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花の如く 作者:秋保千代子

第一章

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壱の一「準備はいいな。北の砦の兵の、最重要任務だ」

小高い丘の上にあるその砦からは、草原の数里先まで見渡せた。
もし草原に脅威となるものを見つけたら、半鐘が鳴らされる。
そして、今、まさに。
砦の北に立つ櫓の上の半鐘は打ち鳴らされていた。
「現れたのならば」
その音の中を歩きながら、青年はがつんと両手の籠手をぶつけた。
「ぶっとばせってね」
言って振り返ると、彼より拳一個分背の高い少年が引き攣った笑みを浮かべて付いてきていた。
すらと背は高いが、その顔は目元の力が弱くて幼い。
身に付けた胴丸(胴を丸く囲む簡略な鎧)も、動きにしっくり馴染んでいない。
後ろで一つにくくった栗色の髪だけが、北風に乗って力なく揺れていた。
「…新人」
思わず笑いかけると。
颯太そうたです!」
妙に力のこもった名乗りが返ってきて、なお笑んだ。
「颯太。お前がここに来てから魔物が出るのは、初めて?」
「…そうです」
颯太は、眉尻を下げた。
「オレ、ここに来てまだ三日です」
「ああ、そうか」
ぽん、と手を打つ。
その彼も、籠手だけでなく胴丸も付け、腰には太刀を下げていた。
「じゃあ、改めて言っておこう。この北の砦、そしてそこに詰める兵士は、主に北の草原に現れる魔物から人々を守ることが一番の役目だ」
その太刀を左手で撫でながら、言う。
「魔物は、文字どおり襲ってくるからな。気合い入れて行けよ」
「は、はい!」
ぐ、と口元を引き締めて頷く颯太に、彼はもう一度笑った。
話す間にも、半鐘の音はどんどん大きくなっていき、真横を歩いている相手と話すにも怒鳴らなければいけないほどになっていた。
「そうそう。半鐘の音の大きさは、魔物との距離に比例するからな!」
「じゃあ、音が大きくなったっていうのは…!」
「近づいて来たってことだ!」
「じゃ、じゃあ…」
颯太は蒼くなり。
「戦って、ぶっとばせってね」
彼は、唇の端をくっと上げた。
枯れ草の庭を歩いて辿り着いた石段を、二人は昇っていく。
40段ほどの急なそれを昇った先は、砦の北の端。
小高い丘を頂上に、東西に長く伸びる石垣の上だ。
薄曇りの空の下、冷たい北風が駆け抜けていく中を、二人はずんずん進み。
半鐘が打ち鳴らされる物見櫓の真下に行く。
秋吉あきよしあつし!」
青年が声を張り上げると、櫓の上に居る一人が顔を覗かせた。
「敵までの距離は!?」
上に向かって、櫓の下に立った彼が叫ぶと。
「あと半里です!」
見下ろす方が叫び返す。
「数!」
「二十四!」
答えに、へえ、と彼は笑った。
「なかなか多いな」
「そ… そうなんですか!?」
「まだ、過去最高には到達してないけど」
「……」
颯太の頬がひくつく。
それにもう一度笑い、彼は周りを見回した。
辺りに20人ほど、胴丸で身を包み、籠手を嵌め、太刀や槍などの武具を手にした兵士たちの顔を認めてから、叫ぶ
一彦かずひこさん!」
その今度の呼び掛けには。
「おうよ」
背が高く、頬のこけた男が応えた。
「武器と… 術具の用意は?」
「普通の武器ならいつもどおりだ。術具は… 正直足りないな」
「…どれくらいある?」
「青の矢と赤の矢、合わせて15」
淡々と告げる男に、彼は苦笑して見せた。
「確かに足りないなあ… 【かんなぎ】の奴ら、作るのをサボってたか?」
「さてな」
一彦、と呼ばれた方も苦笑いする。
首を振ってから、彼はまた見回した。
律斗りつと!」
すると、人影の向こうで彼方を見遣っていた男が振り返る。
「この場に居ない奴らは、まだ見回り先から戻ってきてないのかな?」
「石垣の端の方を見に行かせた直後に魔物が出た。そのまま向かわせている」
応えた男は、二十歳を二、三越えた年頃で。
背は高くないが、肩の厚みや小袖から覗いた腕はよく鍛えられている。
切れ長の目を、さらに細めて。
「戦う?」
と、律斗と呼ばれた男が問うと。
「勿論」
と彼は応じ、その横に立って同じように視線を投げた。
その先には、奇妙な色の、鱗状の皮膚を持った四足の獣が駆けている。
口を開けて、鋭い牙を覗かせる姿は、醜悪で、凶悪で。
「…倒し甲斐があるな」
