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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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参の一「僕らはちゃんとお役目があるんじゃないんかなあって気を回しただけなのに!」

国府からも北の砦からも程近い所に港町があり、一行はそこから海路で都に向かうことになっていた。
――なのだが。
「船が出せないんだって」
そう青年が告げると、その場に居る全員が目を丸くした。
「なんで?」
最初に口を開いたのは、玉子色の小袖に青の袴を着た、二重の切れ長の瞳の少年。
「別に天気が悪いってわけでもなさそうだし…」
そう言って空を仰ぐ。
冬のくすんだ色を一歩抜け出したそこでは、白い雲がゆったりと流れて行く。
それを同じように眺めながら。
「っていうか、その乗せてもらう船の出港が今日の予定だったから、史琉たちの出発も今日になったんじゃなかったっけ?」
同じ二重の瞳と声を持ちながら、琥珀色の小袖に海老茶の袴を身に付けた少年が首を傾げる。
「…そうだった、よなあ?」
最後、背の高い、頬のこけた男が、最初の言葉を発した青年に視線を投げた。
そこは、波止場が見下ろせる、小高い場所にある建物で。
縁側に三人が腰かけていて、庭に、松葉色の直垂を着て肩の上で短く切った髪を揺らす青年が立っていた。
「なあ、史琉?」
三人の中でも年嵩の男が呼ぶと。
庭に立つ青年が苦笑いを浮かべて見せた。
「幹と雅の言うとおりなんだけどさ」
そう言って、さらに視線を東の方へ向ける。
「海上に魔物が出てるんだって」
すると、三人は、ほーっと溜め息をついた。
「…海にも出るのか」
「魚みたいな形してるのかな?」
「やっぱそうじゃないの?」
それに、史琉の斜め後ろに立つ青年が同じように溜め息をついて、答える。
「鯨みたいなものらしい」
背は高くなく細身に見えるが、青錆色の直垂の袖口から覗く腕はよく鍛えられて筋張っている。その彼は、吊り上った目を不機嫌に細めて。
「船長曰く、常なら泳ぎ去るまで待ってから出港するんだそうだ」
言い切るなり、憮然と口を噤む。
「律斗…」
彼をちらりと見て、史琉はまた笑った。
「とにかく… 困ったな」
言って、同じように庭に立ち尽くす格好になってしまった少年二人を見遣る。
「凱と颯太も、取り敢えず座って待ってな」
すると。
「はい、そうします」
黒い髪をきっちりと結い上げて折烏帽子を被り、縞織りの直垂を着た少年が頷き、すすと動く。
一方で。
背がひょろりと高い方は、目を瞬いて。
「待っているだけでいいんですか?」
と言った。
すると。最初から縁側に座っていた少年――同じ切れ長の瞳の二人が声を立てて笑った。
「案外、颯太って好戦的?」
「いいね、気が合うよ!」
「え…?」
背は高いが顔立ちはまだまだ幼さの残る少年は、ぶんぶんと腕を振った。
「いや、そういうわけじゃ…」
少年がどもったところで、笑う二人の頭にぽかりと拳が落ちた。
「幹、雅」
落としてから、史琉が溜め息を吐いた。
「いきなり殴らないでよ、史琉!」
「そうだよ。僕らはちゃんとお役目があるんじゃないんかなあって気を回しただけなのに!」
幹と雅はぶーっと口を尖らせる。
「…ああ、分かった分かった」
史琉はもう一度溜め息を吐いて。
「それと、校尉と呼べ」
それから、きっと表情を引き締める。
「…魔物をどうにかしたいってのは確かだからな」
そのまま、年嵩の男と、斜め後ろの青年を順に見た。
「一彦さん。律斗」
二人も頷く。律斗は腰に下げていた太刀を撫ぜてみせ。腰を下ろしていた一彦は立ち上がった。



