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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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弐の七(光は倖奈の体から昇り、そのまま魔物を包みこみ。)

残る二匹のうち、一匹はのそのそと丘に歩いていく。
もう一匹は、後ろでの異常に気付き、振り返った。
そして史琉を見るや、ぐおおおお、と叫ぶ。
史琉は右手の太刀を握り直し、唇の端を上げた。
そこに。
「ほい、追加じゃ」
後ろから声がかかる。
史琉は振り返らずに左手だけ差し伸べる。
すると、また一瞬だけバチリと言い、左手が熱く包まれる。
「…すごいな、これ」
史琉が言うと、にやりと笑う気配がした。
「な、手伝いになったろう?」
声にも微かな笑いが滲む。
「礼は?」
史琉は苦笑した。
「後で、風呂に突っ込んでやる」
「…飯が好いのう」
「あー、はいはい」
唇に笑みを無理矢理貼り付けて、首を回し。
「…史琉だ」
名乗る。
「お前は?」
「わしか? わしは… シロ、じゃ」
少年はくしゃりと笑い、それから足元に立つ犬の頭を撫でた。
「で、こっちが次郎」
「…人と犬の名前が逆じゃないか?」
史琉は吹き出して。
「じゃあ、後をお楽しみに、よろしく頼むぜ」
ぐっと、前を向く。
向き直っていた魔物は、また一際大きな声で叫んだ後。
地を揺らしながら、駆けてきた。
そのまま、史琉とシロ、次郎に真正面から突っ込んでくるのを、二人と一匹は左右に跳んで避ける。
右に飛んだ史琉は、そのままもう一度地を蹴って魔物に飛びかかった。
だか、魔物は首を振り、史琉を吹っ飛ばす。
「……!」
背中から地面に落ちる。
そこに魔物が足を下ろしてくるのを転がって逃げる。
跳ね起きて、太刀を構えたところに、また魔物の足が飛んでくる。
「くそ!」
それを太刀でがっしり受け止めて、史琉は呻いた。
ギリギリと足と太刀で押し合う。
その魔物の後ろ足に。
「がう! がう!」
次郎が食らいついた。
魔物は吠え、両の前足を上げた。
史琉は、そのまま前へ、魔物の腹に潜り込み、左手の光の球を叩き込んだ。
魔物がまた叫び、首を振り、足をバタつかせる。
次郎も飛ばされ、史琉は慌てて飛びす去る。
その隙に魔物の爪が左頬を切り、血が飛んだ。
「くそったれ!」
史琉は唇を歪め、頬の血を拭った。
太刀を後ろに投げると、左手の光の球を右手に持ち替える。
それから、声を上げて、魔物に突っ込む。
史琉の右手は魔物の腹にめり込み、魔物はますます暴れた。
そして次郎が首に食らいつくと、魔物は呻いて、倒れた。
また、ざらざらと黒い影が風に溶けて行く。
「あと一匹!」



丘の上で。
「スゴいぞ、頑張れ!」
口々に叫ぶ。
一匹目の魔物が溶けて消えて、二匹目がもがき、一際歓声が上がる。
倖奈も両手を握りしめて、息を詰めた。
「…史琉」
こんなに間近で彼が魔物を相手に立ち回っているのを見たのは、これで二度目だ。
だけど、前は。彼は隊の部下たちを率いて戦っていた。
一人ではなかった。
人一人で魔物を相手にすることが難しいことは、倖奈も知っている。
だから。
「お願い…」
呟いて、首を振る。
その視線の端に。
丘をトコトコと降りて行った影が見えた。
「…え?」
幼い子どもが歩いているのだ、と気付き。
「…駄目!」
叫び、駆け出した。
「お願い、戻って!」
だが、その子はなぜか、真っ直ぐに丘を降って行く。
倖奈は腕を振って走った。
途中、被衣を放り投げて走っても、子どもが遠い。
「お願い!」
倖奈がもう一度叫んだ時。
丘に向かってきていた魔物が、ギョロリと向いた。



丘の上から悲鳴が上がる。
史琉も目を剥いた。
「倖奈!」
叫び、崩れ掛けの魔物を飛び越し、駆け出す。
子どもに追いついた倖奈が、その子を後ろから抱き締める。
史琉も魔物の背に飛び付いた。
そのまま、右手の光の球を叩きつける。
魔物が叫び、前足を上げる。
その背からずり落ちそうになるのを魔物の鱗を掴んで耐え、右手を固い皮膚の奥にめり込ませながら。
「丘に走れ!」
叫ぶ。
だが、倖奈も子どもも間近に迫った魔物を見上げて凍りついていた。
「ばう!」
次郎が後ろ脚に噛みつく。
魔物はどおん、と前足を下ろし、後ろを跳ねあげた。
「うわ!」
「きゃん!」
うろこを掴む手が滑り、史琉が宙に放り出される。
次郎も放り出され、近くの木にぶつかり、ふにゃとなって動かなくなった。
史琉もまた、背中から地面に落ちる。
咳き込んだところに、ぬう、と影が落ちた。
目を剥く。
どん、と腹の上に魔物の足が落ちる。
「……!」
一度、魔物の足が浮いた瞬間、史琉は転がって、そこから逃げた。
一回転し、手を付いて立ち上がろうとして。
胃の奥から血がせり上がってきた。
堪らず、吐く。
「…くっそ」
三度四度咳き込んでから、前を向く。
視線の先では、魔物は背中に小さくなった光の球を張りつかせたまま、ぶるりぶるりと振るえ。
また吠えた。
その声が途切れたところで。
子どもの泣き声が上がった。
倖奈の腕の中に埋もれたまま、子どもはぎゃーと喚いている。
抱く倖奈の方は、凍りついた表情のまま突っ立っている。
魔物は小さく呻き。
のそり、と体の向きをそちらに向ける。
「…そっちに行くな!」
史琉は呻いて立ち上がり、よろける。
「止まれ!」
叫ぶ。
ぐっと唇を噛むと、左腰に下がっていた鞘を握り取る。
「止まれ!」
もう一度叫び、唇の端をぐっと拭い、走り出す。
だが、魔物の背中は全く近くならない。
「倖奈!」
名を呼ぶと、彼女の眸の奥が揺れた。
その真正面で、魔物が右の前足を振りあげる。
ぶうん、と唸って子どもと倖奈に振り下ろされる。
喉の奥から悲鳴が上がりそうになった瞬間。
ぼう、と魔物の脚が微かに光る。
「え…?」
史琉は足を止めた。
光は倖奈の体から昇り、そのまま魔物を包みこみ。
どおん、と弾けた。
光と共に風が吹き抜ける。
史琉は両腕で顔を覆い、目を閉じた。
そのまま、数瞬が過ぎて。
風が収まったのを感じて、目を開けて。
「は!?」
思わず叫ぶ。
辺りには、ふわりふわりと白い花びらが舞っていた。
それだけでなく、春を待っていたはずの薄茶色の野原には、色とりどりの花が咲き乱れている。
また、花びらの幕の向こうには、桜が満開になった丘が見える。
魔物の影は消えていた。
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