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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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参の四「俺たちが何年も悩んでいた力の正体を何故知っていた」

ぐらり、と華奢な身体が傾ぐ。
それを幹が横から腕を伸ばして支える。
「おい…!」
ぺしっと頬を叩く。
だが、倖奈はしっかりと瞼を閉じて、動かない。
「何だ、この花…」
一彦は訝しげに呟いて、目の前に舞う一枚を掴む。
白い花びらは、しっかりした質感で掌に吸いついた。
「…昨日と同じ、か」
律斗も同じように花びらを掴み、目を細めた。
舞う花びらで波止場は白く煙る。
地面に落ちていた奇妙な影は、もう跡形もなく消えている。
「雅。体の具合はどうだ?」
史琉も目を細めてそれを見つめながら、言った。
「具合…?」
雅は濡れた髪を振って、ぺたぺたと体を触る。
「濡れて気持ち悪いけど?」
「…さっき魔物とぶつかったところは?」
「…なんとも?」
「そうか」
首を傾げた雅に、史琉は溜め息を吐いた。
颯太もきょろきょろと周りを見ていた。
「ほれどうだ」
シロは、ふふん、と鼻を鳴らして振り返った。
真後ろに立った時若がぎろりと睨む。
「…おまえ、何をした」
シロは笑ったまま首を振った。
「何もしておらん。彼女を導いただけ」
時若はなおも眉を吊り上げて。
「こいつの… 倖奈の何を知っている?」
と言った。
「俺たちが何年も悩んでいた力の正体を何故知っていた」
「知っていた… というか。いろいろと推察した結果でこうだろうと予測していたのが、当たっていたというのが正解じゃな」
それでもシロは笑い、応える。
「まあ、長生きしておるから、いろんなものを見てるんじゃよ」
「…ぬかせ」
時若は首を横に振る。
「せいぜい、20年にも満たないだろうに」
シロはにっと笑い、口を噤む。
「…それで?」
そこに、横合いから幹が口を挟んだ。
「このお嬢さんはどうしたらいいのさ」
気を失ったままの倖奈を腕の中に抱えたままの彼に、シロは笑う。
「そのうち起きる」
「それまで支えてろって!?」
「…そうは言わないさ」
横合いから声がかかり、幹は憮然として振り返った。
「倖奈もだけど、雅も何とかしてもらわなきゃな」
歩み寄ってきたのは史琉で、その後ろにはくしゃみを続ける雅と、颯太が続く。
「さっきの建物に戻るか」
言って笑う。
彼が視線を向けると、一彦と律斗も頷いた。
幹は溜め息を吐いて、腕の中の体を担ぎあげた。
ふわりふわりと白い花びらが舞う波止場に、人が戻ってきて、ざわめき始める。
船は変わらずにそこに泊まっていて、何かが壊れ欠けたというような様子は無かった。
「無事に倒せたのは良かったが」
それを見遣りながら、史琉は溜め息を吐いた。
「凱はどこに行った?」
すると。
一彦と律斗が目を細める。
颯太は瞬いて。
「さっき…まで、一緒に居たんですけど」
「さっきって?」
「…魔物が海から飛んでくる直前くらいまで」
言う。
史琉がすうっと目を細めた。
幹と雅がぐっと眉を吊り上げる。
「幹」
史琉が呼び、腕を伸ばし、幹の肩から倖奈を下ろす。
そのまま、くたりとした彼女を抱き直してから、幹の顔を真正面から見た。
「探して来い」
「了解!」
ざっと幹が走り出す。
律斗と一彦、史琉はもう一度顔を見合わせた。



ぼんやりと目を開ける。
見上げた天井は見慣れないもので。
倖奈はゆっくり体を起こした。
途端、ばさり、と掛けられていた布団が落ちる。
そこに。
「起きたかのう?」
のんびりした声がかかる。
首を回すと、上げられた御簾の向こうに枯れた色の庭が見え、シロが立っていた。
彼は足元に懐いた白い犬――次郎の頭を撫でながら、にこにこしていた。
「加減がまだできんのだな」
「加減?」
倖奈が首を傾げると。
「一気に全て消そうとするから、体にかかる負担も相当なんじゃろ」
とだけ、シロは言った。
倖奈は首を傾げたまま、ゆっくりと己の行動を振り返り。
「…あれは。何があったの?」
呟く。
シロはにやりと笑った。
「だから、昨夜も言ったじゃろ。二度と魔物が生まれぬように、そこにある瘴気を全て浄化させる。その証しとして花を咲かせる。…お主にしかできぬことじゃ」
倖奈は眉を顰めた。
そして、シロの向こうに、もう一人立っている男に気付いてはっとなる。
「おまえ…」
ざくり、と土を踏んで、時若が歩み寄ってくる。
狩衣の袖がふわりと翻し、彼は縁側に腰かけた。
「あんなことができるのを、何故黙っていた」
鋭い声と視線に一瞬怯んでから。
「…わたしも、知らなかった」
と呟く。
時若の眉が吊り上げる。
「知らなかった?」
「…そうよ」
倖奈は戦慄く唇をぎゅっと噛んでから、言った。
「花が咲くことに、意味があったなんて…」
それから、首を振って項垂れる。
時若も唇を曲げて黙りこみ、奇妙な沈黙が部屋内と、縁側と庭に落ちた。
そのまま、三人黙る。
その静寂を飛ばしたのは、縁側を歩いてくる足音だった。
時若と倖奈は顔を向ける。
廊下を歩いてきたのは、史琉だった。
「何しに来た」
時若が低い声を出す。
史琉は肩を竦めた。
「おまえが言うかよ… 一応、ここ、嫁入り前の娘が休んでるところだぞ」
「おまえはどうなんだ」
「俺はいいんだよ」
ひょいと史琉が肩を竦めて見せると。
シロは笑った。
「お主ら、そういう仲か」
そのまま手を振って去っていこうとする背中に。
「出港は予定通りだからな!」
史琉が声をかける。
「本当に付いてくるっていうなら、ちゃんと波止場に来いよ」
「はいはい」
振り返り、飄々と笑って、シロは去っていった。
時若は縁側に腰を下ろしたまま、睨み上げる。
史琉は苦笑いを浮かべた。
「ってことで、おまえにも言う。出発は予定通りだ。準備しとけよ」
それから、御簾の下から部屋内を覗きこんで。
「悪いな。出発は予定どおりだって言うからさ」
少し困ったように言った。
「船の中に休めるところを作ってもらうから。それまでここで寝てろ」
「…史琉」
名を呼ぶと、彼は首を傾げた。
倖奈は、また何度か唇を空回らせてから、首を振った。
それに、もう一度史琉が苦笑する。
「寝てろ」
それだけ言って、部屋を離れていった。
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