波止場が見える建物の奥に行くと、その部屋の中には男女数人、座っていた。
史琉が御簾を上げて部屋に踏み込むと。
「おお、話は聞いたか?」
その一番奥にどっかりと腰を下ろした壮年の男が笑顔を浮かべた。
「はい」
苦笑いしてみせると、その相手の笑みが深まる。
「北の砦、屈指の猛者が揃っているのだからな。退治しない手は無いな?」
「…出立のその日までこき使うとは、人が悪いです。北の帥様」
史琉が首を振ると。
理久は、格子柄の織りの直垂の袖を揺らした。
「こき使うとは人聞きが悪いな。頼りにしていると言ってくれ」
史琉は、ははは、と乾いた笑い声を上げた。
すると。
「…私からもよろしくお願いしましょう」
理久の斜め前に座した老女が顔を上げる。
「真桜殿」
史琉は眉を下げた。
「善処します」
それから、表情をすっと引き締めて。
「時若の手をお借りしたいのですが、よろしいですか?」
言う。
すると、真桜の向かいに座っていた狩衣姿の青年が肩を揺らす。
「…何故、俺まで」
一つに結わえた長い髪も揺らし、形の良い眉をぎゅっと寄せて、低い声を出す。
だが、史琉は表情を揺らさずに。
「海上に居る魔物が相手だ。俺たちは陸上のように立ち回れない。時若の炎の力で消し飛ばせるならそれが一番だ」
と言う。
時若は、ぎろり、とした視線を寄せていたが。
「時若」
真桜がゆっくり呼ぶと。
如何にも渋々といった風情で腰を上げた。
「有難うございます」
史琉は真桜に頭を下げる。
そして、時若を連れて部屋を出た。
そのまま、縁側を歩いていく中で。
「…お前はすぐこれだ」
後ろから声がかかり、史琉は歩みを止めずに振り返った。
「これって、何だよ」
言うと、時若が薄い唇を開く。
「魔物と見ると、すぐ退治しようとする。昨日あれだけの怪我を追った後にも関わらず、だ」
「…昨日の怪我は治ってるって。ちゃんと説明しただろ?」
史琉は苦笑いした。
だが、時若は唇を曲げたままだ。
「何でもかんでも、倒せば良いというものではないだろう。己の力だけで立ち向かえぬ相手ならば、避ける方がましだ」
「だから助っ人を頼みに来たんじゃないか」
史琉は、ふうと息を吐くと。
「逃げる、というのは普通の人ならそうすべき手段だろうな。だが…」
ひやりとした表情に変わり。
「俺たちは逃げちゃいけない。他の人が遭わずに済むように退治しにいくのが俺たちの仕事だ」
前を睨んで告げて、歩く速度を上げた。



部屋には、理久とその従者数人、真桜、そして、美波と倖奈が残っていた。
「見送りに来ただけなのに… えらい騒ぎだこと」
真桜がふうと息を吐く。
理久は苦笑して。
「本当に、魔物が増えているということでしょう」
と言う。
真桜の後ろに控えていた美波は、そっと真桜に寄った。
「お疲れではございませんか?」
「ああ、大丈夫ですよ」
「わざわざわたしたちのために足を運んでいただいたのに、こんな…」
紅色の濃淡の小袖を重ね着し、背に真っ直ぐな黒髪を流した、艶やかな姿の美波も溜め息を吐く。
「昨日の【あれ】は、この辺りには届かなかったのかしら?」
細い指先を頬に添えてそう言って、視線を倖奈に向ける。
倖奈は黙って俯いた。
「ただ花を咲かしただけで、辺りの魔物を全部消し去れたなんて…」
美波が言葉を継ぐと。
「まあ、すごいことだったな」
と理久は笑った。
「魔物が消えただけでなく、花が咲いたことで結界が補強される結果になった。良いことをしてもらったと思っているんだよ」
倖奈は肩を縮こまらせ。
「ごめんなさい…」
呟くと、立ち上がってそのまま部屋を出た。
御簾を潜って出た先は、まだ枯れ色の庭に面していた。
一瞬ほっと息を吐いたが、人影を見つけて顔を強張らせた。
「シロ」
縁側に立ち尽くして名を呼ぶと、彼はゆっくり振り向いて。
「おお、倖奈」
笑う。
枝ばかりを伸ばす立木の隙間に立っていたのはシロで、その足元には白い犬が寄り添っていた。
今日の彼の角髪は、きちんと櫛を通してから結われたようで、形が整っている。
身につけている水干も小ざっぱりしていた。
「…そこで何をしているの?」
「何、ってお主たちと一緒じゃよ」
彼は笑い、足元の犬の頭を撫でた。
その白い犬も振り返り、倖奈をじっと見上げてくる。
「言ったじゃろ。お主たちが都に行くのにわしと次郎も同行させてもらうぞ」
「…聞いたわ」
「だから、お主たちと一緒じゃ。船が出るのを待っておるんじゃよ」
倖奈は眉を寄せた。
だが、シロは構わずに。
「史琉たちが向かったそうじゃな」
と続ける。
「様子を見に行かぬか?」
倖奈は、一瞬だけ躊躇ってから。
頷いた。
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