゃくって、もうひとつ反対の角に向かって歩き出す。
後ろをとぼとぼと彼は付いていき。
「…勝手をしているのは、あいつの方もだろうに。こっちはとっくに嫌いだ」
時若が呻く。
がりがりと頭を掻いて、それからまた彼は歩き出した。
三人の背を見ながら、倖奈は、胸の奥が冷たくなった。
――嫌われるかも、なんて考えたこともなかった。



四人向かった先、奥の部屋内と縁側と区切る御簾の前には、史琉と律斗、一彦がいた。
縁側から降りた庭先には、着替えた雅と、颯太も居る。
「戻ったよ」
幹が言うと。
史琉が頷く。
「…凱」
その彼が低く呼ぶと。
幹の影になっていた、直垂姿の少年が肩を揺らす。
立ち止まった彼らの数歩後ろの場所で、時若と倖奈は、奥の部屋に進めずに、立ち止まる形になった。
九人が奇妙に黙りこくった後。
「凱」
もう一度。史琉は呼ぶ。
凱は、そろり、と顔を上げた。
「校尉…」
彼の顔を、男たちが一斉に見つめる。
その中で史琉は、低くゆっくりと。
「何処に行っていた」
と言う。
「颯太と立っていた、はずが居なくなっていた。俺たちが魔物と遣り合っている間、おまえは波止場に居なかった」
間に立つ幹の肩越しに、ひやりとした顔を向けられる。
凱は、頬を引き攣らせて。
「…決して、逃げたわけでは」
と言った。
「あの場から居なくなった。逃げた、と取られても仕方がない」
史琉も表情を揺らさずに応える。
凱はかぶりを振った。
「…決して、そんなつもりでは」
「おまえがどういうつもりだったか、じゃないんだ。俺たちの、町の人の目を考えろ」
微かに早く、史琉が言う。
凱は真っ青な顔を上げて。
「…次は戦えます」
と、身を乗り出した。
幹がすいと体を横にずらし。
凱と史琉の間は真っ直ぐな空間ができる。
「必ずです」
凱が言い足した、その途端。
「じゃあ、やってみろ」
と、唐突に。
史琉は腰に下げていた太刀を抜き放った。
「いつでも戦う覚悟があるんだろう!?」
声を張り上げ、ぶん、と刃を唸らせ、間を詰める。
凱は、ひっと声を上げて、尻もちを付いた。
「…何をする!?」
時若が声を上げる。
そこに、凱が立ち上がれぬまま後ずさってくる。
倖奈も目を見張る。
その凱の体の脇すれすれに、史琉が太刀を突き下ろす。
すとん、と音を立てて、床に突き刺さり。
凱は悲鳴を上げた。
そこで、御簾が上がって。
「何もそこまでせんでも良いだろうに」
部屋の中から、理久が顔を出した。
「若い者を困らせるな」
彼は言う言葉とは裏腹に、楽しそうに笑っていた。
「笑い事ではありません、北の帥様」
太刀の柄に手を置いて。
「これはお返しします」
史琉は振り返り、目を細めた。
「刀を抜く覚悟のない者、異形に立ち向かう気概のない者は、北の砦に要りません」
すると、理久は腰に手を当てて、声を上げて笑った。
わはは、と笑い終わった後に。
「だそうだ。引き取ってやれ」
と部屋内に声をかける。
ばたばたと彼の侍従が二人出てきて。
凱を両脇から支えて立たせた。
「校尉!」
凱が叫ぶ。
史琉は、すいと太刀を床から抜き鞘に納めると、くるりと背を向けた。
そのまま、つかつかと歩き、律斗達に寄っていく。
ずるずる、と凱が引き摺られていくのを倖奈は呆然と見送った。
「…あいつは本当に何のつもりなんだ」
横で、時若が吐き捨てる。
「他人が自分と同じ覚悟を持っていると考えるのは我が侭だろう…」
ぎ、と奥歯を鳴らして。
それから、足音を立てて歩き出す。
倖奈ははっとして、背を追った。
ずんずん進んで、時若は理久が出てきた御簾を捲って部屋内に入る。
「真桜様」
そこには、先ほどと変わらず真桜が、美波と共に座っていた。
その輪に混じるように、時若は腰を下ろす。
その彼に微笑みかけてから。
「波止場の件は史琉から聞きました」
真桜はさらにゆるりと笑い、倖奈の顔を見た。
「旅立つ前から、力の使い道を見つけられるとは… 幸先の良いこと。おまえも【かんなぎ】となって良かったということね」
倖奈は黙って。お下げ髪の先を握り締めた。

御簾の外では。
「確かに要らないよ。あいつ、初手から逃げてばっかだったし」
幹は両手を肩の後ろで組んで、溜め息をついた。
「あー、せいせいした」
「言うなよ」
雅が笑う。
「気持ちは分かるけど」
颯太は目を丸くして、双子の顔を順に見た。
それから律斗を見ると、彼はいつも通りの不機嫌顔で立っている。
隣の一彦は。
「だからって、おまえが抜いちゃダメだろ」
両手を腰に当てて、笑っていた。
「…おまえは砦全体を率いる校尉なんだ。おまえに否定されたら、砦の兵全員に否定されるのと同じなんだぞ」
苦いものを含んだ笑みに、史琉も同じような表情を見せる。
「まあ、ね。 …ちょっと遣り過ぎたな」
「…らしくない。どうした?」
一彦がにやりと笑う。
史琉は、首を振った。
「…混乱してる、んだろうな」
一彦は目を見張り。
「また、らしくねえな」
笑い、史琉の肩を叩いた。
「都に行く前で緊張中か?」
「それもあるんだけど…」
と史琉は肩を竦め、口を噤んだ。



西に傾いていく陽の光が赤に変わる直前に。
出港の銅鑼が響く。
船の上に乗ってから振り返ると、桟橋には、北の砦の面々がいろんな表情を浮かべて立っていた。
「行ってらっしゃい」
真桜の唇がそう動く。
「行ってまいります」
時若が、はっきりと言い返す。
被衣を僅かに上げて、美波も頷く。
倖奈も黙って頷いて、ぐるりと甲板を見回した。
その中央では、シロが次郎と共にどっかと腰を下ろして、大欠伸をしていた。
そして、日に焼けた肌の男たちがあちらこちらを駆けている。
帆が上げられると、一つ高い位置に立つ男が出港を宣言した。
ゆるり、と船が波の上を滑り出す。
倖奈は、船の縁に寄った。
そこには、同じように船に乗った客が並び、港町に名残惜しげな視線を送っていた。
中には、共に行く史琉、律斗、颯太も混じって立っていて。
「後はよろしく、一彦さん」
動き出した船の縁から身を乗り出して、史琉は声を上げた。
「任せろ。――おまえも気張って来い」
桟橋に残ったまま、彼も叫び返した。
「律斗と颯太も頑張れよ!」
その横合いから。
「史琉!」
幹と雅がだっと駆けてくる。
桟橋を船を追うように走る二人に。
「おまえらも元気にしてろよ!」
史琉が両手を振り、笑う。
二人の顔がくしゃりと崩れる。
それにさらに笑って。
「幹! 雅! 【いずみ】に宜しく伝えといてくれ!」
叫ぶ。
倖奈はゆっくり顔を上げて。
史琉の横顔を見つめた。
――いずみ、って誰?
だが、彼は、桟橋に向かって手を振るばかりで、倖奈の方は全く見ていなかった。
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