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第二十七節 挑戦
もぬけの殻とはこのことを言うんだろうな。
戻って来た俺とアサキを迎えたのは、無人のブレーメンだった。

「こんな大事な時に、みんなどこに行ったのよ!」

ダンテの机を、アサキが思い切り蹴飛ばす。
俺はその行為を咎めることはせず黙認した。気持ちは同じだからな。
刻印カルヴに妖かしの能力を奪い、吸収することが出来るなんて知らなかった。

「アサキ。どうやら思った以上に最悪な状況らしいな」

まだ憶測ではあるが、ジャンヌとダンテはやはり何か企んでいる。魔女の保護と謳歌しているが、彼女らの能力を利用しようとしているのは間違いない。

「一体、何がどうなってるわけ!」

「それは俺も知りたいね」

イラつく気持ちはあるのだが、俺の分までアサキが発散してるように思え、逆に冷静な思考を巡らせることが出来た。

「どうすんの?誰もいないんじゃ話にならないわ!」

「最初から話になんてなってないんだよ」

「どういう意味?」

「サマエルが言ってた。自分の目で確かめたわけでもないのに、安易に他人を信用するなって」

きっとそれは、組織に殉ずる輩の全てを指すのだろう。

「アサキ、ジャンヌとダンテを捜すぞ!あの二人、絶対に何か隠してる!ぶん殴ってでも、今度こそ真実を吐かせてやるぜっ!」

次は言い負かされるものかと、意気込む俺は、不意に訪れたダークな気配を感じ振り向いた。

「それは怖いな」

いつの間にか、ジャンヌが壁にもたれ掛かっていた。
ただ、明らかに尋常じゃなかったのは、鈍色の鎧を纏っていたことだ。

「ジャンヌ………」

「アロウ。言ったはずだ。全てを知ろうとすることは浅はかだと。知らなくていいこともあるんだよ」

「黙れッ!魔女を保護するなんて建前だろ!真意は他にあるはずだ!」

「フフ………人間って、どうして知りたがりなんだろうねぇ。知り得る全てが、優しさを持ってるわけじゃない。………知れば、後悔するかもしれない。もっとも、言うつもりはないけれど」

ニヤッと微笑む。そこにはもちろん悪意がある。

「お前の言う通りだ。知れば後悔するかもしれない。けどな、それは知った側がどう受け止めるかだ!知らせる側の勝手な判断はやめてもらおうか!」

「………いい目つきだ。ロザリオカルヴァ、真神アロウ………ボクは一度戦いたいと思ってたんだ」

ジャンヌが剣を抜いた。鈍色には似合わない鏡面のような刃。自らが光を放つようなその剣は、血で濡れることを望んでいるようだ。

「俺と?」

「聞かされてないのかい?なら教えてあげよう。ロザリオカルヴァは、古来、真実の神と呼ばれていたんだ。真実の神………つまり、君のファミリーネームの真神まがみとは、そこから来ている。フフ。神と戦うなんて、我ながら愚かしいとは思うが、まあ飽くなき探求心とでも思って、ボクの挑戦を受けてほしい」

何のことだ?俺が………神?
ジャンヌの言ってることが理解出来ない。

「アロウ………」

アサキに呼ばれ、ふと我に返る。彼女の表情を見るに、俺は余程怪訝な顔をしてたに違いない。

「わかってる。相手にするなってんだろ?」

勝敗はともかく、戦う準備って言うか心構えが整ってない。今ジャンヌと戦うのは自殺行為だ。

「悪いな、ジャンヌ。一方的な挑戦状は受け取らない主義なんだ」

「そうなのかい?それは残念だ。でも、君に拒否権はない」

「チッ」

スローモーションのようにゆらりと剣を構える。
ドアの前に立たれ、ここは2階。後ろは窓ガラスが閉じられている。

「アロウ!」

アサキは俺を見て軽く頷く。それが何を意味してるかは、充分に悟れた。

「行くよ!真神アロウッ!!」

助走もつけず飛び込んで来るジャンヌ。俺とアサキは、彼女が剣を横一閃に振るう刹那、窓ガラスを割り、2階から飛び出した。
着地が成功するかなど考える余地もなく、見事二人して転げてしまった。が、すぐに立ち上がり、逃げようとすると、

「どこへ行く」

兄貴が息を切らしてやって来た。

「サマエルのヤツ、なにやってんだよ」

サマエルに文句を言っても仕方ないのだろうが、これで退路を完全に失ったわけだ。

「これは………真神家長男、真神セツハ」

ジャンヌのヤツも2階から飛び降りていた。

「ブレーメン………」

兄貴は俺をすっ飛ばしてジャンヌを睨んだ。
もう、誰が味方で敵か解らない。少なくとも、俺とアサキに味方はサマエルのみ。そのサマエルも信用に足りるかは別の話だが。

「ちょうどいい。神を二人も相手に出来るなんて、滅多にない幸運だ」

「神?なんの話だ?」

どうやら、兄貴もジャンヌの言うことが理解出来ないらしい。つまり、何も知らないのは兄貴も同じだということ。

「兄貴、俺達、真神家の人間は………」

「そうか、アロウだけじゃなく、君も何も知らされてないんだね。セツハ」

ジャンヌが人差し指で前髪を跳ねる。その仕草は、全くの余裕。気持ちに乱れがない。

「フン。なんだかよくわからんが、邪魔する者は誰であろうと殺す!」

「兄貴ッ!」

「もう魔女も真神も関係ない!新たな伝説を私が創る!」

このバカ兄貴がっ。妄信者に成り下がったか。
兄貴の睨む相手が、今度は俺になり、アサキは俺に背中を合わせるようにしてジャンヌを睨む。

「アサキ。真神に味方するのかい?君は………いや、何も言わないでおこう。好きにするといいさ」

「歯切れ悪いわね。気になるじゃない」

「気にしない方がいい」

「………どっちみち、あんたとダンテには聞きたいことがあるわ!ゲロ吐くまで蹴り倒してやるから、覚悟しなさいっ!」

おいおい、逃げるんじゃなかったのかよ。

「しょうがないでしょ!いいからそっちは任せたわ!」

どうやら選択肢はひとつのようだ。

「………どいつもこいつも勝手なことばっか言いやがって」

刻印カルヴを取り出す………って表現も変だが、俺は兄貴と戦う為に狩人の能力を使う。
俺と兄貴。アサキとジャンヌ。戦わねばならぬ理由があるようには、どうしても思えない。
それでも、この場を逃れるには、戦うしか他にないのだ。

「準備はいいかい?」

と、ジャンヌが宣戦する。

「いつでもどっからでも、かかって来なさいよっ!」

と、アサキがステップを踏む。

「ロザリオカルヴァは世界に一人で充分だ!」

と、クダイに何を吹き込まれたか知らんが、妄信している兄貴。

「チッ。どうにでもなりやがれっ!」

そして俺は、先の見えない迷宮の中、迫り来る時間に怯えていた。


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