挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
花の如く 作者:秋保千代子

第一章

16/100

参の三「倍々で増えていくじゃねえか!」

波止場にのし上がり、ぶるんぶるんと身震いした、奇妙な色の鱗に覆われた鯨のような風体の魔物に。
時若は無言で右手を向けた。
「止せ」
それに、史琉が叫ぶ。
「ここで火を放つな! 周りの船まで焼く気か!?」
時若は舌を打った。
「おまえ、そのために俺を呼んだんじゃないのか!?」
「状況が変わった!」
史琉が太刀を下げたまま、振り返る。
「焼き魚作る時にまた呼ぶから、少し待ってろ!」
言って、彼はまた前を向く。
その視線の先。
巨魚はぐるんぐるんと宙を回る。
その勢いが微かに落ちた瞬間。
律斗が一足飛びに距離を詰め、残った片目と思しきところに、太刀を突き込んだ。
ずぶり、と刃が沈み。
魔物が動きを止め、咆哮を上げる。
その背に幹が飛び乗る。
「いっちまえ!」
大上段に振りかぶり、太刀を一閃させる。
胴を真っ二つに斬りさいた、と見た瞬間。
どす黒い断面から、ずるり、と。
魚が飛び出した。
「はあ!?」
声を裏返し、幹は跳んで地に降りる。
律斗も太刀を引き、跳び退る。
どすん、と音を立てて幹が斬った魚は地面に転がった。
だが、改めて跳び出した一匹は宙を駆けていく。
「行かせねえ!」
だっと一彦が走り、その尾に斬りかかる。
その衝撃に振り返った魚の面に、雅が撃った矢が刺さる。
魔物は叫び。
また、ずるり、と。
「分かれた…!」
上と下に分かれ、二重の咆哮を響かせる。
そのまま上の一匹は尾を振り、地を叩く。
「くそったれ!」
三度目に振り下ろされたそれを、一彦が太刀で地面に縫いとめる。
駆けてきた律斗が、顔面を払う。
一方で、下の一匹は、地面すれすれを滑り。
海を背に弓を構えた雅に突っ込んで行った。
「…くっ」
横に跳ぼうとして、間に合わず。
魔物が雅の体を掠る。
そのまま、雅はぐらり、と傾いで、どぼん、と音を立てて海に落ちた。
「雅!」
史琉が呼び。
同時に。
「雅さん!」
颯太は駆け出した。
波止場の縁から海を覗き込むと。
「ぷっは!」
水中から雅が顔を出し。その立ち泳ぎのまま、彼は咽た。
「大丈夫ですか!?」
颯太は屈みこみ、左手で土の縁を掴み右手を伸ばそうとしたが。
「馬鹿! 後ろ!」
雅が青い顔で叫ぶ。
颯太はぎょっとして振り返る。
雅を吹き飛ばした魔物は真後ろに迫ってきていて。
「…っ!」
叫ぼうとした瞬間。
魔物と颯太の間にもう一つ影が飛び出す。
「史琉!」
「校尉!」
ぶん、と唸って跳んできた尾を太刀で受け止めて。
「颯太! 取り敢えず雅を引き上げろ!」
史琉が叫ぶ。
同時に尾を押し返し、その勢いで、魔物の腹に突っ込む。
横合いから幹も斬りこんでくる。
縦に斬り裂かれ、魚が叫び。
ずるり、と二つに分かれる。
分かれ、地面に落ちた方を史琉は地面に縫いとめた。
ふわ、と宙に浮いた方は、そのままゆるりと滑って行く。
それを追って幹が走り出す。
「きりがない…!」
史琉が呻く。
見れば、一彦と律斗がようやく斬ったそれも二つに割れていた。
「倍々で増えていくじゃねえか!」
ぐたり、と足元の分は動かなくなったのを見てから、史琉も太刀を握り直して走り出す。
「へっくしょい!」
「大丈夫ですか?」
颯太が問うと、雅は憮然として頷いた。
「僕はね… まあいいんだけど」
と言って、波止場を見回す。
地面には3匹魚が転がっていたが。まだ宙を2匹泳いでいた。

