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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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弐の六「人一人で魔物3匹では、普通には勝ちえない」

短い髪を風に流して、馬に乗って街の門を出る。
丘に向かう北東の道を辿り大分進んでから、史琉はげっと呻いた。
「こっちにも魔物、だと…!?」
奇妙な色の鱗に覆われた、四足の獣が3匹。
どすん、のしり、と史琉に背を向けて、道を歩いている。
史琉は慌てて馬を止め、自分の後ろを振り返った。
門が閉められたどうかは見えない。
だが。
「門より、丘の方が近いよな…」
ぐっと唇を噛む。
それから南に視線を投げる。
「向こうの群れから離れてきた…?」
南の方では、鬨の声が響き、炎が噴き上がるのも見える。
「そうだとしたら… もっと殺気立ってるよな?」
鞍にまたがったまま、顎に手を添え、首を捻る。
「…どうしようっかな?」
左の頬を微かに歪めて、史琉は呟いた。



街の南で炎が上がり、それに合わせて魔物が消えるのが見える。
「おお、国府の兵は頑張っているようだぞ」
「…あの不思議な炎は【かんなぎ】様かな?」
そちらを見る人の列が、ざわざわと騒ぐ。
「時若… あの人は…」
その最前列に突っ立ってその様を眺めながら、美波は自分のこめかみを押さえた。
倖奈は列から一歩引いて、立っていた。
胸の底には鉛が転がっているようだ。
はあ、と息を吐いても、鉛はどこにも出ていかなかった。
その気分のまま、ふと、後ろを向くと。
「ねえ、おかあさん。どうして丘からでちゃいけないの?」
幼い子どもが親を困らせている。
親は魔物の恐ろしさと、丘にある木が結界代わりとなって安全だということを何とか伝えようとしているようだが、子どもは「なんで? なんで?」と笑うばかりだ。
倖奈もくすりと笑い、それからまた視線を動かし、街の方を見遣ると。
若竹色の衣装が馬に乗っているのが見えた。
「史琉」
名を呟くと、ふいに、胸がすとんと軽くなる。
頬を緩ませようとしたところで。
「…え?」
彼と丘の間にある影に息を呑む。
――魔物!?
奇妙な色の大きなそれに悲鳴を上げそうになったのを、両手で口を塞いで呑み込む。
だが。
「おい! あそこにも魔物が!」
誰かが叫ぶ。
丘の上で一斉に悲鳴が上がった。



丘の上がざわめくと、魔物は、どことなく緩慢だった動きを速めて、そこに向かって真っすぐに進み始めた。
「叫ぶなよ!」
史琉は呻いた。
それから首を捻る。
「時若は…? あいつ、居るなら降りてこいよ!」
だが、丘から人が下りてくる気配は無い。
彼はどうしたのだろうと一瞬だけ考え。
「仕方ない!」
史琉はぐっと唇を噛み、腰に下げた太刀を抜き放ち、馬の腹を蹴った。
丘の上では立て続けに悲鳴が上がり、そこに向けてどしりどしりと魔物は進んで行き、後ろから追う史琉には全く気付いた素振りもない。
そのまま、距離を全て詰めて斬りつけようとしたところで。
「のうのう」
声がかかる。
史琉はぎょっとして、馬を止め。
声が聞こえた方――横に顔を向けた。
「お前…」
唖然とする。
道の端には、木に凭れて、街で出会った少年が立っていた。
変わらず埃のかぶった髪に汚れた水干のまま。
「のう。手伝おうか?」
彼は翠色の眸を向けて、にいと笑った。
その足元には、白い犬が鋭い顔つきで寄り添っている。
「手伝おうか?」
もう一度言った少年に。
「手伝うって…」
史琉は眉を寄せた。
「何ができるんだよ」
「おお。こんなことができるぞ」
そう言って、彼は両手をぱんと打ち鳴らした。
それをそうっと離すと。両掌の間に、光の球が生まれる。
「お前も【かんなぎ】だったのか?」
「まあ… そんなもんじゃ」
史琉の視線が鋭くなる。
少年はははは、と笑った。
「で、これには魔物を消す力がある。だが、残念ながら… 直接ぶつけないと力を発揮せんのじゃよ」
「…自分でぶつけに行けよ」
史琉は頬を引き攣らせた。
「いやあ、臆病者でのう」
「…これじゃあ、手伝うのは俺の方じゃねえか」
「まあ、そういうな」
少年は笑い、視線を魔物に、その向こうの丘に動かす。
「あそこの人々を助けようとするなら… お主があれらを倒すしかなかろう? だが、人一人で魔物3匹では、普通には勝ちえない」
史琉は黙る。
少年は、笑みを深めた。
「先ほどの恩返しじゃ」
「…本当かよ」
史琉は馬から降りた。
そして、太刀を握っていない左手をその光の球に伸ばす。
触れたその一瞬だけ、バチ、と鳴る。
だが、球はすんなりと少年から史琉の手の上に動いた。
「で、これを魔物にぶつけろって? 投げられないのか?」
「投げられるなら、ここから投げとるわ」
「…両手にいろいろ持ってちゃ、馬に乗れないんだけど」
はあ、と史琉は溜め息を吐いた。
それから、視線を動かす。
魔物は前に進んでいて、間が開いてしまっていた。
その分、丘も近い。
史琉は少年の顔を真正面から睨みつけた。
背の低い少年は上目使いに見上げてくる。その唇も緑色の眸も変わらず笑っている。
「最低だ」
呟く。
それから、息を吸い。
史琉はそのまま駆け出した。
全力で走り、三匹のうちの一番後ろに左手から突っ込む。
魔物に当たるなり、光の球はばちばちと弾ける。
ぐぎゃあ、と魔物は呻き、倒れる。
「くそ!」
その勢いで、史琉もつんのめった。
魔物の上で一回転して、地面に降りる。
そのまま地を蹴って、距離を離す。
魔物は地の上で呻き続けている。
「…すごい」
史琉は魔物を見つめ、呟く。
それから、もう一度、左手を魔物に打ちつけた。
魔物の呻き声が上がる。
史琉は二度、三度と左手を叩きつける。
そして、魔物はざらざらと砕けて、風に溶けて消えていった。
史琉は目を丸くしてそれを見つめて、左手を見た。
光の球は、もう消えかけている。
それでも。
「…こいつはいい」
にやりと笑い。残る2匹に視線をやった。
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