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第一節 刻印
デッカイ武家屋敷。金持ちを全面に押し出した門構えのこの武家屋敷こそ、俺の実家だ。
もちろん、金持ちなんてレベルじゃない。幅広い事業に伴い、政財界、芸能界、致るところに知り合いがいる家系だ。
表札には『真神まがみ』の文字。今でこそ事業で成功した。みたいに見られているが、そもそもは有名なエクソシストと陰妙師が合わさった血筋らしい。
 もっとも、俺から言わせれば、陰妙師が活躍してた時代に、エクソシストがこの国にいたなんてことが疑わしい。授業でも、西洋の国と親交が交わされるようになったのはもっと後の時代だと習っているし、常識だ。

「……ッ!」

夕べ、女子高生に踏まれた右頬が痛い。揚句、そこら中を蹴られアザだらけだ。

「あの女………蹴るだけ蹴って逃げやがって……」

男だったら返り討ちにしてやったのに。

「あら?もしかして……アロウ様!?」

成金趣味の門の横にある勝手口から、若い、夕べの女子高生と同い年の女の子が顔を出す。

「よう!ユラ!」

彼女の名前は伊瀬浪ユラ。ウチのお手伝いさんだ。

「いつお戻りに?」

タタタと駆け寄って目を輝かせる。きっと俺に会いたかったんだろう。そういう健気な子なんだ。

「ああ。昨日こっちに着いて、一晩ビジネスホテルに泊まったんだ」

「そうですか。でもお懐かしいゅうございます。……あら?その傷はどうなされました?」

「え?ああ。まあ、ちょっとね」

「相変わらずケンカですかぁ?んもう!成人なさったんですから、少しは落ち着いて下さい!」

「ハハ………そ、そうだな」

言えません。女子高生にヤられたなどとは。

「あ、あのさ、親父は?」

「え?あ!ごめんなさい!私ったら、アロウ様をこんな場所で!」

それはいいんだが、あまり突っ込まれたくないからな。傷の事情。

「どうぞ」

ユラは勝手口から俺を通すと、

「お帰りなさいませ」

そう仕切直した。

「ただいま」

懐かしい故郷ではあるが、やっぱりこの家の空気は別物だ。はっきり言って嫌いだ。
ユラの先導で我が家を案内されるわけだが、ユラ以外のお手伝いさんも多数おり、俺を見るなり驚いてるようだった。
そして、それはあまり歓迎されてない驚きだ。


真神まがみの家は由緒ある格式高い家柄で、礼儀作法を初め、真神まがみの人間としてどうあるべきかなど、とにかく息詰まる家なんだ。
俺はそれが嫌で、高校卒業後、一度は大学に進学したが、三日で辞めた。その後はアルバイトで食いつなぎ、生きて来た。
昔っから問題児だった俺は、この家の厄介者だったし、嫌われ者だった。そんな俺の唯一の理解者が、十三歳の時からこの家にいるユラだ。

「ユラ、オマエ何歳になった?」

「私ですか?今年十七になりました」

「そっか」

ま、理解者と言っても、過ごした時間は短い。それだけに、三年も経って会えば嬉々としてしまう。

「いい女になったよなあ」

「ア、アロウ様!」

「なあに赤くなってんだよ!」

「か、からかわないで下さい!」

ぷくうっと膨れっ面が、これまた可愛い。夕べの見かけだけの凶暴女とは違って、中身も愛らしい。嫁にするなら世の男共は、断然ユラを選ぶだろう。
一部のMな人達を除いて。