「北の地には… 妙な魔物が多いのう」
少し退いたところから、史琉たちと魔物の遣り合いを見遣りながら、シロは溜め息を吐いた。
「分かれる… か」
倖奈はお下げ髪の先をぎゅっと握った。
「あれは… 何?」
不機嫌に歩み寄ってきた時若を見上げても。
「…知るか」
彼は不機嫌に言い切ったが、シロは、にこにことして振り返った。
「まあ、あくまでもわしの推測じゃか…」
と翠色の眸を細める。
「あれは、身の内の瘴気を少しずつ分けていくことができるんじゃろうな」
「…どういうことだ」
時若が頬を引き攣らせる。
シロは表情を崩さないまま。
「ああいう風に人に斬られるとか何とか、表面に傷を負った場合にな、表面の瘴気だけ脱ぎ捨てているんじゃろう。で、中から無事な瘴気が出てくる。それが傍目には分裂したように見えるんじゃろう」
そう言って、地面に落ちている奇妙な色の影を差す。
「ほれ、分かれても、一方は元気だか、片割れはすぐに斃れているだろ?」
「…確かに」
時若が呻く。
「まあ、らっきょみたいなもんじゃな」
シロはのほほんと言った。
「まあ、このまま向こうの瘴気が尽きるまで戦うのも手じゃが…」
と、首を傾げると。
時若は、右手を突き出した。
「やはり、燃すか」
唇を曲げて、ぐっと握る。
その拳をごお、と炎が包む。
それを宙を走らせようと時若が一歩踏み出したのを。
「まあ、待て待て」
シロが袖を引いた。
時若はあからさまに不機嫌な顔で振り返る。
「…なぜ、止める?」
「お前さん、魔物だけを確実に焼けるか? 周りの船を焼かんでできるのか? 先ほどの史琉の口ぶりだと無理そうじゃが」
にやにやとシロが笑う。
「仮に、魔物だけ上手く狙えたとして。分裂しないよう、全ての瘴気を一気に消せるか?」
「何が言いたい?」
時若の唇がさらに歪む。
だが、シロはやはり笑ったまま。
「…わしは、お主より倖奈の方が適任と思っているのじゃよ」
さらりと言う。
倖奈は目を見開いた。
「…わたし?」
シロは、くっと喉を鳴らした。
「昨日の要領じゃよ… お主の神気を向こうの瘴気に当てる。それで、あとは適当になるじゃろ。瘴気が全て消えたかどうかは、花が咲けば分かる」
「…何もないところに、花を咲かすなんてことはできないわ」
掠れた声で。
「やったこともない…」
倖奈が言っても。
シロは首を横に振った。
「大丈夫じゃよ」
すう、と細められた翠色の眸に。
倖奈はぐっと詰まった。
そのまま。
シロがすいっと指さす方に視線を動かす。
そこでは、まだ、史琉たちが太刀を振るっていて。
今まさに、一匹が地に落ちて、もう一匹が宙に浮き上がるところだった。
「ほれ」
笑うと、シロは倖奈の手を取って、歩き出した。
倖奈はなされるがまま、歩き。
波止場に近寄る。
すると、新たに寄ってきた人影に、魔物の咆哮が響く。
宙を滑っていこうとした魔物の背に斬りかかりながら。
「おい! 退けよ!」
幹が抗議の声を上げる。
「まあ、良いではないか」
シロが笑う。
「さ、倖奈」
言って、シロは引いていた倖奈の左手を魔物に向けた。
「おいってば!」
背から飛び下りながら、幹が叫ぶ。
「退けってば! 余計なことするな…」
その彼の肩越しに魔物に手を伸ばす形になった瞬間。
ごお、と空気が鳴いて。
倖奈は息を呑んだ。
直に触れているわけではない掌が熱い。
そこから、何かが流れ出していく感触に。
「え…」
瞬く。
辺りがぼおと光り、空気が流れる。
体中の力が左の掌に集まり、飛び出していく感触が続き。
魔物は光に染められていき、最後は風に舞う白い花びらの中に溶けていく。
舞い飛ぶ花びらはどんどん数を増やし、奇妙な色の影を、動いていてもいなくても巻き込んで行く。
倖奈の視界もどんどん白く染まっていって。
唐突に暗くなった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