彼は低く笑った。
肩上で切られた髪が、風になびく。
年の頃は隣の男と変わらない。背は低くも高くもなく、肩幅もそんなに広くない。
だが、吊り上がった眉に微かに上がった口端は、きりと引き締まっていて。
「じゃあ、そろそろ決めますか」
と言って、横を向いた。
「律斗」
「…史琉しりゅう
眼をさらに細める律斗に。
史琉、と呼ばれた彼も笑う。
そのまま、じっと睨み合ってから。
「じゃん、けん」
声を揃えた。
「ぽん!」
その様に、ずっと二人の遣り取りを眺めていた颯太がつんのめる。
「ああ、気にするな」
そんな颯太の横にすいと一彦が立ち、無表情に告げる。
「あいつら、どっちが敵に斬り込むか、じゃんけんで決めるんだ」
「他にも、どっちが報告に行くかとか、何決めるのもじゃんけんだよな」
「どっちがやっても変わらないから、それで決めてもらって構わないんだけどさ」
周りの兵士たちも、のんびりと言う。
鳴り響く半鐘の音、魔物の足音と思しき揺れとはあまりに不釣り合いな光景に、颯太は口をかくんと開けた。
そのまま、5回「あいこでしょ!」と二人は叫び。
最後、史琉が二本指を突きあげ、律斗はがっくりと膝を付いた。
「よし、決まったぞ」
「おーい、秋吉~。もう半鐘いいぞ~」
げらげら、と一頻り笑って。
ぐっと引き締まった顔の二人が輪に入ると、全員が口を噤む。
ずどんずどん、という音を裂いて。
「準備はいいな」
史琉の声が、凛と響く。
櫓にいた二人も降りてきて、揃った皆が頷いた。
「北の砦の兵の、最重要任務だ」
ぐるり、と全員の顔を見回して。
「まずは術具の矢で倒せるだけ倒す。それで間に合わなかった分には斬り込んでいく。斬り込むのに下に降りる奴は、その準備をしておけ。弓を引く奴は、もうすぐに構えろ。残りは縄梯子の用意」
彼は声を張り上げた。
「やるぞ」
「応!」
だっと全員が駆け出す。
すっと横についた律斗に史琉は笑いかけた。
「お前も討ち手に参加しろ」
「…いいのか?」
「15本全部、確実に当てたい」
「了解」
櫓の下、石垣が外に張り出した箇所に、弓を持った兵が、5人並ぶ。
「一人3本。確実に3匹討て」
後ろに付いて、彼は言った。
「確実に当てるのに、引き付られるだけ引き付けろ」
それから振り返り、彼はにっと笑った。
真後ろには颯太が立っていた。
「…颯太」
「は、はい!」
呼ぶと、ひょろりとした身体がびしっと伸びる。
「おまえ、降りる班な」
「え、ええ!? あ、あ、はい!?」
ざあと顔を青くした少年に。
「安心しろ。死なせはしない」
笑う。
それから、もう一度、外に視線を投げる。
はっきりと魔物の足音と分かる轟音は鼓膜をがんがんと討ち、石垣も揺れるほどになっていて。
「撃ち方、用意」
それに負けじと、彼は叫び。
兵たちがざっと矢を番える。
「距離、二十五間!」
律斗が叫ぶ。
「討て!」
びゅう、と風を切って矢が飛ぶ。
当たった矢は、ぼん、と炎を吹いた。
「…すげえ」
颯太がぼんやり呟くと。
「あれが赤の矢だ」
と、史琉は言った。
「【かんなぎ】達が炎の力を込めた矢さ。魔物に当たると、火を噴く。同じように作って、魔物を凍らせる力が入っているのが青だ。…残りは全部青?」
「ああ」
「獣型の奴には相性悪いんだがなあ… ま、仕方ないか」
苦笑いには吊られず。律斗は言う。
「討つぞ」
「ああ」
続いて、また矢が飛ぶ。
今度は、氷柱が噴き上がり、黒い影がどすどすと倒れていった。
「残り、11?」
消えずに残った走る影を順に指差しながら史琉が呟くと。
「ああ」
弓を収めた律斗が振り返る。
「行くか?」
「勿論」
彼が頷くと、ばらばら、と縄梯子か掛けられる。
「律斗。上は頼む」
「承知」
ぐっと眉間に力を入れた律斗に。
「気をつけて。史琉」
史琉はにやりと笑った。
「必ず勝つ」
それから、ぽんぽん、と颯太の肩を叩いた。
「初仕事だ。気張れよ、新人」
「は、ははははは、はい! 校尉!」
それからまた、周りを見回して、叫ぶ。
「降りるぞ!」
梯子を伝って、わっと兵たちが降りていく。
颯太は、そろそろと地面に降り。
史琉は飛び降り、腰の太刀を抜いた。
「続け!」
叫ぶ。
うおおおお、という叫びと共に、兵たちは駆けてくる影に斬り込んで行った。
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