そうこうしてると、ピカピカに磨かれた廊下は行き止まりになり、吐き気がするくらい趣味の悪い襖がある。

「お待ち下さい」

ユラは襖の前に正座をし、

「佐一郎様。アロウ様がお帰りになりました」

真神佐一郎。それが親父の名前だ。あっ、俺は………真神呀狼まがみあろう。アロウだ。

「入れ」

中から野太い声が下ると、ユラは襖を丁寧に開けてくれた。

「………フン。帰ってやったぞ」

見たくもない親父と、

「なんだその態度は!大学を勝手に辞め、三年も音沙汰のなかった奴が!」

俺より四つ上の二十五歳の、眼鏡を掛け、神経質を絵にしたようなイケメン。兄貴の刹菠せつはが、三十畳はある座敷にいるのが目に入り、つい口調を荒げてしまった。
怒鳴り散らす兄貴を構いもせず、座敷の一番奥に、まるで殿様のように座する親父の前に胡座あぐらをかいてやった。

「三年ぶりに息子が帰ったんだ、何か一言くらいねーのかよ」

襖が閉まった。ユラが出て行ったのだ。

「アロウ!お前は………ッ!」

「よい。セツハ。アロウを呼んだのは私なのだからな」

兄貴を黙らせ、冷たい視線で俺を睨む。

「散々捜したのだぞ。アロウ」

「俺なんかを捜してくれて嬉しいね」

「………なぜ大学を辞めた?」

そんなことを聞く為に探偵やら会社の部下やらを使って捜したわけじゃあるまい。すっきり物を言わないのは、親父の悪い癖だ。

「別に。真神まがみの名に恥じない大学へは進学したんだ、後は俺の勝手だろ」

「義理を果たしたと言いたいのか?」

「……………。」

「………まあよい。お前が自分で選んだ道ならば、とやかく言うつもりはない。だが、連絡はするべきだったな」

子供でも諭すような言い草が気に入らない。
俺が悪いのは重々承知だ。しかし、素直になれないのだ。特にこの男の前では。

「二度と真神まがみに帰るつもりはなかったからな。アンタが俺を捜しさえしなければ」

うだうだと説教など聞きたくない。バカ息子は真神まがみと手を切ると言ってるんだ、用件があるなら早く言え。バイトもそうそうは休めない。

「そうか。まあ、その話はまた今度だ」

親父が言うのを見計らったのか、「失礼します」とユラの声がして、お茶を運んで来た。
親父、兄貴、そして俺の順にお茶を出し、後ろに下がって座をして一礼してまた出て行った。

「じゃ、本題に入ろうぜ。暇じゃないんだ」

「フン。『何が暇じゃない』だ。フリーター風情がエラソーに。忙しいのはみんな同じだ!」

いつも兄貴はこうだ。嫌われてる云々よりも、どこか人を見下すところがある。
ただ、即ケンカとはいかない。必要最低限の筋肉しかないような細身の男だが、真神まがみ家の習わしによって、やはり格闘技には精通しているし、大会でも優勝をしている。やり合えばこちらも無傷じゃ済まない。

「俺は親父に言ったんだ」

「アロウッ!」

「よさんか!」

親父の一言で引っ込んだ兄貴に、舌を出してやった。

「………アロウ、右手を見せてみろ」

「……………。」

俺の右手は、いつも黒い革手袋をしている。それは、右手の甲に十字架の形をしたアザがあるからだ。
肩側が上になるように位置付けられ、最近ではアザというよりは、タトゥーに間違われるくらい鮮明になった。
言われるがまま出した右手を見て、

「ふむ。大分らしくなってきたな」

「なんだよそれ」

「わかってるとは思うが、真神まがみ家に生まれる男児には、生まれながらに十字架のアザが手の甲に刻まれる。それは成人を過ぎてより際立つ」

そう。だから親父にも兄貴にも十字架のアザはあり、そのアザを刻印カルヴと呼ぶ。
稀に刻印カルヴの無い奴も生まれたらしいが、そっちの方がいいさ。刻印カルヴ無き者は、成人を過ぎて真神まがみを追い出されるからだ。大金を積まれてな。

