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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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参の二(塊は物凄い勢いで、波止場に向かって、宙を滑り始めた。)

この港は、断崖を削って造られていて、すぐ側にまで大型の船が寄ってこれた。
その大きな帆船たちは、陸から海を目指して伸びる3本の桟橋に並んでいる。
それらを揺らして、ざ、ざ、と波の音が響く。
白い波飛沫の向こうには、少し明るい青の空に、深い青の海。
その境目で、奇妙な色の鱗に覆われた巨魁が泳いでいた。
ざわめきながらそれを見遣る波止場の人だかりは、先ほどから増え続ける一方だった。
その中には大人も子供もいる。
男なら小袖に袴だったり、直垂であったり。女でも小袖に前掛けと言う姿の者もいれば、市女笠を被った者もいる。
旅の者も土地の者も、今この港町に居る人が全て集まってきているのではないかと言う喧噪だった。
その人波を掻き分けて。
「ここからが、一番よく見える?」
「そうだね」
二人の少年――幹と雅が波止場の縁に寄った。
小袖に袴という姿のままながら、幹は腰の太刀に手をかけ、雅は弓矢を握っている。
その後ろに、同じく直垂のままで、腰に太刀を下げた史琉が立つ。
やや遅れて、人垣を掻き分け、時若が歩み寄り。
同じように太刀を下げた一彦と律斗がやってきた。
「…どうする気だ?」
時若が形の良い眉をぐっと寄せて、訊くと。
「どうすっかな…」
史琉は唇の端を上げて、両手を腰に当てた。
「小舟を出して近寄ってみる…ってのは?」
一彦が後ろから声をかける。
だが、史琉は首を振った。
「水の上は向こうに分があるからな。できればこっちは陸上に居たまま勝負したい」
「…釣りでもする気かよ」
にやりと一彦が笑う。
史琉も笑い。
「それができたら楽だなあ…」
と答えた。
「あいつ、こっちを襲ってくる気は無いんだろうな。ずっとあそこで泳いでいるみたいだし」
「…そうだな」
「下手に刺激しないで、こっちに寄ってこさせることはできないかな?」
「…無茶言うなあ」
一彦が噴き出し。
史琉もくくっと笑った。
「取り敢えず寄って来てくれさえすれば、時若が焼けるのに」
「…俺の役目は焼くことか」
時若が憮然と呟く。
史琉は苦笑した。
「魔物以外は焼いてくれるなよ」
そんな言葉を交わす、波止場の縁に並び立つ彼らの背を、未だ人垣に紛れたまま見ながら。
「まさか…」
隣に立つ凱がそっと言ってきた。
「まさか、校尉たちは本気で戦うつもりで…」
「…そうだろ?」
颯太は目を丸くして、自分より背の低い凱を見た。
「そのつもりで、さっき北の帥様のところに行ってきてたんだし」
「…そうだが」
凱は顔を伏せて、首を振った。



人垣の後ろにやってきて、シロは目いっぱい爪先立って。
「見えぬのう…」
ぼやく。
藍色の衣を被いた倖奈も、その低い背で人の影に埋もれていた。
足元でも次郎が情けない声を上げる。
「前に出れるかのう」
シロは溜め息を吐くと、ひょいひょいと人の隙間を縫って行った。
それに次郎も躊躇いなく続く。
「待って!」
倖奈も慌てて、同じように隙間を通ろうとした。
そして、人に何度もぶつかり、その度に「ごめんなさい」と呟きながら進んで。
ふいに視界が開ける。
はっと顔を上げると。
足は波止場の縁ギリギリで、目の前に海が広がっていた。
そして。
「おお、おったおった」
シロがにまっと笑い、縁に沿ってとことこ歩いていく。
「史琉」
彼が声をかけると、海に向かって立っていた彼は振り向いた。
「…来たのかよ」
苦笑いして、彼はそのまま視線を、倖奈に移して。
「…倖奈も?」
微かに目を見張った。
だが、すぐに元の表情に戻り、視線も海に返してしまう。
「おまえ、何しに来た?」
代わって、時若が鋭い声を投げてきた。
倖奈は答えられずに、ぎゅっと被衣を掴んで、唇を噛んだ。
時若が、そのままつかつかと歩み寄ってくる。
「…おまえに今、何ができる?」
真正面に立ち、腕を組んで時若は見下ろしてきた
「昨日のように踏まれるつもりか」
「…そういう、つもりじゃ…」
倖菜が、もご、と口の中で答える。
時若はちっと舌打ちをして、振り返ってしまった。
「お主、あれをどうするつもりじゃ?」
その振り返った先では、シロが海面のそれを指さして問うた。
「…どうしようか、悩んでるよ」
史琉は振り向かずに。
「何とかあいつをこっちに寄って来させられればいいんだけどな」
すると、シロは笑い。
「なんじゃ、そんなことか」
両手をぱん、と合わせた。
「こうすればよいんじゃろ?」
言って、両手を離すと、その間に光の球が生まれる。
そして、足元に落ちていた小石を拾い、それに被せた。
「…なんだよ、そんな使い方もできたのかよ」
史琉が呆れたような声を上げると。
シロはにまっと笑う。
「まあ、ちいっと特殊な使い方じゃからな。魔物に深手を与える効果は期待できぬぞ」
言って、海に放る。
「ちょいっと気を引くだけじゃ」
そのまま石はふわふわと浪間を漂って行く。
史琉だけでなく、時若も。
全員がそれをじっと見送り。
やがて。
魔物の咆哮が轟く。
遠目でも分かるほど、波を揺らし飛沫を上げて暴れた後。
魚のような形をとったその奇妙な色の塊は、ぶわり、と宙に浮いた。
人垣がざわめく。
「魚だろ、あれ!?」
「泳ぐのは水の中だけだろ!?」
幹と雅が叫ぶと同時に。
その塊は物凄い勢いで、波止場に向かって、宙を滑り始めた。
悲鳴が上がる。
わっと人垣が崩れ、足音が四方八方に散らばる。
「おい!」
史琉が叫ぶ。
「どの辺が『ちょいっと』だよ!?」
「…こりゃまた、えらい怒っちまったな」
一彦が溜め息を吐く。
そして、史琉、律斗、一彦、幹が一斉に太刀を抜き。雅が矢を番える。
「新人! 援護!」
言って、幹が振り返り。
「…あれ?」
颯太は瞬いた。
横に立っていたはずの凱はいない。
「なんだよ!」
幹が舌を打つ。
「気を散らすなよ!」
それに史琉の声が重なる。
「街中に突っ込ませるな! 囲んで、とっ捕まえろ!」
そして、真正面から突っ込んでくる魔物に、雅が矢を放つ。
それは、眼と思しき場所に刺さり、魔物は止まってまた咆哮を上げた。
そのまま、のそりのそりと宙を泳ぎ、波止場に上がってくる。
じりじり、と史琉たちは半円を描いて、それを取り囲んだ。
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