「際立つと何か不都合なのか?勘弁してくれよ?レーザー手術で消すなんて」

「そうではない」

親父は茶を啜り、一息入れ、

「実はな、最近この界隈で、教会同士が争いを始めた」

「教会?」

「うむ。なんでも、信仰する対象を神から魔女へと変えたとかで、今度はその魔女を信仰する者達が、どの魔女を信仰するかで揉めているというのだ」

どうでもいい。くだらん。なんなんだそれは。魔女を信仰するってのはどうか知らんが、好き勝手に信仰すればいいじゃないか。大体、魔女ってのは何人もいるものなのか?
あまりにくだらない理由で呼び戻されたのだと、深い溜め息をついた。無気力な息は、ふわふわと浮く気も無いらしく、畳みに落ちた。

「それと俺が呼び戻されたの、なんの関係があるんだ?変な宗教に首を突っ込んだ覚えはないぜ」

「それはわかっている。お前に宗教の意味を理解する頭は無いだろうからな」

「チッ」

「話を戻そう。その教会同士の争いを止めてくれと、政府から依頼が来てる」

政府から?なんでまた。

「宗教の問題は放っておけばテロに繋がる。未然に防ぎたいとは言え、政府が積極的に乗り出すことも、国際事情からうまくない」

確かに。亡国では、とある宗教の一派を武力で鎮圧したことに批難が集まった。この国でそれをすれば………頭の悪い俺でも想像はつく。
しかしだ、そんな話を最近耳にしたことはない。教会同士の争いなら、マスコミだって黙っちゃいないだろう。

「警察は何やってんだよ」

目をつむった親父を見て、警察では収まらない事態なのだと知る。

「警察では役に立たんのだ。教会はそれぞれに信仰魔女を実体化。その魔女達は手下を従え戦っている」

回りくどい言い方だが、要するに人の手で止めれる問題ではないのだろう。

「そういうことだ」

「妖かしってことか?」

妖かしってのは、言ってみれば幽霊とか悪魔みたいなのを引っくるめたもの全てだ。
そして、それらを退治する能力を持つ者。それが………

「うむ。刻印者カルヴァ真神まがみ家にお鉢が回って来たというワケだ」

なるほどな。妖かしが相手なら、真神まがみが介入しなければならない。

「親父………」

嫌な予感がした。

「嫌とは言わせん。今まで勝手をして来たのだ。最初で最後で構わん。真神まがみの役に立て。………アロウ。お前には、魔女狩りをしてもらう」

「じょ、冗談じゃない!魔女狩りだぁ!?そんなの親父と兄貴だけで事足りるだろ!」

刻印カルヴの力を必要としているのだ。だが、刻印カルヴは親父と兄貴にもある。そして二人は強い。

歳老いた親父と、

インテリ眼鏡の兄貴、

この二人なら、妖かしの類にやられることはないし、そもそも面倒だ。
親父は着ていた着物を脱ぐ。すると、上半身は包帯だらけだった。

「見ての通りだ。私も歳だな。ドジを踏んでこの様だ」

「………魔女……にか?」

「彼女達は不思議な技を使い、一筋縄ではいかない。どうしてもアロウ、お前の力がいる」

親父がドジを踏んだなどと信じられないが、

「わかったか。僕とお前とで魔女狩りをする」

兄貴が眼鏡をくいっと上げて言った。その仕草は、真剣な話をする時の兄貴の癖。

「アロウ。お前が真神まがみと縁を切るのなら、魔女狩りを完遂するのが条件だ」

兄貴が付け加えると、親父は着物を着直し、

「アロウ!改めてお前に十字架の刻印者。ロザリオカルヴァとして魔女狩りを命じる!よいな!」

世界のどこにいても真神まがみの名を持つ以上、真神まがみの者として生きて行かねばならない。自由は無い。
 真神まがみの名を捨てられるのなら………

「人が宇宙に行く時代に魔女狩りとは………」

ハナから拒否権は俺にはない。
右手の刻印カルヴが恨めしかった。


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